第04話:日頃の感謝だよ
街路樹に群がってけたたましく鳴いていたヒグラシもいつの間にかいなくなっていた。街灯と街灯とが交差する静寂の遊歩道。そこで、僕は1つの疑問を覚えた。
「盾の事、なんで知ってるんだ?」
「直感だよ、直感」
「もしその直感が外れてたら僕の頭蓋骨も外れてたぞ!」
「あはは、うまいこと言うねー」笑いごとじゃねえよ。
「まあもともと寸止めするつもりだったから安心して」
茜はそう言うがあのフルスイングには手加減の欠片も感じ取れなかった。いや、そんなことよりもなぜ茜は魔法(?)が使えるんだろうか。
「わたしね、小学6年生の時に誘拐されちゃったの」
「誘拐? どういうことだ?」
「よいしょ」
茜が遊歩道と道路との間のガードレールに腰掛けるので、僕も真似してその横に腰掛けた。
「お母さんが急病で倒れたなんて話、あの頃のわたしは疑いもしなかった。だけどわたしを乗せた車がたどり着いたのは病院じゃなくて山奥のログハウスだったの」
「…一体何があったんだ?」
「実はわたしにもよく分からないんだ。でもそのとき強く願ったんだよ」
茜は指を絡ませて組んだ手を胸の前に持ってきて目を閉じる。
「誰か助けて! わたしはここにいるんだよ! ってね。当然そんな山奥に助けなんか来なかった。だけど…」
茜が目を開けて夜空を見上げる。
「気が付いたの。携帯電話がつながらないかって。それでカバンを開けたら…」
茜がさっきのようにカバンから金属バットを取り出して見せる。
「我を忘れちゃって、その人を思いっきり…」
「なんだ、僕と同じだ…」
「えっ?」
「誰の助けもなくてどうしようもない状況、そんなときに僕のこの手品みたいな能力も、茜の魔法も。なんだやっぱり同じか」
「…そうだね」
腰が痛くなってきたから立ち上がって背伸びをしたら、今度は茜が真似をした。
「んー、あっ、そろそろ帰らないと。長くなってごめんね」
「いや、おかげでスッキリしたよ。」
「ヤマトくんもそうだったんだね…」
「え? なんのことだ?」
「ほかにも何人かいるんだよ。わたしたちと同じような能力を持った友達が」
「僕たちだけじゃないのか?」
「うん。わたしも最近知ったばかりなんだけどね。今日はもう遅いから詳しい話はまた今度ね」
渡された紙切れには茜の携帯電話の番号とメールアドレスが書かれていた。
「じゃ、また連絡するね!」
「おう、じゃあな」
茜は夜の交差点に溶け込んで消えていった。
「それにしても…」
僕は折りたたんでいた紙切れを再び広げる。なんということだろうか。電話番号とメールアドレスをゲットしてしまった。本当にいいのだろうか。僕のアドレス帳の「女の子」フォルダにアドレスが登録されたのは妹以来だ。なぜ妹を「女の子」フォルダに登録しているのかは聞かないでくれ。
******
心地よい夏の夜風を体に浴びながら深呼吸をしているとあっという間に家にたどり着いた。鼻歌交じりで玄関のドアノブに手をかけた瞬間、ドアに跳ねとばされ石段に頭をぶつけた。ここで考察するべき点は2つ。1つめは無機物であるドアが僕を拒絶する可能性がゼロであるということ。もう1つは帰りの遅い兄にしびれを切らした妹が玄関で待機している可能性が9割9分9厘であるということだ。以上の考察から、僕が石段で負傷したのは僕に怒っている妹のせい。すなわち結局僕のせいだと推測される。
「ヤマト! あんた何時だと思ってんの!?」100点満点。
「いやあ、ごめんごめんバイトが長引いてさ」
「ご飯が冷めちゃうでしょ。早く食べなさいよ」
「はいはい」
「返事は1回!」
「はい…」相変わらず恐い妹だ。
かなりベリーハングリーな状態だった僕は、吸引力の変わらない掃除機のように妹の手料理をかきこんだ。その間5分。口元のデミグラスソースをティッシュで拭き取って丸めてゴミ箱に3ポイントシュートするが入らない。相当疲れているようだ。
「いつものことじゃん」
心を読まれた上にツッコみを入れられたので素直にダンクシュートする。その後、門限を大幅にオーバーした罰として皿洗いを手伝わされた。でも、こういう日常も悪くないな。
「なあ飛鳥…」
「な、なによ?」
「メシ毎日ありがとうな。今日も美味しかったよ」
「はあ? 急にどうしたの? 熱でもあるんじゃない?」
「日頃の感謝だよ!素直に受け取れ!」
「ど、どういたしまして…」
皿洗い終了。
「ああ疲れた」
部屋に戻ってベッドにダイブするとさっきのことを思い出した。
「あ、茜にメールしとかねえとな」
「茜って誰?」
背後から突き刺さるような冷たい声が。
「………飛鳥!! 何してんだよお前」
「盗み聞きよ」堂々と言うな堂々と。
「誰なの?」
「お前は… 知らねえよな。小5の時の同級生だよ」
「どういう関係?」
「はあ? なんだよそれ?」
「いいから答えて」
なんなんだ一体? っていうか顔が怖いんだけど。
「べ、別に、ただの友達だけどな」
「ふーん、まあどうでもいいんだけどね」ホントなんなんだお前。
「じゃ私もう寝るから。おやすみ」
「おやすみー」
「ガチャ」
「じゃ僕もそろそろ寝るかな。とりあえず確認のメールだけでも送っておこう」
茜にメールを送信した途端、急に眠気が来た。かすかな力で電気を消してベッドにもぐりこむと光よりも早く眠りについた。不安な夜の時間を繰り返される日常にかき混ぜて、曖昧模糊なまま越えていた日々を棚に上げて、今はただ眠っていたい。それだけだった。




