第02話:なるほど、僕を殺す気だ
危機一髪の状況で姿を現した蒼い盾は不細工でこそあるものの、兄貴のワンツーパンチを防ぐには十分だった。しかし、問題はそこではない。
こうして防ぐ防ぐの繰り返しでは逃げる隙はおろか長時間耐久には不利だ。もしも毎日欠かさず腹筋背筋を鍛えて生卵一気飲みするような筋肉馬鹿なら互角の戦いを繰り広げられたかもしれない。だけど、本屋でバイトしてる絶対インドア派宣言の僕が手に負える相手じゃないし、僕が逃げたせいで家族を巻き込むのも嫌だった。
「ここは僕が決着をつけないと…」
なんて意気込んでも所詮は意気込みで、僕の左手は徐々に、けれども確実に衝撃と疲労でむしばまれていた。兄貴の攻撃の数と比例して左手への負荷も倍数的に増していった。あと3分もすれば弾き飛ばされてしまいそうだ。
なにかいい手はないか? 熊とはいってもほとんどは本能で腕を振るう野生のアニマル。人間にしか思い浮かばないような、理で制すような方法はないか? そんなことを考えていると兄貴が一方後ろへ退く。
「な、なんだ…? 諦めたか?」
ここが、関ケ原大和の人生における最高クラスの油断だった。
「ぎゃるらるるうう!」
耳に響く大声とともに兄貴は地面を蹴り上げる。突進だ。
「しまった…!」
大型トラック並の威圧感とその衝撃に、思わず僕は弾き飛ばされてしまった。やっぱりダメだ。弱肉強食の世界をなめていたようだ。目には目を歯には歯を、力には力しかない。もう動物愛護週間は終わりだ。手加減なしで、狩る気で挑むしかない。
僕は盾を捨てた。僕に加算されていた圧倒的疲労にこいつも一役買っていたようだ。体が軽い。捨て身の覚悟で懐に潜り込み、そこで一発重いのをお見舞いするしかない。
「賭けだ。僕は命を懸けるぞ。お前は何を賭けるんだストロングアニマル?」
「ぐごおおおお!」なるほど、さっぱり分からん。
「全治12か月は覚悟しとけよ!」
僕はサンダルを投げ捨てた。そして後ろの大木の根を殴るように蹴り、兄貴の腹と背中をくっつける勢いで全身全霊で突進をかました。だが、兄貴はびくともしない。なんだこの未確認生命体は。
「ぎゃるららら!」
「次は俺の番だ!」と言わんばかりに天を仰いで叫んだ兄貴が僕の視界から消えた。いや、違う。周囲の木々がぐるぐると回りだした。僕が弾き飛ばされていたのだ。
「がはっ!」
僕はさっきの大木に叩きつけられた。原因不明の出血のせいでひどくのどが渇く。帰ったら麦茶を飲もう。うん、それがいい。
だが、兄貴もそうゆとり教育指導者ではない。無造作に転がっている僕を踏みつけてくる。それも容赦なく踏みつけてくるものだから赤い噴水が出て綺麗だった。
「麦茶くらい飲ませてくれよ」
「ぐごおおおお!」なるほど、僕を殺す気だ。
兄貴が両腕を自分の身の丈の2倍近くほども振り上げる。そんなことされても僕はもう動けませんよ? 肝心の左手もバッテリーが切れて感覚すら麻痺している。かろうじて右手が動くから最後に1発お見舞いしてやろうと思う。どうせびくともしないんだろうけど。
「くらえ!」
目を閉じたまま右手を思いっきり伸ばして兄貴にぶつけた。だが、何の感触もない。それどころか、あたり一帯しんとなって物音ひとつしない。
「なんだ、僕は死んだのか」
そう脳内でつぶやいたそのとき。
「ぐぎゃああああ!」
やけに騒がしいな。死者の出迎えには礼儀というものがないのか。天国か地獄か知らないが、精いっぱい人生を送った人間に敬意の一つくらいは払ってほしいものだ。
そんなことを思いながら目を開けると青い空と青い木々が風にそよいでいる。花の香りもする。噂に聞く天国をまさに見ているかのようだ。だが、体が重い。なにか体に乗っているのではないかと疑うほどに重い。そっと見てみるとそこにはいつぞやのくまさんが。
「え? うわああああ!」
思わず跳ねのけてしまったが全く動かない。死んだふりなのか? いや、そんなことあるわけない。様子をうかがいつつ、ふと自分の右手を見ると何か握っている。
「ん?」
僕は剣を握っていた。全体的に銀色の細い剣だが、剣先だけは血で赤く染まっている。このときやっと兄貴が動かない理由が分かった。どうやら、左手からは盾、右手からは剣が出るらしい。こんな非科学的なことは疑いたいものだが、現に起こっていることなのだから肯定せざるを得ない。とにかく助かった。
「早く戻らないとな……」
これが2回目のセカンド手品だった。




