第2話 妖精の悪戯?
~ 第2話 妖精の悪戯? ~
俺たちがいたスタート地点の街は、アルフガルドという。そこから東にロア平原、北にポルックの森、西にガルム山脈に続く山道が、南にはムデア海岸が広がっている。
普通ならまず最低レベルのロア平原に向かうのが順当らしいが、「俺たちには十分な装備がある。森から始めても問題ないだろうし、そのほうが効率がいい」というジーンの言葉に従い、俺たちは今パルックの森にきていた。俺たちと同じように装備を整えたパーティがちらほら見えたが、それでも非常に空いていて、狩には最適な状態だった。
「――せぇええいッ!」
『ゴブリンLv3』×4の集団にジーンが《雄叫び》とともに飛び込んだ。《雄叫び》は叫ぶことで自身の攻撃力を若干上げつつ、敵の注目を集める《アビリティ》だ。重量のある大剣が振るわれ一体のHPを大きく減らす。ゴブリンたちも手に持った棍棒で反撃を繰り出すが、ジーンが纏う鎧の前では、少ししかダメージを通すことができないようだった。しかもそのダメージも沙耶の回復魔法ですぐに全快する。
「――ハッ!」
俺はジーンに群がりはじめたゴブリンたちに《SP》を使った《ダッシュ》で回り込み、一体の無防備な後頭部にダガーを突き立てる。どうやら弱点部位をうまく突けて《クリティカル》したようだ、ジーンの大剣ほどではないが、なかなかのダメージを与え、ゴブリンのHPゲージを大きく減らす。因みに血は出ないし手ごたえもあっさりしたものだ。グロテスクになってしまわないようにシステム面で配慮してあるのだろう。と、すかさずゴブリンも振り返りながら、なかなか痛そうな棍棒を振り回してきた。が、その前にこちらも《SP》を使い《ステップ》を発動、難なく回避する。さらに余裕があったので、カウンターで棍棒を持つ腕にも一撃おまけしてやる。やはり短剣は攻撃と回避に隙が無いのが強い。
「ギィィイイー!」
と、ここでゴブリンの断末魔。視界の端に一体のゴブリンが光になって消えるのが見えた。どうやらジーンが最初の一体を倒し終えたらしい。これで3対3、負ける要素はほぼなくなった。
俺はこちらに向かってくるゴブリンの攻撃を軽くかわしながら、ジーンと戦っている2体のゴブリンを見やる。
――そしてHPの少ないほうにターゲットを絞る。
「――フッ!」
再び狙いを定めてその後頭部へ攻撃。《クリティカル》。すかさず《ステップ》。棍棒は宙を切る。
「ナイスだユウ!」
そして愚かにもジーンに背を向けてしまったゴブリンは、ジーンの会心の一撃を受け、HPが0になった。その体が光に包まれ霧散する。3対2だ。
人数差が出たところで残ったゴブリン2体は――逃げだした。ある程度知性があるモンスターは劣勢を感じると逃げを選択するらしい。
だがそんなことは許さない。俺は最初にクリティカルダメージを与えたゴブリンに対して追撃を開始した。ハンターの素早さ補正と《ダッシュ》アビリティを持つ俺ならゴブリンに楽々追いつける。
そして《ダッシュ》状態からさらに前方向に《ステップ》を重ねがけ、背を向けて逃げるゴブリンに飛びかかる。猛烈に勢いのついたダガーが、深々と首に突き刺さる。今の俺が繰り出せる最強のクリティカルアタックを受け、ゴブリンは絶命した。
さて、もう一体は――と、目線を最後のゴブリンに目線を移すと、
「えいっ!」
先回りしていたらしい沙耶の《メイス》にぶったたかれ倒れていた。
「なかなかやるなぁ、ユウ」
「流石ですね兄さん、初心者とは思えません」
戦闘を終え、俺は二人から賞賛の言葉を受けていた。なかなかいい気分だが、それも二人のおかげである、お礼をすることを忘れてはならない。
「いや、俺が楽に動けるのはジーンが引き付けてくれてたからだよ。ゴブリンとはいえ、よく3,4体を同時に捌けるもんだ」
「ははっ、まあ俺はβで動きはかなり研究したから、それに妹さんのアシストがあったからこそ強きでいけた。サンキューな、妹さん。最後の一撃もナイスだったぜ、先回りなんて状況をよくみていないとできない」
「後衛なら状況を見るのは当然です。それに後ろに引きこもってばかりでは役立てませんし」
「……というかびっくりしたぞ、いきなりメイスなんか取り出して戦ってるんだから。いつの間に買ったんだそれ。兄さんとしては妹がおてんばに育ってしまわないか心配でならない」
「なに変なとこ心配してるんですか。それに私たちが高レベルならまだしも、低レベルなうちはまだ攻撃力に差はありません。だから私も前線で殴ったほうが戦闘の効率がいいんです」
「それはわかるが……視聴者に『天使のようだ』とか言ってしまった手前、お前の印象が天使から撲殺天使にクラスアップするのは防がねばならない」
「誰ですか視聴者って」
「でたよ、ユウの病気が」
そんな感じで笑って軽口を叩きながらも、お互いにお互いの健闘を称える。なかなかいいパーティじゃないか、と我ながら思った。ジーンが切り込み敵を引き寄せ、速さを生かした俺が回りこんで遊撃、沙耶がジーンのHPを支えつつ、隙あらば自身も前線でサポートする戦術は、短い時間ながらなかなか形になってきていた。因みに弓はまず当たらなかったので、俺は今短剣メインの戦い方にしている。悔しかったので後でコッソリ練習すると心に決めて。
そしてしばらくゴブリンや植物型、小形動物系のモンスターを狩り続け、クラスレベルも4ぐらいに上がった時のことだ。
ふと、ジーンが何か発見したように叫んだ。
「ああっ!? 妖精だ!」
「えっ! 本当ですか?」
妹も驚いてジーンの目線を追う。
「妖精?」
ジーンが指差す方向を向くと、何か青白い光を放つ、蝶のような生き物がふわふわと宙を舞っていた。あれが妖精なのだろうか。
「妖精ってなんだ?」
俺が質問するとジーンと沙耶は少し興奮気味に答えてくれた。
「特定のフィールドに、超低確率で現れるっていうレアキャラクターだよ!」
「私も噂しか聞いたことなかったんですが、いきなりその姿を拝めることができると幸運ですね」
そうしてゆっくりと忍び足で妖精へ向かう二人。
「何をするんだ?」
「勿論、捕まえるんです。妖精を捕まえた者には幸運が訪れるって話があります」
「まぁ具体的に言っちゃえば、捕まえたプレイヤーになにかレアなアイテムを残すらしいんだ。だいたい強力なマジックアイテムだって聞くな、マジシャンやプリーストが使う」
「ほう……なら気合を入れなくてはな」
妹の為になるのならば、兄として一肌脱がざるをえまい。
「妹の為になるとわかった途端、急にやる気になったぞこのシスコン」
「兄さん……お気持ちは嬉しいですけど、ジーンさんが見ている前ではちょっと……」
「……お前ら俺のやる気をどうしたいんだよ」
「というか二人きりならいいんですか妹さん……」
そうやってふざけながらも、俺たちは妖精捕獲に動き出した。
――が、ダメ。
素早さが全然違う。動きは蝶だが、素早さは蜂のようだ。
俺の素早さ+《ダッシュ》+《ステップ》を駆使しても追いつくことが出来ない。
「くぅ……さすがにこのレベルじゃ無理かぁ?」
「これじゃそのうち消えちゃいますね……」
「消えちゃう?」
二人の話によると、どうやら妖精は一定数以上のプレイヤーに発見されると、怯えてその姿を消してしまうらしい。だから今の状態でほかのパーティに会ったらアウトで、早急に捕まえる必要があるようだ。
「ふぅん……まぁあの速さじゃ、素直に捕まえに行っても逃げられるだけか……」
「まぁそうなんだが……」
「ん、兄さん、その顔は何か考えがあるんですね?」
「え、マジ?」
二人が俺を向く。
「いや、そこまでたいしたもんじゃない。ただ追い込み漁ならいけるかもしれない、って思っただけだ」
「追い込み漁?」
「ああ、つまり――」
説明の末、俺の作戦は二人に採用された。
今俺は、奥の林にある藪の一つに身を潜ませていた。かなりきっちり隠れているため、外の様子はほとんどわからない。
『こちらジーン、順調に妖精はそっちに向かってるよー』
だが念話チャットによって状況は良く分かる。
作戦というのは二人が妖精を追い込んで、待ち伏せている俺が捕まえるという至極簡単なものだ。
だがこれが一番可能性があるようだった。
『もうちょいだ、あと4,5m!』
俺は気配を悟られないようにジッと息を殺して、二人が上手く追い込めるのを信じて、ただ待つ。
と、藪の外に、ちらりと青白い光が見えた。
『――今です兄さん!』
妹の合図。俺は両足に力を込め、全力で大地を蹴る! ついでに《ステップ》も発動! 藪からすごいスピードで飛び出した俺は、そのまま着地のことなど考えず、地面とほぼ平行になりながらも妖精に向けて両手を伸ばしてダイブする!
――だが妖精の反応も早かった。俺に気づいた妖精は素早く横に――俺の右手側に避けようと移動する。
「届けっ!」
だが俺も諦めない。限界まで右手を伸ばし――
――届いた! 確かな感触を右手が掴む!
「よしッ!」
そして掴んだ瞬間、手の中の妖精が大きく光りだし――急に右手の感触が「なくなった」。
「え? ――グおッ?!」
そしてその感覚に戸惑う間もなく、俺は横っ飛びの姿勢まま木に直撃た。
「ちょ、大丈夫ですか兄さん!」
俺のそんな姿を見た二人が急いで駆け寄ってくる。
「だ、だいじょうぶだ」
とりあえず俺は起き上がって無事をアピールする。しかし、ヴァーチャルリアルでもなかなかに痛かった。HPと見ると、なんと3割近くも減っていた。こういう事故でも結構ダメージくらうのか、これからは注意しよう。
「で、どうだった? こっちからは妖精を捕まえたようにみえたんだが?」
手を広げてみると、そこに――妖精の姿はなかった。
「くそっ、確かに捕まえたはずなんだが……光ったと思ったらどこかへ行っちまったよ」
「それって……なぁ、インベントリ開いてみてくれ」
「インベントリを?」
「いいから早く」
ジーンにせかされ、言われる通り持ち物を表示するインベントリウインドウを開いてみる。
するとそこには、先ほどまでなかった新しいアイテムがあった。
「これは……? ええと――【妖精の羽:ランクA 神出鬼没な妖精の羽。使用者を幸運の場所へ導くといわれているが、何処へ行くかは妖精のみぞ知る】――だとさ」
「やったじゃねえか!」
「やりましたね!」
俺が説明文を音読するとジーンは飛び上がって喜んだ。沙耶も嬉しそうに目を丸くして驚いている。どうやらこの妖精の羽が捕まえた報酬らしい。
「けど、そんなにすごいものか?」
「そりゃそうさ! ランクAって言ったらβテストでもお目にかかったことのないレア物だぜ?」
「ほおー」
実感の無い俺はどこか抜けた返事しかできなかった。試しに妖精の羽をウインドウから直接つかんで取り出してみる。確かな感触とともに、羽は実体化した。
「わぁ、綺麗」
沙耶が思わず声を漏らす。確かに羽は妖精と同じ淡い青色を放っていて、綺麗だった。
すると目の前に【妖精の羽を使いますか?】というウインドウが現れた。俺がそれを伝えると、
「おそらく使えるのは一度きりの消費アイテムということだろう」
とジーンが判断した。一度きりの消費アイテムか……。
「個人的には使える武器やアクセサリーやらがほしかったんだが――?」
その時、沙耶とジーンの背中側から、何かが突進してくるのが見えた。
【アタックボアー Lv7】と読める。先ほどのゴブリンよりレベルの高い、猪型のモンスターだ。
(妖精を追って、深入りしすぎていたかッ!)
突進先は――沙耶だ! 後衛職が叩かれるのはまずい! つーか沙耶狙うとか俺が許さん。
「下がれ!」
俺は叫んで、沙耶を庇うため、猪との間に割って入った。
次の瞬間、強い衝撃とともに――軽装備で軽いせいか――俺は宙高々にぶっ飛ばされた。
「兄さん!」
沙耶の叫ぶ声。
大丈夫だ! と答えたかったが、衝撃で咳き込んで答えられない。本当にどこまでもリアルなシステムだと場違いに感心する。一撃をもろに受けてしまった俺だが、流石にここはまだ初心者エリア、HPが減っててとはいえ、即死するような威力ではなかった。
とりあえず受身を取るため体勢を直す――と、握っていた妖精の羽がスルリとすべり抜けてしまった。
(っと、せっかくのレアアイテムをなくしてはまずい)
そう思い、落下しながらも逃げた羽を再び右手でガッチリ捕まえた。
すると――羽を掴んだ右手が、妖精を捕まえた時のように強く輝きだした。
(なっ?)
輝きはどんどん大きくなる。そうして光は、一瞬にして俺の全身を包み――
"ドッ〟
「――ッテェ!」
その眩しさにやられて目を閉じた瞬間、着地に失敗して地面に叩きつけられた。痛ェ。さっきから散々だ。
とりあえず、猪に追撃されない為にも、素早く飛び上がって短剣を構え直す――のだが、
「――――は?」
思わず間抜けな声を出してしまった。
しかしそれも仕方がないだろう。なにせ俺を吹き飛ばした猪が消えていたのだ。
いや、猪だけではない。沙耶もジーンの姿も、何処にもなかった。
「……何が起こった?」
落ち着いて周辺を見回す。数秒の間に、いろいろと激変していた。
森が広がっている。だが、さきほどとは全然違う森だ。
さっきまでの場所が林とするなら、ここはそれより深い森林だ。見たことも無い高い木々が周りを取り囲んでいる。
軽く混乱した。
「……ここ、何処だよ?」