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1-15 失われた天人界

 扉の向こうは、木のうろで作られた広い聖堂のような場所だった。

 ちなみに天界樹とやらの幹はこんなに広くはなかったはずだけど、まぁそこはVRファンタジーってことで見なかったことに。

 上のほうに設けられた明り取りの窓から光が舞い降りて、ちょうど祭壇のような場所を照らしている。その光の輪の中に一人の少女が立っていた。


「勇敢なる冒険者の方、ようこそシクルド村へ。」


 天人族の特徴なのか、白銀の長い髪にほのかに銀色に輝く光の翼、そして自分の身長より高い杖を携えて正面に立っているのは、十代……多く見積もったとしても十代後半にしか見えない美少女だ。

 少女といっても、今のわたしより背が高い……いや、高くみえるけど良く見ると足が地面から浮いているから、わたしと同じかちょっと高いくらいかもしれない。

 その少女の頭の上にはクエフラグが見当たらなかったので、クエストNPCであるはずの長老の姿をさがしてあたりを見回す。


「……何か探し物かの?」

「え、あれ? あの、長老さんに報告したいことがあるんですが……。」


 長老さんはどこに? と聞こうとしたら、美少女にものすごい勢いで眼前に迫られた。

 近い近い近い! 顔がめっちゃ近いんですけどっ!


「私が長老じゃ。」

「……は?」

「私が! シクルド村の、最年長にして、天人族の長老、じゃ!」

 

 ちょっ、セリフと一緒に滑空して迫ってこないで!

 迫る美少女長老にドアまで追い詰められてたら、ガゼルさんが私の首根っこをつかんで引っ張り出して助けてくれた。


「エレクシエル、初心者をからかって遊ぶんじゃねーよ。」

「遊んでなどおらぬのじゃ、長老という言葉のイメージにとらわれ過ぎて、なかなか理解せぬやからが多すぎるから、最初にガツンと言っておるだけじゃ。」

「お前に威厳がないのは今に始まった事じゃねえだろ、というかなんでそんな変なしゃべり方してんだよ、前にあったときはそんな口調じゃなかっただろうが。」

「ローゼに教えてもらったのじゃ、このしゃべり方なら私が長老と一発でわかると。」

「あー、ローゼリッテさんか……なにやってんだ。」


 浮かんだまま胸を張って言い切る美少女長老と、頭を抱えるガゼルさん。


「たしかにこのしゃべり口調だと、野郎どもの理解が早くて助かるのじゃ。なので当分はこの口調で行くことにした。なんでも『ろりばばー』というらしいのじゃ。」


 ……おいこら、進化するフレキシブルAI……何を学んでるんだ何を。

 これでいいのか運営、というかこれで大丈夫なのか四葉世界。


「ああもう、ジャジャでもババでも何でもいいや、さっさとやることやってくれ。」

「おおそうであった、すまぬの冒険者殿。わが天人族は成長しても外見が老いるという事がないのじゃ、それゆえこのような事態と相成っておる、まったく嘆かわしいことじゃ。」


 そういうと、うっすらと輝く半透明の銀の翼をひらめかせ、ふわりと最初にいた光の中心に舞い降りる。


「では、あらためて自己紹介をしよう。私は天人族最後の長老エレクシエル=フォールーンじゃ。」


 細い杖を片手に、光の中で微笑む美少女の姿は天使そのもので、思わず「あ、はい」という間抜けな返事しか出てこなかった。


「それで、報告したい事とは、なんなのじゃ?」


 えーっと、どうしよう。

 最初の顔面インパクトが強すぎて、うっかり何しに来たのか忘れそうになってたけど、クエストを進めるために来てるんだった。でも、かんじんの彼女の頭の上にはクエフラグがないし、クエストワードも表示されていない。

 普通に話してもいいのか考えてたら、ガゼルさんが「さっさとスラニルの記憶を出せ」と教えてくれた。

 あわててアイテムバッグから取り出すと、スラニルの角の欠片は「ここで使え!」といってるかのように青白く明滅しながら輝いている。うん、わかりやすいね。

 私は長老さんへ、それを差し出すように両手で持ち「スラニルの記憶」を使った。

 

 青白い光がそのまま光の粒子となって、最初のときと同じように神獣スラニルの形となっていく。そして今度は手の中のアイテムが消え、スラニルの姿はそのまま大きくなっていって、長老さんの前に降り立った。

 長老さんは何も言わずに、目前の白い角を持った青く輝く馬――神獣スラニルを見つめている。


(――すまぬ。)


 ……長い長い沈黙のあと。

 ようやく、つぶやくようなスラニルの言葉が聞こえた。

 長老さんが微笑んで手を差し伸べると、しばらくためらったようにしてたけど、やがてしぶしぶといった感じで、スラニルは鼻づらを手にこすりつける。

 なんか、イタズラして戻ってきた子供が、怒られに戻ったら笑顔で迎えられてバツが悪い、そんな感じだった。


「いいえ、よくぞ戻って来てくれました。解放者には私から十分にお礼をしておきましょう、卵のことも心配いりません。」


 スラニルの鼻面をやさしくなでながら、長老さんは私ですら見惚れるような笑顔で言う。


「守護者スラニル、あなたはもう安心して眠ってよいのです……なのじゃ。」


 うわぁ、イベント的にはすごく感動的でいいシーンなんだろう、なんだろうけど、最後の語尾でいろいろ台無しだ。


「世界の柱の最初の一葉であった天人界は滅んだ、のじゃ。そして私たち天人族は、命の源である天界樹が枯れれば消える運命。」


 長老さんが「天人界は滅んだ」のセリフのところで上を見上げると、滅びゆく天人界のムービーが天井近くに展開された。

 天光花が枯れおち、闇の中崩れ行く天人界の大地から逃れて、精霊界へ舞い降りる天人族たち。その手の中には天界樹らしき苗が抱かれていた。


「この樹にやどった天人もわずか十人を数えるのみ、精霊界に唯一育ったこの天界樹もさほど長くは持たぬであろう。そう、……もはや天人族は滅んだと言ってよい。」


 天井のムービーが消え、視線を正面に戻した長老さんは、両手を差し出してスラニルの首をやさしく抱きしめる。


「……私たちが止めるのも聞かず、この森を守るために魔族と相対し、激闘の末に魔族の支配に甘んじた。けれどそのおかげで最後の天界樹は守られ、私は今もなおこの森で、静かに暮らすことが出来るのじゃ。スラニルよ、あなたに課された守護者としての務めは充分に果たされた。最後に残った天人たちの行く末は、天界樹の中で見守るがよい。」


(――すまぬ、いや……ありがとうエレクシエル。)


 スラニルは長老さんの腕の中でゆっくりと光の粒子へと変化していき、やがて青白い光の渦となると、そのまま天井……天界樹の中へ、吸い込まれるように溶けていった。


 えーっと、いろいろと説明的なセリフをまとめると、つまり四葉世界の歴史の中でかつてあった天人界は滅び、残った天人族たちはこの森の天界樹にわずかに隠れ住んでいる。

 スラニルはその森を守るために魔族と戦って負けて魔族に支配されてた、ってことなのかな。

 でも何で天人界は滅んだんだろう? と思っていると、わたしの心を読んだかのような長老さんの声が響いた。


「なぜ天光花が突然枯れ、天人界が滅んだのか私にもわからぬ。それは『世界の柱』に精霊界・獣人界・人界が次々と生まれ、最後にようやく魔界が生み出された頃の話、もはや数百年も昔の話なのじゃ。その頃はこの天界樹の苗と同じく幼かった私も、残れされた天人族の中で最年長となり、長老と呼ばれるようになってしまった。」


 とても数百歳とは見えない美少女っぷりで、長老さんは自嘲するように笑う。


「だが、ほんの百年ほど前、その頃はまだ平和であった魔界に、(いびつ)な形で天界樹が育っているという噂を聞いたことがあるのじゃ。……もし、その(ゆが)んだ天界樹に宿る天人が生き残っていれば、何か知っているかも知れぬな。」


 ポーンとお馴染みのクエストクリア音がして「クエスト『スラニルの記憶』をクリアしました」というログが流れた。

 んー、長老さんのセリフからすると、これは今後実装予定の魔界で、天人族のクエストかイベントがあるかもよー、ってことなんだろうなぁ。

 あれ、でもこれでクエストクリアってことは、この呪われた卵ちゃんはどうすればいいんだ。

 

「スラニルの最後の言葉を持ってきてくれてありがとう、わずかだが謝礼を渡しておくのじゃ。」


 長老さんが杖を軽く振ると、インベントリにクエスト報酬のギールそして経験値が入り、クレリックがレベル十にあがった。


「それと、これは私から個人的に謝礼の物を渡すのじゃ。たいした物ではないが役にはたつじゃろう、この三つの中から選ぶがよい。」


 長老さんがそういって手を差し出すと、エフェクトと共に三つのアイテムが手の上に出現する。うーん、この手の選択式報酬アイテムって、だいたいハズレが一個混ざってたりするんだよねぇ……。

 ガゼルさんに聞いてみようと振り返ったら、中空を睨みながらぶつぶつ独り言をつぶやいていた。見慣れないと一見怪しい人みたいだけど、わたし達VRゲーマーには見慣れた風景だ。

 誰かからウィスが来て、話し込んでいるガゼルさんを邪魔するのも申し訳ないので、報酬アイテムに視線を戻して〈鑑定〉を使ってみた。


 一つ目は指輪で「死者の輪舞」一日に一度だけ有効な、死んでもその場ですぐ生き返るアクセサリー、ただしすべてのスキルが5分間のCTを得る。

 二つ目は短剣で「生者の演舞」連続してモンスターを倒す度に、経験値とギール取得が1匹につき1%上昇する、ただし1%上昇するとスタミナ値を1%失う。


 ……なんか、どっちも微妙な……。

 短剣は使えないから論外として、指輪はPTを支えるヒーラーなら即蘇生はありがたいけど、5分もスキル使えないんじゃ復活してもただのカカシだしなー。

 なんか全部ハズレのような気がするけど、とりあえず残りのひとつを〈鑑定〉で見てみた。

 

 「ツリーハウスの苗木」

 所有者が育成することにより成長していく育成型住居(ホーム)。成長すると部屋や機能を自動拡張する。


 ……おお?

 これは、当たりじゃないだろうか、いや、絶対あたりだよね。

 普通の住宅と違って育成型だから、育成すればどんどん部屋は大きくなるし、なにより樹の上の住宅(ツリーハウス)なのがいい!

 どうせホームは絶対必要だし、早めに手に入るならログアウトも含めいろいろ楽になる。

 わたしが「ツリーハウスの苗木」を選択して受け取ると、長老さんが微笑んだ。


「シクルド村へようこそ、長老兼村長として心より歓迎するのじゃ。」


 そう言って軽く服のすそを持ち上げ、優雅に一礼する長老さん。

 わたしが不思議に思って長老さんを見ていると、後ろで「ああああっ」と、カラスさんの叫び声がした。

 振り返ると、扉を開けた状態でわたしを指差してるカラスさん、苦虫を噛み潰したかのような渋顔のガゼルさんがわたしを見て……いや、睨んでいる。

 「あーあ、ガゼルが付いてて何やってんだよ……」と、つぶやきながら扉をくぐるカラスさんの後から、もう一人部屋に入ってきた人物がいた。

 ネームタグは「獣人族(female) ローゼリッテ・フローレス 細工師(クラフトマスター) LV25」年恰好はエレーンさんより少し下ぐらいの女性で、短めセミロング髪の色は青っぽい銀色、エレーンさんと同じ銀の狐耳の獣人だけど、瞳の色は第三転身を終えた証のきれいなクリアブルーのこれまた美人さんだ。

 ただ、エレーンさんが陽だまりの保母さん的な美人だとすれば、ローゼリッテさんはひっそりとたたずむ氷の王女様的な美人さんだなー、なにしろエレーンさんと比べると出るべきところが少々さびし……あー、わたしも人のことは言えないからこれ以上はよしておこう、うん。

 青銀の髪によく似合う濃い青系の服と、その上にはおったローブも裾にきれいな模様の入っ薄いた青色で、上に行くにつれ白になりさらに肩のあたりが半透明になっていてすごくきれい。

 動くたびにのふわりと動くローブを後ろにたなびかせ、ローゼリッテさんはわたしに近づいてきた。

 しばらく目の前に無言でたたずんでいたかと思うと、突然わたしの顔を両手で挟みこんで微笑む。


「……なにこの可愛らしい生き物。おもちかえりしたい。」


 ……は?

 いやあの、満面の笑顔でそんなこと言われても。


「あのなぁローゼ、初対面でそれはあんまりだろう。」

「うお、ローゼリッテさんが笑ってるとこ初めて見た。」

「ガゼル……。たしかに俺もめったに見ないけど、って、そうじゃなくて! お前が付いててなんで苗木選ばせちゃったんだよ。」

「悪い、ウィスが入って眼を離してた。」

「ガゼル、ナイス放置なの。ウィス相手にも感謝なの。」


 わたしに向けた笑顔をきれいさっぱり消して、無表情でガゼルさんに宣言するローゼリッテさん。

 ええと、よくわからないけど、どうもわたしが選んだ苗木が問題らしい。……もしかして、もしかしなくても一番のハズレアイテムだったりして?


「えと、あの……わたし、これやらかしちゃましたか?」


 そう言いながら苗木を指し示すと、カラスさんが困ったような顔をして説明しようとするのを、ローゼリッテさんが制する。


「カラスは黙るの、私が説明するの。それは、天界樹にのみ育つやどり木の家の苗木、そして天界樹はここが最後の一本、つまりあなたの家はこのシクルド村にのみ作られるの。」


 天界樹のみに育つ……。

 それはつまり、この都市間ポータルのない、来るのにめっちゃ大変な辺境のシクルド村に、強制的に住むことになったという事でしょうか。


個人住宅(ホーム)は一人一軒しか持てないし、クエ報酬アイテムのツリーハウスは売ることも出来ない。だから家を使うならここを使うしかなくなるんだ。いざとなれば放置ログアウト出来る俺らと違って、女性プレイヤーは家は必須だよねぇ。」

「ああ……、俺が先に言っておけばよかったな。」

「二人とも悲観しすぎなの、ここも住めば都なの。」


 申し訳なさそうな男二人を、不満気な顔で見据えるローゼリッテさん。ふたたび私に視線を戻して笑顔になる。

 

「エレの報酬はランダム、そして苗木は超レア。それを受け取ったのは、私とうちのギルマス、そしてあなたが三人目なの。」


 ……超レア。

 あうう、それはまたもや私の無駄高Luckのせい? いや、カラスさんの口ぶりだと、出ても誰も受け取らないだけのような気がする。うん、きっとそうだよね……。

 とにかく受け取ってしまったものはしょうがない、ローゼリッテさんもここに住んでるらしいから、住めないわけではないみたいだし、逆に辺境のほうが目立たなくていいかもしれない。

 手の中の苗木から顔を上げると、ローゼリッテさんとガゼルさんが、何やら美少女長老さんの言葉使いの事を言い合ってた。


「あの! とりあえず、これ使います。使い方、教えてもらえますか?」


 そういうと、三人がいっせいにわたしを振り返る。

 一人だけ笑顔のローゼリッテさんは、ゆっくりしゃがみこんでわたしに視線を合わせた。


「世界樹はエレクとひとつ、だから苗をエレクに渡して一晩置けばオッケーなの。」


 そのままわたしに顔を近づけると、ささやくように付け加える。


「……シクルド村へようこそ、心から歓迎するの。」


 近い近い近い、またしても顔がめっちゃ近い!

 うん、とりあえず長老さんの顔面攻撃は、ローゼリッテさんの真似ってことがよーくわかった。


 

 

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