第10話:さりげなく僕の卵焼きを盗むのはやめろ
校庭のアブラゼミでさえも休息で席を立った朝の1年C組。佐世保の一言で一時停止していた世界は、チャイムが鳴り終わると、みな魔法が解けたように騒ぎ始める。
「おい、今なんつった?」
「佐世保が『俺と付き合ってくれ』だってさ」
「ちょ、マジかよ」
「それではホームルームを終わります」
「一目惚れってやつじゃないの?」
「然るべき段階を踏んでねえぞアイツ」
「仕方ねえよ馬鹿だから」
「俺も赤羽根さん狙ってたんだけど」
「お前はお前で何言ってんだよ」
「実は俺も…」
「俺も」
「アタシだって」
「え、お、俺だってそうだよ!」
「おい、今一人だけ百合が…」
「それより赤羽根さん、なんて返すと思う?」
「俺ならごめんなさいだな」
「アタシもー」
「私もちょっと…」
「お前ら… 佐世保を応援するやつはいないのか?」
「オレはイエスに500円」
「おい、正気か!?」
「オッズが半端じゃなく低いぞ」
「勝てる試合のはずだ」
「確かにな。あの佐世保のことだから、断られても諦めるはずがねえ」
「おい、将来的な賭けかよ」
「今はノーだろ」
「今はノーでしょ」
「だよな…」
突然の出来事に急遽繰り広げられる討論会とギャンブル。だが、鎖国中の佐世保と茜には応援も声援も嘲笑も同情も、空気でさえも届かない。
「え、でもわたしたち知り合ったばかりだし、それに…」
今度は茜がうつむいて言った。
「わたし、もう好きな人がいるの」
教室が再び魔法の世界へと誘われ、今度は佐世保も巻き込んで沈黙が訪れた。しかし、佐世保の魔法だけはいち早く解けたようで、
「そ、そうなんだ…」
「だから、友達として仲良くできたらいいなって思うんだけど……どうかな?」
教室はやっと時間に追いついてどっと反応する。
「断られたか…」
「俺の勝ちだな」
「ちっ」
「茜っち、いいこと言うじゃん」
「それより好きな人って誰だ?」
「少なくともアンタじゃないわね」
「んだとコラもう一回言ってみろ!」
「ケンカすんなよ小学生か」
「おい小学生を馬鹿にするな、殴るぞ」
「お前は黙ってろロリコン野郎」
「ロリコンは正義だ!」
「うるせえ」
そんな周りの雑談戯言口喧嘩にも動じずに佐世保は笑顔で口を開く。
「ああ、よろしくな茜ちゃん!」
「うん、よろしく!」
そこでやっと僕の魔法も解けた。一番近くにいながら何も言えなかった。というか何も出来なかった。ひとまず一件落着。
******
月曜日の授業がすらすら進むのはどういう錯覚だろうか。気が付けば昼休み、弁当を食べていると、不意に佐世保が箸を持ったまま手を振って叫ぶ。
「あ、茜ちゃーん! 一緒に弁当食べようぜー!」
立ち直りの早さにおいて、この人の右に出るものはいないだろうな。
「うん、分かった。ちょっと待ってね」
すると今度は僕の額に箸を突き刺してきた。
「痛っ、お前なあ…」
「おいヤマト。お前も一緒に食うぞ」
「なんでだよ、面倒だから嫌だ」
「…お前は保険だ」
「は?」こいつ今なんて言った?
「いいからとにかく」
「ちょっと待て。なんで僕まで…」
あっという間にクラスに打ち解けていた茜は、女子2人を連れて弁当と椅子を持ってきた。まったく、これ以上疲れたくは無いんだが、しかしこのキャストは相当疲れるぞ。渋々椅子を動かしていると肩を叩かれた。
「ん?」
「ねえ関ケ原…」
お疲れキャストその2、香春魅桜。お疲れキャストその1である佐世保と張るくらいの馬鹿正直で、図々しいパーマ女だ。こいつと食事を共にすると100%の確率で弁当の卵焼きを盗られるから疲れる。
「なんだよ」
「あんたは茜っちたちの事、どう思う?」
赤茶色の髪を整えながら耳うちしてくる。
「は? 茜たちって…?」
「茜っちと一徹のことよ」
ああ、そういえばこいつと佐世保って幼なじみだったような。
「え、いや別にどうも思わないけど…」
「関ケ原君は相変わらず鈍いなー。魅桜はね、佐世保君の事心配してるんだよー」
お疲れキャストその3、大月里美。黄緑髪を左側に束ねている容姿はやや子供っぽいが、実際には相当腹黒い。こいつと食事を共にすると100%の確率で弁当の卵焼きに罠を仕掛けられるから疲れる。
「ちょ、里美! なんでアタシが一徹の心配なんかしなきゃいけないのよ!」
馬鹿正直な反応だなあ。いくら鈍い僕でも分かりますよそれ。
「アタシは茜っちの心配してるの!」
「分かった。分かったからさりげなく僕の卵焼きを盗むのはやめろ」
「茜ちゃんは美人だからねー。今のうちに仕留めておかないと激しい争いになるよー」
「ち、違うって! 茜っちにも好きな人がいるって言ってたでしょ。それが誰なのか知りたいのよ」
「ふーん」
「へえ」
「何よアンタたち! 信じてないわね!?」
「信じてるって。信じてるからさりげなく僕の卵焼きを盗むのはやめろ」
「ねえねえ、さっきからなんの話してるの?」
「俺らも混ぜろよ」
「うわあ!」
突然茜と佐世保が会話に割り込んできたから3人一緒に手を広げて輪を崩した。
「な、なんでもないよ…」
「そうなの?」
「へっ、どうせまた恋愛話だろ」
「違うよー、関ケ原君が変態的な話を…」
「大月さん? 何を言ってらっしゃるのですか?」
「そうなのかヤマト?」いや、真に受けんなよ。
やっぱり最悪のキャスティングだ。偶然が呼んだ割り当てにしては出来が悪すぎる。来年こそは「ノー」と言える人間になろう。来年を見据える前向きな僕は弁当をさっさと食べ進める。
「茜っちの好きな食べ物ってなに?」
「タイ焼きとか好きだよ」
「タイ焼き美味しいよな。俺も好きだぜ」
「佐世保くんも好きなんだ。美味しいよねタイ焼き」
「そういえば駅前通りに新しいタイ焼き屋がオープンしたんだってー」
「今日放課後行く?」
「おお、いいな。行こうぜ」
「関ケ原君も来るよね?」
「いや、僕は今日バイトだから…」
「お前は嘘をついているな、関ケ原」
「えっ?」
気が付くと安曇野が僕の左側に椅子を持ってきて座っていた。お疲れキャストの増員は認めませんよ?
「お前のバイト先、香焼書店について色々調べさせてもらったぜ。店長の名は香焼大介。通称ヤギさん。香焼書店は小説から雑誌、新聞、コミックやノベルス、CDと文房具も幅広く取り扱っている。その豊富な品揃えと併設された喫茶店が人気を呼び、現在では午後2時から午後6時にかけて大勢の客で賑わっている。だが、第2木曜日と第3月曜日は店休日だ。つまり今日お前にバイトの予定などあるわけがねえ。そうだろ?」なんか気持ち悪いなこいつ。
「ちっ、これ以上隠しても仕方ないな。そうだよ、今日僕はバイトの予定なんて無い」
「嘘ついたねー関ケ原君」
「これはお仕置きが必要ね」
「ちょ、ちょっと待て! 嘘じゃない、冗談だ!」
「どっちも同じでしょ!」
「おい、卵焼き盗るなって!」
最後の卵焼きを死守した僕は、そのまま口に運んだ。
「はっはっは!もう卵焼きは僕のものだ!」
「甘いよー関ケ原君」
「え…うわっ! 辛い! 水、水! 僕に水を!」
口の中で卵焼きが燃えている。辛いを超えてもはや痛い。
「うふふ、特注のハバネロカプセルのお味はどうかなー?」
「がはっ、なんでそんなもん持ってんだよお前は!」
「放課後、アタシたちと一緒にタイ焼き屋に行くと誓いますか?」
「水を! 水をくれ!」
「誓いますか?」
「ち、誓う! 誓うから水をくれ!」
「はいどうぞ☆」
なんとか一命を取り留めた僕はタイ焼き屋に行くことになってしまった。こいつらに付き合っていたら命がいくつあっても足りない。それにしても安曇野のやつ、なんであんなに香焼書店に詳しいんだ? あ、そういえば久々野久邦について調べるのを忘れていた。だが、調べるのは安曇野の方が上手いようだからあいつに任せるか。
流し流されの毎日に飽きれつつも、頭の隅に楽しんでいる自分がいる今は、まだこのままでいいのだろう。僕は弁当箱のふたを閉めて水筒の麦茶を一飲み、窓の外の木々は夏の風に揺れていた。




