第24話:戦いの目
気が付けば、辺りに夜の帳が下りていた。姿の無いコウモリが、セミからバトンを受け取ってぱたぱたと鳴いている。電柱に貼られたビラが不気味に映り、その捻じ曲げられた空間に寒ささえ覚えた。
「悪いが、3人まとめて牢屋にぶち込んでやる」
「手伝うか、両哉?」
「一人じゃさすがに大変でしょ?」
「ああ、頼む」
安曇野たち3人は、既に戦闘モードに入っていた。
「じゃあな、ヤマト」
えっ?
「お前、家で妹が待ってんだろ? もう時間も遅いしな」
「だって……」
「大丈夫だって! 両哉と茜ちゃんがいるんだから! なあ?」
「まあな」
「ヤマトくん、今日はもう疲れてるでしょ? 家でゆっくり休んでていいよ」
そうだな。たくさん汗かいたからシャワーでも浴びて……違う。違う違う違う。違うだろ。
妹が待ってる? ああ、待ってるだろうさ。いつまでも。
両哉と茜ちゃんがいる? 疲れてる? ゆっくり休んでていい?
「冗談じゃない」
安曇野だって、久々野と戦って疲れてるんじゃないのか? 佐世保だってそうだ。
そうなれば、まともに戦えるのは茜だけじゃないか。店長が手を出してこない保証もないのに。そうなったら、3対1。劣勢も劣勢だ。
それなのに、僕の事だけ気遣って。それは嬉しい事なのかもしれない。
でも、僕は、僕もアーカイブじゃないのか? そうだろ?
「なんだよ……」
また守られてるじゃないか。また足がすくんで、怖気づいて、臆病風に吹かれて。
このまま帰って、怒られて、美味しい晩御飯を食べて、ゲームして、マンガ読んで、宿題は後回しにして、夜食を食べて、寝て。それはそれは、楽しい1日だね。
でも、その楽しさの犠牲に、大切なものを失ってしまったら。
そうすれば僕は。また、あの時みたいに。
「なんでみんな、僕を置いて行くんだよ」
飛鳥だって、そのうち家を出ていくに違いない。みんなと同じように。だけど……
「僕もアーカイブだよ。同じアーカイブなんだよ。そう決めたんだ。仲間を見捨てて帰るのはアーカイブじゃない。ただの馴れ合いだ。そうならない為に、みんなを守るためにアーカイブに入ったんだ。帰れるか」
「ヤマト、お前……」
やっとだ。
やっとこうしてみんなに本心をぶつけることが出来た。
「どうやら本心のようだね」
店長が不気味に笑む。
「目で分かるよ。戦いの目をしている。尤も、その戦ってる敵は自分自身なんだろうけど」
「心を読むのはやめて下さい。いい気分じゃないです」
「読まれないようにすればいい。そこの安曇野君みたいにね」
指差された安曇野は店長を睨みつける。
「上等だ、関ケ原。実は、お前をアーカイブに置いておくのはやめようと思っていたんだ」
「え……」
「正直、アーカイブには向いてないと。あのとき、久々野にとどめを刺さなかったのは、恐怖があったから。そうだろう?」
そうだ。デッド・オア・アライブ――生死を問わないアーカイブのやり方に則れば、とどめを刺しておけば確実に捕らえられるのだから、そうすればいいに違いない。
僕は無意識に寸止めをして、とどめを刺さなかった。それでも運よく久々野が気絶したからよかったけど、あれが逆に隙になっていたら、今頃どうなっていたか分からない。
でも、あの寸止めは……
「……多分、恐怖だと思う」
「その恐怖を前に、今回も尻尾を巻いて家に帰ると、そう思っていたが、違ったな。逃げなかった」
「そうだよ。僕はもう、その僕とは違う」
ありがとう。リンカネイト。
「おい、あんたら。いつまでごちゃごちゃ喋ってんのさ」
長髪の女、湯布院と名乗る女が、唾を吐いてぐるりと首を回す。
「そろそろやるよ、常呂」
「分かりました」
途端に、湯布院は水のように液状化し、こちらへ一直線に飛んでくる。
「リンカネイター……!!」
「私もですよ」
手袋をはめた男、常呂は、一瞬で佐世保の背後に回り込んでいた。
「こいつ、いつの間に……!!」
「失礼」
バキッという音とともに、常呂の拳が佐世保の懐を衝く。だが、佐世保は平気な顔で常呂を押しのける。
「ふーん、なかなか。36弱といったところか」
なにかを計算する佐世保。
「36弱? なにをおっしゃられて……」
「お返しだ、常呂」
今度は佐世保が拳を投げるが、常呂は瞬間移動するように回避。
「あなたは……」
「他人の力が俺の力になる。『棚から力持ち』はそういうリンカネイトだ」
沸騰する勢いで繰り出される湯布院の蹴りが茜を貫こうとするが、茜がハットを手に取るとピタッと脚を止めて一歩退く。
「あーあ、すごく電気を通しそうだったのになあ」
残念そうにスタンガンを見る茜。
「アタシが不純だとでも言いたいのか」
「いや、神経の話なんだけど」
茜がにっこり微笑む。悪気は……無くても一緒か。
「てめえ……」
「『放恣な帽子』、おひとついかがですか。湯布院さん」
「帽子を被る以前に、髪型かぶってんだよ馬鹿野郎。その色々被る頭、失くしてやんよ」
一方、僕はといえば、
「当たってくださいよ、店長」
「嫌だよ」
「次、右腕斬るんで」
「そう思わせて左なんでしょ?」
鮮緑の打刀の斬撃を全部読まれていた。




