第25話:死なない程度に優しく
今日は美しい満月の夜だ。満月の模様がくっきりと見える。じっと見ていると月が落ちてきそうな感じがして、なんだか怖い。僕に狼男の素質はなさそうだ。
それにしても、この住宅街はやけに静かだ。もう日も暮れているとはいえ、近所の人が一人も見当たらないというのはいかがなものか。今日は特別面白いスペシャル番組があって、みんなテレビ画面に張り付いているのから外出しないのか。それとも、革新軍の邪気がそうさせているのか。
まあ、こちらとしては好都合だ。
特別な体質上、それを身近な人に知られてほしくは無いし、一般人を巻き込んでしまっては大変だ。
「大丈夫だよヤマト君。僕の仲間に、少しこの辺りの空間をいじってもらってるから、他人は寄り付かないよ。これで存分に遊べるね」
店長はポケットから小さめの本を取り出して読み始めた。
ひどい話だ。
そういう都合のいい結界に似た作用を持つリンカネイトがあって、もちろんそれを使いこなすリンカネイターがいて、その人が革新軍か。
「ヤマト君次第では解除もできるけど」
「いえ、結構です」
「そう。ヤマト君がそう言うならこの状態を維持してもらっておくよ。おっと、次は――足元狙いか」
当たらない。斬っても斬ってもかすりもしない。完全に攻撃を読まれている。そのくせ、店長はまったく手を出してこない。本当に危害を加えるつもりはないのか。
できれば、店長の気が変わらないうちにやっつけてしまいたいが、どうにも手が進まない。安曇野たちみたいに無で攻撃できればいいが、その方法が分からない。
一体、どうすれば……
「無駄だよ、無駄。仮に君が無で攻撃してきても、先が読めちゃうからね。意味無いよ」
先が読めるって……未来が見えるってことか。
「まあ、簡単に言えばね。でも、未来って不安定でさ。僕の場合、最も起こりうる可能性の高い未来だけが見えるんだ」
心を読まれるのにも段々慣れてきた。慣れちゃいけないことだけど。
「なんだ関ケ原。全然戦えてないじゃないか」
安曇野が隣で腕を組んだままそう言ってくるが、
「お前こそ、そこに突っ立ってるだけじゃないか」
「まあな」
安曇野はなぜか笑っている。なんかやっぱり気持ち悪いなこいつ。
まあ、安曇野の事だから、店長の能力に対して何か策があるのだろう。かなり余裕のある表情だ。ボウリングのスコアに例えれば、少なくとも200は超えてそうな顔だ。
「香焼大介が能力を発動するとき、決まって行動に制限がかかる。そこを狙え」
「制限? つまり隙ができるってことか?」
「簡潔に言えばそうだな」
もし店長になにかしらの隙があるというのならば、確かにその隙を狙えば勝つことも難しくはないだろう。
問題はその隙について、なぜ安曇野は詳しく教えてくれないのか。
「なあ安曇野……」
「なぜ詳しく教えないか。考えれば分かることだ。まだまだ敵の観察が足りてないな、関ケ原」
聞く前に答えるくせに答えない。あまりにも冷たい対応だと思いませんか、コールセンター。
そして、お前も心が読めるのか、安曇野よ。
「考えればって……」
それが分かれば、僕の打率が下がることも、店長の奪三振数が上がることもないのに。
「おや、ヤマト君。もう諦めたのかい?」
店長は読んでいる本から目線を外すことなく、ついでの感じで呟く。こっちもこっちで余裕ですやん。ストライク連発ですやん。
「僕はまだ諦めませんよ。これでもアーカイブ注目のルーキーですからね」
「ひゅー、かっこいー」
絶対思ってねえだろこの人。
「うーん……」
制限がかかるのなら、とにかく当てに行くつもりで攻撃して、直接目で分析するしかない。
この観察はうまく行わないと、こちらの目論見が露見して――いや、こちらの目論見を覗かれてしまう。
そして、対策を打たれて……
「あ……」
そうか。安曇野は最初から店長の能力を考慮して、敢えてそれを僕に教えなかったのか。恐らく、店長は多少なりとも安曇野を警戒しているはずだ。僕に耳うちでもすれば、裸の僕はあっけなくそれを読ませてしまう。
まあ、どちらにしろ、その制限とやらを発見しないことには進展しないのだ。
「店長、僕が死なない程度に優しく斬りつけますから、避けないでくださいね」
「ヤマト君――君は、見ないから服を脱いでくださいって言われると脱ぐのかい?」
ごもっともです。
「痛……じゃないや。かゆいのは一瞬ですから」
「どっちも嫌だよ」
「そうですよね。じゃ、斬りますね」
安曇野たちへ。
さっきは君たちに「緊張感無いな」とか言ってごめん。僕こそ、今まさに緊張感の無い闘いをしているよ。斬る前に「斬ります」って宣言するなんて、どこのイケメン武士だよ。そんな武士がいるのか知らないけど。
「じゃ、避けるね」
「避けても斬ります」
「じゃ、それも避けるね」
「斬るのを避けようとしたところを斬るっていう臨機応変な対応でさえも計算のうちで、易々と避けてしまうんでしょうけれど、それも斬りますよ」
「じゃ、それも避けるね」
「三度目の正直を覆されても諦めず、四の倍数という価値のある周期で、今までの失敗をバネにして精魂込めて斬りますよ」
「じゃ、それも避けるね」
「あんたのセリフは楽で良いな?!」
訳の分からんキレ方をしてしまった。
でも、絶対に斬ってやる精神が肝心なのだ。心で勝てないと、戦いでは勝てない。
「店長、覚悟してください! これで、本当に斬りますからね!」
「おや、武器を替えるのかい」
「命中率だけならこれが一番ですよ」
僕は地面を蹴った。店長のさらに向こうを狙うように、肩が外れてしまいそうな勢いで、腕ごと武器のイメージで攻撃を仕掛けた。
琥珀の細剣が宙に響く。
ただし、斬撃は一回ではない。十回でも、百回でも、千回でもない。
当たるまでだ。
「左右右下上上右下下下右左左上右下」
僕の次の斬撃を、現在の斬撃を避けながらコマンド入力のように唱える店長。
斬り唱え合戦は5分程度は続いただろうか。だが、やはり全て避けられてしまい、僕の腕も限界に達してしまった。
「まだまだだね」
「そう……みたいですね」
息切れが激しい。
「でも……」
店長には、常に能力を発動し続けていた5分間でひとつの違和感があった。これが安曇野の言っていた制限の正体なら、わずかな隙で店長を抑えることが出来るかもしれない。
「店長、次は外しませんよ」




