Cheese87〜過去の恋〜
初めて春さんと出会った病室。俺はそんな彼女に会いたくて、薄井には何も告げず、一人で病院に訪れた。
小遣いで買った花束を持って……。
病室の前で、俺は立ち止まった。扉に掛けた手が、極度の緊張で震えているのがわかった。
一度、呼吸を整えてて、再び扉に手を掛けた。
すると、静かな話し声が病室から聞こえた。
その声がすぐに春さんの声だと気付くのに時間はいらなかった。俺は扉を少し開け、中を見た。
俺の目に飛び込んだのは、薄井の姿と側に飾られたユリの花だった…。
春「ありがとう。翔。こんな大きなユリの花持ってくるなんてびっくりしたよ。」
薄井「姉さん、この花好きだろ?今日だけ大奮発だよ」
春「綺麗…」
薄井「具合はどう?痛みはない?」
春「全然!むしろこのまま走れそうなくらい元気よ」
薄井「そうか。よかった…」
春「ねぇ、翔。明日もあさってもまたこうやって顔を見せてくれる……?」
薄井「毎日来てるじゃないか?今さら何言ってんだよ…」
春「病室に一人でいるのが怖いの……。明日にはもう、この心臓は止まってしまうんじゃないかって……」
薄井「生きようとしてよ。姉さん」
春「翔…」
薄井「明日もあさってもその次の日も、姉さんに会いに行くよ。」
春「ありがとう…。私、翔のこと好きよ?……大好き。」
薄井「そんなこと言わないでよ。姉さん…」
(春の口元に手をあてる薄井)
春「かけ…る…?」
薄井「ここ、触れてもいい?」
春「!」
「――――――」
―――やめろ
―――やめてくれ!!
俺は病室から逃げ出すかのように走った。
信じたくない。
信じたくなんかない。
薄井は春さんのことが好きなんだと実感させられた。春さんも薄井のことを………?
心の奥底に、何かが詰まったようだった。それでも俺は、何もなかったかのように過ごした。
何も見てない。
薄井の気持ちなんか知らない。
ただ俺は………
春さんを好きなだけなんだ………。
――――――――――
夏休み中の学校で、俺は初めて薄井を殴り飛ばした。
春さんは本当に俺を選んでくれていたんだろうか?
本当は薄井を……
薄井「あー…、痛いな。まったく」
野高「……ごめん」
薄井「謝るな。お前に何も言わなかった僕が悪い。それはわかってる。わかってたさ……」
野高「………」
薄井「わかってたよ。けど……言えるはずないじゃないか!?」
…………ガッッ
(野高を殴る薄井)
野高「………っ」
薄井「姉さんが優を好きなら弟として応援するのが当然だろ?僕は間違ったことなんかしてない!!」
野高「応援?春さんが俺を好きだった証拠でもあるのかよ…?弟だって?…笑わせんなよ。お前は弟として春さんを見てたんじゃない。男として見てたじゃないか!違うのか!?」
薄井「姉さんが……姉さんがお前を好きにならなかったら、僕は――っ………」
野高「―――」
……………ガッ
(薄井のパンチを避け、殴り返す野高)
薄井「……ッ…」
野高「ごめんなんてもう言わない。過ぎたことはもう忘れる。忘れるしかないんだ……。もう……春さんはいないんだよ………」
ああ
まただ…
俺はまた、あの人のことを想って泣いてる……。
いつも泣くのは俺ばっかりで、薄井の涙を見たことがない。
俺は薄井を殴れても、薄井の心までは殴れなかった。
理由なんてわかってる。俺自身が弱くて、脆いからなんだ………
薄井「はは…。姉さんは幸せ者だな。こんな男に好かれていたんだから……」
野高「俺は春さんを好きになったこと、後悔してないよ。会えてよかったと思ってる」
薄井「―――」
野高「薄井…、俺は……お前と友達辞めるつもりはないからな」
薄井「……ばーか」
―――なぁ、優
人を好きになることに後悔なんか生まれないよ。
僕はそう思ってる。
――翌日、夏休みの補習二日目が行われた。
高橋先生「今日も暑さに負けず、補習を始めたいと思ったのだが………薄井、どうしたんだ?その顔の傷は?」
薄井「あはは。気にしないでくれたまえ!青春の1ページだ♪」
高橋先生「…は?」
華
わたしは、殴られた痕がくっきりと残る薄井先輩の横顔を見た。
薄井「……ん?なんだい、花子」
華「いえ、なんでもないです……」
その顔は少し、悲しい表情をしていた。
〜過去の恋〜 完。