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手品で戦士で救世主  作者: 置きねこ
第3章 狂い
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第29話:メロン

  本日をもちまして香焼書店を閉店いたします。

  突然ではございますが、長らくのご愛顧、誠にありがとうございました。


                            店主 香焼大介


 みんなと別れてから、僕が香焼書店の前で見た張り紙にはそう書かれていた。


「閉店? 聞いてないぞ。僕はこれからどうすれば……」


 こうなった理由。もちろん、僕が革新軍と店長との関係性について触れたから……だろうな。そうなれば、まあ、自業自得だが、まさか閉店までするとは思ってなかった。参ったな。

 今から新しいバイト先を探すというのも面倒だな。

 この辺りには他の書店はないな……これからは隣町まで書籍を購入しに出向かなければならないのだから、これは客としても困りものだろう。


「来てたんだ、ヤマトン」


 声に振り返ると、私服姿の淡路さんがいた。


「わたしも驚いたよ。こんな突然に閉店しちゃうなんて」


 淡路さんもかなり驚いているようだ。とはいっても、僕とは驚きの方向が違うと思うが。


「こんにちは。淡路さんはこれからどうするんですか? またバイト先を一から探さないとですよね」

「そのことなんだけど……」

「もう見つかったんですか?」

「うん。〝メロン〟っていうすごく小さい雑貨店なんだけど……よかったらヤマトンもどうかな?」


 雑貨店……? どこだろう。

 でも、せっかく淡路さんが誘ってくれているのだから行ってみようかな。


「ありがとうございます。頑張ります」

「来てくれるんだ! よろしくね!」

「はい。場所だけ教えてもらえれば明日から行けると思うので、店長さんにもよろしくお願いしますと言っておいてもらえますか」

「うん、よろしくねヤマトン」


 えっ……?


「えへへ、わたしが店長だよー。おばあちゃんの跡を継いだのです」

「淡路さんが店長なんですか?」


 大丈夫かな……? 大丈夫だよね。


「むふふ、わたしは香焼店長と違ってビシビシ行くからね! 覚悟するのだヤマトン!」


 本当に大丈夫かな……?


 ******


 淡路さんに雑貨店の場所だけ聞いて、今日は帰宅した。靴を脱いで、トイレを済ませ、手を洗い、リビングに行くと久々の食卓があった。


「まあ、それがそのそういうことからそうなってそういうわけで、昼食ろくに食べてないんだよなー」


 山盛りの白飯をかきこみながら、学校の食堂であった事件を被害者側から語ってみた。いや、実際に被害者なんだけどさ。


「ふーん。大変だったんだねー」


 飛鳥の言葉に労いの色なし。僕より煮物に夢中だ。煮物も誉めてみよう。


「ん、この煮物おいしいね」

「ふーん。大変だったんだねー」


 聞いてないや。


「ごちそうさま。今日は疲れたからもう寝るね」

「ふーん。大変だったんだねー」


 おやすみなさい。


 ******


 ほぼ一人食事を終え、部屋のベッドに横たわる。そういえば昨晩見た夢。あれは一体なんだったのだろう。単に僕が疲れていただけなのか。


「ドリーマー……」


 そう名乗っていた。

 でも、ドリーマーといえば夢を見る人――夢想家だろう。夢を見せるのは、魔術師か催眠術師のあたりのはず。

 何者なんだ? 僕に夢を見せたというのが本当ならば……


 『碁盤の夢』


 僕が店長に――革新軍の香焼大介に辿り着けたきっかけ、それはこの夢だ。暗号文自体が謎に包まれていたが、この暗号文を解決するにあたっての暗示を与えてきたのはこの夢である。


 『おかげでアーカイブを炙り出すことができたよ』


 アーカイブを炙り出す……? 店長は確かにこう言っていたな。

 ということは、暗号文を解かせたのは店長自身? もしくは革新軍のメンバー?

 店長は確か、リーダー……夢の中で話しかけてきたのはドリーマー……

 なんだろう? なにか引っかかる。この二人は関係があるのか?

 リーダー……黄泉読み(パーフェクトスキャン)……?


「まさか……!!」


 例の暗号文が書かれた紙を持っていたのは久々野、碁盤の夢を見せたのは恐らくはドリーマーと名乗る人物。

 ドリーマーがリンカネイターで革新軍ならば……アーカイブを炙り出し、情報を収集するのが目的。狙ったように僕の背後にいた店長。そして突然現れた補助戦闘員と名乗る2人、常呂と湯布院。その後の流れの全てにおいて辻褄が合う。


「待てよ……?」


 それならば、久々野は意図的に連行されて、本部にいた各務原に紙を渡したということか?


「はっ……情報収集……!!」


 久々野がアーカイブの本部に連行されたのも情報収集の為か。

 それに、僕の考察が正しいのならば、店長は革新軍のリーダー――指導者ではない。リーダーは読む人、すなわち「Reader」。店長はリンカネイトの能力でそう呼ばれていただけ。その筋で行けば、ドリーマーも間違いなく革新軍。


「あの夢、僕の他に誰か見たのかな? ドリーマーの存在と、革新軍と関係している可能性……安曇野に一応知らせておいた方がいいかもしれない」


 枕元に置いた携帯電話に手を伸ばそうとすると、不意に携帯電話が鳴り始める。


「電話の着信……安曇野から? 珍しいな」


 もともとは安曇野とそれほど仲が良かったわけではないから、電話どころかメールのやり取りすら、今までほとんど無かったのだ。今までは。


「もしもし?」

「関ケ原、一度しか言わない。よく聞け」

「え? なにかあったの?」

「久々野が……本部の監視棟から消えた」


 まさか……!! 僕の立てた仮説の通り、久々野は情報収集の為にわざと連行されたというのだろうか?


「リンカネイトで外に出たんじゃないのか?」

「いや、それはない。久々野自身のリンカネイトは各務原のリンカネイトが封じていたはずだ。逃げる術はない」


 各務原のリンカネイト? 何かを封じる力を持っているのだろうか。今度会ったら詳しく聞くことにしよう。


「封じてるんだろ? それじゃあ、なんで……?」

「分からない。オレは、常呂と名乗るあの男の仕業だと思うんだがな」


 常呂誠壱……そういえば瞬間移動のような動きをしていたし、店長への僕の攻撃を有り得ない距離から防いだ。確かに、あの男なら不可能じゃないかもしれない。


「それで関ケ原、本題なんだが……」

「え? 今のが本題じゃないの?」

「突然これを言っても意味が理解できないだろうから、先に久々野の話をしたんだよ」

「なるほど。で、その本題っていうのは?」

「『とある雑貨店に、顔にペイを刻んだ男と久々野が一緒にいた』と赤羽根から連絡があった。明日、偵察に行くぞ」


 雑貨店……嫌な予感が――寒気がする……。


「そ、その雑貨店の名前……は……?」

「バラエティー雑貨メロンだが」


 『〝メロン〟っていうすごく小さい雑貨店なんだけど……よかったらヤマトンもどう?』


 嫌な予感は的中した。淡路さんの誘ってくれた新しいバイト先、バラエティー雑貨メロン。そこに、アーカイブとして潜入するというのか。


「分かった。実は僕、明日からそこでバイトすることになってるんだ」

「ほう、奇遇だな。ちょうどいいじゃないか。これも仕組まれているのかもしれないな」

「絶対突き止めてやる、革新軍の世界を」


 バラエティー雑貨メロン。そこに一体何があるのか。そこで一体何が起こるというのか。


「じゃあ、また明日」

「ああ」


 淡路さんは? 革新軍と関係があるのか? 

 切れた電話の向こうの虚しい音が、脈打つ心臓と共鳴して気持ち悪くなった。


「さて、寝るか」


 また、ドリーマーに脳内を支配されるかに怯えながらも、明日という未知を探らずにはいられない僕は、いつもより深く布団をかぶった。

 水曜日が狂っていれば、木曜日も合わせて狂う。

 革新軍が世界を狂わせようとしている現実は、このとき既に僕の精神と生活を狂わせていた。

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