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1-9 バトル・オブ・スヴァーデル

 チャリリンっと音がして視界の前面に五人分のPTバーアイコンが表示された。


 それぞれのバーに名前と職レベル、HP・MPが表示されている。

 女戦士さんはレベル三十六の重戦士 (ヘヴィウォリアー)でケーナさん。

 二刀使い狩人(ハンター)がレベル四十五でガゼルさん。

 弓使い狩人(ハンター)はレベル十五のヘンリックさん。

 大剣を振り回してる剣士(フェンサー)がレベル十でシンセイさん。

 そして昏倒状態でバーが黒くなっているのが吟遊詩人(シンガー)の二次職竪琴師(バード)でレベル十一のアルティガさんだった。

 ずいぶんとレベルがバラバラだけど、ギルドハントPTだったらよく見る光景だ。

 わたしは半透明のフロートアイコンになってるPTバーを動かし、主盾(メインタンク)のケーナさんを一番アクティブにしやすい位置に配置して、ヒールワークを開始する。

 さっきクレリックのレベルがあがって〈セルフリリーフ〉という、自分のHP・MPを即時で五十%程度回復するスキルと、ダメージを受けたら回復が発動する予約ヒールタイプの〈リアクティブヒール〉を覚えたし、レベル七でもちょっとは役に立てるんじゃないかなぁ……役に立てるようにがんばろう。


 回復スキルは対象を直接視認するターゲッティングでも使えるけど、PTの場合はPTバーを使って回復や支援バフかけることも出来る。むしろ戦闘中激しく移動する前衛に回復や状態異常解除を使うなら、PTバーをクリックしてヒールしたほうが早くて確実だ。

 ケーナさんを〈ショート〉と〈グレーター〉の単体ヒール連打で全回復させ、その他は範囲の〈スフィア〉で適当に回復しながら、昏倒したバードのアルティガさんに〈リザレクションウィンド〉を使った。


「ありがとう、助かった。」

「いえ、こっちこそ蘇生レベル低くてごめんなさい。」

「問題ないよ、バードだから自分でどうとでもする。」


 範囲攻撃を食らわないように、わたしの近くまで下がって自己回復の詠唱を始めるアルティガさん。熟練度が最低レベルの蘇生なのでHPもMPも一割以下しか戻ってないのだ。

 まともに戦闘するのは今日が初めてなんだから、熟練度なんて最低なのは当然なんだけどね。


「ごめんねぇっ、うちのクレリックってば戦闘中に落ち(ログアウトし)ちゃってさ、あいつ未成年だから最低でも十分は戻らないのよ。」

「ケーナ、あれは回線切断だから十分で戻れるかどうかわからん。……チッ、ヘンリー少しさがれ! 遠距離の弓使いが短距離の範囲攻撃食らってどうする、ティガもお嬢ちゃんも今度あのバカ(ヘンリー)が範囲食らったら回復しないで放置していい。」

「えええっ、ガゼルそれはひどいっ。」

「まったくだ。ヘンリック、こっちもぎりぎりなんだ、それくらい自分で何とかしろ、回復職に負担をかけるな。バードには範囲回復はないんだぞ。」

「おっと角攻撃!次にまた痛い範囲くるよ!」


 警告を飛ばしたケーナさんは、角の突き飛ばし攻撃に備えて盾を構え、体勢を低く沈み込ませる。ケーナさんの身体の前面に、巨大な光盾のエフェクトが浮かび上がった。

 ケーナさんは「何度も飛ばされちゃ、壁役の意味がないからねっ」と、光盾と装備の盾でスヴァーデルの角をがっちりと受け止める。

 角攻撃を押さえ込まれたスヴァーデルは、苛立ったように身体を震わせて範囲スキルの詠唱を始めた。それにあわせてこちらも〈リアクティブ〉をケーナさんに飛ばし、範囲回復の〈スフィア〉を詠唱すると、隣でアルティガさんも回復アップとダメージ軽減障壁(バリア)のスキルを使ってくれていた。

 新人らしきヘンリックさんとシンセイさんはともかく、レベルの高い残りの三人はうまいし安定してるなぁ。

 アルティガさんは絶妙のタイミングで回復増加やMP補給をわたしに使ってくれて、さらに攻撃も隙を見て入れてるし、ケーナさんはモンスターの高ダメ(痛い)スキルにダメージ軽減のバリアスキルをきっちり合わせてくれている。

 それに二刀ダガーのガゼルさんは、近接職なのに器用に立ち回って範囲を回避してるし、時々召喚される二体の雑魚モンスターも、ほとんどひとりで処理してくれていた。

 さっきレベル七に上がったばっかりの、初心者クレリックのヒールワークでも何とか維持できてるのは、この高レベル三人のおかげだと思う。


 あわてる場面も少なくなり、だんだん戦闘が安定してきて精神的に余裕が出てきた。

 後ろでヒールを飛ばしながら戦闘を見ていると、スヴァーデルの注意が必要な攻撃は「召喚」「連続範囲」「角攻撃」「強力広範囲」の四種類なのがわかる。


「召喚」……甲高い咆哮でクレイゴーレム(泥人形)を召喚する、一定時間間隔。

 近距離攻撃のHP吸収タイプと遠距離攻撃のMP吸収タイプの二体で、ヒールヘイトに反応してまず回復職に向かってくる。もし放置して回復職のMPが切れたらやばいけど、近距離タイプのほうを〈クイックスタン〉〈ウィードトラップ〉で足止めしておけば、火力陣が速攻で各個撃破してくれるのでそこまで脅威じゃない。まぁ、しょせん雑魚なので弱い。


「連続範囲」……激しい足踏み連打するアクションで連続の範囲攻撃、頻度が高い。

 一回のダメージはさほど大きくはないけど、物理防御低下のデバフ・転倒効果・出血DOT(継続ダメージ)がそれぞれ付いてる三連撃は低レベルだとかなり厳しい、レベル十フェンサーのシンセイさんがまともに食らうとHPが残り二割まで削られる。ただ、範囲が狭いので発動と同時に距離をとれば回避出来る。さっきヘンリックさんが食らって怒られてた範囲はこれ。

 実際ガゼルさんはほとんど食らってないし、近接火力のシンセイさんもがんばって避けようとはしてくれている、かな? えーっと、さすがに死なない程度にはアルティガさんが単体回復を飛ばしてくれているので、回復はお任せしている。

 ……見捨ててるわけじゃないよ?


「角攻撃」……頭を低く下げて威嚇し、巨大な角で単体ターゲットを突き飛ばす。

 最初にケーナさんが飛ばされてきたやつで、角を使った転倒付きの強烈な突き飛ばし。

 もし私やシンセイさんが食らったら即昏倒するほどダメージが高い。ただ事前モーションが大きくて予測しやすく、ケーナさんが強力な盾防御スキルを使って対応してくれてるので、これも何とかなってる。


「強力広範囲」……角攻撃の後に、角に集めた雷撃を周囲に撒き散らす。ものすごく痛い。

 範囲が広いために後衛も食らってしまう広範囲攻撃。私の〈スフィア〉とバードの回復力増加・全体へのダメージ軽減バリアスキルを重ねて使っても、全員のHPが半分近くまで減る。さっきアルティガさんが昏倒させられた痛い範囲攻撃。

 ただ、攻撃後のスヴァーデルの硬直も長く、角攻撃の後に来るのもわかってるので何とか対応してる。


「よし、残り三割まで来たよ。火力陣、さくっとけずっちゃおう!」


 ケーナさんがタウント(挑発)スキルを使いながら声をかけた。

 いまのところヒールも攻撃も連携に破綻はないし、このまま討伐までいけそう。

 ……と、思ってたんだけど。


「こういうネームド(エリアボス)ってさー、残りHP二割ぐらいになったらお仕置きモードとかに入って、豹変したりするよねー。」


 ボソッと、ヘンリックさんが不穏な事を言った。


「ちょっ、ばかヘンリー! 不吉なこと言わないでよ!」

「ヘンリック……少しは空気よめ。」

「ヘンリーさぁん」

「むしろあいつのほうが空気読んでるぞ、見ろ……馬野郎の様子が変だ。」

「いやぁあっ、やめてぇっ。」


 ケーナさんの叫びもむなしく、読まなくていい空気を読んだスヴァーデルは、全身を震わせ激しく咆哮すると、暗雲をまとって巨大な身体を再構築させていく。全体的に黒かった体色が不気味な黒と灰色のまだらになり、残り二割になっていたHPバーも七割近くまで回復してしまったスヴァーデル(改)。


「くそ、まずいな長期戦だと手持ちがたりない。」


 ガゼルさんのつぶやきに、私も自分のポーションを確認する。

 たしかに結構まずいなー。最初の狩りで結構消費していたのもあって、MPポーションの残りが足らないかもしれない。


「しょうがない、やるしかないよ! お嬢ちゃん、ごめんねー。やばくなったら見捨てて逃げていいからね。」 

「いえ、最後までお付き合いします。」


 タイムカウンターは残り三十分以上あるし、ポーションも節約すればぎりぎり足りるだろう。なによりここまできたら、エリアボス討伐したいよね! 


「OK、いい返事だ。」


 ガゼルさんがニヤリと笑って、親指を立てるハンドサインをくれた。

 うれしくなって同じサインを返すと「チビだがなかなかいい根性だ」と笑いながらスヴァーデル(改)に突っ込んでいく。いやいや、好きでチビキャラなわけじゃないからっ!




 その後は当然だけど、かなりきびしくなった。

 攻撃パターンが変化して雑魚召喚と角攻撃がなくなり、新たに詠唱の短い三回連続の麻痺つき範囲スキルを使ってくる。さらに痛いほうの広範囲攻撃も頻発してくるし、ケーナさんに対する単体攻撃もあきらかに威力が上がってる。

 近接火力のシンセイさんが麻痺付き範囲で昏倒を繰り返すので、弓のヘンリックさんと同じ場所から遠距離スキルでぺちぺちするだけにしてもらい、痛い広範囲攻撃は二人とも当たらない位置まで逃げてもらうことにした。あたってもヒールしないぞ、とアルティガさんが怖い顔で言ったので、二人とも必死で逃げてくれている。

 多少火力は落ちちゃうけど、MP残量や回復スキルのCT的にそっちに割く余裕がないのでしょうがない。

 それでもHPを半分以下になるくらい削ったところで、ふとあることに気が付いた。

 ……スヴァーデル(改)に、本体とは別にもう一箇所ターゲッティングできる場所がある。

 変身後、身体全体と同じく巨大な角も黒と灰色のまだらになっているけど、その頂点が灰色ではなく白くなっていて、そこだけ個別にターゲットできた。

 ヒールの合間に〈レイジ〉をそこに撃ってみると、HPに変化はないが白い部分が広がったような気がする。

 これはもしかして……。


「アルティガさん、角の先が個別の攻撃ポイントになってるの、わかりますか?」

「む? ああなるほど、角の先端に確かに攻撃ポイントが見えるな……〈ソニック〉(音速刃)、ふむ、当てると反応がある、か。」


 こういう大型ボスが個別のターゲット(攻撃目標)ポイントを持つ場合、だいたいは「弱点」で破壊すれば特殊攻撃を封じたり出来る。たまーに「竜の逆鱗」のように逆上して手に負えなくなる場合もあるけど、さすがに初心者エリアのボスにそんな罠しこまないよね、うん、いくらなんでもそれはないと思う。

 アルティガさんもその考えになったみたいで、前衛二人に声をかけた。


「ケーナ!ガゼル!角の先端に弱点ありだ、わかるか?」

「おー! 了解。見えるよっ、攻撃のタイミングは?」

「こちらも了解だ、タイミングはティガに任せる。」

「OK、次の広範囲攻撃の詠唱を始めたら一気に押す、ヘンリックとシンセイも最大火力で突っ込め、骨は拾ってやるから死ぬ気でいけよ。」

「最大火力りょーかい。」

「は、はいっ、がんばります。」


 さすがに緊張した声で応えるヘンリックさんと、めいっぱい緊張してるシンセイさん。うん、この緊張感好きだなぁ。

 わたしも〈レイジ〉の準備をし、ずっと待機させていたトトにも〈アタック〉を使っておく。

 緊張しながら全員がタイミングを計っていると、スヴァーデルが身体を震わせて範囲の詠唱を始めた。


「今だ!」


 アルティガさんの掛け声に合わせて、全員の攻撃スキルが角の先端に集中する。


「まだだ! 足りねぇぞ、とっておきもぶっぱしろ!」


 そう叫ぶと同時にガゼルさんの全身が光り始め、さらにアルティガさんとシンセイさんも同じように光りだした。

 おお、獣人族の種族スキル「変身」か!

 攻撃力が三倍になるかわりに防御力が激減し、終了後にMPがゼロになる。効果時間はだいたい三十秒から一分、スキルCTは二十四時間という、まさに獣人族のとっておきスキルだ。


「おら、いっけえぇ!」


 ガゼルさんの掛け声と同時に、全員の最大攻撃が角の先端に突き刺さった。

 耳をふさぎたくなるような呻き声を上げて、激しくもがきだすスヴァーデル。

 苦しげにのた打ち回り、鋭いいななきと共に立ち上がると、青白い炎が宿った眼でPT全員をにらみ据える、やがて炎は眼から全身に広がっていった。

 うわ、やばい、もしかして……。


「やべぇ、もしかして逆鱗のほうだった?」


 空気読まないヘンリックさんのつぶやきが聞こえる。

 たしかに思ったけど! 思ったけど言ったらそうなるような気がして、言わなかったのに……。


「ヘンリー、あたしが先に骨にしてあげてもいいのよ?」


 ケーナさんが、獲物を見つけた肉食獣みたいな笑顔で言った。


「いや、その必要はない。」

「ヘンリック、命拾いしたな。」

「あ、……やった、んですか?」


 全身に広がった青白い炎は、そのままスヴァーデルの巨体を焼き尽くしていく。

 完全に燃え尽きた後には、スヴァーデルの半分程度の青白い体躯(からだ)に白い一本角を持った、まさに聖なる生き物(ユニコーン)が立っていた。ネームタグは「神獣:スラニル」に変化している。

 あ、なんかどっかで見たような展開な気がする。……もしかしてまた魔物に支配されてたパターン?

 予想通り、神獣スラニルは(魔族の支配から開放してくれて感謝する)と、一言だけつぶやいて消えて行った。


 大量の経験値と分配されたギールがそれぞれのインベントリに入り、ドロップ品はPTリーダーのアルティガさんのインベントリにまとめて入るログが流れた。

 ドロップをリーダー取得にして後でまとめて均等に分ける、ギルドPTによくある分配方式だったみたいだ。高レベルと組んでいたのに取得経験値が多かったのも、ギルドの新人育成用にPT内の低レベルに経験値が多く分配される「師弟制度」を使ってくれてたんだろう。

 なんだかいろんなレア武器や防具のログがあったけど、正直ドロップ品が欲しくて手伝ったわけじゃないし、むしろこんな低レベルなのにPTに混ぜてくれて、経験値を稼がせてくれただけでありがたい。なにしろこのボスだけで、クレリックもテイマーも二レベルも上がった。

 誰かが分配を言い出す前に、さくっと戻ってしまおう。


「じゃあ、私はタイムカウンターが十分切ってるので、リターンで街に戻ります!」


 ついでにレベルが上がった事にもお礼を言って、そのままPTを抜ける。


「え? ちょっと、分配は。」

「経験値だけで十分です、ありがとうございましたー。」


 それだけ言って、ホームポータルへの帰還スキルを詠唱する。

 なんだか怒ったような表情で振り返ったガゼルさんが、向かってきて何か言おうとしてたけど、その瞬間にリターンスキルが発動して声は聞こえなかった。

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