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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。

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間違いだらけのあなたにキスを

作者: life
掲載日:2026/04/19

 私の原稿に間違いを見つける度、彼女は私にキスをする。


 最初は手の甲に。原稿が半分を過ぎると、頬に移る。


 髪が触れたこそばゆさを残して、彼女の顔が離れる。ショートボブの髪を耳にかけて、原稿に視線を戻した。右手には私が中学の頃にあげたキャラクターもののボールペン。


 ペンの走る音が机に突っ伏した私に伝わってくる。二重線を引く音、何かを書き加える音。


 彼女は私の親友であり、共同執筆者である。私のアイデアを、彼女が読める物にする。そうして私達は十年間、いくつもの作品を書いてきた。


 一つ修正を終えると、彼女は再び文章を追って瞳が上下に動き始めた。その様子を、私は振り子時計のようだと思った。


 そして、一分もしないうちに、彼女が立ち上がった。右頬を見せている私に近づき、優しく唇を当てる。


 役割分担の性質上、私が書いた原稿に彼女が直しを入れる作業が発生する。修正作業が私の心を傷つけるのではないかと心配したのだろう。彼女は決して私を否定しているのではないという意味を込めて、ペンを入れる前にキスをする。


 趣味で共同制作を始めた頃から続くルーティンだ。


 彼女は最初ぎこちなく手の甲にキスをしてくれた。興味本位で手を隠してみると、頬に変わった。


 だから、私は机に両腕をつけて、そこに頭を乗せる。初めのうちは手を見えるところに出しておいて、原稿が半分を過ぎた頃に手を腕と頭の下に隠す。


 なぜキスなのかはわからない。


「あんた最近わざと……」


 キスを終えるといつもはすぐに作業に戻る彼女が、私をじっと見ている。


 私は体を起こして、微笑む。


「なに?」

「なんでもない」


 私がキスを期待してわざと間違えていることに、彼女は気づいた。でも、事実を認めるわけにいかない。


 純粋なふりをする私に、彼女はそれ以上何も言わなかった。


 私は頬杖をついて目を閉じた。


 彼女がペンをとり、修正をする。一瞬、手を止めて思案する。ボールペンの頭をあごに当てて、カチカチとノックボタンを押す。また、ペンを紙に当てる。書き間違いをぐるぐると黒く塗りつぶす。ボールペンを机に転がす。原稿用紙を一枚めくる。マグカップを持ち上げて、口に運ぶ。カップの中身はコーヒーで、彼女の仕事の必需品──


 あ、カップを下ろすのが早かったな。もう中身がないのかも。


 目を開けて、彼女のマグカップの中身を確認しようとした。首を回す。右肩に彼女の気配を感じた。と同時に、唇に柔らかい物が触れた。


 ふにゃっとした感触の後、奥にある固い物が私の前歯を押した。それが彼女の唇と、彼女の歯であることを理解した時には、彼女は驚いた顔で仰け反っていた。


「ごめん」


 彼女が謝る。


 突然動いた私にも非があることはわかっていたけれど、謝罪すればキスが嫌だったと言っているみたいで許せなかった。


「……なんて顔してんの」


 私はどんな顔をしているのだろうか。彼女が苦笑して言う。


 彼女が茶化すのを選んだように、私も上手くやらなくては。


「ファーストキス奪っちゃったね」


 ウインクをして小悪魔ふうを装う。でも、上手く笑えている気がしないので、急いで彼女のマグカップを持ってキッチンに退散する。


 保温ポットに残っていたコーヒーを注ぎながら、彼女からの返事がないことを不思議に思った。


 彼女は、困り眉で立ち尽くしていた。


「初めてじゃないの?」


 私の問いから逃げるように、彼女はリビングの椅子に戻った。


 原稿を手に持っているが、仕事に集中していないであろうことはすぐにわかった。彼女はそんなふうに指で文字をなぞって読まない。


 コーヒーを持って、私も隣に腰かける。


「彼氏がいたの」


 彼女が罪を自白するように言うのは、私に言っていなかった引け目からだろう。


「え、いつ?」

「高……一かな」

「なんで教えてくれなかったの?」

「一瞬で別れたから。なんか違うなーって」

「そうじゃなくて」

「高校の人だし」

「名前言われてもわかんなけど、そうじゃなくて」


 理不尽に怒っている自覚はあった。


 高校一年生と言えば、夏休み、私達は初めての共同執筆に挑戦した。私にとって重要な人生のイベントがあった年だ。そう思っていたのは私だけだったのかもしれない。


 私は勝手にふられた気分になって、彼女から距離をとった。テレビの前にあるソファに飛び込んで、クッションに顔を埋めた。


 その時、玄関のチャイムが鳴った。


 担当編集者が来たのだ。彼女がテーブルのボールペンを片付けて、引き出しから別のペンを取り出す音がする。


 彼女が玄関に客を迎えに行った隙に、ボールペンを戻しておいた。人前で使うのは恥ずかしい、キャラクター柄のボールペンを。


 私の小さな仕返しに、彼女は一切動揺しなかった。それどころか、担当編集者がスケジュール帳を確認しているタイミングを狙って、勝ち誇った顔でボールペンにキスをして見せた。


 ああ。私の間違った気持ちも、その唇で直してくれたらいいのに。





 ―完―


お読みいただきありがとうございました。

書く仕事をしている二人のお話を書いてみました。

皆さんはどんな距離感の関係が好きですか。

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