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【5】胸騒ぎ

 菅沼明久はダイニングのテーブルを見て思わず立ち止まった。

「たまにはわかめも食べてよ」

 まど香はそんな父親に、ご飯を差し出す。

「あ、ああ……」

 菅沼は腑に落ちない表情で椅子に腰をおろす。

 デジャヴか? いや、これは違うぞ。だいたい寝起きからいきなり何かを感じた事なんて今まで無かった。

 どう考えても、今朝まど香が起こしに来た光景は以前見ている。そしてこの味噌汁……どうなってるんだ。

 彼は奇妙な胸騒ぎがした。

 微かな心臓の高鳴りを感じて、背筋に妙なざわつきを覚える。

「どうしたのお父さん、早く食べないと会社遅れるよ」

「あ、ああ」

 菅沼はそう言いながら、自室へ向うまど香を目で追った。

「あ、お母さんは今日の夕方だっけ」

 戸口で振り返ったまど香は「うん、夕方には帰るって」

 ……なんだ。何が在る。どうして急に色々見えてくるんだ。そして、この心のざわめきは何なんだ。

 こんなに大きなデジャヴなんてあるのか? 俺の頭がどうにかなったのか?

「行ってきます」

 玄関からまど香の声が聞こえた。

 菅沼は何故かもう一度まど香の顔を見ておきたくて、慌ててダイニングから顔を出すが、ちょうどダンパーで戻る玄関扉が閉まる所だった。



 蒼く澄んだ空は、日増しにコントラストを上げて、秋の深まりを感じさせている。

 菅沼は見上げた空を見て考えた。

 ……この空もそうだ。確かに空なんて何時も同じようなものだろう。晴れ渡る青空なんて今までにも何度も見ている。

 しかしこの光景……上手くは言えないが今見上げている空は以前見ている。

 それでも、どうして色々な事にいちいちデジャヴを感じるのか。今までだって何度も空は見上げているが、それにデジャヴを感じた事は無い。

 バスの窓から見る景色には何も感じなかった。

 何時もはもっと空いているバスも、時間帯が少し早いだけでかなり混み合っている。

 ……痛っ。

 直ぐ前にいた女子高生がバスの揺れに身体が振られて、菅沼の足を踏んだ。

「す、すみません……」

 直ぐ謝る彼女に、菅沼も思わず苦笑いを返す。

 ……こんな時はどうなんだ。例えば起こる前に感じ取れたら、それを回避出来るではないか……そして、それはもう科学的根拠のデジャヴではなくなるのだろう。ある種の予知か、それともやはり今日を繰り返していると言う事だ。

 しかし菅沼が何時も感じるのは事が起きてから、それを前に見た、前に感じたと思うに過ぎない。

 今朝の胸騒ぎだって、結局まど香の行動に朝からデジャヴを感じたからで、目が覚める前から彼女が起こしに来る事を知っていたわけではないのだ。

「くそっ」

 菅沼は思わず声に出してしまった。

「すいません。わざとじゃないんです」

 目の前の女子高生が真っ赤な顔で謝った。

「あっ、ごめん。違うよ。君の事じゃないから」

 菅沼は慌てて笑みを返した。



 以前から考えていた事に当てはめれば、今日は二度目の水曜日に違いない。しかし、それはもしかして自分の頭の中だけで勝手に起こっている妄想という可能性も無くはない。

 そう考えると、自分は精神障害を患っているのだろうか……

 菅沼は朝の会議もそっちのけで、そんなことばかりを考えていた。

 ……いや、もう何年も起きていることだ。今更精神的に可笑しくなったとも考え難いが、誰かに話したらきっとそう思われるだろう。

 何年も前から……という事事態が妄想の可能性も在るではないか。本当はつい最近思い始めた事なのかもしれない。

 だから何時からそうなのか明確に覚えてないのだろうか。いや、人の記憶なんてそんなに鮮明なものじゃない。

 この会社に入社して最初にこなした仕事だって、たいした覚えていないではないか。

 菅沼は全く会議の内容が耳に入らなかった。

 時々聞こえる規格内容とその決定事項などは自然に頭に入って来たが、誰の意見が取り入れられて、何故そうなったかはまるで判らないまま会議は終了した。

「チーフ」

 会議室を出て少し歩くと、背中から麻美の声がした。

「チーフ、どうしたんですか? 何だか会議も上の空で」

「えっ、そうだったか? そんな事はないけど」

「なあんか、変です」

「そうか? 俺は何時ものまんまだけど」

 菅沼はそう言って笑うと、休憩ロビーの前で

「あ、コーヒーでもどうだい? おごるよ。今朝は飲みそびれちゃってね」

「やっぱ聞いてなかったんですね。これからクライアントと商談ですよ」

「えっ、直ぐかい?」

 麻美は笑うと

「じゃあ、あたしが準備してますからチーフはコーヒーどうぞ」

「あ、いいよ。自分でやるよ」

「大丈夫ですよ。あたしと一緒に行くんだから」

「えっ、ああ、そうなの」

 菅沼は笑顔で立ち去る麻美の後姿を見ながら、両の目頭をぎゅっと親指と人差し指で摘んだ。

「やばいな、しゃんとしないと……」

 とりあえず自販機のコーヒーを買うと、冷たい缶を一度額に当ててからプルタブを引いた。





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