1-12 風と共に走る
リフレ落ちから戻ると、準備万端で装備を変更した二人に迎えられた。
あきらめ顔のガゼルさんは、スヴァーデル討伐時から着ていた胸あてと小手だけの革鎧に、厚手のマントと鉢巻に似た頭装備をプラスしてる。
そして期待に満ち溢れた笑顔のカラスさんは、黒の軽革鎧から厚手の貫頭衣に変更してるけど、装備を変更しても黒ベースなのはそのままなので、あんまり変わったようには見えない。むしろ装備よりも、さっきと大きく違うところがあった。
「……カラスさん、テイマーじゃなくて精霊師だったんですね。」
ネームタグのメイン職業が、狩人から「精霊師 Lv5」になっていた。
エレメンタリストはテイマー系列の特殊派生二次職で、確かテイマーをカンストのレベル五十にするのと、黒魔法士を最低でもレベル三十まで上げるのが取得クエスト発生条件だったはず。
ちなみにテイマーの通常二次職は召喚師で、召喚宝珠に「属性」を付与できるようになる。たとえば、トトに炎属性を付与すると炎属性の攻撃をするシャ・トトーを召喚出来て、氷属性の敵にアタックボーナスが付くようになったりするのだ。
特殊二次職のエレメンタリストのほうは、テイマーの使役獣とウィザードの攻撃魔法に加えて、さまざまな精霊を使役出来るようになる上に、ウィズとテイマーがひとつになるので使用職枠がひとつになるという利点まである。
エルフの種族魔法である〈妖精召喚〉と似ているけど、ひとつの魔法を使うとすぐ消えてしまう〈妖精召喚〉と違って、召喚された精霊は消すか召喚者がログアウトするまで消える事がない。最大の違いは使役獣と同じ自動攻撃のAIを持ってる事で、召喚者が昏倒したら〈リザレクション〉を唱える精霊もいるそうだ。
ただし、使いこなせればかなりの強職のはずだけど、メイン職にセット出来ないテイマーを、五十まで育ててカンストさせるという取得難易度と、同時に召喚可能な使役精霊と使役獣を使い分ける難しさ。さらにウィズの通常二次職の黒魔術師が、人気が高くて使いやすい強職という事もあって、エレメンタリストはネタ職ではないけど「めんどくさい」が評価になってる、なり手の少ない不人気職のひとつになっていた。
「まだ転職したてだからレベルは低いけどね、狩人を育成するのにはずしてたんだけど、今回はちょっと火力重視なんで付け直してきた。」
「お前がエレに戻した時点でいやな予感はしてたが、やっぱりあのルートを通るのか……チビ、お前も覚悟しておけよ。」
疲れた顔でため息をつき、あきらめたように言うガゼルさん。
「あんまり脅かすなよガゼル、お嬢が引いちゃってるじゃないか。大丈夫、そんなに危険なことはしないから、ちょっと急ぐルートを使うだけだよ。」
そんなに危険なことはしないってことは、ちょっとは危険なことをするのが確定ということなんですね。いやまぁ、多少乱暴でも効率のほうをを求める人(ゲーマー!)にはよくあることだし、慣れてるからいいけど……。
「さて、まずはPTを組んで、お嬢にクエストを発生させてもらわなきゃね。」
「あ、はい。」
カラスさんから飛んできたPT申請の「YES」を押して、アイテムバックからクエストアイテムの『スラニルの記憶』を取り出し、クリックしてアイテムの使用を選ぶ。
すると、手の中の『スラニルの記憶』が青く輝きだし、光がそのまま塊となって本体から飛び出して、中空に浮かんだまま小さなスラニルの姿を作り出した。
(解放者よ、我の心残りの理由を問うか?)
心話と同時に、「クエストワード:『はい』問います」と視界の隅に表示される。
ここで「いいえ、問いません」って言ったら、このちっちゃいスラニルは消えちゃうのかなぁ、などと思いながら「はい」を選択した。すると眼前に半透明のフィールドマップがいきなり展開され、首都ホーリーの南東に赤いクエストフラグが点滅を始める。
(ここよりはるか南に、我が一族の末裔の暮らす村がある。そこにいる者に我の最後を伝えて欲しい、スラニルは最後に呪縛より解き放たれたと。そしてたのむ、我が守護していた卵を……。)
それだけ言ってスラニルの幻影は消え、「クエスト『スラニルの記憶』を受けました」というログが流れた。いや、そこまで言ったなら、卵をどうして欲しいのか最後まで言おうよ……。
「なるほど、クエストのセリフそのものも、通常とは違う始まり方だ。卵っていうのはやっぱりその召喚宝珠と思っていいみたいだし、クエストクリア済みの俺にもクエストログが出たから、これがPTクエストなのも間違いない。うん、楽しくなってきた。」
「ただ、肝心の卵をどうしたらいいのか、わからないままですけど……。」
「んな事は、例のNPCのとこ行けばわかるだろ。さっさとしたくしてシクルド村に行くぞ。」
ガゼルさんがさっさと外に出て行ったので、あわてて追いかけて彼のマントのすそを引っ張った。
「あの、なんか変な事に巻き込んでごめんなさい。」
「……もともとは俺が無理やり渡そうとしたドロップ品だ、押し付けたからには最後まで面倒みるさ。」
振り返ったガゼルさんは、相変わらず疲れたような声だったけど、わたしを追い掛け回してた時のような怖い笑顔ではなく、やわらかい笑顔を返してくれた。意外と面倒見がいいというか悪い人じゃないんだなぁ、ただ目つきの悪さは相変わらずだけども。
「おまたせ。じゃぁ、出発前にお嬢にルートの説明するね。」
クロウ君だけを連れて出てきたカラスさんの言葉と同時に、眼前に「PTマップの共用を認証しますか? YES/NO」と言うダイアログが出現する。YESをクリックすると、いつもよりやや小さめのPT用フィールドマップが自動で展開した。
半透明のマップ上で、首都ホーリーの北東に点滅する青い点の塊はわたし達の現在地、南にある赤いクエストフラグがシクルド村だ。
「マップ上ではホーリーからそんなに遠くには見えないけど、この辺は険しい山岳地帯になっててね、通常の道をたどって行くとこんな感じで大回りになる。」
カラスさんが空中で指をなぞるような動きをすると、共有マップに青いラインが引かれていく。ラインはホーリーの南門から始まって大きく西側にずれていき、ちょうどひらがなの「つ」を反転させたような形でぐるりと回り込んで村に到達した。
「で、今回使うルートはこっちね。」
まっすぐ振り下ろされたカラスさんの指の動きと共に、マップ上に書かれて行く赤いラインが、ホーリーの東門から一直線にシクルド村まで走った。わかりやすいショートカットだけど、道がない場所の険しい山岳地帯って、普通は通行出来ないようになってるんじゃなかったっけ? カラスさんにそう言うと、あっさりと「そうでもないんだよね」と返された。
「山の登り方とか、崖の渡り方のコツと位置さえわかってればそんなに難しいルートじゃないよ、問題は途中にエリート密集地帯があることぐらいかな。」
えーっと、密集したエリートモンスターがいる場所っていうのは、六人のフルPTゆっくり倒しながら進むような所じゃないんでしょうか。……やっぱり、本気で嫌な予感しかしないよね、これ。
「まぁ、行ってみりゃわかるさ、そのために俺が手伝うんだからな。」
「そういう事、じゃあお嬢はクロウの背中に乗ってね。」
うぉっ、これはちょっとラッキーかもしれない。
クロウ君は成獣と言うにはちょっとまだ若いけど、わたしを背中に乗せる程度のサイズは十分にある。でも、わたしが乗ったら二人はどうするんだろう? そう思ってクロウ君の背中に乗るのをためらっていたら、青い魔力水晶を取り出したカラスさんが、〈エレメンタル・コール・ウィンド〉を唱えた。
――汝、風に愛されし者よ。その強き力の契約を以って我は「穢れなき風の魂」の降臨を願う、我が眼前に現れ出でて勤めを果たせ!
渋いおっさん声の呪文めいた言葉は、カラスさんの口からではなく手の上の魔力水晶から聞こえた。
そしてその呪文の文言が光る文字として水晶の中から中空に浮き上がり、光る文字の渦となってやがて光の固まりになっていく。光が収まると、青く透き通る身体をもった一羽のハトが現れて、カラスさんの肩に舞い降りてとまった。どうでもいいけど、カラスじゃなくてハトなのね。
しかし精霊を召喚するのって毎回これなんだろうか、派手な演出だなぁと思っていたら、ガゼルさんも「そんな小さな精霊を呼び出すのに、あいかわらずいちいち面倒な召喚だな。」とあきれた声で言ってた。
カラスさんは困ったような顔で「演出のキャンセルも選択出来るようにしてくれって、運営にメールしてるだけどね」と笑っている。
……なるほど、掲示板でのエレメンタリストの職紹介が「めんどくさい」って一言ですませてあった理由はこれか。たしかに、こんな小さな精霊呼び出すのに演出が気合入りすぎて、いろいろ間違ってる気がする。
「さて、僕ら二人は走り慣れてるし、速度アップの装備も持ってる。そこにこの風の精霊でさらに移動速度上昇のバフをかけるからね、お嬢はクロウに乗らないと付いてこれないと思うよ、だから遠慮しないで乗ってね。」
「素直に乗らないなら、俺がつまみ上げて乗せるぞ。」
「だからガゼル、お嬢を睨んで脅すなってば。」
「……睨んでない、これが普通だ。」
うん、睨んではいないよね、ただ目つきが悪いだけで……。
クロウ君はわたしの目の前にやってきて、早く乗ってーと待機してくれているので、そのまま背中に飛び乗って、やわらかい首にしっかり抱きついた。ああ幸せ、これだけでもこのクエストを受けてよかったと思う。
「よし、じゃあバフをかけるよ。お嬢は振り落とされないように注意してね。」
カラスさんの声と同時に、舞い上がったハトがそれぞれの周囲を飛び回り、渦巻く風のエフェクトを発生させる。ハトが肩に舞い戻ると同時に、三人……いや、二人と一匹の使役獣が走り出した。
それからの道中は「なぎはらえっ」の一言だった。
……だいたい予想はしてたけど、低レベル帯のノンアクティブをスルーするのは当然として、向かってくるアクティブモンスターもほぼスルー、正面の邪魔な位置にいるモンスターは、先行しているカラスさんの高火力魔法で、言葉通りなぎ払われて排除されていく。
さいわいなのは、四葉世界のモンスターは一定のエリアから離れると、ターゲットが切れて自動的にもといた場所に戻る仕様なので、大量のモンスターを引き連れて走る「トレイン行為」にはならない事ぐらいか。
山岳地帯にさしかかるとさすがにスピードは落ちたけど、降りれそうにない崖を下るし、崩れそうな岩壁を駆け上がる。無茶するなぁと思ってたらそれは可愛いほうで、どう見ても人が飛べる距離じゃない岩棚から岩棚へ、風の支援魔法をつけて迷わずジャンプしたときは、さすがにクロウ君の背中で硬直した。
「もっと怖がるかと思ったら、あれで声も上げないとは、意外と度胸があるんだな。」
「ここまでは問題ないでしょ、難しいのはここからだしね。」
気が付くと、山の中腹らしい見晴らしのいい岩場で立ち止まっていた。いや、度胸以前に声を出す余裕すらなかったんですが……。
「で、問題のエリート地帯なんだけど、あの洞窟がわかるかな?」
カラスさんが指し示した先には、巨大な洞窟が見えた。
「今からあそこを走り抜けるよ。お嬢はクロウから落ちないように、あと絶対俺達にヒールしないでね。」
中にいるのは、二匹から三匹でチームを組んでるエリートモンスター達だそうだ。基本は魔法と戦士の組み合わせで、正直相手してたらやってらんないレベルだから、多少被弾しても一気に駆け抜けるとのこと。
ヒールをしないっていうのは、もしHPが減ったからとヒールをかけたら、そのヒールヘイトでモンスターがわたしに攻撃を仕掛けてくる。正直、わたしのレベルだと魔法の一撃でアウトだろう。
「……運しだいではネームドが沸いてる可能性もあるが、なるだけ沸き地点から離れたところを通るから、たぶん大丈夫だ。もしネームドが俺に反応したら見捨てて逃げていい。」
ガゼルさんが走る準備をしながら言うと、カラスさんが「俺達は多少被弾してもどうとでもなるから、気にしなくていいからね。」と笑って付け加えた。
このレベルでわたしに出来ることは、走る直前に〈リアクティブヒール〉をかけるぐらいなので、おとなしくわかりましたと返事をしておく。
ネームドか……いくらなんでも、一日二回もレアネームドに出会ったりしない、よね? うん、しないと思いたい、ネームドを呼ぶプレイヤーとか呼ばれたくないし。
わたしのLuck1000が余計なものを召喚しないように祈りつつ、洞窟の入り口にむかった。