1-11 まだ見ぬもふもふを求めて
「んで、ガゼルに何されたのかな?」
「カラスちがう、誤解だから手離せ!」
ガゼルさんの右腕を捻り上げたまま、笑顔でわたしに声をかけるカラスさん。
えーっと、顔が怖くて逃げましたって、素直に言ったほうがいいのかなこれ。
「そもそもこのバカが逃げ出さなければ、捕まえたりしねぇし。」
「……捕まえる気まんまんでフレンド全員に指名手配するような人に、バカよばわりされたくないです。」
「ああ、やっぱりあれ、お嬢ちゃんだったんだ。」
「げ、カラスさんも知ってるんですか……。」
「うん、このバカからいきなり『このチビ見かけたら通報求む』ってメールが来たからね。」
「なんですかそれ、わたし犯罪者扱いじゃないですかっ。ていうか、カラスさんこの人のフレンドだったんですね。」
「そうなんだよねー、なんかこういうバカされると、友達やめようかと思っちゃうけど。」
「カラスてめぇ、人の目の前でなに言いたい放題いってやがる。」
「言われるような事をするからだろ。んで……とりあえず、ここは目立つから場所を変えないか?」
にっこり笑って肩越しに周りを指し示すカラスさん。
そういえばリアルの時間はそろそろ夜の九時、仕事とご飯を終えた社会人がログインするゴールデンタイムだ。村にもプレイヤーの姿があちこちに見える……というか、思いっきり注目を浴びてる。
思わず帽子を目深にかぶりなおそうとして、そもそもこの帽子が目立ってる原因のひとつなのに思い当たってしまった。おうう、この帽子気に入ってたのに……。
このまま逃げ出してもガゼルさんはまた追いかけてきそうだし、どこかで落ち着いて話をつけたほうがよさそうだなぁ。
相談の結果、すぐ近くにカラスさんの工房兼家があるそうなので、申し訳ないけどそこにお邪魔する事になった。
カラスさんの工房兼家は、宿の裏手の小川沿いをちょっとだけさかのぼったところにある、森に埋もれるように立つ山小屋だった。
見た目は小さいけど、なかに入ると三部屋もあって意外と広い。案内された応接間らしき部屋には、暖炉や木の切り株椅子あったりして、まさに森の家って感じだ。こういう家もいいなぁ……買うのは高そうだけどね。
二人が切り株椅子に座って話始めたので、わたしは暖炉のそばのふかふか毛皮マットに陣取って、カラスさんにお願いしてクロウ君を脇にはべらせた。もちろんトトも呼び出して、一緒にもふもふを堪能している。
「……なるほど。お嬢ちゃんにスヴァーデル討伐を助けてもらったのに、お礼をする前に逃亡されたと。」
「けっこうなドロップがあったのに、それも受け取らずにだ。しかもPTを抜けたあと、ご丁寧にウィス拒否してログアウトしやがった。」
「ログアウトしたのは単なる『リフレ落ち』です。それにドロップもいらないって、PT抜けたときに言ったじゃないですか。」
「まあまぁ、二人ともおちついて。そもそもドロップって何か特別なものでも出たのか?」
ガゼルさんは、バッグから二個のアイテムをテーブルの上に取り出した。
ひとつは青く光るユニコーンの角の欠片で『スラニルの記憶』、もうひとつは妙にいびつな形をした灰色の召喚宝珠だ。
「出たのはクエストアイテムの『スラニルの記憶』が全員分と、ユニーク級の盾、レジェンド級の小手とヘッド、レア級のソード、魔力矢が二束だな。ユニ盾はケーナがもともと欲しがってたから、悪いがケーナに渡した。他の武器防具も俺達で分配すませたが、この二つはどう考えてもこのチビに渡すべきだろう、って話になって探してたんだ。」
「うーん、『スラニルの記憶』はクエストやったことあるからわかるんだけど、もうひとつはなんだろう、召喚宝珠なんだろうけど初めて見る。」
カラスさんは、興味津々の表情でテーブルに載せられた灰色の召喚宝珠を凝視すると、「いやまさか、でも可能性は……、テイマーだし」と、よくわからない事をつぶやいている。
「あの、……見せてもらってもいいですか?」
さすがに気になるので立ち上がってテーブルに近づくと、ガゼルさんが無造作に召喚宝珠と角の欠片を渡してくれた。
カラスさんはスヴァーデルを何度か倒してるらしく、『スラニルの記憶』は必ずPT人数分落ちるアイテムで、南の隠し村シクルドで起こるクエストアイテムだと教えてくれた。
ただこの召喚宝珠は初めて見るし、こんな奇妙な召喚宝珠をドロップしたって話も、いままで聞いたことがないらしい。
……確かにこの召喚宝珠は普通じゃなかった。。
普通の召喚宝珠は光沢のある球形や卵型だったりするのに、これは床に叩きつけられた粘土の卵みたいにいびつに歪んでいて、色も光沢のない鈍い灰色。それに、見た目が奇妙なだけでなく、そもそも〈調教士の眼〉で見える情報がおかしかった。
『召喚宝珠 幻獣---・-―-(呪縛状態)』
--に-された--の-。天--の---
呪縛アイテム(解呪可能) 命名:不可
ネームタグが黒と灰色のまだらになっていて、ところどころ文字が歪んで読むことも出来ない。どうみても「呪われた召喚宝珠」だよね、これ……。
たぶん解呪すれば見えるようになるんだろうけど、そもそもどうやって解呪するのかわからなかった。
「ティガが言ってたが、その召喚宝珠はPTにテイマーの知識持ちがいなきゃドロップしない、特殊なユニークレアじゃないかって言ってたぜ。」
あー……。
そうか、テイマーにはパッシブで、召喚宝珠ドロップアップの知識スキル〈知識:使役獣〉があるんだった。たぶんこれはその知識のおかげだよね、Luck1000のせいじゃないよね……できれば、その方向でお願いします。
「スヴァーデルのドロップで召喚宝珠か。うーん、確かにこいつはお嬢ちゃんが貰ったほうがいいと思う。」
灰色の召喚宝珠をじっと見ながら、カラスさんは断言した。
「えええ、クエストアイテムはともかく、ユニークレアとか貰えませんよ。」
「いや、これテイマーが貰わないとたぶんダメだ。」
「……は?」
「んーとね、実はシクルド村にちょっと特殊なNPCがいるんだ。」
カラスさんが丁寧に説明してくれた話によると、シクルド村のはずれに特殊な家があって、そこは『スラニルの記憶』のイベント中のテイマー本人と、そのテイマーのPTメンバーしか入れない。
そしてその中にいるNPCが「スラニルは卵を持っていませんでしたか?」と聞いてくるらしかった。
「聞いてくるだけで、イベントも起こらないしクエストフラグも立ってない。噂だけど、スラニルの卵を持っていれば、ユニコーンの使役獣に関係あるイベントが起こるNPCなんじゃないか、って言われていてね。」
「ユニコーン……? え、じゃあこれ、ユニコーンの召喚宝珠かもしれないって事ですか。」
わたしは手の中にある歪んだ召喚宝珠を、あらためてまじまじと見た。
スヴァーデル討伐後に現れた馬、青く光る体躯と白くて長い角を持った「神獣:スラニル」の姿は確かにユニコーンに見えた。
騎乗タイプの幻獣ユニコーンは、まだ入手手段がわかってないレアな使役獣だ。確かにあのスラニルサイズの馬なら、ケンさんの巨体でも余裕で乗ることが出来そう。
これ、もし手に入れたら身内専門の貸馬屋ならぬ、貸ユニコーン屋さんになるのかな。ていうかスラニルの卵ってことは、四葉世界のユニコーンって卵生……?
「シクルド村へいく道は、レベル九のクレリックひとりじゃ厳しいけど、実は都合がいいことに俺、シクルドに行く用件があるんだ。……ガゼルもあるよね?」
ええと、カラスさん……?
ガゼルさんの肩にひじを乗せ、ものすごく人の悪そうな顔で笑う姿は、どこぞの悪徳商人のようなんですが。
「いや、あの。カラスさん、そこまでしてもらうわけには……。」
いかないです、と言おうとしたら笑顔で振り向いたカラスさんに、両肩をがっちりホールドされ「ぜひ手伝わせてくれ」とすごい勢いで言われた。
「これはまだ、CβTのころから誰もクリアしてないクエストのはずなんだ。それも幻獣が手に入るかもしれないんだよ? 燃えるねぇ、ゲーマーとしてだけじゃなくテイマーとしても血が騒ぐよ! いいかいお嬢ちゃん、これはもしかしたら君のシャ・トトーと同じPTクエストの可能性があるんだ、PT全員が召喚宝珠をゲット出来るかもしれないし、出来ないかもしれない。だけどそんな事より、ずっと気になってたシグルド村の『スラニルの卵』クエストが目の前にあるんだ、やらないなんて選択肢は俺にはない! 頼む! あつかましいのはわかってるけど、手伝わせて……いや違うな、シグルドに行くPTに俺を混ぜて欲しい。」
「は、はい……。」
怒涛のように熱く語るカラスさんの迫力に負けて、つい了解してしまった。……うん、ガゼルさんもそのままの勢いで、同行する話の流れになっちゃってるなぁ。
カラスさんの豹変ぶりに戸惑ってたら、眼が合ったガゼルさんが疲れたように苦笑して言った。
「すまん、こいつ召喚宝珠コレクターなんだ……。」
「違うね、召喚宝珠コレクターじゃなくて、幻獣コレクターと呼んでくれ。」
ああ、そういえばトトを初めて見たときも、こんな感じで暴走してたっけ。なるほど……どのゲームにもいる、特殊なレア物コレクターさんだったのかー。
カラスさんは、普通にテイム可能なモンスターをテイム成功すればいい野獣の召喚宝珠はCβで集めつくしたらしく、今は幻獣をメインに集めているそうだ。
でもまぁ、わたしももふもふの為に四葉世界やってるようなものだし、もしかして似た物同士? いや、ここまで暴走することはない、というか……うん、わたしも暴走しないように気をつけよう。
四葉世界には使役獣にランクが四つあって、種族が野生獣のモンスターをテイムする「野獣」、イベントやクエストなどの報酬やネームドモンスターのレアドロップなどでゲットする「幻獣」、いまのところ幻獣から進化させる方法でしか入手できない「聖獣」、そして公式で入手難易度最高と紹介されているものの、いまだに入手手段がわかっていない「神獣」の四つだ。
NPCのセリフだと、以前はもうひとつ「魔獣」というランクがあったけど、今は使役不可になってるらしい。ちなみにそのNPCのセリフから、これからのアップデートで「魔獣」が実装されるんじゃないかって予想されてる。
そういえば四葉世界って猫・狼・狐はいるのに、なぜかまだ犬系の使役獣がいなくて、これも魔獣と一緒でまだ未実装の「魔界」にいるんじゃないか、って掲示板で噂になってたなー。まあ、たしかに魔界なら「地獄の番犬」とかいそうだ。
ちなみに、四葉世界で今現在実装されているのは「精霊界・獣人界・人間界」の三つで、今後のアップデートで「魔界」や「世界の柱」に行けるようになるらしい。
「まぁ、まだ未実装じゃないかって言われてる幻獣も多いし、そもそも幻獣の召喚宝珠はレアだからね、まだ『巨大猫』と『黒の妖狐』と『天狼』の三体だけしか持ってないよ。一度に召喚できるのも二体までだから、育成してるのもクロウとネグロだけだし。」
いや、三体だけって……。
それって今、入手方法がわかってる幻獣のうち、強いけど入手難易度が最高ランクのやつばかりですよね? たしかこれ以外だと有名どころでは獣人界で入手出来る「白虎」がいるぐらいじゃなかったっけ。
カラスさん、もしかして白い使役獣だから後回しにしてる?
「カム・ネグロ」
カラスさんが指を鳴らすと、クロウ君の半分ほどの大きさの黒い狐が召喚された。
おお、たしか人界のネームドが落とす幻獣の「黒の妖狐」だ。
からだと同じぐらいの大きさのふかふかした尻尾を持ち、全身はところどころ赤いメッシュが入ったつややかな黒。尻尾も先のほうが赤くなっていて、よく見ると二本にわかれてた。
妖狐といってもおどろおどろしいという感じではなく、仔狐がそのまま大人の柴犬サイズになったような可愛らしさだ。
カラスさんは仔狐のネグロ君をすくうように抱き上げて、暖炉前に横たわってたクロウ君の脇に寝かせる。うおお、二匹がお互いに頭をスリスリして、眼を細めながらなめあってる……やばい、可愛すぎる。思わずカラスさんに「SS撮ってもいいですか!」とお願いして、あらゆる方向からSSを撮りまくった。
「で、シクルドには今から行くのか?」
「そうだね……、お嬢が大丈夫なら今からお願いしたいけど、どうだろう?」
「んーと、今日は適当に狩りして、レベルを上げようかなぁって思ってただけですから、特に用事もないし大丈夫です。」
「おっけー、お嬢はリフレCTはある?」
いつのまにかお嬢ちゃんがお嬢になってるけど……まあいいか。未成年なので十分のCTがあることを伝えると、カラスさんたちのほうで準備を整えておくので、とりあえず全員でいったんリフレ落ちして、十分後に集合という事になった。