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手品で戦士で救世主  作者: 置きねこ
第2章 誓い
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第23話:飽きるか殺すか

 中学1年生の夏、父が家を出て行った。上司には逆らえないと言って。

 中学2年生の秋、兄が家を出て行った。世界を見て回りたいと言って。

 中学3年生の冬、母が家を出て行った。現地で仕事がしたいと言って。

 生活を支えるためにバイトを始めた。妹と二人での生活は、束縛されない自由よりも、心の中の三人分が寂しかった。

 バイト先の店長は心優しい人だった。何を考えているか分からない人で、店長を果たせているかも怪しいほどの申し訳程度の働きぶりで、常に無表情のマスクで「店長」という人物に仮装しているようだった。

 それでも、僕の家庭の事情を聞いてくれて、それなりの給料を出すように細工してくれた。おかげで、これまで特に困ることなく生活できた。複数のバイトに出向かなくて済んだ。大袈裟かもしれないが、店長は僕の命の恩人のようなものだ。

 だから、今のこの状況で僕は、店長には手が出せそうにない。仮に手が出せたといて、手加減や躊躇という壁が僕の前に立ちはだかりかねない。

 なにより、店長の発する禍々しさが僕の両足をアスファルトに拘束し、身動きが取れない。足どころか、天地が逆転しているかのように全身の融通が利かず、空間そのものに固定されている感覚。それは、まるで逆さ十字架に磔にされているのと同じ感覚であろう、呼吸の度に気分が悪くなる。


「それにしても、さっきヤマト君が僕の家に来たとき、言葉遣いの変な子が一人いたね」


 ああ、安曇野のことか。


「ん? 安曇野君っていうのかい?」

「なんでも読めるんですね……」

「いや、彼は『』で喋っていたから読めなかったよ」


 店長の眉がわずかに動いた。


「……無? 彼って、安曇野のことですか?」

「そう、無。なんでも読めるのはこの上ない事実だけど、読む対象が無ければこの黄泉読み(パーフェクトスキャン)は成立しない。彼には、あのとき既に、それが分かっていたようだね」


 読む対象が無ければ成立しない――

 確かに、そこに文字が無ければ読むことは出来ない。それは当たり前だ。

 だけど、無で喋るってことは、頭の中と心の中の両方を空っぽにしなければならない。反射的でもない限り、何も考えず声を出すということ自体が人間には無理なはずだ。


「そうだね。もしかすると彼もリンカネイターなんじゃないかな」

「…………」

「それじゃダメだよヤマト君。まるで無に出来ていない」


 店長は首を傾けて僕を見つめている。


「それにしても、へえ。安曇野君だっけ? 彼もリンカネイターなんだ。メモメモ……」


 また読まれた。世の中、物知りで損することは無いって聞くが、今の僕は情報の漏洩が著しいぞ。


「……うん? そこにいるのは誰かな? 出ておいで」


 店長がそういうと、店長の後ろ、50m向こうの曲がり角から何人か人が出てくる。


「もう敬語を使う必要はないな、香焼大介」

「おやおや、噂をすれば安曇野君。相変わらずいい無をしてるね」


 いい目をしてるね、みたいに言うな。


「というか両哉。あれで敬語のつもりだったのか? お前、就職無いぞ」

「うるさいぞ、女たら……佐世保」

「あれ? 今、女たらしって言いそうになったよね? 俺の事そんなふうに思ってんの?」

「そんなことないよ安曇野くん。佐世保くんは色魔なだけだよ」

「フォローになってないよ、茜ちゃん……」


 どうやらこの三人の他には誰もいないようだ。

 んでもって緊張感無いな、こいつら……


「…………」


 ふと店長を見ると、深刻そうな顔をしている――ように見える無表情だ。


「…どうしたんですか?」

「あの三人、読めない」


 え? 安曇野のみならず、佐世保に茜も、みんな無で会話してるのか!?

 いや、それよりも。


「三人とも、なんでここに?」

「なんでって…」

「そりゃあ…」

「アーカイブの活動初日だよ。盛大に祝わないとね」


 祝うって、祝える状況じゃないだろ。


「なるほど、僕を本部に連行しようってわけか。さっすがアーカイブ。度胸が違うね。確かに久々野くんと会えるのは嬉しいけど、そういうわけにもいかないんだよね」


 店長が指を鳴らす。


「リーダー、お呼びですか」


 気が付けば、店長の横にもう二人。ショートウェーブヘアの男とロングヘアの女が立っている。いつの間に…!?


「ちょっと厄介なことになってね。暴れたがってるみたいだから相手してあげて」

「どこまで相手しましょう?」

常呂ところ君、覚えてないの? 飽きるか殺すかだよ」

「承知しました」

「ほら、一緒に遊んであげて」

「え!? アタシも!?」

「飽きたらやめていいから」

「……仕方ないわね」


 安曇野がバンダナを巻きなおす。


「どうやら、遊び相手としか思われてないようだな」

「ああ、アーカイブとして複雑だ」

「わたし、もうケーキも買ってるのになあ…」


 革新軍のメンバーであろう二人が安曇野たちに近寄ってくる。


「革新軍補助戦闘員、常呂ところ誠壱せいいち。どうぞお手柔らかに」

「同じく革新軍補助戦闘員、湯布院ゆふいん湯華ゆか。飽きさせたら殺すわよ」

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