第26話:本当の近道
「諦めなよ、ヤマト君。その剣を振るいたい気持ちはスポーツに活かすべきだよ」
再び本に目をやる店長。そして、僕はそのとき確かに見た。
「あいにくですけど、スポーツは苦手なんです。嫌いじゃないんですけど」
「じゃあ、苦手だけど好きなのかい?」
「え、えっと……す、好きでもないというか……観るのは好きっていうか……」
慎重に、慎重に。次にそれをしたとき、そこを突けばいい。それだけだ。焦るな大和。
「それってずるいと思うんだよね。本を読むのは好きだけど書くのは別に、みたいな感じでしょ?」
「そ、そうですか……?」
「リバーシの黒は好きだけど白は別に、みたいな感じでしょ?」
「なんか違うような……」
「縄跳びで遊ぶのは好きだけど自分が縄になるのは別に、みたいな感じで――」
今だ……!!
僕は再び琥珀の細剣をドローする。
夏風に戦ぐ平穏の今際の際。
そこで確かに店長は、
「しょ……」
まばたきをした。
「…………!!」
「もらった」
安曇野の言う制限の正体。それは、まばたきである。
大人の男性でも、1分間に平均20回は無意識に行うこのまばたきを、能力を使っている5分間で店長は一度も行わなかった。
おそらく、目を閉じているとき、店長は能力を発動出来ないのである。そして、能力の阻害をしないように、能力の発動中はまばたき出来ない、という制限もあろう。店長は、この相互作用によって「黄泉読み」の隙を、まばたきをしているわずか100ミリ秒に抑えていたのだ。
「な…………」
僕の一撃に、店長は身動きが取れない。読みも間に合っていない。完全に捉えた、かに思えた刹那。
「させません」
僕と店長の間をふっと横切る影。琥珀の細剣の剣先を挟んで止める二本の指。ショートウェーブの黄髪がふわりと舞う。それを固定しているのは、またしても謎の瞬間移動で姿を現した常呂誠壱だった。その横には湯布院もいる。
「ご無事ですか、リーダー」
「ありがとう常呂君。危ないところだったよ」
「なーにボケッとしてんのよ。あんたがやられたら元も子もないじゃんか」
「ごめんごめん」
逃した。不覚だ。
常呂誠壱――向こうで佐世保と一騎打ちをしていたにもかかわらず、先の事態に駆けつけてきたというのか。しかも、琥珀の細剣を指二本で止めるとは化物じみている。
それに湯布院湯華――常呂ほどではないが、こちらもいつの間にか駆けつけていた。しかもさっきの液体化した身体はリンカネイトなのか。
「で、どうすんのよ」
「んーそうだね……今日はもう帰ろうか」
何だと……!?
「帰還してもよろしいのですか?」
「うん。もう夜も遅いしね。とりあえず色々な情報が手に入ったから今日はここまで」
「分かりました」
常呂が手をぱんぱんと叩く。瞬間移動する気だ。
「待て! 逃がすか!」
手を伸ばす僕。だが、触れることもできないまま3人はそこから居なくなった。なんとしても仕留めようと思っていたのに。
「関ケ原……」
「すまない安曇野。いとも簡単に逃がしてしまった」
「いや、よくやったな」
「え?」
何をだ?
「たったあれだけの情報で香焼大介の隙を見つけたのは大したものだ」
「そ、そんなことないよ。あれはお前がヒントをくれたから……」
「それに、ほら」
安曇野が僕の後ろを指差す。
「ん? なんだ?」
「ヤマト!」
「ヤマトくん!」
佐世保と茜が走ってくる。
「いやー、惜しかったね。わたしも色々試したんだけど逃がしちゃった」
「はっ、俺に至っては触れてもないぜ」
「あはは、これじゃ出来なかった自慢だね」
「だな」
なぜか楽しそうな2人。
「ほらな。お前ひとりが焦る事無いんだ、関ケ原。向こうも元々は偵察のつもりだったようだし、革新軍のメンバーを3人も知る事が出来たのは大きな収穫だ」
「そうか?」
「ああ。それに、香焼大介がリーダーと呼ばれているのは気になったな」
「革新軍のリーダーってことか?」
「そこは分からないが……」
出来れば3人とも本部に連行したかった。そう思ってるのは僕だけじゃないはずだ。だけど、みんなは今の状況に対して不自然なほど落ち着いている。
「安曇野、もしかして前にも同じようなことがあったんじゃないか?」
安曇野の目にぐっと力が入る。
「前にも……いや、無かったな」
「そうか……」
そうなのか? 今の反応はそうには見えない。前に何かがあったようにしか思えない。
「それはそうと関ケ原。本当にそろそろ帰らないとまずいんじゃないか?」
「そろそろって、あ」
あ、しか出ないよ。完全に忘れてた。
「悪い! じゃあ、先に帰るよ!」
「ああ、またな」
「じゃなーヤマト」
「バイバーイ」
帰り先があるのは新鮮だ。今日は大忙しだったから、ごはんは特別美味しいだろうな。
……というか僕の分もあるよね? 捨てられてないよね?
「待ってろ飛鳥。秒速で帰るからな」
急がば回れとはいうものだ。闇雲に追いかけるより、確かな手がかりをつかんでから。それが本当の近道なのかもしれない。
まあ、とりあえず今は、悲鳴を上げている僕のすきっ腹を満たすことから始めよう。
僕の人生は、まだ終わってないから。




