Cheese128〜てんとう虫〜
頭の上に感じる、ほのかな手の温もりが、わたしの心を落ち着かせてくれた。
気がつくとその手は、わたしが泣き止むまで置かれていた…
華「………」
薄井「ん?泣き止んだかい?」
華「はい…。もう大丈夫です!いっぱい泣いたので、すっきりしました」
薄井「嘘発券機ピコピコ〜ン!本当はまだ泣き足りないんだろう?隠したって無駄だよ。僕にはわかる」
華「…先輩はなんでもお見通しなんですね」
薄井「図星か…。そうだ!花子!写真部室に行かないか?いいものをあげるよ」
華「……?」
―――そう言って、足早に保健室を出た先輩の背中を、わたしは追い掛けていた。
―――写真部室にて。
華(電気が消えてる…)
………ガチャガチャ
(鍵を開けて中に入る薄井)
薄井「なに突っ立ってんだね?おいで」
華「先輩、Cheese同好会のほうは何も出展しなかったんですか?」
薄井「何言ってんだ!?これでも朝は大変だったんだぞ?作ってきたチーズケーキも即完売の大盛況だ」
華「チーズケーキ…」
薄井「ああ。中にレモン果汁とか入れてみたり、抹茶風味にしてみたり、ブルーベリーをトッピングしてみたり…とにかくチーズに合いそうなものを色々試して作ったんだ」
華「わたしも食べてみたかったな…なんて!もう遅いですよね」
………コトッ
(テーブルの上にケーキを置く薄井)
薄井「花子スペシャルだ」
華「これ…わたしの顔ですか…?」
薄井「僕が描いたんじゃないぞ!?メダカが勝手に描いたんだ。まぁ、クリームは全部僕が作ったから、味は保証する」
華「………」
薄井「さぁ!食べたまえ♪」
華「もったいなくて食べられないです…」
薄井「腐るぞ?」
華「それは嫌です」
薄井「ならば僕が切ってあげよう!」
(ケーキを切ろうとする薄井)
華「待って下さい!?もったいないですっ!!せめて写真に撮って残したいです!」
優「写真なら撮ってあげるよ」
華「野高先輩!?」
薄井「いつのまに…」
優「セルフタイマーにセットしてあるから、三人で写らない?記念にさ」
薄井「Cheese同好会の記念すべき初ショットだな♪」
華「わたしには写る資格ないです…。今までずっとサボってきたんですよ?文化祭のお手伝いだって、何もしてないのに―――…」
優「あ、シャッター降りるよ」
薄井「笑いたまえ」
………むぎゅっ
(華のほっぺを引っ張る薄井)
華「ふぎぃ!?」
――――パシャッ
初めて三人で写ったその写真は、わたしが卒業するその日まで、写真部室に飾られることになる―――――
その後、文化祭二日目も無事に終了し、後夜祭というイベントが待ち構えていた。
――1年C組教室にて。
男子A「あ〜…やっと悲劇が終わったぁ〜」
男子B「ずっと女装して逃走すんのもしんどいよな〜」
玲「男子諸君!お疲れ!ほら、ジュースあげるよ」
男子A「サンキュ〜!伊藤さん」
男子B「あれ?そういえば鈴木は?」
男子A「知らね〜。つーか、アイツ一回も捕まらなかったらしいぜ?」
玲(龍が…いない?)
男子B「もしかして、まだ逃げてたりして」
玲(アイツが隠れてる場所……あそこしかないわね)
(突然走り出す玲)
男子A「あれ?伊藤さん、どこ行くの?」
玲「空の上」
男子A&B「――は?」
――――体育館にて。
玲(まずは2階に上るか…!)
(はしごを使って上る玲)
――――ガラッ
(体育館の窓を開け、さらに屋根の上へと続くはしごに手を掛ける玲)
玲(ひぇ〜…怖っ!落ちたら真っ逆さまね…)
――――まだ見えない屋根の先に……アイツはきっといると、なぜかそう思った――――
――――ガッ
(屋根の上に乗る玲)
…ほらね、やっぱり
玲「龍!」
龍「……」
(屋根の上でねっころがる龍)
玲「あんたいつまで逃げる気?文化祭、もう終わったよ」
龍「なぁ、こっち来てみろよ」
玲「なに?」
(龍のもとに歩み寄る玲)
龍「あれ」
(空を指差す龍)
玲「空がどうかしたの?雲ひとつないじゃない」
龍「ばか。ちげーよ。俺の指」
玲「指?…あ!てんとう虫!」
龍「こいつ、俺の指から離れねーんだよ」
玲「へぇ…。いいわね?虫に好かれて」
龍「何でてんとう虫っつーんだろうな?転倒する虫だからとか?」
玲「何回も転んで、また起き上がって…サッカーやってた時のあんたはそうだったよね」
龍「昔の話だろ?サッカーなんかもうどうでもいいし」
(起き上がる龍)
玲「あ」
龍「あ゛?」
(てんとう虫が飛び立ち、空に消える)
玲「あんたが動くから逃げちゃったじゃない!」
………グイッ
(突然、髪ゴムを引っ張り、玲の髪をほどく龍)
玲「イタッ!?」
龍「後夜祭でダンスやるらしいぜ。その髪型でなら一緒に踊ってやるよ」
玲「下手くそな誘い方!…踊るなら早く行くわよ」
龍「いっとくけど、俺のダンスは天下一品だからな」
玲「口ばっかり」
龍「俺のことだけみてろよ」
玲「――え?」
龍「ダンスの時」
玲「ばっ…バカヤロウ!」
龍「なにキレてんだよ?変な女」
玲「それはあんたが――」
龍「!」
(玲の顔に近づく龍)
玲「!?なっ…なに!?」
龍「動くな。おまえの顔にさっきのてんとう虫が止まってる」
玲「嘘。虫が止まってたら自分でわかるでしょ」
龍「今取るから、動くなよ」
玲「顔……近いって…」
龍「ほら、ここ」
玲「―――!!」
――――一瞬、何が起こったのかわからなかった
気づくと、あいつの顔が目の前にあって…………触れた。
あいつの口元に触れたのだ―――……
〜てんとう虫〜 完。