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手品で戦士で救世主  作者: 置きねこ
第3章 狂い
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第27話:たった一日会ってないだけで

 門限を完璧に守り続けられる人間など、果たして存在するのだろうか。あと5分あと5分と帰宅を先延ばしにしてしまう事、誰にだってあるよね。

 僕も同じシステムで、現在約3時間の遅刻です。大した事ないね。

 大した事ないから、こんな玄関に怖気づくことなんて有り得ないけど、僕の靴さんが怯えてます。さあ、中に入ろう。


「た、ただいまー」


 と言って玄関のドアを開けるが異変無し。恐る恐る家の中を覗くが罠も無し。


「飛鳥ー、帰ったぞー」


 返事が無い。寝たのか? い、いやいやいや、それは無い。きっと首吊り結びの記載された本を熟読しているか、沸々と湯を沸かして浴室を真っ白にしているか、はたまた……


「居るなら返事しろー」


 思いつく限りの僕の殺し方にぞっとしつつも飛鳥を探していると、居間のテーブルに紙切れを発見した。


「なんだこれ? 飛鳥の字だな」


  許されざる遅刻セクハラ変態クズバイト男(燃えないゴミ)へ


 今夜、私は友達の家に遊びに行くから晩飯は自分で買って食え!

 あと、たまにはあんたへの罰を選ばせてあげるから感謝しなさい!

 受けたい罰に丸をつけて提出ね!


 ①どっきり☆心臓イリュージョン

 ②ざっくり☆千本ナイフ刺し

 ③ぶっつり☆裏切り命綱

 ④どっぷり☆どくどくオードブル

 ⑤やっぱり☆死神デイズ


  以上! よろしく!


「よろしくって…………」


 なんだ、全部想像していた領域じゃないか。うん。安定の致死率だな。


「丸をつけて提出って…………」


 死ぬよ! どれに丸を付けても多分死ぬよ!

 心臓イリュージョンって……心臓がどっか行って死亡だよ!

 千本ナイフ刺しって……十本目くらいで死亡だよ!

 裏切り命綱って……助かるはずなのに死亡だよ!

 どくどくオードブルって……たとえ美味しくても死亡だよ!

 死神デイズって……なんかよく分からんけど死亡だよ!


「許されざる遅刻セクハラ変態クズバイト男(燃えないゴミ)って…………」


 言い過ぎだよ! 遅刻もバイトもしてるし、変態成分が無いとも言えないけど……セクハラは断じてしてないよ! 事実無根だよ! 根も葉もないよ! クズじゃないよ! 燃える人間だよ!


「ハア……ツッコみ疲れた……」


 ん? 待てよ?


「どくどくオードブル、か……」


 少し引っかかるところがあったけど、もうどれを選んでも死ぬのだから、最後くらい何かを食べて死にたいなと思った。遅効性の毒ならば、しばらく満腹感を堪能してから死ねる。それでいいと思った。

 僕は④に丸をつけることにした。


「チーン」


 丸を付けると同時に電子レンジが鳴った。どういう仕組みだろう。そこにはどくどくオードブルが温まっていた。ピラフに唐揚げにウインナーにコロッケ。それからサラダ。これらが見事に一つの皿にまとめられていた。どうもオードブルには程遠いボリュームではあるが、見た目は至って美味しそうなものである。見た目は。


「いただきまーす」


 空腹がどくどくオードブルをどんどん食らう。早口言葉か。


「ははっ、楽勝! 毒なんてどこにあるのさ!」


 どんどん食べ進めて完食。まさにどくどこオードブルだった。余裕ありありでした。途中で他の選択肢の事を思い出してむせたけども。


「ごちそうさま」


 僕は一人、食べ終えたどくどくオードブルの食器を片付けた。


「あいつも……」


 飛鳥もいつかは、父さんや母さんみたいにこの家を出ていくのだろうか。僕はこの町が気に入っているから離れるという事はしないだろうけど、飛鳥はどう思っているのだろう。


「んう……なんだ……」


 頭が重い。突然の睡魔が僕を襲う。


「まさか……」


 飛鳥の野郎、睡眠薬を――


 ――――――――――――


「こんにちは、大和君」


 どこからか声が聞こえる。言葉は認識できるが男性か女性かは分からない。聞いたことの無い声だけど僕の名前を知っているのはなぜだろう。その声が暗い暗いこの頭の中に呼びかけてくる。耳からの入力ではなく脳自体の出力のようで、そして、それが聞こえるたびに重く頭に響く感触が不快だ。


「どうです? 疲れは癒えましたか? 私の名はドリーマー。君には何度か、私の夢を見せたことがありますが――恐らくは憶えてないでしょう」


 夢を見せた? ドリーマーという名前から察するに夢に関係しているのだろうけれど、あまりにふざけている。


「憶えていれば幸いですが……そのひとつが、碁盤の夢です」


 碁盤……!! 確かに僕はその夢を見た。これについての話を知ってるのはアーカイブの12人――それから店長には読まれたかもしれないが、他にこんな事を知っているのは僕自身くらいしか……


「いえ。それを見せたのは私です。それと、あなたが眠りについている以上、あなたの脳内は私の支配下にありますので承知いただきたい」


 どういう事だ? 疲れているにしても変な夢だ。眠っていてこんな不快な気持ちになるなら、さっさと起きてしまえばいい。


「おや、もうお目覚めになるのですか。では、またお会いしましょう」


 ――――――――――――


「はっ!」


 気が付くとなぜか自室のベッドの上で仰向けになっていた。午前6時。長い長い火曜日が終わり、デジタル時計が水曜日を指している。どうやら本当に寝てしまっていたようだ。

 そして、さっきの夢もはっきりと憶えている。あれは一体なんだったのか。


「ヤマトー! 朝だよー!」


 1階から懐かしい声が聞こえる。返事をしようとするとスリッパの足音を立てて階段を上がってくる。間違いない。


「ヤマトー! 起きなさーい!」


 大声で僕の部屋のドアを蹴飛ばして来たのは、もちろん飛鳥だ。たった一日会ってないだけですごく懐かしい気がした。


「おはよう、飛鳥」

「あれ? 起きてたんだ?」


 こうやって会話をするのも懐かしいな。


「大変だったのよ」


 飛鳥が僕を睨みつけてくる。


「え? 何が?」

「何がって、あんた、リビングで寝てたでしょ? 起きなさいって言っても寝ぼけてるし……」

「ちょっと待て。あれはお前がどくどくオードブルに睡眠薬を混入させてたからで……」

「は? 睡眠薬? なんの話してんのあんた?」

「だから、昨日のどくどくオードブルだよ!」

「どくどく……? 意味分からないんだけど」


 あれ? 飛鳥じゃない?


「おいおい、あの心臓イリュージョンは?」

「知らないわよそんなの」

「死神デイズは?」

「知らない」

「許されざる遅刻セクハラ変態クズバイト男(燃えないゴミ)は?」

「知らないってば! もう、寝ぼけてないで早く学校に行って来なさいよ!」


 飛鳥は階段を駆け下りて行った。

 確かにあの夜、家の中に飛鳥はいなかったはず。居間のテーブルにあった置き手紙も飛鳥の字だったはず。

 でも、「はず」なだけで、完璧な証拠はなかった。だけど、飛鳥以外にあんな手紙を置いて行く人がいるわけがない。それに、僕が居間で寝てしまっていたのは事実だ。

 いや、そもそもどこからが夢だ? 僕は本当にどくどくオードブルを食べて寝たのか? あれ? 分からなくなってきた。


「くそ! どうなってるんだ!」


 制服に着替えながら昨日の事を考えていると、何が真実か分からなくなって無性にいらいらした。

 くっきり晴れた水曜日の朝、両腕を広げて深呼吸しようとした僕は、開いていたクローゼットに勢いよく手をぶつけた。

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