第11話 決着、結成
~ 第11話 決着、結成 ~
アキとジョーの切り合いが再開する。
さて、俺も早くナタクを突破しないとな。放っておいてジョーに加勢されてしまったらたまらない。
インベントリに片手剣をしまい、『盾』を取り出して装備する。
「両手に盾…? 何する気だ」
「言ったとおりだ、押し通る」
両手に持った鉄製の盾を、ゴインと打ち合わせ構える。
「止められるもんなら、止めてみな」
そしてそのまま、突進を開始。
ナタクは《スラッシュ》と盾スキルの《バッシュ》を使って迎撃する。バッシュは攻撃を大きく弾いたり、身体に当てることが出来れば衝撃で大きく体勢を崩すことが出来るスキルだ。無論、俺も両手に盾だからダブルで《バッシュ》を発動させてぶつかる。
ガキンと派手な音をたて、俺たちはガッチリ組み合う。
OK、後は渾身の力で押しのける。
「うぉぉおおおおッ」
「ぬうううッ」
堪らずナタクが一歩後ろに押し出される。ややレベル差があるため、力押しならこちらが有利なようだ。
思った通りだ、これでいい。これならお互いの体力を減らすことなくジョーとアキまで近づける。俺が戦わないのには理由がある。これは勘だが、おそらくナタクも《底力》もちだ、下手に戦って発動されるなら、HPを減らさないほうがいい。
「アキ!」
更に二歩ほど押し出したところで相方に声をかける。
「交代だ! 俺がジョーをやる、ナタクを頼む」
「私はまだイケルよ?」
「欲張んなって、そのほうが確実なんだから」
「…そうね、しょうがないか」
しぶしぶながらも了解してくれた。ジョーから離れ、こちらへ駆け寄ってくる。
「ということで対戦相手変更だよ、こっちを向きなナタク! 《パワスラッ》!」
「っ」
背後からの一撃、さすがに無視できず、ナタクは俺との組み合いを解いて振り返り、アキの大剣を盾防ぐ。
ジョーも背を向けたアキに追撃してくるが、それは俺が入れ替わるように割り込んで《バッシュ》で弾く。さらに片方で《バッシュ》を入れようとするも、それは後ろに大きくステップされてかわされた。ナタクもアキの追撃を警戒し一旦距離をとる。
その間に俺はアキと背中合わせになりながら、盾を片手剣に変更する。
「で、勝てるの? あいつ力もスピードも格段に上がってるよ」
「なーに言ってんだ、いくら強化されいるといっても、俺は盾の上から受けたダメージだけでほぼ無傷、あと一撃ぐらいならわけない」
「OK、じゃあ任せたよ」
「任された」
そして俺はジョーに、アキはナタクに走り出す。
〝キンッ キン ガキンッ〟
ジョーとの戦闘開始。…だが、思ったより手堅い。攻撃をほぼ捨てて、守りに徹しているようだ。真っ当に戦ったら負けるとジョーもわかっているのだろう。どうやら俺との勝負は避け、ナタクがアキに勝つのを待つことにした様子だ。
チラリと横目でアキの様子を伺う。相変わらずトリッキーな体術と剣の合わせ技で、ナタクと互角、いやそれ以上に戦っている。おさらく勝つ。……いや、もし《底力》があったらまずいな? 隙を見つけられて一撃もらってしまえば逆転もありえそうだ。ここは俺がきっちりジョーをしとめるのが一番か。
じゃ、いっちょやってみますか。
俺はジョーから数歩分距離を取る。そして片手剣を大きく右後ろまで引いて、ジョーに飛び込みながら超大振りの横切りを放つ。
「てぇりゃぁ――ッ!」
「そんな大振り、《ステ――」
「ほいッと!」
「――んなッ!?」
俺はそのまま片手剣を『放り投げた』。
思いっきり遠心力のついた片手剣は回転しながらも、バックステップ中だったジョーの腰辺りに正確にヒットした。
俺の最後の隠し玉《投擲》だ。投げる物にスピードと正確さ、そしてダメージの補正を加えるアビリティ。本来これはハンターに適正のあるものだが、ファイターの腕力をもって、片手剣や大剣などの重量のある武器をぶち当てればかなりの威力になることを、俺は発見していた。これもβで見つけたことだ。適正がないので成長は遅いが、遠距離攻撃手段が無いファイターにとっては非常に重宝する。
ジョーに残されていた一割のHPがギュンと減り、そのまま地面に倒れこむ。
よし、勝――
「うおおおああああああっ!」
「――はぃいっ!?」
勝利を確信した瞬間ジョーが起き上がって猛然と突撃してきた。
なんでだ、なんで倒れないんだよ! 今の投擲、当たり所が悪ければマジシャンやプリーストが即死する威力だぞ!
だがよく見てみればHPが僅かに、本当に僅かにミリ残りしていた。おそらく1ポイントだけだろう。
くっそ、訳が分からんが、と、とにかく武器!
〝キィンッ〟
げっ、まずっ!
取り出している最中だった槍が、ジョーのすくい上げるような一撃を受けて、観客席の奥の方まで吹っ飛んでいってしまった。またしても悲鳴が上がる。やっぱり室内での戦闘は危険だな。
ってそんなことを心配している場合じゃない。続いて来る連撃をガードしなくては。
〝キイン、キインキン〟
ッベー、まじやっべーよ。
好機とばかりに攻め立てるジョーの攻撃を左手の盾でなんとか防ぎながら、俺は冷静に打開策を考える。
もうインベントリに武器はない、さっき仕舞った盾だけだ。また盾を装備する隙は…ないな、そんなことしていたら手痛い一撃をもらう。ならダメージ覚悟で片手剣を回収しにいくしかねーか!
「ジーン! 使いな!」
と、そんなことを覚悟した時、アキからの呼び声。
「アキ? 何を――どぅええぇぇっ!?」
振り返ると、そこには縦回転で俺に飛んでくるアキの大剣。
「あっぶっねぇッ?!」
反射的に伏せてそれを回避。ジョーもバックステップで距離を取って回避。
アキの大剣が俺の目の前にガスッと突き刺さる。
「いいから早く! それ拾って交代だ!」
交代だと?
アキを見ればこちらに駆け寄ってくるところだった。ナタクが背後から追ってきている。
訳が分からんが、とにかく俺はジョーに盾を《投擲》して寄ってこないよう牽制しつつ、その隙に大剣を引き抜く。そして振り返り、アキを追うナタクに向けて《パワースラッシュ》。
「で、どうすんのよ!」
再び入れ替わって、ナタクを押し返しながらアキに問う。
「後は任せときなさいっ、どんなアビリティを使って生き残ったかはしらないけど、今度こそあと一撃。なら私が決める」
「武器はどーすんだよ」
「いらないいらない。あとこれもいらないね」
そして――なんとアイアンブーツまで脱ぎ捨てやがった。引き締まってスラッとした足が露になる。もはや彼女の武器は手のガントレットだけ。
「どーせあと一撃受けたらやられちゃうんだし、なら多少は動きやすくしておかないとね」
更に身を軽くして素早さを上げようってのか。しかしそれでジョーの太刀をかいくぐれるとは思えない。
「ダイジョーブ、信じて」
俺が逡巡しているのを見て、アキが言った。その言葉は自信に満ちていた。
わからない。わけがわからない。
だが、賭けてみてもいいかもしれないと思った。
「…分かった、とどめは任せる」
「任されました。では…《チャージ》」
そうして彼女は空手のような構えをとる。素人の形とは違うのが素人の俺からでもわかる、さっきの回し蹴りといい、きっと現実で武道をたしなんでいるのだろう。
「さて、じゃあ決着をつけましょうか」
「…おう、やってやろーじゃねーか」
その対決にジョーも応じ、太刀を構えながら一歩一歩アキに近づいてくる。その歩みには最初の時のような不用意さは無い、何を仕掛けてきても対応できるように警戒している。
一歩、また一歩。
俺もナタクも、お互いを警戒しながら、アキとジョーの対決をじっと見守っていた。
一歩、また一歩。
「――ッしゃあ!」
先に動いたのはジョーだった。アキまであと5歩といったところろで、一気に駆け出して距離を詰めようと動く。
そしてアキは――
それよりも圧倒的に早かった。
「「「――」」」
俺、ナタク、観客全員が息を飲む。
まさに電光石火。ジョーが動き出したのに対してアキも走り出した、と思ったら、次の瞬間にはジョーの背後に立っていた。
「! このッ」
ジョーが振り向きながら切りかかる。
「ハッ!」
だが、それよりも身軽なアキの裏拳が早い。
〝ガチンッ〟
ガントレットが、ジョーの鎧を打つ。
「く、そ…」
バタリと、今度こそ、本当に今度こそジョーは倒れた。
「…さらに訂正、あんたはこの世界で、今まで戦ったやつの中で一番強かったよ」
アキのその言葉には挑発的な響きは無く、爽やかな笑みがあった。
「さて、どうするか?」
俺は一緒に成り行きを眺めていたナタクに問いかける。彼は構えを解いて、だらりと盾と剣を下ろした。
「今度こそ認める……私たちの負けだ」
「勝者、アキ・ジーンパーティ!」
マスターのその声で、今度こそ勝敗は決した。
――ワァァァアアア!
酒場は四人の健闘を讃える声と、拍手で満たされた。
………
……
…
「――え~、ではっ! 私とジーンの勝利を祝ってー!」
「「「「かんぱ~い!」」」」
カチーンとお互いのジョッキを打ち合わせる気持ちのいい音が響く。そしてそのまま喉に流し込む
「んっく、んっく、ぷぁ~! うまい、格段にうまい!」
やはり勝利の後の一杯は格別だ! 三人も非常に美味しそうな顔をしている。
ちなみに俺とアキがビール、沙耶とユキがグレープフルーツジュースだ。VRなので未成年でもお酒を酔わずに飲めるという素晴らしい利点があるのだが、お酒類は二人とも苦手らしい、もったいない。
「っ、はー! うん、言うこと無いね!」
アキも上機嫌だ、勝負を終えて観客から止まぬ賞賛の声を受け始めた時からずっとニコニコしている。鋭い雰囲気の彼女もいいが、やっぱりこうして笑っているほうがいいなぁ、と思った。
あの後、ジョーとナタクともお互いの健闘を讃えあいながら(次は絶対に勝つ!とリベンジ宣言されつつ)握手をして、無事和解した。
最後のジョーが俺の《投擲》を耐えた理由も、(こっちだけ隠してるのは平等じゃないからな!といういらぬツンデレっぽさを発動させて)種明かししてくれた。どうやら《底力》を何度も使っていたら《食い縛り》というアビリティが習得できるようになっていたらしい。
アビリティの中にはこのようにプレイヤーの行動によって習得できるものもある。《食い縛り》の習得条件がきっと「何度か瀕死になる」だったのだろう。そして《食い縛り》の効果は、「HPが0になったとき、一回の戦闘で一定の確率で一度だけ、HP1で復活する」というものだそうだ。《底力》と非常に相性がよさそうだが、発動するかしないかは運だし、そもそもそんなギリギリな戦いがしたいわけでもないので習得したいとは思わない。
そして興奮した観客に肩や背中を叩かれながらも勝利を祝福され、こうして酒場の大きいテーブル席で、四人で祝杯を挙げているのだ。乾杯の後、適当な自己紹介を済ませてからは口々に戦いの感想を言い合った。
「武器を複数使ったり投げたりなんて、ずいぶんトリッキーな戦い方するね」
「いや、それ姉さんにだけには言われたくないから」
的確にユキちゃんが突っ込む。その通りだよ、コンボ決めるわ、剣も防具も捨てるわ、あんなむちゃくちゃな戦い方するようなやつは他にいない。
「ふふっ、姉妹で仲がいいんですね、うらやましいです」
「いや、それも沙耶だけには言われたくないから」
こっちもこっちでボケをかましてくれるな。あんたら以上に仲のいい兄妹が何処にいる。
「しかし、最後のアキの一撃、ありゃなんだったんだ? 瞬間移動でもしたように見えたが」
俺はとりあえず気になっていたことを質問した。
「あれは《チャージ》した《ダッシュ》だよ」
「ダッシュを、チャージ…?」
「私も偶然気づいたんだけどね、《チャージ》が出来るのはなにも攻撃手段に限ったことじゃないらしいんだ。《ステップ》や《ジャンプ》とか、補助動作的なアビリティにも使うことが出来るらしいんだ」
ほぉー、それは知らんかった。まだまだ奥が深いぜこの世界は。
「といっても早くなりすぎるからね、中々制御が上手くいかなくて失敗ばっかだったんだ。いやー成功してよかった」
「え……まさかぶっつけ本番?」
俺の唖然とした問いに、ユキが頷いた。
「そうなんですよ。でたらめでしょ? この姉さん」
「いやー、それほどでも」
「褒めてないからね」
当の本人はハッハッハと愉快に笑っていやがる。どこまで豪快なんだこの人は。
「なんだかなぁ、あんたにゃ一対一で勝てる気がしねーわ」
「ん、そうかい? ジーンもあの戦いの中で結局一撃もまともに喰らうことなく立ち回ってたじゃん。私たち結構いい勝負になると思うけど」
「あれは全部奇策が効いたおかげだよ。手の内を出しちゃった後じゃ、もう武器切り替え攻撃も《投擲》も、まともに当たらないだろ。俺はもともとパーティ戦用、対モンスター用のアビリティ構成だからな、対人には向かない」
「そうかねぇ…一回戦ってみたいんだけど」
「まぁそれは俺もだが…もう今日は勘弁してくれ。いろいろ緊張して磨り減った」
負けたら現実世界で某シスコンに襲われかねん状況だったからな。
「…で、皆どれぐらい儲けたんだ?」
俺はおそるおそる尋ねてみる。三人とも全財産が倍になって戻ってきているんだから、相当儲けているはずだ。
「私たちは、それぞれ4万Gぐらいの利益だね」
「よ、4万G…合わせて8万Gか」
それはかなりでかい儲けだ。4万Gもあれば俺の武具防具を全部買ってお釣りがくる。アイアンシリーズは初期の装備品で、意外と安いからな。生産職でそれ以上の儲けなんてすぐに出すやつもいるが、こんな初期段階でそれほどの稼ぐヤツはそういないだろう。
「沙耶ちゃんも4万ぐらいか? あ、いやβテスターは1万もらえる特典があるから、5万ぐらいはもらったのか」
「いえ、10万Gです」
「「「じ ゅ う ま ん !?」」」
俺たちは口をそろえてその数字に驚愕した。
「なんでジーンさんまで驚いてるんですか?」
「いやそりゃ驚くって! え? 沙耶ちゃんそんなにお金持ちだったっけ?!」
一緒に行動してたから、そんなに儲けていれば普通気づくのだが。
「何言ってるんですか、私はポーションとかも使わないのでお金も確かにありましたが、それ以上に賭けた持ち物が大きかったです」
「モチモノ?」
「ジーンさんが言ったんじゃないですか、『インベトリが武器一杯で重いから、モンスターのドロップ品とかは全部沙耶ちゃんが拾っといて』って」
「あ、ああ、確かに…」
そういえばまとめて沙耶ちゃんに拾っておいてもらったな、後で売ったらその代金を山分するということで。
「ジーンさんはひたすらモンスターを狩ってたので、多種多様で大量の素材が私の手元にあったんですよ。で、それを賭けてみたらなんか凄い金額になったので、勝ったときの金額も凄そうだな~と思って全部ベットしたんです」
「…そんな俺の努力の結晶たちをあっさり全賭けできる、あんたのタフな精神のほうが凄いわ」
「それほどでも」
「いや、褒めてるけど褒めてねーよ」
「まぁ、負けたら負けたで、ジーンさんに養ってもらうのも面白いかなと思ってましたし」
「まさかの二段構えかよッ!? てかその発言はアウトだ! あなたのお兄ちゃんが鬼いちゃんにクラスアップします!」
「? なぜです?」
「ゑっ それはボケ? それとも天然で俺を殺しにかかってきてんの?」
俺が沙耶ちゃんの身包み剥いで養ってるなんて聞いたら、リアル鬼ごっこが始まりますよ?
たとえそれが沙耶ちゃんの自業自得だとしてもな!
「…あんたらほんと仲のいいカップルだね」
「羨ましいです」
「二人ともやめてーッ!? それ聞いたあの人らうちにカチコミしにくるから! 家まで徒歩20分だから!」
「え、付き合ってないの?」
「へぇ~~、ということは…?」
なんでそこで心底意外そうな顔をするんですかアキさん。そしてユキさんはなんでニコニコ顔なんですか? ということはってなんですか?
「…まぁとにかく、俺たちはですねぇ――
かくかくしかじか。
――といった感じで、沙耶ちゃんの兄繋がりの友人なんですよ」
「へー、で、そのユウっていうお兄さんは、どちらに?」
「ずっといないようですけど」
「ユウは――
うんぬんかんぬん。
――といった感じで、今は別のところに飛ばされているんですよ」
「はぁー…そりゃなんとも大変だね」
「妖精さんかぁ~、私も会ってみたいなぁ」
姉は驚いたり呆れながら、妹さんは妖精が出始めたところから物語を聞くように目をきらきらさせながら、俺たちの顛末を聞いてくれた。
「で、俺たちはそのユウの救助に向かう予定なんだが……アキさんユキさん」
ここで俺は改まって二人の名を呼んだ。
「俺たちと一緒に、ガルム山脈から先に行ってくれないか?」
さすがにこの勧誘は予測されてたらしく、アキの顔がニヤっと笑った。
「ナンパはお断りって言ったんだけどね~」
「そこをなんとか頼む。こんな頼りになりそうなヤツはこの先見つかる気がしないんだ」
テーブルに手をついて頭を下げる。
「う~ん、どうしよっかな~?」
「焦らさないでくれっ 頼むっ」
するとユキちゃんが声をかけてくれた。
「ジーンさん、気にしないでください。姉さんこれで内心すごく喜んでますから」
え、そうなのか?
「ばっ、んなわけないでしょ!」
「なに言ってんの、完全にジーンさんのこと認めてるでしょ? そんな人から頼られて姉さんが嬉しくないはずがないじゃない」
アキを見ると目線をあさっての方に逸らされた。だが若干頬が赤い。
そうか、気を悪くしていないなら良かった。
「なら頼むよ、この通り」
「…う~ん」
だがアキは困ったように頭をかく。そして申し訳なさそうに両手を前に合わせた。
「…ゴメン、お誘いホント嬉しいんだけど、私たちディア洞窟を目指してるんだ」
「……そう、か」
なんと…世の中どうしてこう上手くいかないのだろうか。。
しかし、目的があるのならば邪魔をするわけにはいかない。仕方ないか……。
「いいんじゃない? 一緒に行っても」
と、そこで助け舟を出してくれたのはユキだった。
「えっと、私たちがディア洞窟を目指しているのも、私が単に精霊さんに会いたかっただけなんです。それに姉さんが付き合ってくれてて」
へぇ、精霊さん会いたいからってすごい可愛らしい動機だな、姉妹で正反対の性格っぽいな。それを手伝っているアキもなかなか優しい部分があるが。
「いいの? ユキはβの時から精霊に会いたがってたじゃない」
アキがユキに聞く。ユキちゃんはβテスターだったのか。
「いいの、会うのは後ででもできるし。それより姉さんだって自分の力を試したくてずっとうずうずしてたでしょ?」
「うっ」
図星らしい。それがなかなか発散することができなくて、さらに妹がナンパされるようになってストレスが溜まった結果、あの挑発になったという流れか。
「私に付き合ってくれるの嬉しいけど、姉さんも姉さんがやりたいように楽しんで欲しい。せっかく気の合いそうな人と巡り合えたんだから、ね?」
「まぁ、そうだけど…」
「それにさっきのお二人も、きっとディア洞窟まだ目指していますよね?」
と、ここで俺に確認をしてきた。
「ああ、そうだろうな」
肯定しておく。ディア洞窟の深部から先は今もβ時代も、誰も到達出来ていないはずだ、深部まで攻略していたという二人なら、まず間違いなく攻略を続けて最深部を目指すだろう。
「目的地が一緒だと、出くわしちゃうこともあるでしょ、そしたら非常に気まずいことになっちゃとう思うけど?」
「…確かにそうね」
「私はそういう空気苦手なのっ。それを分かってるのに姉さんは誰彼かまわず――」
くどくどとユキちゃんが説教を始めた。一転しおしおと説教を聞く姉。妹には弱いのか、なんか面白くて、いい姉妹だな。
「――というわけで、私たちはジーンさんたちに協力したいと思います!」
説教を終えて少し晴れ晴れとした表情で、ユキちゃんが言ってくれた。
「おお! 助かるよ!」「ありがとうございますっ」
よっしあッ! 強い仲間をゲットだ!
「よろしくな、アキ、ユキ!」
「よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ」
「ヨロシクお願いしますね!」
俺たちは改めて握手をして、お互いにフレンド登録をした。
――ルルルルル
「おっと、いいタイミングだな」
「どうしたんだ?」とアキが聞いてくる。
「いや、さっき話した要救護者からのチャットがきた。ちょっと失礼するよ――はーいもしもし」
「どうも、兄さん」
『よっ、そっちはもう日が昇り始める頃だよな。ホントにこっちに向かうのか? ガルム山脈から先はかなり手ごわい場所だと聞いてるが」
「そのことなら心配要らないぜ。今丁度心強い仲間を得たところだ」
『おぉ、そりゃ良かった。こっちも旅立つ準備が整ったところだ、夜明けとともに南東を目指す』
「そういえば兄さん、クロノスさんはどうなったんですか?」
ああそうだ、同じく飛ばされたらしい言葉の通じない彼女はいったいどうするのだろう。
『あ~…』
それに対してなんとも微妙な反応がかえってきた。
「どうかしたか?」
『それについては、彼女に実際に喋ってもらえればいいかな』
「えっ、喋れるんですか?」
『ああ、再ログインしたら言語の方は、直ったらしい』
「言語の方、『は』?」
『うん、まぁとにかく繋ぐぞ。おーいクロノスー、また二人と話してくれるか?』
ルルルル――ガチャ。
『なんじゃい?』
「ゑ?」「はい?」
俺と沙耶ちゃんは呆けた声を出してしまった。
『ん? なんじゃ忘れたのか? わしじゃよアイ――じゃなかった、クロノスじゃ』
言いかけたのは本名か。てかそんなことより突っ込むべきことが満載なんだが。
「……なんで、そんな口調なんだ?」
『? ユウにも聞かれたが、何かおかしいのかのお?』
「いや、おかしいっていうか、何それっていうか…」
『気にしないでやってくれ、どうやら素らしいから』
「素……さいですか」
老人口調で喋る金髪ロリ、だと?
なんじゃそりゃぁあああっ
ッベーこれはこの世界で見なきゃいけないものが増えたわ。
『でだな、クロノスにはまだ《バグ》っぽいのが残ってるらい』
ほう? それはまた興味深い。
『どうやらモンスターに敵対されないようだ。というか『認識されない』といった方が正しいかな』
「認識されない? マジ?」
『マジじゃ』
なぜか自信たっぷりにクロノスが答えるが、当然そんなバグ聞いたこと無い。
『俺も実際にこの目で見て驚いたんだが…大猪にどれだけ近寄っても、目の前を通っても反応しないんだ。よくわからんが『見えていない』っぽい』
「そう、ですか…。どんな原理かはわかりませんが、それなら兄さんの後を問題なく付いていけそうですね」
『そうじゃ、足手まといにはならんぞー!』
なんか拳を振り上げてる幼女の姿が目に浮かぶ。謎過ぎる。
『…俺も突っ込みたいのはやまやまなんだが、本人でもどうしようも無いらしいからな、何か運営側のミスなんだろう。後で運営に報告をするにしても、今はそれを利用させてもらおうと思う』
「そうか、とにかく二人で行動するには問題は無いってことか」
『そのうえ退屈しそうにない』
そりゃあねぇ…そんな不思議生物がいるんだからなぁ。
「まぁ健闘を祈るよ。お互い生きてまた会おう」
『おう、二人もやられるんじゃないぞ』
「当然です。首を洗って待っていてください」
『ああ、沙耶もちゃんと風呂に入って暖かくして寝るんだぞ』
「いやもう突っ込まねぇよお前ら」
チャット終了。
「…なんか不思議な会話が聞こえてきたんだが」
「いったい何と話してたんですか?」
「この世の七不思議とシスコン患者」
「…はぃ?」「へ?」
「まぁガルム山脈を目指して歩きながらでも話すよ。それよりそろそろ日の出だ、準備を整えて、いざ行こううじゃないか!」
ユウなんかの病状説明よりも、こらからのパーティ戦に向けて、俺の心は踊っていた。
「おや、お帰りですか?」
「ああ、楽しかったよ、いい夜をありがとう」
「また来ますね」
「バイバ~イ♪」
「邪魔したなマスター、会計を頼む」
アキ、沙耶、ユキ、俺と別れの挨拶をする。
「おや、奢ってくれるのかいジーン君?」
「む?」
アキがニマーっとしながら聞いてくる。こういうとこチャッリしてるなコイツ。だが俺は金欠で――ってヤベ、そういえば俺がいくら儲けたか言っていなかった…つーかいまさら俺だけ「1000Gしか賭けませんでした、テヘペロ♪」とか言い出せねぇ……男の見得が許さねぇ……。
ううううむ! 飲食代だけなら大した金額じゃないし! 1000Gの儲けもあぶく銭だと思って使っちまおう!
「…まあいいか、パーティ結成記念として、今回は俺が奢ってやろう!」
「イェーィ♪」
「ありがとうございまーす♪」
なにより仮想世界でも奢るという行動は気持ちいい!
「しっかり計算しているあたりせせこましいでけどすね」
「沙耶ちゃんは余計なこと言わないッ! マスター会計お願い!」
「ハハハッ、楽しんでいただけたようでなによりです。そしてそれを機に仲を深めていただけたのなら、こちらとしてもなおのこと嬉しい。ではお会計は――
――合わせて4万Gです」
「「「「!?」」」」