【第08話-10】それぞれの“一番”-和也・美由
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【Scene03.1:1年前6月】
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ある6月の日。上嶋和也は、心の中で頭を抱えていた。
場所は──いつもの高級ホテル、いつもの部屋。
彼の左右には、下着一枚すら身につけていない女性が並んで寝ている。
……いつもの光景。
だが、決定的に違っていた。
その二人は、美由でも由美でも花音でもなく、
千晴でも梨子でもない。
ましてや、ダブル南でも和美でもない──。
いや、和也の女性遍歴。
こういうシチュエーション、経験済みが多すぎじゃないか?
“恋慕特異点”、ここに在りか。
それはともかく──
どうしてこうなった。
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時は、4月下旬まで遡る。
前年度末、つまり3月末。
理工学部情報学科の准教授が、体調不良を理由に依願退職した。
それはあくまで表向きの話であり、
実際には──学内の女子学生二人に手を出したことによる懲戒処分だった。
大学としては事の性質上、公表は避けざるを得ず、
彼はすでに昨年度から「病気療養」を名目に“実質的な謹慎処分”となっていた。
そのため、後任の公募すら行われないまま年度が替わるのだが
実際にはすでに水面下で──和也への打診が始まっていた。
そして新年度。形式だけの選考が始まる。
実質的には和也一択の出来レースだった。
和也は4月から非常勤扱いで“代理担当”として業務に就き、
関係各所への挨拶や引き継ぎを開始した。
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その日、彼が訪れたのは、
AIを活用した業務基幹システムの実証実験を依頼していた提携企業。
そのシステムの開発は、ほぼ和也ひとりで行ってきたにもかかわらず、
この企業と直接会うのは“初めて”だった。
理由は単純。
先代の准教授が、窓口業務を一手に抱え、
その成果を“あたかも自分の手柄”としていたからである。
昨年度は准教授の「療養中」という建前のもと、
交代の挨拶もできないまま、連絡はメール対応のみで終始していた。
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そして、訪問初日。
和也は──窓口担当と実務担当、
二人の“美しい女性”を前に、じっとりと冷や汗をかいていた。
……いや、千晴や花音という超美人と付き合ってる和也が、
今さら美人を前にして緊張するなんてことはない。
問題は、そこじゃなかった。
「前任の方って、どうされたんですか?」
窓口担当の女性が問いかける。
「……先程も申し上げた通り、病気を理由に依願退職という形で──」
「え〜? あの人が病気で辞めるとか、ある?」
実務担当の言葉も手厳しい。
「そうよ。私たち目当てで、要件もないのに毎週顔を出すような人だったじゃない」
「もし本当に病気だったら、それを口実に“お見舞いに来てくれ”とか言い出すタイプね」
和也は内心、
(そんなに……嫌われてたのか)と、他人事のように感心していた。
……いや、全然他人事じゃない。
今まさに、その“後任”として向き合っているのが自分なのだから。
「そういえば、システムのこと、あの人何にも分かってなかったわよね」
「問い合わせても、簡単な仕様を聞いても──」
「『はい、確認して再度ご連絡いたします』ばっかり。しかも返ってこない」
「そのくせ態度はでかいし、私たちへの視線も……ねえ」
「「サイッテーだったわよね」」
二人の声が、見事にハモった。
和也は深々と頭を下げる。
「本当に申し訳ありません。今後は私が責任を持って、迅速に対応いたします」
──その時だった。
「でも、びっくりしたわ。あの支援システム……あなたが開発者だったのね、“和也くん”」
「名前見たとき、まさかと思ったけど──やっぱり、そうだったのね」
──そう。
その二人は、
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『改めまして、村澤美久よ』
『私は澤村久美。よろしくね』
……あの、霞の宿で出会った二人だった。
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実のところ、
先ほどまでの“前任者こき下ろし”は、
和也の気を引くために、美久と久美が示し合わせて少し大げさに話していただけだった。
だが、そんなことに──和也は、まるで気付いていなかった。
「ところでさ」
美久が、何気ない口調で話を切り出す。
「前任の人って──女生徒に手を出して、クビになったんでしょ?」
和也の心臓が、一瞬止まった。
「な、なぜそれを……!」
だが、目の前の二人は“してやったり”という表情で口元を綻ばせている。
(かまをかけられた……!)
そう気づいたときにはもう遅い。
「どうせ、二人くらいに手出して訴えられたとか、そんな感じでしょ?」
「……っ! あ、あの……」
言い淀む和也を見て、二人はにんまりと笑った。
「やっぱり、ビンゴだったのね」
「和也くん、わかりやす過ぎ」
──返す言葉など、あるはずもなかった。
「……この件、どうか大学には……内密に願えませんか」
和也は、低姿勢で深々と頭を下げるしかなかった。
「ええ、もちろん。私たちも大人だもの」
「でも、和也くんって──霞の宿で、何人も女性はべらかしてたよね?」
──それだ。
和也がこの二人を前に、ずっと冷や汗をかいていた理由。
彼女たちには、かつて旅館で“危うい場面”を見られている。
いくらプライベートの話とはいえ、
その中には「大学在学中の従姉妹・梨子」すら含まれているのだ。
……大学にバレるわけには、いかない。
「ねっ、今度飲みに行こうよ」
「いろいろ、根掘り葉掘り聞きたいし?」
──和也に、拒否権はなかった。
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根本的に、和也は女性に対して弱い男だった。
だがその一方で、ベッドでは女性を強く征服する。
そしてその後には、誠実で丁寧な対応。
このギャップこそが、彼の最大の武器だった。
気弱で、簡単に落とせる。
でも、関係を持ったその夜から、世界が変わる。
女性たちの記憶に、身体に、深く刻み込まれる。
そして何より──その後の“誠実な対応”が、彼女たちを離れられなくする。
“恋慕特異点”だけが彼の魅力のすべてではなかった。
──このとき和也は、「自分が絡め取られている」と思っていた。
だが実際は、美久と久美こそが、すでに罠に落ちかけていたのである。
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連絡は早かった。
「ねえ、ゴールデンウィーク明け最初の土日って空いてる?」
「すみません、その週と次の週は……予定が入っていまして」
──1週目は、美由の誕生日。
──2週目は、美由の件で千晴と梨子には世話になるはずだから、そのお礼をする予定。
……よって、どちらも空けられない。
「ですので、5月最後の土日でしたら調整できます」
《その週は、私がダメなのよね〜。仕方ないわ。
じゃあ6月のはじめ、そっちで空けておいてね。絶対よ?》
「はい、お約束します」
その時点で、和也の運命はすでに決まっていた。
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和也は呼び出された。
相手は、美久と久美。
場所は──“例の個室居酒屋”。
隣が高級ホテルという、何かと因縁深いあの店である。
「……これ、フラグでしかないだろ」
心の中でそう突っ込みながらも、和也は大人しく入り口で二人を待った。
やがて──
「お待たせ、和也くん♡」
美久と久美が揃って登場。
そのままスムーズに個室へと通され、乾杯が始まる。
「じゃあ、まずは乾杯!」
「奇跡の再会に──カンパーイ!」
──そこからは、針のむしろだった。
「ねぇねぇ、若女将とは本当のところ、どうなの?」
花音さんはおっぱいお化け。
……言えるか!!
「誰が一番好きなの?」
千晴は……最愛の人。でも結ばれない運命なのは見えている。
……言えるか!!
「“お兄ちゃん”って呼んでた子、いたよね?」
梨子、かわいい従姉妹。でも、関係は
……絶対言えん!!!
「美由さん由美さんとは、どういう関係だったの?」
美由、今では一番大切な人。
由美さん……今では最も縁遠くなったけど、あんなことやこんなことも……
……マジで言えるか!!!!
──飲まなきゃやってられない。
顔に出ないタイプの和也は、つい飲まされがち。
だが今日は──自らグラスを重ねた。
その結果、記憶は……途切れた。
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気づくと、見慣れた天井が広がっていた。
「あら、和也くん、おはよう♡」
……隣には、美久。
バスローブ姿。
(……これが千晴だったら、どんなによかったか。
酔いつぶれた俺を千晴が迎えてくれていたら──)
そう願ってみても、現実は変わらない。
「久美も、もうすぐ出てくるわよ」
そう言った直後、バスルームから現れた久美は、バスタオル一枚。
濡れた髪をかき上げながら、にっこり笑う。
「和也くん、複数の女性を一度に相手するの、慣れてるんですって?」
「私たちも……経験してみたいなぁ」
(──終わった。酔った俺、いったいどこまで話した!?)
記憶は、ない。
だが、次第に腹の底からドス黒い何かが湧いてきた。
(上の立場だと思って……好き勝手言いやがって)
そして和也は、黙って服を脱ぎ始めた。
上も、下も、全部だ。
ヘッドボード脇に仁王立ち──
低く、静かな声が響く。
「──黙って、こっちに来い」
支配的な声音。
さっきまでの気弱な態度とのギャップ。
そして、“恋慕特異点”の魔力。
二人の女は吸い寄せられるように、和也の足元に跪いた。
──狂った祭りが始まる
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祭りの熱が冷めた後
「和也さん、いえ、和也様。もうあなたなしには生きていけません、愛人にしてください……♡」
美久が、陶酔した顔で囁く。
(いやいや、大げさすぎだろ……)
「私は……どんな形でもいいので。傍にいさせてください……♡」
久美が、熱に浮かされた声で告げる。
(いや、ちょっと落ち着いて!?
せめて一晩寝てから言ってくれ!!)
和也は──混乱した。
まるで、操られているかのような反応。
けれど、今の彼にそれを突き止める余裕はなかった。
──やりすぎた。
どうしてこうなった。
和也は、心の中で頭を抱える。
(……うん。とりあえず、今は寝よう。
起きたら、全部夢だったらいいな。
千晴の膝枕の上で目覚めたりしたら──)
……そんな都合のいいことは、起こらない。
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上嶋和也が目を覚ますと、左右には美久と久美
夢にはならなかった。
夢にはならなかったが
二人はどこか夢を見ているような表情で
和也を求める。
──そして再び、和也は一人ずつゆっくりと、快楽を与えることとなった。
やがて昼前。
三人はホテルを後にする。
美久と久美は”愛人”として
今後も関係を続けることを、半ば強引に“約束”させられていた。
二人と別れた直後。
和也は大通りの片隅で、一目もはばからず叫んでしまった。
「……なんで、こうなったんだ!!」
──それは魂の悲鳴だった。
(……俺、これから千晴や美由に、どんな顔して会えばいいんだ?)
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だが、彼が知らないところで、すでに動きは始まっていた。
美久と久美の“異様な様子”には、理由があった。
そして、それを救うための手も──着実に、動き出していた。
和也がそれを知るのは、もう少し後のことである。
今回は――事故ではありません。
和也は被害者の顔をしていましたが、
決定的だったのは“意図して使った”こと。
これまでの彼は、流れに巻き込まれていた。
でも今回は違う。
怒りと屈辱を燃料にして、
自ら支配側へ踏み込んだ。
その瞬間、
恋慕特異点は「現象」から「能力」へ変わった。
そして同時に――
一線を越えた。
濃厚な一夜でしたが、本質はそこです。
和也はついに“無自覚の怪物”から“自覚ある危険人物”になりました。
さて、どう責任を取るのか。
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次回、
霞の宿、緊急事態。
庄蔵が走る。
花音の顔色が変わる。
──和也の血。
一ノ瀬の系譜。
追放された術者の末裔。
そして明かされる真実。
房中術は、定着していた。
花音は決断する。
東京へ向かう。
そしてホテルの一室。
呼び出された二人の女性。
「──戻れ」
術は解けるのか。
それとも、新たな異能が目覚めるのか。
花音が恐怖する“本当の異常”。




