第03話:魔法って信じる?
帰り道、太陽は山の縁で半分になり、隣町からは車が流れ込んでくる。この時間帯の赤信号はやけに長い錯覚に陥る。今日1日の汗を全部吸ったハンカチはもう使い物にならない。バイトの疲れが全身の汗となって流れ出てくれればいいなんてくだらない妄想に浸りながら、ミンミンゼミとヒグラシの入り混じる遊歩道を、赤いタイルを踏まないように歩幅を調節しながら歩いていると、視界に黒い影が。
「ちょ…」
「うわっ!」
一人の女の子とぶつかった。女の子とはいっても2~3歳年下くらいの黒髪ロングちゃんだ。はっきり言ってどストライクだよ父さん。
「ごめん、大丈夫?」
彼女が肩にかけていた黒いカバンを拾って手渡そうとしたが、なんだこのカバン。やけに軽いけどこれ何も入ってないんじゃないか? 不審に思いながらカバンを手渡した。
「あ、ありがとう…」
なんだ声も可愛いじゃないか、ってぶつかっておいて僕は何を考えているんだとボケとツッコミを一人でこなしていると黒髪ちゃんと目が合った。
「あれ? 鏡くんだよね?」いえ、違います。
「わたしだよ、茜! 小学校以来だね! 貯金箱はどうなったの?」
「えと、何の話ですか?」
そう返すと、顔をしかめて覗きこまれたから思わず顔を背けてしまった。
「鏡くん……じゃないの?」
「確かに僕は鏡くんじゃないです」
「じゃあ誰?」いや、そんなこと言われても…
「僕は関ケ原大和なんですけど」
綺麗な黒髪の茜ちゃんは顔をしかめたまま黙り込んだが、しばらくして何かを思い出したように手を叩き、
「もしかしてヤマトくん?」うん、さっきそう言いました。
「はい、そうですよ」
「5年3組だったヤマトくんだよね?」
え? なんで知ってるんだ…?
確かに、なんとなく見覚えのある顔のような気がしないこともない。それと茜っていう名前も。
「ほら、茜メガネだよ!あんまり言いたくないけど…」
「茜メガネ…!」
思い出した。この子は恐らく5年生の頃に1度だけ同じクラスになったことがある赤羽根茜だ。茜メガネというのはあだ名のことだ。いつも赤いメガネをかけていたから「茜メガネ」。かつてと印象がずいぶん違うから気が付かなかった。
それにしても、彼女の特徴であり、あだ名の由来である赤メガネはかけていないようだがどうしたのだろうか。
「茜、お前メガネはどうしたんだ?」
「コンタクトにしたんだよ。どう?」
どうってそりゃ、どストライクだけど…言えるかよ!
「あ、ああ……いいんじゃないか?」
「そう? 良かった…」
良かった? 何が? 何か引っかかったけど、もっと気になっていることがあったから聞いてみた。
「ところでそのカバン何が入ってんの?」
「あ、これ? 何も入ってないよ」勝ち誇ってないよ、みたいに言うな。
「じゃあ、なんで持ってんだよ?」
「ヤマトくん、魔法って信じる?」どうしたんだ急に。
「て、手品なら信じる……けど…」
「このカバンね、魔法のカバンなんだ」
「え? なんだよそれ?」
「見ててね」
そう言うと、茜はカバンのファスナーを開けてひっくり返した。
「ズドン!」
一瞬、何が起こったか理解できなかった。茜のカバンの中からボウリングの球が出てきたからだ。こんな手品見たことあるぞ。
「すごいな今の! どうやったんだ?」
「こういうカバンなの」
「手品なんだろ? 種明かししてくれよ」
すると、今度は金属バットを取り出した。そしていきなりそのバットで殴りかかってきたから思わず「発動」してしまった。激しい金属音がこだまする。
「ヤマトくんのその盾も言葉じゃ説明出来ないでしょ?」
そう言って茜は折れ曲がったバットをカバンに押し込んだ。
「わたしのカバンもそうなの。だから魔法」
気が付けば永遠のような青信号が夜の遊歩道を静寂に染めていた。




