第32話:馬鹿正直なところも変わってない
銘鐘商店街を抜けて、駅前を通り、信号待ちの人々で溢れ返る交差点の角へ。群衆の圧力に負けないようにしっかりと建つ進学塾のビルと、それに押されてひっそりと建つフラワーショップ。そのふたつの隙間の、人一人分ほどの小さい路地は迷路のようだった。右に左に、淡路さんの手書きの地図を見ながら奥に進むと、とうとう路地は突き当たり、聞いた通りの看板が頭上に姿を現した。
「バラエティー雑貨 メロン」
ガラスのドアから覗きこむと、淡路さんが商品棚の整理をしていた。どうやらここで間違いないようだ。僕の新しいバイト先。そして、革新軍の手掛かりが隠されている場所。
僕は額の汗を拭ってドアを押し開けた。
「カランコロン」と金属のベルが鳴る。
「いらっしゃいませー! あ、ヤマトン!」
「どうも」
淡路さんは足元の段ボールを棚の下に戻した。
「早かったね。迷わなかった?」
「少し迷いました。すごい場所にありますね」
「おばあちゃん、うるさい場所とか苦手だから。お客さんも最低限の人だけでいいとか言ってた」
「最低限……」
大小様々な建物が点在する駅前通りが、複雑に入り組んだこの路地を作り出したのだろう。僕、無事に帰れるかな。
「そうですね。香焼書店に比べたら、こういう落ち着いた雰囲気の店の方が僕も好きです」
「へへ、わたしもー」
香焼書店には無かったものがメロンにはあった。この場に来てこそ分かる雰囲気、まさに百聞は一見にしかずである。
見渡せばキャラクターグッズや海外のお菓子、キラキラした文房具、パーティグッズにいたずら玩具、様々な物が棚に並んでいる。ガムのパチンのやつもある。見ているだけでも一日中暇をつぶせそうだ。
「ヤマトンのエプロン、このサイズでいいかな?」
「ちょっと着てみます」
僕が淡路さんからエプロンを受け取ったとき、入口のベルが鳴る。
「あっ、いらっしゃいませー!」
「よお、関ケ原大和はいるか?」
「ヤマトン? いるけど?」
「あっ、僕ですけど……」
「久し振りだな、アホ面」
入口まで来て目にした人物は、メロンを修羅場に変える存在だった。
「く……久々野久邦……!?」
茜の情報の通りだ。久々野久邦がメロンに。
しかも、淡路さんの態度から察するに、久々野はメロンの数少ない常連客なのだろう。
「……思ってたんだが、俺は2年だぜ? 先輩をつけろ、先輩を」
「え?」
「久々野先輩、ほら、繰り返す!」
「久々野……先輩?」
「なんで疑問形なんだよ」
あれ? 久々野ってこんな奴だっけ?
客として来てるからいつもの態度と違うのか?
「あれれ? ヤマトンとクグリンって知り合いだったんだ」
クグリン……?
「唯てめえ、いい加減その呼び方やめろ」
「いいでしょ、可愛いでしょ」
唯……?
「あの、久々野先輩と淡路さんって、どんな関係?」
「わたしたちは従姉弟で、幼なじみだよ。クグリンも昔はおとなしい子だったのさ」
「余計なこと言うな」
この二人が従姉弟?
血縁は裏切るのか、なるほど。
「それに比べてお前は、昔からなんでもできる奴だったよな」
久々野が目を伏せて言う。
「わっはっは! わたしに出来ないことはないのだ!」
「馬鹿正直なところも変わってない」
「なに?」
「なんでもねえよ」
仲が悪そうで、むしろ仲良しみたいだ。
「二人は〝ずっと一緒系〟なんですか?」と口が勝手に動いてしまった。
「はあ? なんだそれ?」
「えっと……二人は昔からずっと仲良くしてきたんですか?」
「仲良く……?」
「わたしとクグリンが?」
二人は顔を見合わせて、一息、同時に腹を抱えて笑い始める。
「はははは、そんなわけねえだろ」
「そうだよ。わたしたち、相性最悪だよ」
「犬猿の仲ってやつ?」
「え……一応聞くけど、わたしが犬だよね……?」
「何言ってんだよ。俺が犬、お前が猿だよ」
「なんだとー!」
ああ、どうやらこれは止められないな。鈍い僕が言いますけど、どう見てもあなたたち仲良しですよ。本当に相性最悪なら、言葉も交わさないと思うから。
「ヤマトン!」
「アホ面!」
二人が同時に僕を睨みつけて叫ぶ。
「どっちが猿だと思う?!」
「いやあ、犬同士でもケンカはすると思いますよ」
僕の意見は見事にスルーされ、その後30分以上、二人の論争は続いた。
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そうして、僕はアルバイトとしての仕事を何もしないまま、メロンは閉店時間になった。
「すみません、明日からはしっかり働きます」
「いやいや、悪いのはクグドンだよ」
「怪獣みたいに呼ぶな」
「悪いのはクルトンだよ」
「それはサイコロ状のパンだ」
「フルトンだよ」
「それは蒸気船を実用化したアメリカの技術者だ」
「ヒューストン」
「それはテキサス州南東部に位置する都市だ」
「クグリン」
「それは俺だ。いや、俺をそうやって呼ぶな!」
やっぱり仲良し。




