第19話:威風堂々、自分を貫け
足音だけが孤独に歌う仄暗い地下道を歩き続けて10分。ようやく僕達の目の前に登り階段が出現した。本部とはいったいどんな所なのか。
「まあ、そう気を張らなくてもいいぜ。自分の家に入るくらいの間隔でいいんだよ」
そう言って佐世保は笑うが、そんなことで人見知りが治るなら、これまでの人生そこまで苦労してない。銘鐘学園に入学するときの面接と同レベルの緊張が、僕の胸ぐらをつかんで振り回す。
僕が過去を振り返って虚しくなっていると、後ろから声が響いてきた。
「おーい、佐世保っちー」
振り返ると、さっきの三人組が手を振っている。どうやら僕たちを追ってきたようだ。
「なんだ、結局お前らも来たのかよ」
「2人じゃ心配だからね、色々と」
「色々ってなんだよ」
佐世保が玉ねぎをみじん切りにするような目で各務原に視線を飛ばす。
「私は、一徹君とヤマト君って意外とできてるかなって思ってたんだけど」
「チサちゃん、俺をなんだと思ってるの? お前の妄想に俺を引きずり込まないで」
佐世保がチサちゃんの垂れた髪の毛を引っ張る。こういう会話がアーカイブの日常なんだろうか。佐世保がツッコみ役に回るのも珍しいな。
「ヤマト君は――もちろん受けだよね」
「やかましいわ」
******
5人で狭い階段を争いながら登った先は、天井も壁も床も、一面淡い白色で、まるで何かの研究所のようだった。そして、そこにはモニター室のようにあちらこちらにややこしそうなマシンが隙間なく並べられ、中心の椅子には、それを一人でキーボードを叩いて操作する男がいた。
「お待たせー」
各務原がリズム良くそう言うと、男は椅子に座ったままくるりとこちらを向いた。
「そこまで待ってない…」
尻すぼみな語尾が特徴の喋り方、ツンツントゲトゲの金髪。僕はその男に見覚えがあった。
「そして関ケ原君、久し振り…」
そう、彼こそ西淡明であった。
「やあ、おかげ様で僕もアーカイブ入りさ」
「それは良かった… また、あの手品を見ることができるな…」
「ああ!」
西淡は嬉しそうにコンピュータに向き直って作業を続ける。
「おい西淡、みんなはどこだ?」
響灘が部屋を見回しながら西淡に問いかける。
「今、会議室で会議中…」
「会議? それはいつ終わる」
「もうすぐだ…」
それを聞いた響灘は、適当な椅子に腕を組んで腰掛けた。
それにしても会議ってなんだろう。
「よっと」
僕も前にあった椅子に座ってゆっくり深呼吸をすると、響灘が話しかけてきた。
「ガハラ、お前もリンカネイターなんだって?」
…ガハラ?
「え、ああ、去年の夏から」
「そうか。安曇野から聞いたぜ。なかなかどうして戦闘向きの能力らしいな」
「うん。でも日常生活ではあまり役に立たないよ」
表情も話し方もぞんざいで飾り気のない、ぶっきらぼうな人かと思ってたけど、こうして話してみて思った。響灘亥――彼は貴重な真面目サイドの住人かもしれない。
「そんなことないさ。どんな能力だって必ず役に立つんだよ。その能力が無かったら、お前は今頃どうなってた?」
確かにそうだ。あの時リンカネイトが発現しなかったら、僕は今頃、森のクマさんのメインディッシュになっていたに違いない。
「実は西淡はリンカネイターじゃねえんだよ。情報処理の才能を買われてアーカイブ入りしただけで、元々は読書愛好会に所属していたんだと。でも、あいつが真っ先にリンカネイトに興味を持ったし、誰よりもリンカネイトが好きなんだ。リンカネイトを研究することが生き甲斐なんだってさ」
そうか、西淡はリンカネイターじゃなかったのか。
最初に会ったあの日も、一番興味津々にマジックショーを観てくれていたのは西淡だった。
「だから、あいつの前ではリンカネイトを悪く言わないでくれ。謙遜にしろ卑下にしろ、あいつにとっては自分の生き甲斐を否定されたようにしか思えないだろうからな。リンカネイターならリンカネイターらしく、威張って誇って自覚を持って、威風堂々、自分を貫け」
「分かった、気をつけるよ。ありがとう」
響灘は仲間思いで発言のひとつひとつに説得力があって、こんな人ならアーカイブをまとめていてもおかしくない。そう思った。
「あれえ? ヤマト君ってば、本当は亥君とできてたんだ?」
それに比べてチサちゃん――しっかりしようぜ。
******
なんやかんやと談笑していると、奥の方からガタガタガタという音が。
「どうやら会議が終わったようだ…」
西淡がキーボードから手を放して立ち上がる。
「うぃーす西淡。調子はどうだ? ん、お前らもう来てたのか」
5人の人間の中で一番背の高い男が僕達を見つけて近づいてくると、響灘が言葉を返す。
「やたら長かったじゃねえか」
「いやあ、話すことが多くてね。で、その子がヤマト君?」
「あ、どうも。えっと…」
この人、誰だろう。
「ああ、俺は響灘辰之介。そいつの5つ上の、響灘家の三男だ」
僕の隣の響灘をあごで指す。例の12人兄弟ってのは本当なのか。すごいけどなんかややこしいな。
「あとは、まあ、一応アーカイブをまとめさせてもらってるんだけど、それは別にどうでもいいか」
「いやそこ重要ですよ」
やべえ。この人、店長に似てる。響灘には似てないけど。
あ、店長といえば。
「えと、辰之介さん。安曇野はどこですか」
「なんだ関ケ原。オレになんか用か?」
後ろから安曇野がやってくる。
「この紙の暗号文、お前が仕込んだんだよね。解いたら店長の名前が出てきたんだけど」
僕はさっきの紙を取り出して広げた。
「…さて、なんのことだか。これをオレが…?」
「え、違うのか?」
「いや、心当たりがないな。これがどうしたんだよ」
僕と佐世保はお互い顔を寄せて見合わせる。興奮してるチサちゃんが視界に入ったけどスルー。
「だって、ほら。こうするとお前の名前が出てくるし、こうすれば店長の名前が…」
「なるほど、それでこれをオレが作ったと」
「僕の推理、結構いい線いってたと思ってたんだけどな…」
「でもよ…」
佐世保が濁った眼でそういって首をかしげながら続ける。
「じゃあ、これは誰が作ったんだ?」
誰一人として声を出さず、賑やかだった空気が凍りつく。
これを仕組んだのが安曇野でないとすれば、久々野本人の仕業か? いや、でもあの精神が不安定な状態でこんな少し難解な暗号文を仕込めるはずがない。
それに、僕のほぼ完璧な推理の中で唯一引っかかっていた、僕と佐世保が見た夢。あの夢は安曇野では仕込めない。仕込めるとすれば、僕達に容易く暗示をかけるか、そのような能力を持った人間か。
どちらにせよ安曇野でないとすれば、もう一つの方の手掛かりを探るしかない。
「ねえ安曇野。店長の家の場所、知ってるよね?」
「オレに知らないことがあるとでも?」
「だよね! じゃあ、これを仕組んだのは誰だと思う?」
安曇野はほんの3秒ほど間を開けて、それからゆっくり口を開いた。
「香焼大介が怪しいな。行くか」
「日が暮れないうちに!」
僕も含めたアーカイブ13人は、この日、本格的に活動を開始した。
これは、ある日を境に異能の力を手にした男子高校生が過ごした青春の、決して忘れてはならないアーカイブとの出会いを描いた話である――




