第9話 ジーンの苦悩
「……はぁ」
俺はアルフガルドにある酒場の一角で、沙耶ちゃんと一緒に飯を食いながらため息をついていた。
一体どうしたのかって問われれば、予想だにしない大問題が出てきたのですよ。ガルム山脈へ行きたくないからじゃない、むしろ強敵と戦えるのなら俺にとって望むところだ。
俺が悩んでいるのは、
「……パーティメンバー、どうすっかな」
仲間探しだ。
~ 第9話 ジーンの苦悩 ~
昼飯を済ませて再びログインした沙耶ちゃんと合流して、ユウがやはり北西にいることを聞いた俺は、さっそく街に戻ってガルム山脈を目指す仲間を探し始めた。 そしてユウの希望通り、まず始めは女性に声をかけてみたのだが……。
「えっと、ごめんなさい、私たち女性限定パーティで冒険してるんです」
男子禁制だったり。
「ガルム山脈側…ですか。すいません、そっちは怖くて……」
難所を目指すことに難色を示されたり。
「ナンパはお断りです」
勘違いされたりで上手くいかなかったんだよッ!
そもそも見たところこのアンノーン内の男女比は6:4ほど、女性プレイヤーがやや少ない。そのうえ特に女性は観光重視で冒険にそれほど興味がない人や、生産職を目指す人も多く、実際に冒険している男女比となると7:3ぐらいになってしまう。
その中で都合が会う人を見つけるのは難しい。
で、諦めて男性にも声をかけ始めたんだが、
「うぉっ、お嬢さんすごい美人だね!」
明かに沙耶狙いのヤツだったり。
「OKwwwまかせなwww」
コミュニケーションに難がありそうだったり。
「プリーストは欲しいけど、ファイターは間に合ってるんだよね」
戦士系が多い男性の中ではクラスが噛み合わなかったり。
「リア充乙」
「爆発しろ!」
カップルと誤解してくるやつがいたりねッ!
ハッハッハッハッハッ! ……フ○ックッ!
つーか男は沙耶ちゃんを意識するヤツが多すぎわッ! 態度で一発で分かるんだよ! 目が泳いだり言葉使いが変わったり変に背筋が伸びたり! さすがヴぁーちゃるりある、現実での挙動が丸分かりだわッ!
いやぁ、ぶっちゃけユウの言った『男の下心と、沙耶の容姿の高さ』を舐めていたのは俺でしたね、はい。
……そんなことがあって仲間集めを切り上げてアルフガルドの酒場の一角で、管を巻いているのだった。
「……はぁ」
「ジーンさん、そんな何度もため息をついていると幸せが逃げますよ」
「そりゃそうなんだがなぁ……はぁ」
「もうっ」
βではほとんどソロでやっいて、けっこう自由に他のいろんなパーティに入っていたのだが、自分からパーティを作るのがこんなに難しいとは思わなかった。まぁ目指す先が難所の高いガルム山脈なうえ、沙耶ちゃんの身の安全を守らなきゃならないという二つの縛りがあるからなお難しいということもあるのだが。
ちなみにβでのフレンドたちも、今は別の場所を攻略中で一緒には行けないらしい。
諦めて別々のパーティに入って北西を目指すのも手だが、それは最後の手段にしたいなぁ、沙耶ちゃんとも息が合ってきたし、なかなか面白い子だからな。
「…そういえば沙耶ちゃんはβではどうやって冒険してたんだ?」
ふと気になって聞いた。彼女がユウの妹だとしってから一緒に冒険することはあったが、ほとんどお互いに別行動だった。
「一人旅が多かったですが、普通にパーティにも入れてもらっていましたよ」
「大丈夫だったのか?」
「大丈夫、とは?」
「えーと……男からめっちゃ話しかけられたり、変なことされなかったか?」
「んー、そういえば男性から多く話しかけられましたね。けど変なこと(?)はされませんでしたよ? それどころかすごくよくしてもらいました、装備やアイテムをいただいたり、MMO慣れしていない私に色々な情報を教えてくれたり」
うわぁ、めっちゃ浮かぶわぁ。沙耶ちゃんに懸命に取り入ろうとする野郎の姿がめっちゃ目に浮かぶわぁ。
「…で、その後は?」
「と聞かれましても…、だいたい一時的なパーティだったのでフレンド登録とかもしませんでしたし」
「…装備とかアイテムもらったのに?」
「『俺は使わないから』とか『捨てるほどあるから』とかおっしゃってたので…、やはり強い方は違いますね」
違います、それ男の建前というやつです。
鬼やぁ、こやつ天然系小悪魔や。
「…やはりメンバーは女性がいいな」
「なぜです?」
「人間関係で胃を痛めたくありません」
「え?」
もうっ、自覚ないよこの人! 兄妹揃って朴念仁ですか!
「はぁ……」
「だからなんで落ち込んじゃうんですかっ。料理でも食べて元気出しましょ、ここの美味しいですよ?」
そう言われてもなぁ、こうして静かに休憩をしようとしても――
「そこのお嬢さん、俺たちのパーティに入らないか?」
――沙耶ちゃんに声をかける輩は後を絶たないし!
ああ、もうッ!
俺はダンッっと勢いよく席を立って言った。
「「ナンパはお断りなんだよッ!」」
……あれ?
今俺、お隣さんと声がシンクロした?
振り返って見てみると、俺のクレイモアよりゴツくてデカイ鉈のような大剣を背負った、赤髪ショートの凛々しい女剣士と目が合った。美人アスリートのような印象だ。俺と目が合って、強気そうな目を少し緩めて笑う。
「ははっ……あんたも連れがモテモテで困ってるクチか」
そう話しかけてきた。女剣士の席をよく見てみると、彼女の席の向かい側にはもう一人、ローブを纏った赤髪ロングの、こちらは清楚な印象を受ける女性が、この状況におろおろとしながら腰掛けている。その様子は確かに可愛らしい、モテモテの連れというのは彼女か。そしてその彼女に話しかけていたらしい男剣士の姿もあった。そっちも勧誘されていたわけですか、こっちと同じで。
「……まあな、こんなことで冒険に支障が出るとは思わなかったよ」
「まったく、保護者は苦労が絶えないよな」
「その通りだよ、はっはっはっはっ」
「あっはっはっはっ」
「て、てめえらッ、俺たちを放っておいて笑い合ってるんじゃねぇ!」
女剣士に怒鳴られた方の男剣士が、顔を真っ赤にして怒っていた。おっとしまった、挑発する気はなかったんだがな。
「ああ怒鳴って悪かったね、最近ちょっとその手の誘いが多くてイライラしてたんだよ、スマン」
女剣士が片手を立てて謝る。
「まぁどっちにしろ、お前らのような弱っちそうなやつらに妹を任せられないけどな」
そして火にガソリンを注ぎやがった。
「ね、姉さん! そんな挑発するような態度はっ!」
魔術師っぽい女の子が咎める。ほう? お揃いの赤髪だったからリアルフレンドかと思ったが、姉妹だったのか。抽選が厳しかったアンノーンを姉妹でプレイできているとは珍しい。…いや、珍しい例は身近にもう一つあったな。
「何ィッ 俺たちが弱っちいだとッ!」
女剣士の言葉に、予想通りさらに男が激昂した。
「言っとくがな、俺はβから続けてやっててファイターレベルは11だッ おめぇより強いよ」
サービス二日目でそれはなかなか高いな。←ファイターレベル13
「なんだい? ヤルっていうの? ならその喧嘩買ってやるよ」
「ちょ、姉さんッ!」
「ほう? 上等だ、女だからって容赦しないぞ。二度とその減らず口を叩けないようにしてやる」
そう言って、女剣士の目の前にいる男と、沙耶ちゃんに話しかけていた男がそれぞれ武器を構えようとした。こいつら一緒のパーティだったのか。
「おいおい、二対一か? 紳士のやることじゃねえな」
俺は女剣士と男たちの間に割って入った。
「おや? 助太刀してくれるのかい?」
「助太刀っつうか、俺にも原因があるからな。『決闘』するっていうなら、ノルぜ?」
決闘、それはプレイヤー同士が戦うために作られたシステムだ。切り合ってHPが0になっても死ぬことはない、気絶扱いになってしばらく動けなくなるだけだ。
「ふふっ、こんな厄介事に首を突っ込むなんて、あんたもなかなか物好きね」
「いいんだよ、PVPもやってみたかったし、ちょっと鬱憤も溜まってたからな。…あんたもそうなんだろう?」
「ああ、その通りだ」
女剣士はニヤリと笑みを浮かべて肯定した。やっぱりさっきの挑発はわざとか、俺も戦闘好きなのを自覚しているが、こいつもなかなかだな。
「お客さん、困りますよ、そんなところで戦いを始めてもらっちゃ」
と、一触即発の雰囲気になり始めたとき、それを止める者がいた。この酒場を経営するNPCのマスターだ。
「ああ、悪いなマスター、そうだな、すぐに出て行くからさ」
確かにこんな狭いところでやり始めたら他の客の迷惑になる。俺たちは場所を外に移そうとしたのだが、
「いえ、それにはおよびませんよ、四人ともこちらへ」
意外にもそれは止められた。そしてナイスミドルなマスターに促され、入り口近くの、カウンター前の広い場所まで移動する。
「ここなら十分な広さがあります。存分に戦ってください」
「え、いいのか? それでも店の中だぞ?」
「ええ、かまいませんよ。こちらも一つの余興として扱わせてもらいますから」
「へぇ?」
女剣士も興味深そうな顔になる。
「――お集まりの方々!」
そしてマスターが急に酒場中に聞こえるように声を張った。
ただでさえ目立っていた俺たちだったが、その声で酒場にいるほとんどの客がこちらを注目した。
「ヒトは言葉を持って手を取り合い、繁栄を築いてきました。しかし、それでは足らない時もあります。譲れないものがあれば、戦いが生まれることもある。争い、喧騒は忌み嫌うべき事です。――しかし、ここ『酒場ラグーン』ではそれを否定しない、それも言葉の一つであると、私は思うからだ」
マスターの言葉に、客もなんだなんだとザワザワとしはじめる。
「今宵、どちらが強いのかを証明しようとしている二組がいます。……その熱き試合、我々にも見せていただきたいとは思いませんか?」
おいまさか……俺たちの戦いを余興として扱うつもりか?
「おお? 面白そうだな」
「PVPなんて俺初めて見るぜ」
「いいぞー! やったれー!」
と、周囲からも野次歓声があがる。なかなかノリがいい。まったく、予想外の展開だ。だが、
「嫌いじゃないな、この雰囲気」
別に名誉とかに興味は無くても、この展開で燃えない男などいない。
「ああ、悪くないな!」
女剣士も楽しそうに笑っている。姐さんという呼び名が似合いそうな凛々しい彼女だが、屈託なく笑う姿はなか可愛いと思った。
相手の男二人も、この展開に苦笑しながらもどこか楽しんでいるようだった。
「では、今宵皆様を楽しませてくれる両者に、名乗りをあげていただきましょう」
「おいおい、そこまでするのか」
思わず俺は突っ込んだが、マスターは涼しい顔だ。
「お互いに何者か分からないと、賭けることができませんからね」
賭け、る?
「ええ、勝負事には賭けが付きものです。そしてこの場で決闘をするのならば、お二組には賭けの対象になっていただきます」
マスターがそう言い終わると、この場にいる全員の目の前に見慣れぬウインドウが現れた。一番上に【BettingSystem】と書いてある。そしてその下の右側に【ジーン】と【アキ】、左側に【ジョー】と【ナタク】と表示されていた。そして一番下に金額や所持アイテム(?)を入力する欄がある。
戸惑っている中、マスターが説明を続けた。
「今表示させていただいたのが、賭ける金額を設定していただく画面です。興味のない方は閉じていただいて構いません。…ですが、興味のある方はこれからの双方の名乗りを参考にして、どちらが勝つか、思い思いの金額を賭けていただきたい!」
「「「おおおおお?!」」」
客から驚きの声があがる。そらそうだ、こんなシステム聞いたことがないぞ!
「ああ、もし賭けの対象になるのがお嫌いでしたら、勿論やめることもできますよ?」
いやいや、こんな盛り上がりの中でいまさら辞退することなんてできないだろう。それに……。
「こんな面白い舞台を用意してくれたんだ、その話、もちろんノった!」
なにより俺の相方となったアキという女剣士が、この通りノリノリなのだ、引き下がるわけにはいかない。
相手の二人も問題はないようだった。
「では、合意とみてよろしいですね? それではまず、決闘を仕掛ける側のお二人に名乗っていただきましょう!」
そうしてテキパキと進行していくマスターは、もはや司会かレフリーだった。
男の片方、アキと言い合いしていた両手剣の方がちょっと戸惑いながらも一歩前に出てきた。
「えー…ゴホン、俺はジョーだッ! ファイターレベル11、βからの経験者だ!」
高いレベルとβからの経験者と聞いて会場が沸く。
ベットティング画面が【ジョー:ファイターLv11 βからのプレイヤー】と更新された。なるほど、名乗るとはこうして自分の情報を開示してアピールするということか。
ジョーに続いてもう一人、盾と片手剣を装備した男が名乗あげる。
「ナタクと申します、ジョーと同じファイターレベル11で、βからの経験者です」
おお、こっちもβテスターか。βテスターは3000人まで募集されていたが、その頃は「クソゲー」予測が流れていたため、参加者は2000人ちょっとだったはず、俺を含めて4人中3人がβ経験者とは、なかなか珍しい。
「あっ、俺知ってるぞ!」
そのとき観客の一人が声を上げた。
「俺もβからやってるから知ってるんだが、そのとき確か二人はディア洞窟の深部まで攻略してたよな!」
「お、おう! その通りだ!」
ジョーが少し照れながらも肯定する。ディア洞窟とはポロックの森の奥地にある、精霊が住むといわれている洞窟のことだ。βテストではそこの攻略が盛んに行われていたが、深部まで行った者は少ないと聞く。なるほど、二人は想像以上の実力者だったのか。
「では続いて挑戦を受けるお二人、どうぞ!」
俺たちの番か、まずアキが前に出る。
「私はアキだ! 二人よりはレベルは低くてβ経験者でもない。まぁ、負ける気はしないけどね!」
と、相変わらず強気の発言。
「で、俺か。俺はジーン、ヨロシクな」
短い名乗りで済ます。レベルとβ経験者なのを隠したのは、相手に警戒心を与えないためだ。弱いと油断してくれれば、こっちのものだからな。
「では、ベットしていただきましょう! ――勝つのは、どちらだ!」
ワイワイと、誰かと相談したりして各々がベッティング画面をいじっていく。やはりこんなイベントは皆初めてらしく、お試し感覚で客のほぼ全員が賭けているようだ。
「思わぬ展開になったが、よろしくな、ジーン」
アキが声をかけてくる。
「ああ、こちらこそよろしくな、アキさん」
「さん付けはいいよ、私にゃ似合わないからね。それにこっちも呼び捨てで呼ばせてもらうから」
「OK、じゃあアキ、質問があるんだが、レベルはどれくらいなんだ?」
相方がどれくらいやれるかで俺の立ち回りも変わるというものだ。
「10だよ」
「10?」
おや、思ったより高いじゃないか。
「低いって言ってたからてっきり一桁かと思ってたよ」
「あははっ、それは相手に油断させるためだよ」
「何? ハハッ! なんだ、全く同じこと考えてたのかよ」
「お? ということはジーン君もなかなかやるのかい?」
「まぁレベルは13だ、β経験者でもある」
「へぇ! それは相当すごいじゃん!」
ほぼ休憩なしでレベル上げしてたからな♪ っとイカンイカン! 鼻の下が伸びかけている。
「こりゃ遠慮なく賭けることができるね」
「ん? 賭けるって……」
そういえば俺たちの前にあるベッティング画面も開いたままだ。
「マスター、当事者の俺たちも賭けることができるのか?」
「ええ、勿論です、思う存分賭けてください」
「マジか。と言われてもな…」
実は新しい戦術を考えてて、その準備のため大して金がないんだよな。でもせっかくだし、1000Gぐらいは賭けておくか。これでも最初に支給される額と一緒だから結構な額だ。
「では、集計が終わりました、今倍率を表示いたします」
ベッティング画面に倍率が表示される。ジョー側が1.79倍、俺たちが2.03倍と表示されている。俺たちが勝てば、賭けた1000Gは2030Gとなって返ってくるということか。倍率が若干吊り合っていないのはマスターにマネージメント料として少し入っているのだろう。
「しかし、意外と五分五分なんだな」
あの名乗りなら、てっきりもっとジョー側に偏るかと思ったのだが。
「ええ、ジーン様側に賭けた人数は少ないですが、全額賭けた方が数人いらっしゃいましたからね」
「ゑ? ぜ ん が く ?」
なんだそりゃ、見ず知らずの俺たちに全額賭けるような酔狂な輩がいるのか。
すると客の中で、ひょいっと手を上げるやつがいた。
「私です」
「って何やってんですか沙耶さああぁぁああん!?」
あろうことか、それは沙耶ちゃんだった。ニコニコしてやがる。
「だってジーンさんですもん、負けるはずがありません」
「ちょッ、やめてくださいプレッシャーで死んでしまいます!」
なんでそうなる?! そんなにあなたの好感度稼ぎましたっけ!? 俺はちょっとPVPを試したかっただけなんだが!
「なに急におどおどしてんのよっ!」
バァーンとアキに背中を叩かれた。
「ずいぶん信頼されてるようじゃない。男たるものそれに答えなきゃでしょ?」
「だからといってもな、こんな重い期待を背負って戦うことになるとは想定外だよっ、数人って言ってたから、まだ全額賭けてる人もいるんだろうし……」
「ああ、そりゃ私だ」
「アキさああぁぁぁぁああん!?」
思わずさん付けしてしまいましたわ! あんたの自信は底抜けかッ! 相手は結構強そうなんだよ!?
「あと妹のユキも、たぶん全額賭けてるぞ」
「ほうううううぅうッ?!」
そいつはさらに予想外だぜッ!?
アキの妹さんのユキを振り返ってみると、あははとちょっと困ったように笑っていた。
「はい、その通りです」
「……あなたも意外と大胆なことをしますね」
最初おどおどしていた彼女、改めてみても、その姿からは強気な姉とは対照的におしとやかなイメージしか受けない。そんな人が全額賭けるような無茶をするとは……。
「喧嘩で姉さんが負けるはずがないので」
「……へぇ?」
「やぁ、照れるねぇ」
「別に褒めてないから!」
「はいはい、わかってますよ」
妹から全幅の信頼を得ている様子のアキだが、ぶっちゃけて言えば強そうには見えない。なぜかというと彼女、ちょっと装備がおかしいのだ。
まず、ファイターなのに重鎧を着けていない、普通のレザーアーマーを着ている。ファイターでほぼ必須といわれている《重装備》のアビリティを習得していないことになる。そして鎧はつけていないのに、手には妙にゴツイ金属製のガントレット、足にも同じ金属製のアイアンブーツを装備している。手足には付けて胴体には付けない理由がわからない、謎だ。
「なにじろじろ見てるのさ」
「へ? い、いや別に嫌らしいことはなにも」
まぁ確かに彼女はかなりスタイルが良くて、体にピッタリとしているレザーアーマーがそれを強調しているから、その豊満なバストと引き締まったウエストに目がいかないことはないとはいえなくもない? え? なにいってんだ自分。
「……ひょい」
「ぶふッ?! ちょ! なにしてるんですか!」
俺が見ている中、アキがいきなりレザーアーマーの裾をたくし上げたのだ。おへそと綺麗な腰のラインが露になる。
「やっぱり見てるんじゃない。このスケベさん」
そう言って艶やかにニヤリと笑う。く、くそう、こんなところでもてあそばれるとはッ!
「お、俺はアキの装備が普通と違うから見ていただけだッ! そんな下心などないッ!」
「そりゃよかった、裸が見たいからって負けたりしたら困るからね」
「はぁ? なんで負けと裸がつながるんだよ」
「え? だって言ったでしょ、全額賭けたって」
「全額って――はっ?!」
確か金額と一緒に…『所持アイテム』を入力する画面があったような?
「あんた…まさか?」
「無論、所持品も全部賭けたよ? 装備も含めて」
「それ全額っつーより全財産じゃねーかッ!?」
馬鹿ですか?! あなた馬鹿なんですか!?
「あ、私もです」
「ユキもです」
いっぱい馬鹿がいましたぁァーッ!?!
「ホワァッツ?! ホゥリーシットッ!!」
俺は酒場の中心で不条理を叫んだ。
はい? なに? もしここで負けたら、三人とも素っ裸(※下着は0円で賭けられないから残ります)になってしまうってこと?
「……ハハッ」
――カチン。
「……ヤッテヤロウジャネェカァァ……」
「お、ギラギラしたいい顔つきになったね」
ええ、もう追い詰められすぎて逆にスイッチ入りましたよ。もう絶対に勝つ。
相手の装備を確認する。ジョーの装備は俺とほとんど同じ、クレイモアに全身鉄製のアイアンシリーズ。ナタクも同じアイアンシリーズで、こちらは片手剣と盾を構えている。
「――では、両者とも準備はよろしいですね?」
「ああ、いつでもかかって来い!」「私に突っかかってきたこと後悔するんだね」
「ははっ、突っかかってきたのはどっちだよ」「まったくこんな事になるとはな…だが、勝つのは我々だ」
売り言葉に買い言葉が交差する。
「では、第一回ラグーンファイト、レディ――
盛り上がっていた酒場が、一瞬の静寂に包まれる。
――ファイッ!」
「「「オオオオオオオオオォッ」」」
開幕の合図とともに、男三人の《雄たけび》が響き渡った。