第1話 俺と妹と友人と
『クラス』『アビリティ』等の説明回で、ちょっと長めとなっております。ほとんどわかってるような方は、流し読みでもいいかも。
~ 第1話 俺と妹と友人と ~
『System start. ――Welcome to The Unknown World!』
歓迎する女性のナビボイスが聞こえてきたと思った瞬間――世界が一変した。
気づけば俺は、見渡す限り何も無い、蒼い光のが包む世界にいた。そしてさらに身体がふわふわと浮いている。いきなりの無重力感覚に、少し混乱する。
『まずは、本人確認をさせていただきます』
再び澄んだ女性の声が聞こえてきた。直接頭の中に響いてくるような、不思議な感覚だった。
『Gather登録名、及びパスワードを教えてください』
(「入力して」くださいじゃなくて、「教えて」くださいなんだな)
そんなどうでもいいことを感じつつ、俺は声に出して名乗ることにした。
「二階堂悠二。パスワード*****、だ」
『認証開始――――、本人確認完了。二階堂悠二様、あなたを正式なユーザーとして登録いたしました。以後、ログインの際、パスワード確認等を省略することができます』
「さいですか」
『では続いて、二階堂様の分身となるキャラクターの容姿、体格の設定をしていただきます。なお、性別は変更出来ませんので、ご了承ください』
ナビがそういい終わると同時に、目の前に等身大ほどの大きなウインドウとが現れた。そしてそこに映っているものを見て、ギョッとする。全裸の俺がいたのだ。
『こちらは、現在の二階堂様を参考にして作られた、データモデルです。ゲーム内ではこのキャラクターを操作していただきます』
いったい何時の間に『参考にした』のか問いただしたかったが、その程度のことはGatherにとっては造作もないことなのだろう。Gatherの持つ技術はVRに留まらず、他にも驚くべきものがあるとニュースではいくつも取り上げられていた、これもその一つなのだろう。
全裸ということにちょっとした羞恥心を感じつつも、まじまじと映った俺眺める、すると向こう側の俺もまじまじと見返してきた。右手を上げると、向こうも右手を上げた。左手ではなく右手だ。どうやらこれは鏡ではなく、俺の動きをトレースしているようだった。改めて自分をじっと観察すると、その再現度に驚いた。鏡に映った自分の姿となんら変わりがないのだ。洗面台でよく見る、やや無愛想で若干目つきの悪い俺が俺を見返している。
(……はぁ)
友人に無愛想だとか、妹に怖い顔しないでくださいとか、言われたのを思い出してしまい、向こう側の自分と一緒に嘆息した。ただゲーム内補正でもあるのだろうか、向こうの俺は現実の俺よりは少しだけ顔の作りが整えられている気がする。そのため怖い、というよりは凛々しいという印象に傾いているのが救いだった。
『細部を変更する際は、周囲のウインドウを操作してください』
するとさらに新しいウインドウがいくつか現れた。浮いているその小さいウインドウに目をやる。そこには「髪」「髭」「カラーリング」「身長・体格」など、いろいろな項目があった。
(とりあえず「髪」の数値をいじってみるか――おお、これは面白い)
前髪や後ろ髪、そして髪のクセなどが自由に変更できるようだ。そして変更した部分はリアルタイムで目の前の俺に適応される。しばらく適当に伸び縮みさせて遊んでから、無難に現実に近い、少し長めの髪で設定をした。……しかし、こうして客観的に自分を見れる機能はいいな。微調整がしやすい、現実でもほしいぞ。
(さて、次は「髭」……は、いらないな。「カラーリング」でも見てみるか)
肌、髪、瞳などの色を自由に変更できるらし。といっても俺は金髪や赤や青なんていう、ド派手な色は好きじゃないんで、髪の色はパスだ。ただ、肌の色は少しホワイトを+して、瞳の色はクリムゾンレッドに設定してみた。理由は特に無いが、肌や瞳の色を変えるという、現実では絶対に出来ないことをやってみたかったのだ。まぁ運動部の生活で、肌色が少し濃かったのが悩みっちゃ悩みだったしな。で、実際に変更してみると、色白の肌は以外にしっくりきた。なんというか清潔感が増した気がする……ちょっと女々しくなったような気もするがまぁいいだろう。そして真紅の瞳は、俺のきつめの目となかなか合っていた。ただの厳しい目つきではなく、強い意思が宿ったような感じになった。
その姿に少し満足し、続いて「身長・体格」をチェックする。身長は130~200cmの間で設定ができて、体型では痩せさせたり太らせたり、筋肉をつけたりできるらしい。
(……俺の身長は175cmなのだが、もしそれからずらした場合、なにか障害はあるのだろうか?)
『特にはありません。ただあまりに現実の体とかけ離れた設定をすると、最初はその差に戸惑うかもしれません』
疑問を口にすらしていないのに、いきなりナビが答えてきた。
「思考が読めるのか?」
驚いて問うと、ナビは当たり前のことのように『はい』と答えやがった。
『ですがそれを第三者に伝えるようなことは、決していたしませんので、ご安心ください』
考え事が筒抜けとはなんと末恐ろしい機能だ。やはりGather社の技術は変態だ。
まあそんな今さらなことは置いといて、早く設定を済まそう。身長は変えず、少しだけ筋肉を付け足しておいた。といっても元々細い体型に筋が少しついた程度だが。
『以上でよろしいでしょうか?』
「ああ、これでいい」
『では最後に、このキャラクターにお名前を付けてください』
名前か、俺は即答する。
「ユウだ」
これは俺のあだ名の一つであり、デフォルトネームがないゲームをプレイする時に決まって使っている名だ。味気なく地味だが、アレックスとかジョーンとか、そんな別名でやってみても俺はしっくりとこないのだ。
そして最終確認ウインドウが現れる。
**********
キャラクターネーム:【ユウ】
身長:175cm
体重:71kg
瞳 :クリムゾンレッド
肌色:ホワイト+5
他:デフォルト設定
**********
名前が漢字ではなく、しっかりとカタカナであったのは、おそらく思考を読んだのだろう。便利なものだ。
『以上で設定を完了します。おつかれさまでした』
「いや、いろいろ面白かったよ」
『では他にご質問は御座いますか? なければこのまま《The Unknown World》の世界に入っていただきます』
「ああ、じゃ一つだけ。――あんたはAIなのか?」
俺は興味があってナビ自身に問いを投げかけた。こんななめらかな対応は普通のプログラムではできないはずだからだ。
『いえ、私はAIではありません。ですが、ご察しの通り普通のプログラムでもありません。ただ――』
「『企業秘密となっておりますので、残念ながらお答えすることはできません』、か?」
ナビの台詞を先取りして言ってみた。
『その通りでございます。申し訳ありません』
――その言葉の端に、機械的でない小さな驚きと笑いが含まれていると感じたのは、俺の気のせいだろうか。
「……まあいいや、変な質問して悪かったな。こっちからの質問はもうないぞ」
『かしこまりました。それではこれから《The Unknown World》に転送いたします。ユウ様が歩む旅路に、幸多からん事を。――機会があれば、またお会いしましょう』
(――?)
小声で付け足された最後のナビの言葉に、なにか違和感を感じたが、それを口に出す前に、俺を包んでいた蒼の輝きが増していった。
目を開けていられなくなって――――まず重力が戻ってきた。次に石畳をしっかりと踏む感覚得る。温度を感じる、日差しを感じる、風を感じる。
閉ざしていた瞼をゆっくりと開く。
「――これは」
中世ヨーローッパに似た町並みが、眼前に広がっていた。
今自分がいる場所は、広大な広場のような場所だった。その入り口らしい場所には、『ようこそ、始まりの広場へ!』とでかでかと書かれていた。いろんな出店がでている、歴史やゲーム内でしか見たことがないような服を着た人々が行き交っている。
「――――」
俺は言葉をなくしてしまっていた。傍から見れば俺はただ呆然と立ち尽くしているように見えただろうが、内心では今まで感じたことがないくらいに興奮していた。
なんだこれは? なんなんだこれは?
想像していたものより、100倍はリアルな光景がそこにあった。
勿論、同じように感動しているのは俺だけではない。ここの『始まりの広場』は皆のスタートポイントだ、俺がキョロキョロとしている間にも続々と人がログインして現れてくる。それぞれがこのリアルな世界に驚嘆の声を上げて、飛び上がったり、初対面の人と意味も無くハイタッチしたり、抱き合ったりと、お祭り騒ぎになっていた。
――彼らの動き、表情、どれを見ても姿が少し違うだけで、リアルとなんら大差が無い。
「これが……これが、ヴァーチャルリアリティ」
『――――ルルルルル』
俺がただただ関心し、感動をかみしめていると、いきなり頭の中で呼び鈴が鳴った。一瞬困惑したが、妹に教わったことを思い出す。確かこれは個人チャットの呼び出し音だ。その証拠に、視界の隅に【From:沙耶 通話/拒否】と選択肢付きのウインドウが出ている。すぐに【通話】を押す。
『――Welcome to The Unknown World! どうです、兄さん? この未知の世界への第一歩は』
ナビ音声をまねてか、妹が無駄に上手な英語で歓迎の挨拶をしてきて、思わずクスリとした。
「最高、その一言だ、残念だがそれ以外の言葉が見つからん!」
俺はがらにもなく興奮しているのを自覚しながらも叫んだ。
『ふふっ』
その様子に沙耶も楽しそうな笑い声を上げる。
『では、とりあえず合流しません?』
「ああそうだな、今何処にいるんだ?」
『その広場から北……えっと、大きい噴水がありますよね? それを越えた先に大きな女神像があるので、その下にいます』
「わかった、すぐ向かう」
通話を終えた俺はすぐさま広場の北へと向かう。冷めぬ興奮からか、その歩みは自然に小走りになっていた。
(さて、沙耶に会うのも久しぶりだな。最後に会ったのが、春休み中だったから、4ヶ月ぶりか?)
俺と妹とは一緒に住んではいない。というのも俺が大学に通うため、単身東京に引っ越したからだ。だから会えるのは長期休みとか、お盆とか家に帰る時だけだ。だが、だからといって疎遠になっている訳ではない。しょっちゅう電話やメールもするし、仲はいいほうだと思っている。――というか傍から見ると仲が良すぎるらしく、友人からシスコン疑惑をかけられて困る。断っておくが、違うぞ。
まぁシスコンかどうかは置いておいても、その再会には心が躍る。沙耶はどんな姿にしたのだろうか? それを想像するだけでも楽しい。兄の贔屓目から見ても、沙耶は美少女と呼べる女性に成長している。電話でもよく「告白されて……」という相談を受けることがある。因みに沙耶と付き合いたいならまず俺を倒してから言え。
容姿端麗なうえに、服や小物についてうるさくてセンスのいいあの沙耶のことだ、《アンノーン》の世界でも、凝った姿になっているに違いない。
――無意識のうちに、小走りはいつの間にかスキップになっていた。
女神像の下は人が多かった。俺と同じように、待ち合わせをしている人が多くいるようだった。これじゃ見つけ辛いな、そう思ってこちらから個人チャットをかけようとした時だった。
視界の端に、沙耶の名前があるのを見つけた。そしてその姿を視界の真ん中におさめたとき――思わず息を呑んでしまった。
――沙耶は白かった。
雪のように白い肌に、長い白銀の髪をしていた。そしてその肌と髪色に良く似合う純白のドレスのようなローブに身を包んでいる。女神像の前で佇むその姿は神秘的で、純粋無垢な乙女のようで……初期装備のばかりの人ごみ中、一輪のユリが咲いているようだった。
「あっ」
沙耶も俺に気づいたようだ。160cmほどの小さな体が、トトトとこちらへ駆け寄ってくる。
「兄さん、お久しぶりです」
そしてローブの裾をつかみ、気取ったように礼をして見せた。
おどけた調子だったが、それもなかなか様になっていた。そして改めて近くて見てみると、やはり美人になっているのが良く分かった。遠見では気づかなかったが、瞳だけがアメジストのような深紫をしていて、それが彼女の持つ知性を強調しているようだった。
……この容姿はプレイヤーの中でも高レベルなのに違いない。その証拠に、実際周りのプレイヤーがちらちら沙耶を見ている。
「ふふふ、どうですか?」
俺が驚いているのを見ると、沙耶は笑って今度はくるっと回って見せた。
「美しい、天使のようだ」
俺が思ったままのことを言ってやると、堪らず沙耶は噴出した。
「あはははっ、そこまでのお世辞が飛び出すとは思いませんでした」
「いや、本気だぞ? こんな妹がいて、兄としては鼻高々だ。だが悪い虫がつかないか、今から不安でしょうがない」
「はいはい、シスコン乙です」
俺の手放しの賞賛に沙耶は盛大に呆れてみせるが、その嬉しそうな顔を見ると、まんざらでもなさそうだった。「兄さんもその瞳、なかなか似合ってますよ」とお世辞も言ってくれた。
とりあえず俺は、素朴な疑問をなげかけてみることにした。
「しかし、なぜそんな高そうなローブを着れているんだ?」
新規キャラクターは、始めに1000Gと初期防具、安いポーション類などを持たされるのだが、沙耶が着ているよさそうなローブは、なんとなく1000Gでは足りない気がする。
「βテスターの特典です」
「βの特典?」
「そ、βテスターは開始時に一定までのお金を引き継げるんです。兄さんが設定している間に、そのお金で装備を整えておいたんです」
なるほど、納得した。
「まぁとりあえず」
沙耶は何かウインドウ出して操作をする。と、俺の方にもウインドウが表示された。
【沙耶さんから、フレンド登録願いが届きました。登録をおこないますか? はい/いいえ】
無論【はい】を選ぶ。ピロン、と効果音が鳴った。
(様々なウインドウは、確か念じれば出てくるんだったな?)
自分も頭の中で『フレンドリスト』と念じてみる。と、すぐにそれは現れた。便利なものだ。そして現れたフレンドリストウインドウには【01 沙耶 オンライン】と表示されていた。兄妹だが、記念すべき第一フレンドゲットだ。
「OK、ありがとう。これからヨロシクな」
ウインドウを念じて閉じ、右手を差し出す。妹に握手を求めるのも変な感じだったが、なんとなくしたい気分だった。
「ええ、こちらこそよろしくお願いしますね」
沙耶も答えるように右手を重ねてくれた。
「ところで直樹はどうしたんだ?」
久しぶりの再会で少し雑談に花を咲かした後、俺は沙耶に尋ねた。直樹とは俺を《アンノーン》誘った片割れで、同じ大学に所属する友人の名だ。
「兄さん、ここでは『ジーン』ですよ」
「ああ、そうだった。すまない」
妹にたしなめられてしまった。実際に自分の名前やあだ名を使っている沙耶や俺はともかく、現実の名前をこの世界で使うのはタブーだったか。
「兄さんの設定に時間が掛かりそうだったんで、装備を整えるついでにほかのフレンドに会いに行ったようです」
「そっか、そりゃすまなかったな、待たせちまって」
「いえ全然待ちませんでしたよ。それに最初は仕方がないです、私なんてβ開始時は設定に一時間は使ってしまいましたし」
さすが装飾にはうるさい妹。おそらく全パラメーターをいじり尽くしてたんだろうなぁ……。
「じゃあ俺はこれからどうしたらいいかな?」
「そうですね、とりあえず冒険者登録からですかね。始まりの広場まで戻りましょう」
そうして沙耶を先頭にし、来た道を戻り始めた。
「で、兄さんはどの『クラス』にするか決めましたか?」
「ん? 『クラス』?」
俺が聞き返すと、沙耶は立ち止まってジトーっと睨んできた。いや、そんなジト目で睨まれても、それただ可愛いだけだぞ。
「もしかして、何も調べずにきたんですか?」
「説明書は飛ばしてゲームをする派だ」
最近は大抵うるさいほどチュートリアルがあるからな。俺は悪びれずにそう答えた。
「……そうでしたね。はぁ、仕方ありません」
沙耶は少々呆れつつも、クラスについて詳しく説明してくれた。まとめるとこうだ。
『クラス』とは、冒険者の職業のようなもので、冒険者は登録する際、必ず1つクラスを決める。初期に選択可能なクラスは4つあり、それぞれに違いがある。
ファイター ・・・ 《剣術》《槍術》《盾》《勇気》などの戦闘系、重装備系のアビリティに適正を持ち、ハンターや魔法職と比べ、《筋力》《HP》が成長しやすい。優れたアタッカーであり、前線で仲間を支えたり、接近戦で戦いたい人向け。
ハンター ・・・ 《短剣術》《弓術》《目星》《ステップ》などの回避系、サポート系、軽装備系のアビリティに適正を持ち、ファイターや魔法職と比べ、《素早さ》《SP》が成長しやすい。トラップを発見したり、相手の動きを妨害したり、使いこなせる技量があれば武器を切り替えてどの距離でも対応して戦える。
マジシャン ・・・ 《杖》《魔道書》《火炎呪文》などの攻撃魔法系のアビリティに適正を持ち、ファイターやハンターと比べ、《魔力》《MP》が成長しやすい。強力な魔術を使う事ができ、特に集団戦で複数に対してダメージを与えることが出来る。ただ少々防御に問題があるので、距離を取って戦うか、前衛に守ってもらう必要がある。
プリースト ・・・ 《魔術書》《防御結界》《回復呪文》などの回復魔法系、補助魔法系のアビリティに適正を持ち、マジシャンと同じように《魔力》《MP》が成長しやす。連戦、長期戦、ボス戦には不可欠な存在で、マジシャンよりは体力があるので前線で戦うこともできる。
「兄さんに合いそうなのはファイターですかね」
「その理由は?」
「兄さんは体も大きいですし、運動が得意でしょう? ならそれを生かした前線のクラスが向いています」
「同じ前衛クラスっぽいハンターは弱いのか?」
「いえ、弱くはありませんが、ハンターはちょっと難しいクラスなんです。適正がある武器は短剣ですが、ファイターと比べてリーチと威力が低いので、相手にかなり接近しつつ、狙いづらい弱点を突いて戦う必要があります。それに矢を放つ場合でも、この世界では実際に矢をつがえて弓を引かなければいけません。さらにその命中率は実際のプレイヤー技量に左右されます。もちろん《ハンター》と《弓術》レベルによって補正が掛かるらしいですが……なかなか難しいようで、そのうちβテストでもハンターはあまり見かけなくなりました」
「なるほどな、直・・・ジーンは確かファイターって言ってたか。沙耶は・・・聞くまでもなくプリーストか」
「あれ? その通りですけど、なんで私がプリーストってわかったんです?」
「そりゃ沙耶の性格を考えればわかるさ」
彼女は困った人を放っておけないお節介で優しい性格で――といってもそうなったのは俺の影響もあるのだが――この中から選ぶなら、まず間違いなくプリーストだろう。
「さすが兄さんですね」
「まーな。よし、じゃあサクっとクラスを決めてくるか」
俺は始まりの広場入り口近くに構えている、『冒険者クラス登録所』と書かれた大きい建物まで足を進めた。
「いらしゃいませ! ここでは冒険者登録を行います! あなたはどのような冒険者をご希望ですか?」
元気な受付のお姉さんの台詞とともに、目の前に4つの選択肢が表れた。
迷うことなく、俺は――
「正直、意外でした」
俺がクラスを決めて戻ってくると、妹は少し驚いた表情をしていた。
「そうか?」
「ええ、困難さを知った上で『ハンター』を選ぶとは」
そう、俺は『ハンター』を選択したのだ。
「その理由は聞かせてもらえます?」
「ああ、といってもそこまで深い理由はない。直――ジーンがファイターで、沙耶がプリーストなら、俺は被らないマジシャンかハンターを選んだほうといいかな、と思っただけだよ。たとえハンターが難しいクラスだとしても、ハンターでしか出来ないことがこの先出てくるだろうしさ」
「なるほど、バランスと将来性をとったわけですか。でもいいんですか? 不遇なハンターということで他の人のパーティに入れなくなるかもしれませんよ?」
「もとから二人とやるために《アンノーン》を始めたから、他のプレイヤーと出来なくてもかまわないさ。それにたとえ一人でも、このVRの世界を歩き回るだけで十分楽しそうだ」
「まぁ、兄さんは色々器用なので、ハンターも使いこなせる気がしますけどね。私も応援しますよ」
そういって沙耶は俺の選択を歓迎してくれた。
「じゃあ次はアビリティの設定ですね」
「はい、先生、アビリティとはなんでしょう」
俺のふざけた感じに、今度はギロリと睨まれた。いいぞ、そっちのほうが迫力がある。それでも可愛いが。
「真面目にきいてください」
「悪い悪い」
少し怒りながらだったが、沙耶はそれでも丁寧に説明してくれた。重要だった《アビリティ》《スキル》《適正》の説明をまとめておく。
――《アビリティ》とは、プレイキャラが持つ「能力」や「才能」を意味する。プレイヤーがアビリティに沿った行動(《短剣術》なら短剣を振るう、《弓術》なら弓を放つ)をすると経験地が入り、それが溜まるとレベルが上がる。レベルが上がるほど、例えば《短剣術》は、短剣系で与えるダメージが増え、《スキル》の能力があがる。
――《スキル》とは、アビリティのレベルを上げ覚える『技』のことを指す。《SP》や《MP》を消費して強力な攻撃や、便利な技を使うことが出来る。スキルは宣言、もしくは念じることで発動できる。
――《適正》とは、クラスがもつアビリティへのプラス補正のことを指す。ハンターの場合《適正》がある《短剣術》《弓術》などのアビリティの成長速度があがり、ダメージ効率もあがる。
「……むぅぅう」
で、その説明を受けてから軽く10分間、俺はずっとアビリティ選択ウインドウと睨み合っていた。
なぜかって?
……決められないからだよ。
「だから事前に調べておいてほしいって言ったんです、兄さんは絶対迷うから」
ごもっともです。返す言葉も無い。……だが迷うのも仕方がないだろう。
なにせ初期から選択できるアビリティが、50以上あるのだから。
「なぁ、この白色のアビリティはなんなんだ?」
ウインドウには数々のアビリティが、色つきのアイコンで表示されている。
《剣術》《短剣術》《雄叫び》などの戦闘系関係が赤。
《ステップ》《ダッシュ》などの補助動作関係が黄色。
攻撃・回復・補助の魔術関係が青。
《重装備防御》《軽装備防御》《応急手当》などの装備・回復関係系が緑で表示されている。
そして適正あるアビリティはさらに太枠で囲まれているのだが……それらの中のどこにも属さず、適正もない白色のアビリティたちがあった。
「それらは生産アビリティ、もしくは趣味アビリティと呼ばれてるものだぜ」
「――ん?」
それに答えたのは沙耶ではなかった。
声の方を振り返ると、立派な両手剣を背負い、鉄製の鎧を纏った、短髪で金髪の剣士がいた。
「直――ジーンか!」
「おう! ようこそユウ、この驚きの世界へ! 妹さんもβテストぶりだな!」
「お久しぶりです、ジーンさん」
ガツッ、と俺とジーンは拳を突き合わせて挨拶をした。友人は現実と変わらない、無邪気そうで爽やかな笑顔で俺を歓迎してくれた。そのままフレンド登録も済ます。
「久しぶりだなジーン! βテスト始まってから全く顔も見せなくなりやがって!」
「いやぁ、そりゃもうどっぷりこの《アンノーン》にはまってたからな」
「まったく……。だが今ならその気持ちも少し頷けるよ」
友人ジーンは、お前もわかってくれたか! と嬉しそうな表情を浮かべる。
「だろだろ? で、ユウは今アビリティについて悩んでんのか」
「……ああ、いろいろありすぎて正直決めかねている」
「兄さんったら事前に何も調べないできたから、結局かれこれ10分ほど悩んだままなんですよ? ジーンさんもなにか言ってやってください」
「はっはっは、まぁそういってやるな、俺にはその気持ちも分かる。それにどういう《アビリティ》構成にするのか考えるだけでも楽しいからな。俺なんかも始めは1時間は睨めっこしてたからなぁ」
ガチゲーマーの友人のことだ、考え付く限りのパターンを考えていたんだろうなぁ……。
「で、さっき生産アビリティとか趣味アビリティって言ったな、それはなんなんだ?」
「その名の通りのものさ。生産系ってのは、冒険に必要な道具や装備を作り出すことができるアビリティだ。そのレベルが高ければ高いほど、《調合》なら作り出すポーションは道具屋より良いものが出来るし、武器屋に無い上等な剣も《鍛冶》で造り出せる。プレイヤーのなかには、冒険よりこの生産に力を注いでいる職人プレイヤーがいるほどだ」
「なるほど……趣味アビリティとは?」
「《釣り》とか《料理》とか、現実でも趣味にあたるアビリティを趣味アビリティと呼んでいるんだ。まぁこれはほとんどオマケみたいなアビリティだよ。何かがある、って噂もあるがな。これら生産趣味アビリティはクラスとは関係ないから、どれも適正がないんだよ」
「……むうう、そうか」
教えてもらった結果、ますます俺は悩むことになってしまった。
(現在所持《AP》は20p。アビリティ1つ習得につき2pを使うから、10個取れる計算か……ならとりあえずハンターだから、《短剣術》と《弓術》は必須として、残りは無難に戦闘補助系か? いや、生産系も興味がある……それにせっかくのVR世界だ、《料理》とか……《水泳》も試してみたい……だが……)
「兄さん、一度にセットできるアビリティは9個までですからね? それ以外は控えになって効果がありません。切り替えることは出来ますが、戦闘中にそんな余裕はなかなかありませんよ」
「アビリティレベルとクラスレベルが10上がるごとに《AP》は1Pもらえるぜ。だから微妙なやつは後回しにして習得するほうがいい。あとあんま効果がない『死にアビリティ』とか『弱アビリティ』とかもあるんだが――」
そんな感じでアドバイスを聞きながらさらに五分後。
「……よし、決めた」
長考の末に、俺は一つの結論を出した。
「お、出来たか」
「見せてください」
俺はステータス画面を開いて二人に見せた。
************
ユーザーネーム【ユウ】
クラス【ハンターLv.1】
セットアビリティ
《短剣術Lv1》
《弓術Lv1》
《ダッシュLv1》
《ステップLv1》
《――》《――》《――》《――》《――》
************
「――は? 4つだけ?」
「……どういうことです?」
ジーンに驚かれて、沙耶には再びジト目で睨まれた。沙耶はなんとなく理由に予想がついているようだった。俺は正直に白状する。
「決められなかった」
「「……はぁぁ~」」
二人の盛大なため息。
「わかってる! 言いたいことはわかってるが今日はこれで行くと決めた! 正式サービス開始でアビリティに関しての意見もさらに出てくるはずだ、その参考意見を集め、自分の中での方針も固めて、明日最終決定を下す!」
「……まぁその4つあれば十分冒険できるからいいけどな。でも早く決めたほうが成長に無駄がなくていいぞ」
「この優柔不断さが、数少ない兄さんの欠点ですかね」
「…………」
それから俺たちは必要なアイテムを揃えることにした。とりあえず俺は所持金1000G全額を使って武器屋で「ダガー」「ハンターボウ」「木の矢×50」買い、道具屋で食料と回復ポーション類を揃えた。そして防具屋で二人に「レザー装備セット」を買ってもらった。俺はいらないと言ったのだが、二人に押し付けられてしまったのだ。この恩はいずれ返そう。
――そうしてついに、俺にとっての長い長い冒険が始まった。