第0話 「Welcome to The Unknown World !」
よくあるプロローグです。
こまけぇことはいいんだよ!という方は2話へGO!
「……さて、状況を整理しようか」
通話を切った俺は、まずは持ち物の確認からすることにした。インベントリを開いて所持品を確認する。
【HPポーション×11】
【MPポーション×5】
【パン×3】
【木の矢×43】
【空きビン×1】
その他には、ここに来るまでにモンスターから手に入れた素材アイテムだけ。
見事に初期アイテムしか揃っていない。続いて装備品を確認する。
武器:ダガー
頭 :なし
体 :レザーアーマー
腕 :レザーガード
脚 :レザーブーツ
その他:レザーマント
俺の命を救ったレザー装備セットだが、これもおそらくここでは初期装備に毛が生えたようなものでしかない。
「……詰んでるよな」
どう考えても詰んでいる。誰が見ても完全に詰んでいる。
こんなアイテムと装備で、この凶悪なモンスターがうろつく楽園を脱出できるか?
飢えをしのぐことができるか?
いや、まず脱出口がどこにあるかすらわからないのだ。
抜け出すなど不可能――いや、簡単に脱出する方法はある。
『諦めて死ねばいい』のだ。そうすれば多少の経験地を失う変わりに、始まりの広場まで戻る事ができる。そうすれば妹と友人に、無事再会することも出来る。
「だが、俺は――」
~ 第0話 「Welcome to The Unknown World !」 ~
「……想像以上にでかいな」
俺はたった今届いた、一辺が50cmほどもあるダンボールを見回して呟いた。この中には今日から正式サービスが始まる、『VRMMORPG 《The Unknown World》』をプレイする為に必要なヘッドセットが入っているらしい。
――《VRMMORPG》について少し説明するか、ご存知の方は飛ばしてしまってかまわない。まず《MMORPG》とは、Massively Multiplayer Online Role Playing Gameの略で、簡単に説明すれば、オンラインを介して数百~数千人が同時参加できるRPGのことである。そしてMMOの頭についてる《VR》、その意味は、ヴァーチャルリアルであり、仮想現実だ。
つまりVRMMORPGとは、『仮想現実の世界で、複数の人たちと遊べる』という驚くべきゲームなのだ。
……ただこの《The Unknown World》、通称が『Gather』という会社から発表された時は、ヴァーチャルリアルなど誰も信じなかった。それもそうだろう、もし真実だとしたら、世界的にも驚くべき技術だからだ。事実、それまでにヴァーチャルリアリティの実現に成功したという例はなかったし、その開発の困難さは、国家研究機関に「現代の技術では絶対に不可能」と断言させるほどだった。
そんななか、『Gather』という見たことも聞いたこともない会社が突然打ち出した《アンノーン》は、当時のMMOゲーマーの誰もが嘲笑し、βテストの前から「クソゲー」評価を得ていた。
――だがその評価も、βテストが始まってから一転した。書き込まれるβテスター達の評価は、どれも「素晴らし!」と高々に叫ぶものだったからだ。「未知の世界」と訳せるその《アンノーン》が作り出す仮想現実は、なんでも五感がフルに働き、意のままに走ることも跳ぶこともできるらしい。俺はβテスターではなかったので全然知らないが、きっと本当のことなのだろう。βテストに参加していたらしい妹と友人から掛かってきた電話が、それを証明している。
『兄さん! すごいです! 本当に別世界にいるみたい!』
うちの妹の性格は、非常にクールな部類に入る方だ。その妹が電話の向こうで聞いたことないほどはしゃいでいた。俺はVRの評価より、そのことに驚いたほどだ。てか妹よ、そんなゲーム好きだったか?
『おいマジすげぇぞ! はんぱねぇ! 俺は今日、世界的奇跡を体験してきたッ!』
俺の友人はゲーム好きで、どのゲームにもなかなか辛口な評価をするものなのだが、《アンノーン》については手放しに絶賛してきたのだ。奇跡のゲームだ、完全世界だと1時間にわたって熱く語ってきたほどだ。
それらのことから、Gather社が完璧なVRを作り出したのは、疑うことない事実のようだった。
既存の技術では不可能といわれていたヴァーチャルリアルを実現させた『Gather』。その会社についても説明をすべきなのだろうが――その実態は謎に包まれていてわからない。その技術力や、資金源、スポンサー、背後の繋がりなどあらゆる部分が、驚くほど判明していないのだ。このことはネットだけでなく、ニュースでも話題になり取材対象となった。しかしそれでもGather関係者は『企業秘密ですので、お話しすることはできません』の一点張り。今では「現代社会のブラックボックス」「オーパーツ会社」と呼ばれるようになり、「Gatherの正体は宇宙人、もしくは未来人」という説も半ば本気で噂されているらし。
ちなみに友人は「もしその技術が公開されれば、ノーベル賞は固い」と確信していて、妹は「ノーベル賞なんて余裕です、それ以上の賞を準備しなくてはなりません」と断言している。それほど異常な会社なのだ。
――まぁそんな感じで怪しさ満点で、名前の通りいろいろと不明な《アンノーン》なのだが、妹と友人の誘いで、俺も一緒にをやろうという話になった。ちょっと怖かったが、確かに興味深かったし、まぁ丁度大学の長い夏休みに入るうえ、今年はやりたいこともなかったので暇つぶしには丁度いいかなと思ったのだ。ただ噂が噂を呼び、《アンノーン》購入希望者が30万を超えたことを知った時「あ、こりゃ無理だわ」と思った。なにせ初期参加人数が、3万人と決まっていたからだ。プレイヤーは抽選で選ばれる、つまり当選確率10%以下だ。ちなみにβテスターたちは特権(?)で正式サービス参加が決まっている。なかば諦めつつも、一応応募はしておいた。
――しかし俺はその3万に見事当選した。俺以上に妹と友人が喜んでいた事は印象に深い。そして今、そのプレイに必要なインターフェースが届いたというわけだ。
「さて、いつまでもこうしている訳にはいかないな」
時計に目を向けると10時50分を指していた。サービス開始時間が11時からだから、急いで準備しなくてはならない。開始と同時にゲーム内で合流しよう、と妹と友人には約束している。待ち合わせに遅れるわけにはいかない。いざ、ダンボールを開封してみる。そしてそこにあったのは、俺のイメージとだいぶかけ離れていたヘッドセットだった。
「なんじゃこりゃ」
なんていうか、デカイ。脳波を感知する機器などがそこに集約されているからだろうか? 重そうでとても頭に付けられるような大きさじゃない。付属の説明書を覗いてみると、図で分かりやすく使用方法が載っていた。どうやらヘッドセットは床に設置し、完全に仰向けになって使用するらしい。頭を置く部分には、触り心地の良いクッションが着いていた。
なんというか、『睡眠学習用の枕』といった感じだった。そんなものないけど。
そのとき、ポケットに入れていた携帯が震えた。取り出して画面をみると、『着信:沙耶』とあった、妹からだ。ヘッドセットがちゃんと届いたかどうか、確認しにきたのだろう。通話ボタンを押す。
「どうした?」
『無事に着ましたか?』
「ああ、ついさっきギリギリで届いた。しかし今、そのなんとも奇怪な形に言い知れぬ不安感を感じているところだ」
『ふふっ、そうでしょうね。私もβテストで受け取ったときは驚きましたから』
妹は懐かしそうに笑った。
「しかし、良くこんなわけのわからないものを被る気になれたな」
『ええ、最初は凄く不安でした。けど怪しすぎると逆に試さずにはいられなくなるものです。それに最悪でも、死ぬこともないと思いましたし』
我が妹ながら肝が据わっていることだ。
『あっ、もう開始一分前ですよ。ということで、私も準備に入りますね』
「ああ、そんな時間か。じゃあまたな」
『ええ、久しぶりに兄さんと会えるのを楽しみにしています』
通話を切って、俺もヘッドセットの準備を整える。そして俺も身体を横たえ、その時を待った。現在時刻は、10時59分40秒。秒針が、刻々と11時に近づいてくる。残り10秒・・・5、4、3、2、1――
(さて、ではその《未知の世界》とやらを拝ませてもらいますか)
――0。横になったまま右手で起動ボタンを押すと、ピコンという起動音とともにバイザーのようなものが展開してきて、頭全体を覆った。なんとも未来的だ。
『 System start. ――Welcome to The Unknown World !』