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手品で戦士で救世主  作者: 置きねこ
第3章 狂い
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第31話:埋めなければならない理由

「不思議な力……?」


 それはとても滑稽な表現でありながら、とても興味を引く言葉だった。廊下の壁や天井に反射して、僕の言葉が響き渡る。続けて雲母会長も言葉を発した。


「そう、私を支えてきた大切な力で、私がここに立っていられる理由」雲母会長はまた悲しげに窓の外を眺めて言った。「誰も……本当の私なんて知らないのよ」

「どういうことですか? 雲母会長のことなら、僕やそこにいる安曇野だって知ってます。いや、全校生徒が知っているほど有名ですよ」

「それも……この力のおかげ。この力で引き付けたおかげよ。私自身は何もしていないわ」


 私自身は何もしていない。いくら自嘲気味に零したとしても、生徒会長のそれはなんの説得力もない言葉だった。何かをした人間だからこそ、人の上に立てるのではないのか。そう思った。


「引き付けた?」雲母会長の言葉に反応して、安曇野が一歩前に出てくる。「それは人の心を惹きつけた――そういうことか?」

「ええ。そうやって生徒会長に選んでもらったの。実質は、生徒会選挙の投票率を操作したようなもの。だから、選ばせたって言った方が正しいのかもね」


 そんな力、あってもなくても雲母会長は雲母会長だ。性格や容姿にせよ学業成績にせよ、彼女の物だろう。僕の考えはもう少しで言葉にできそうなのに、喉でつかえて出てこない。


「私は幼い頃から、引き付けたり退けたりを繰り返して、生殺与奪の権を振りかざして生きてきたのよ。自らを磁石のように、自らが磁石のように、私を支持する者だけを引き寄せ、私に嫌悪感を抱く者だけを退けた。これまでの私の人生には何ひとつとして障害はなかったわ。だから、教えてくれないかしら」


 雲母会長が人差し指を立てると、生徒会室から紙とペンが飛んできた。今のはまさか……


「会長!? なんですか今のはー!?」


 両手を伸ばして驚く大月。


「これが私の不思議な力なの」


 首をかしげる大月。そんな言い方で理解できる人いないと思うんだけど……。


「関ケ原君、それから安曇野君。あなたたちがボクシング部でやっていたこと。飛んだり跳ねたり刀を振り回したり、もしかして人間ではないのかと思ったわ。私と似たような存在、力。私はそれを教えて欲しいのよ」


 まさか、あの久々野との戦いを目撃されていたとは。だが、彼女はどうやってそれを見ていたのだろうか。出入り口は1つ、その出入り口は閉めてあったはず。ひどい音を立てて開けるあの扉が背後で開いていたのなら、僕たち全員が気付くはずだ。雲母会長は、あの日の出来事をどこまで見ていたのだろう。

 それに、僕は何か勘違いしていた。雲母会長は自分で何でもこなせる人だと思っていた。校則に生きているのも、生徒会長になったのも、周りを魅了するのも、すべて彼女なのだと思っていた。

 でも、今の雲母会長はとても弱々しい。口下手で不器用で、普通の生徒と同じ舞台にいる。本当の雲母会長は、今の名誉や装飾で完全に埋もれてしまっていたのだ。それが不思議な力のせいならば、彼女は彼女自身を埋めようとしたのか。それとも埋めなければならない理由があったのだろうか。

 そして、こうなるとまずいのが、ここに大月がいることだ。僕と安曇野のリンカネイトのことを話すのならば、場所と時間は変えた方がいい。


「刀? ボクシング部? 二人ともボクシング部で何してたのー?」と大月。

「いや、遊びに行っただけだ。アーカイ部は暇だからな」


 安曇野が事態を整理しようと必死だが、遊びで刀振り回してた僕はどうなんだ。


「ふーん、アーカイ部ってどんな部活動だっけー?」

「読書クラブだ。オレは読書は好きではないが」


 大月が「じゃあなんで入部したんだよ」みたいな目をする。そこは好きだと言えよ。


「ふんふん、まあいいわ。もうすぐ昼休みも終わるから、また今度教えてもらうことにするわね」


 雲母会長が腕時計に目をやるとチャイムが鳴る。なんとかこの場は凌げたか。


「わー、授業始まっちゃうから早く戻ろうよー」

「ああ」

「それではまた今度」


 会長に手を振って僕たちが去ろうとすると、


「あ、関ケ原君」

「えっ……なんですか?」

「あなたの秘密と私の秘密、両方を教えてもらうまで、学校辞めさせないからね。遅刻の件は保留よ」


 そう笑って紙に何かを書く雲母会長。取り消しではないのか……。


「これを担任の先生に渡して」

「退学処分保留書……なんですかこれ?」

「ほらほら、急がないと先生に怒られるぞ!」

「えっ、あ、ありがとうございました」


 雲母会長から手渡された紙を握りしめて、僕は教室に走った。このときの小さな会長のサインに気付くことが出来ていれば、もっとどうにかする時間があったのだろう。


 だけどもう、手遅れだった。この夏の最後の事件、「雲母グループ事件」はここから始まる。

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