第8話 確信、向かう先は――
「…間違いないな」
俺はパソコンの前で一人呟いた。
今俺は一時ログアウトして、インターネットで「星座の見え方」について調べていた。
そしてその結果――
『――ブルルル、ブルルル』
――っと、携帯が震えた。沙耶からだ。
「ピッ――はい、もしもし」
『どうでした?』
そして挨拶もなしに本題を聞いてくる。どうやら妹も早く結果が聞きたい様子だ。
その要求に答えることにしよう。
「どうやら、間違いないようだ」
『ということは、推測通りですか』
「ああ――
――アルカディアは、アルフガルドから見て、『北西』の位置に存在する」
調べた結果、そう結論付けることができた。
あの時ジーンはこう言った、『んーと、月が丁度頭上に来てるな』、と。ということは、俺のいるアルカディアでもそうか?
答えは否だ。
アルカディアでは、月や太陽は『真上を通らない』実際には、日本と同じように東から昇り、『南で一番高い位置に高度をとり』、西に暮れる。つまり、『緯度』が違う、アルフガルドから『大きく北にずれている』ということになる。
そしてなぜ西側にあるのが分かったのかだが、これは簡単、チャットでアルフガルドの方が早く日が落ちるのを確認したからだ。その差十数分ほど。西側の方が日が暮れるのは遅いから、その分アルカディアは西側にあるというこになる。
そしてインターネットで良く調べてみて、北西にあるとみて間違いないという結論に至ったわけだ。
「もっと早くに気づくこともできたんだがな……」
アルフガルドで空をよく見ていれば、すぐにアルカディアの空がおかしいということに気づけたはずだ。
それにチャットをしていて時差を感じる時もあった。その時もっと疑問に思っておくべきだった。
『いえ、よく気づいたと思いますよ。だってまさか位置によって空の模様や時差が変わるところまで設定されているとは、普通思いませんもの。
それにアルフガルドにいた時兄さんは設定で大変でしたでしょうし、出かけた先もポルックの森でしたから、空なんて良く見えなかったはずですし』
「まぁ、そうなんだがな」
確かに過ぎたことを言ってもしょうがない。今後何処へ向かえばいいか分かっただけでも大収穫だ。
「これからは南東に進路をとり、アルフガルドを目指すことにする」
実際の地上では、緯度経度が1度違えば100km以上の距離があるらしい。だがさすがに《The Unknown World》=実際の地球のサイズ、というわけではないだろう、その距離はもっともっと小さいに違いない。
『フフフ』
ふと不敵に笑った。沙耶が。
「どうした?」
『いえ、面白くなってきたな、と思いまして。私たちもそちらに向かう予定ですから』
「向かうって…いいのか? ダンジョン攻略とか、ボス討伐ってのがあるんだろう?」
《アンノーン》の設定について話そう。《アンノーン》はまだ発展途上の『未開の地』である。そしてそこでプレイヤーは様々な技能をもつ冒険者として各地で討伐や探索などのいろいろな任務に就き報酬を得て、最終的には世界の何処かでモンスターを操っているという《魔王》を探し出して討伐する、という大まかなストーリーがある。その過程には重要なダンジョンやボスモンスターというのが存在していて、それをクリア・討伐することで強力なアイテムを手に入れたり、称号などを習得できたりしてプレイヤーの間で名が売れたり、新しい地へ行けるようになるシステムになっている。
『私は別に一番乗りだとかで名声を上げたり、強力アイテムが欲しいわけじゃないので。それにまだ情報の少ない今の状態じゃ、東西南北どこを目指しても一緒ですよ』
「それもそうか、でもジーンも大丈夫なのか?」
『おそらく大丈夫ですよ、ジーンさんの今の一番の希望はレベル上げと、『まだ見ぬ強敵と戦う事』ですからね。北西に向かうとなると、まず西のガルム山脈を越える必要が出てくるでしょう。アルフガルドから行ける場所の中で強敵が多くいて、一番難度が高い場所です』
「『相手にとって不足なしッ』、とかいってニヤリとしそうだな。あいつ戦闘狂だから」
「ですね。昨日も私がいなくなった後も一人で狩りを続けてたらしいですし、今日も9時過ぎ頃ログインしたらもう居ましたし、たぶん今も狩ってますし」
「……あいつは食事と睡眠をとっているのだろうか」
『どうでしょうね』
「お前も実生活はちゃんとしろよ?」
『心配には及びませんよ』
「じゃあ今何を昼飯に食べようとしている?」
『カップ麺』
「だめじゃねえか!」
『新作の本格とんこつ味です』
「味は聞いてねぇよ、栄養バランスが悪いだろ」
『いえ、夜になれば叔父さんも叔母さんも帰ってきますから、ちゃんとしたものを食べてますよ』
「自炊する気0かい、一人暮らしになったら苦労するぞ」
『地元以外の大学に行くとしたら東京ですし、その時は兄さんのお世話になりますから』
「それはいいが……じゃあ更に先の話、結婚することになったら大変だぞ」
『そしたら兄さんの所で、結婚して兄さんの手料理を食べ続けます』
「ハッハッハッ、しょうがないな」
*
「って許可するのかいッ!? ――ハッ?! なに俺は突然ツッコミを入れているんだ…さすがに疲れてきたか……」
*
「まあツッコミが居ないところでボケててもしょうがないな。さて、俺も早く腹ごしらえしてからINすることにするよ、クロノスも戻ってくるだろうし」
「…そういえば、彼女はどうするのでしょうね」
「さあな、さすがに俺の価値観を押し付ける気はないが、もし付いて来たいというようだったら、連れて行くつもりだ」
『会話ができない上、兄さんのような素早さもなければ、その道はきっと厳しいですよ?』
「それくらいは覚悟の上さ。だが彼女が生きたいと願うのなら、俺はそれを叶える。なんとしても」
『ふふっ、これはゲームなんですよ? 兄さん』
「ゲームだからって、生き方を変えたいとは思わない。……いや、ゲームだからこそ、貫いてみせたいというべきか」
『そうですよね。……だから兄さんは私を』
「……ああ、切り捨てる気などない」
『そういうとこ大好きですよ。でも、そろそろ兄離れさせてくださいね?』
「努力するよ」
********
「――帰ったぞ」
「あ、おかえりなさいませ」
「というわけでこの悪趣味な拘束具を外せ」
「悪趣味ではありませんよ。ではガチャっと……。いかがでした、アンノーンの世界は?」
「さすがわしの従者じゃ、一層良く出来ておる。じゃが身体は最悪、コケて落ちて溺れ死にそうになったわ」
「それはご愁傷様でした」
「あんな幼児におぬしがしたからじゃろうに! そしてなんで喋れなくなっとるんじゃ! 不便で仕方なかったわ!」
「それはまだ動きに慣れていただくだけなので不要と思い――って、え? 誰かとお会いになったのですか? あの場所で?」
「ああ、ユウという、ちょっと顔の怖い紅目の青年がいたぞ」
「……おかしいですね、まだ世界樹までに行けるレベルの者がいるはずがないんですが……ちょっと調べて見ますね。ユーザー『ユウ』で検索――――ヒット。――ああ、彼ですか」
「なんじゃ、覚えておるのか? 珍しい」
「ええ、ちょっと独特の雰囲気がありましたから。では彼の行動履歴を確認……ほぉ」
「わしにも見せよ」
「では、こちらです。……どうやら彼、妖精の羽を使って運悪く世界樹の近くまで飛ばされたらしいですね」
「運悪く?」
「はい、強いモンスターに襲われて死んでしまいますから」
「だがユウは生き残っておったぞ」
「はい、普通ならそこで死に戻りするのですが……彼はなかなか運動能力が高いようですね。それに何か生きることに信念のようなものでもあるのでしょうか? アビリティを習得して、どうにか生き長らえていたようです」
「ほー、面白いの」
「ええ、非常に興味深い。その生に対しての強い執念、これは私たちの求める者に近いものがあります」
「ふうん……。でだ、だから会話を出来るようにしてほしいのじゃが」
「それは……、彼と行動を共にする為に?」
「ああ、乗りかかった船というのもあるが……わしもこの少年に少々興味が出てきた」
「主様、主様には多くの候補者を見ていただく必要があります、ですので一個人に対しての過度の干渉は」
「わかっておる。だから身体の操作に慣れるまでの間だけじゃ。……というより、元の身体に戻してくれるのなら、こんなことも言わないのだが――」
「では、彼と一緒に行くということで決定ですね」
「って即決かいッ! そこまでしてわしを子供にしておきたいか!」
「だって可愛いじゃありませんか。可愛いは正義という言葉もあるらしいですよ? なんと素晴らしい」
「何が正義じゃ。幼いは不便じゃ。……そう、不便なのじゃよ。このままでは付いていくとしても、足手まといになってしまいかねん。それだけは嫌なんじゃが…どうにかならんかの?」
「それは、大丈夫かと思います」
「なんでじゃ?」
「実は主様専用キャラクターのクロノスには、観光用の特別仕様となっておりまして、すでにいくつかの特殊設定が、いうなれば『チート』を施しております」
「ほう? どんなものなのじゃ」
「それは――
――などですね、アビリティウインドウから確認していただくことができます」
「…それなら確かに足を引っ張ることはかもしれん。だが、逆に役にも立てんのではないか?」
「それは仕方がありません、主様には傍観者になっていただけねばなりませんから、助けてしまっては困ります」
「ケチよのぉ、派手な攻撃呪文の一つや二つおまけしてもよいだろう」
「ダメです、絶対誰か消し炭になりますから。…まぁ私のお願いを叶えていただけるのなら、考えないこともありませんけど」
「…嫌な予感しかせんが、言ってみよ」
「主様に《ピー》とか《ドキュン》とかをしていただければ」
「変態じゃーッ! 変態がおる!」
「なぜですかッ 可愛いですよ?」
「わしが恥ずかしくて死ぬわ! もうよい! そのままの設定でいいからまたログインしてくるぞ!」
「では少々お待ちください、言霊の設定をいたしますので」
**********
パン! と小さく弾ける音がした。
「お、成功か?」
木の棒を使って、火の中からヤコの実をかき出して確認してみる。
あれだけ硬かった殻に、パックリと亀裂が入っていた。とりあえずそれが冷めるのを待ってから手にとり、ダガーを亀裂に刺しこみ殻を割る。中からほくほくとした、柔らかい実を取り出すことに成功した。ほんのりと甘い、いい香りが鼻を刺激する。パクリと一口に口に放り込む。
「ぉおっ、これはイケルな」
驚いた、甘いくて美味い。例えると焼き栗のような味がした。
ステータス画面を確認してみると、空腹値が10ほど回復している、これはいい。俺は焚き火が消えぬうちに急いで残りのヤコの実も全部放り込んだ。
今俺はクロノスを待つ傍らで、クラフトのレシピを見てから試したかったことを実験していた。
【火切り板】と【火切り杵】、これはきりもみ式点火をするのに必要な道具だ。誰もがテレビで一度は見たことがあると思う、板の窪みに棒を押し当てて回転させ、その摩擦熱で火種を作り出す方法だ。これがなかなか大変だった、現実の自分よりステータスが上方修正されているはずなのに中々火がつかなかったし、やっとのことで火種を作り出しても、最初はそれを上手く燃やせず無駄にしてしまった。結局は矢の製作中にできた木屑を利用してなんとか焚き火を作り出すことに成功した。ほんと疲れた、危うくSPが0になってしまいそうだった。
だがそれに見合うだけの物を手に入れることができた。ヤコの実は重量がかさばらない、これからの旅路では素晴らしい食料となるだろう。幸いこの前沢山実っている場所を見つけているから、数には困らない。このさきどうなるかは分からないが、食料問題は解決したといってもいいかもしれない。
因みに食料確保のお株を奪われてしまった弓矢だが、さきほど全て《石の矢》にアップグレードすることに成功した。焚き火作りが上手くいかず、息抜きにがてら外に出た時、手ごろな大きさの石を見つけて回収し実験をしたのだ。まず石同士を打ち合わせて割り、やじりになりそうな大きさと鋭さをもつの物を作り出す。そしてそれを《木の矢》の先端に括り付けるだけだ。ちなみに括り付けるのには茎の強い植物を使った。で、完成した矢をインベントリに入れてみると、しっかりと名前が《石の矢》となっていた。そしてクラフトのレシピを調べてみると、無かったはずの《石のやじり》《石の矢》が追加されていた。どうやら一度作った物は自動的にレシピ登録されるようだ。後は楽なもので、やじり用の石だけ用意して、生産連打でアップグレード成功! というわけだ。
試しに試射してみると、石の重さで安定感が増したのだろうか? 木よりも狙い通り飛ぶようになっていた気がする。この先どこかで役立つことになるかもしれん。
と、その時周囲に光の粒子が瞬きだした。
「来たか」
これは誰かがログインする時の兆候だ。やがて光の粒子たちは一箇所に集まり、小さな人の形を成し始める。
そして更に大きく輝いたと思うと、次の瞬間にはクロノスがその場に立っていた。
「遅かったな、待ってたぞ」
俺は焚き火からヤコの実を取り出しながら言葉をかけて出迎える。
「待っておったのか」
「ああ、聞いておきたいことが――はいっ?」
……しゃべった?
今凄くナチュラルに喋り始めなかったか?
「む? なんじゃその反応は。もしやわしの言葉がまだわからんか?」
いや、間違いではない、確かに喋っている。しかし何故老人キャラ口調なのだ。
「い、いや、ちゃんと聞こえている。ただいきなり喋り出したから、驚いて、な」
「ふむ、そうだったか。して、ユウよ」
「え?」
「燃えとる燃えとる」
「へ? ――ってアッチィ!?」
焚き火に突っ込んだままだった棒が燃えて俺の手を焼いていた。
「意外とドジよのぉ。なかなか可愛げがあってよいが」
……なんか意外と上から目線。もしかして、そのなりで俺よりだいぶ年上?
「いきなり言葉が通じるようになったら誰でも固まるって…。で、なんで急に喋れるようになったんだ? 結局バグだったのか?」
「あー、ソウラシイノー、一度再起動したらなおっておったわ」
ん? どことなく棒読みな感じを受けるのは気のせいか?
「あとなんでその口調なんだ?」
「? わしの言葉に意味が分からない部分があるか?」
「いや、意味は分かるのだが…」
彼女はあれか? あれなのか? 日本語を時代劇やアニメの類で覚えたっていうタイプなのか? ダメだ、喋れるようになってさらに謎が深まってしまった。
突っ込んでも泥沼になりそうな気がする。とりあえずスルーしておく。
「で、聞きたいこととは?」
クロノスが話を促した。
「ああ、おまえは、これからどうしたいのかと思ってな」
「どうしたいとは?」
「俺と一緒に帰り道を探すか、……死に戻りをするか、だ」
良ければ一緒に帰り道を探さないか? という言葉は飲み込んだ。さすがにゲームの世界の中でまで他人に俺の生き方を押し付けるわけではない。普通のやつなら死に戻りを選ぶだろう、それが最も効率良くゲームを楽しむ方法だ。
だが俺の問いに対して、
「はっ!」
彼女は鼻で笑った。
「わしが自ら死を選ぶ? 例え仮想の世界だとしても、それはありえん。お断りじゃ」
正直その言葉には驚いた、俺以外にもそんな価値観を持ってプレイしている人が居るとは思っていなかった。
「そう、か」
「ん? なにやら少し嬉しそうな顔じゃな」
「え?」
彼女に指摘されて、俺は少し安心したように微笑んでいることを自覚した。
「…そうかもな。俺と同じような信念を持っているやつに会えて、嬉しいのかもしれん」
「ほう? まぁ恐らくおぬしの信念と、わしの信念では根の部分が違うとは思うがの。しかしそれはこの先機会があれば聞かせてもらうことにするか」
「そうだな、これから長いこと一緒になるわけだからな」
帰還までの道のりは決して短くはないだろう。だが謎だらけのコイツとの旅路は、退屈することがなさそうだ。
まったく、先が少し楽しみになってきたよ。
「けど本当にいいのか? 念のために釘を刺して言っとくが、楽な暮らしはできないぞ? 凶悪なモンスターには追われるわ、食料には困るわ、不便なことでいっぱいだ」
「心配無用じゃ、わしは普通にゲームがしたいわけではない。この世界を観測することが最近のわしの楽しみであり、使命だからの」
「観測? 使命?」
「今は話せん。…じゃがいつか話せるときが来るかもしれんの? おぬしにそれだけの『資質』があると分かれば、な」
そして含みのある笑顔を見せる。本当に何者なんだ、コイツ。
「まあ、そんなことは置いておいて、とにかくヨロシクの、ユウ」
「ああ、こちらこそな」
俺たちは握手をして、フレンド登録を済ませた。
「では、ここを離れるにしても準備がいるのじゃろ? それをさっさと済ませてしまうことにするか」
「――っておい、どこへ行くんだよ」
「決まっておろう、食料集めじゃ。わしもそれを手伝ってやろう」
「いや、それは俺がやるよ。お前はモンスターに襲われたひとたまりもないだろう」
「心配には及ばん、わしは『モンスターには襲われない』」
「えっ?」「どうやらこのキャラには――まだ《バグ》が残っているらしいからの。まぁそれは聞くより実際に見たほうが早かろうて。ではいくぞ、まだ昼の外を歩き回ったことがないので眺めておきたい」
そういって俺の忠告を気にせずスタスタと外に向かっていってしまう。
バグだって? こいつには、まだ秘密が隠されているというのか。
「ちょ、だからって待てよっ お前食料がある場所しらないだろっ!」
だが兎に角俺は、彼女の小さな背中を追うことにした。
※追記:今回の空の話に間違いがあることを、ご指摘していただき、そのため7、8話を少し訂正させていただきました。間違った情報を書いてしまったこと、この場を借りて謝罪いたします。今後も間違いがあればすぐ訂正します。ご指摘ありがとうございました!