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三人のヒロインとシェアハウスすることになった僕は、全員を本気で愛して呪われてしまった。 ――告白は観覧車のてっぺんで  作者: iron-bow


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【第08話-08】それぞれの“一番”-和也・美由

今回は、恋でも修羅場でもありません。


舞台は高橋家の食卓。

主役は——阪本梨子。


血縁が明らかになり、

「妹」は本当に家族になっていきます。


にぎやかで、あたたかくて、

でも確実に何かが動き始める一話。


最強の妹の本領、どうぞ。


【Scene02.2:1年前5月】



ゴールデンウィーク初日 ─


その日、高橋千晴は、上嶋和也の部屋にいた。

来たる美由の誕生日に向けて、スケジュールの相談をしていたのだ。


「梨子は?」

和也が不思議そうに訊いた。

(梨子が来ないなんて、熱でも出してるのか?)と、少し心配そうに眉を寄せる。


だが、理由は至極真っ当だった。

「あの子、卒論の準備よ」


「そっか、もう4年だもんな。これから大変だ」

和也が納得しかけたそのとき、千晴がさらりと衝撃の一言を放った。


「それがね、5月中に一度提出して、6月には最終版を完成させるんですって」

「えっ? 早すぎないか……」


驚く和也に、千晴は少し誇らしげに笑った。

「あの子、超優秀なのよ」


「そうなのか?」


「学部1年のときから、地元の商店街に飛び込んでイベント企画を提案してたの。

で、その効果を自分でアンケート調査して経済効果を計算して……本当に手を抜かない子よ。

潰れかけてた店舗を復活させたことすらあるんだから」


「……意外だな」

和也は、あの明るく元気な従姉妹の裏にそんな実績があることに、目を見開いた。


「それで、このゴールデンウィークに仕掛けてるイベントが成功すれば、その経済効果をまとめて、卒論は仕上げるつもりなんですって」


「すごいな。……そういえば、就職は阪本の叔父さんの会社だったよな?」

「ええ、そう聞いてるわ」


「ってことは……」


「最後の夏休みを遊び倒すつもりね」

「最後の夏休みを遊び倒すつもりだ」


二人の声がぴったり重なり、互いに顔を見合わせて、ふっと笑いあった。

──その“遊び倒す”に付き合わされるのは、間違いなく自分たちなのだから。


千晴はふと思い出したように言った。

「教授からの評価も高くてね。“私以来の才女”って言われてるけど……」


少し苦笑いを浮かべながら続ける。

「私なんて、准教授におんぶにだっこだったのよ。卒論を提出したの、10月の後半だったし」


もちろん、それは霞の宿の新別館の情報公開を待っていたという、やむを得ない理由もあった。

だが、それ以上に、そこまでにまとめきれなかったのも事実だった。


和也は、千晴が「達也」の名前をあえて出さなかったことに、ほんの少しだけ驚きつつ、

内心で呟いた。

(……俺の可愛い従姉妹は、ほんとすごいな)


そして千晴も、堂々と口にする。


「私の妹は、学業でも無敵ね」


それは嫉妬ではなく、心からの誇りに満ちた言葉だった。



それから千晴は、和也に美由の誕生日計画を語った。


和也は小さく、しかし確かにうなずいた。

「……それで良いのかい?」


「梨子の意思は確認済みよ」


和也は千晴の瞳をまっすぐ見つめ、もう一度問い直す。

「──違う。君の意思だ」


千晴は僅かに目を逸らして答えた。

「……いいの。みんなが幸せなのが、一番だから」


「わかった。それなら、いい」

和也はそれ以上何も言わなかった。


──その日、二人だけの夜は、静かに。しかし深く結ばれた。

──そして、その夜を最後に、二人きりの夜は二度と来なかった。



ゴールデンウィーク明けの土曜、高橋家──


「いらっしゃい、梨子ちゃん」

「幸恵お母さん、こんにちは!今日はお邪魔しちゃいます」

「聞いてるわよ。今日は夕食も一緒にできるのよね。うちの人も楽しみにしてるの」

「ありがとうございます。いま卒論が佳境で大変なんで……幸恵お母さんとお姉ちゃんの手料理で癒されたいなって!」

「まあ、もう卒論?早いわねぇ」


そんな会話をしていると、奥の部屋から進が顔を出す。


「よく来たな、梨子」

珍しく声を張った進は、少し誇らしげだった。

「梨子はな、優秀なんだそうだぞ。経済学部の部長が言っていた。

『高橋家の一族は、優秀な人材ばかりでうらやましい限りだよ』ってな。あれはゴマすりじゃない、本気だったな」


──梨子は、千晴と自分が“はとこ”であることを知ってから、ことあるごとに言いふらしているのだ。


ちなみにその「優秀な一族」には、美晴も含まれていた。

恋人ができ、交友関係も広がった美晴は、若くして次期准教授の候補に挙がるほどの実力を示していた。


「進おじさま、こんにちは。お邪魔します」

梨子は丁寧に頭を下げる。

進は内心で——(俺のことも”お父さん”って呼んでくれてもいいんだがな……)とぼやいていたが、もちろん口には出せない。


そこへ、買い出しに出ていた千晴が帰ってきた。


「あら、梨子。もう来てたのね」

「お帰り、お姉ちゃん!今日は何作るの?」


「今日はね、母さんの唐揚げは当然として──」

千晴は買い物袋をテーブルに置いて、少し得意げに言った。

「鰆がちょうど良いのがあったから、西京焼きにするつもり。二日前から味噌に漬けてたやつがあるのよ」


「やった!お姉ちゃんの西京焼き、めっちゃ好き!」


「それから副菜は、新じゃがといんげんの煮物。

味噌汁はあさりと豆腐ね。お母さん、あさりは砂抜きしてある?」

「ええ、朝から水につけてたわ。いい感じよ」

「さっすが、幸恵お母さん!」


「水菜としらすのおひたしも作るわよ。さっぱりしたのも必要でしょ」

「おいしそう〜!私も手伝う!」

梨子は感嘆の声を上げながら、もうエプロンを手に取っていた。


──そして、進はというと。


台所から立ちのぼる出汁の香りに誘われ、廊下からひょこっと顔だけを覗かせていた。


「……から揚げ……」

「「つまみ食いは禁止!」」

千晴と梨子の声がぴったりとハモり、進は言葉を飲み込んだまま、肩を落として廊下へ引き下がっていった。



高橋家の夕食は四人で囲まれていた。


「美晴は?」

進が箸を止めて問うと、幸恵が答える。

「彼氏のところよ。最近よく行ってるわね」

進は何か言いかけて口をつぐむ。美晴はもう二十六歳だ。口出しする年でもない。ましてや、その彼氏――坂下亮太は将来を嘱望される若手研究者。大学内でも名が知られ始めていた。何も言えるはずがなかった。


「彼氏といえば──」

進が話題を変えるように尋ねる。

「千晴、お前と和也くんはどうなんだ?」

その言葉に、千晴の箸が止まった。


わずかに曇った表情を察した梨子が、素早く話題を横取りする。


「そういえば和也お兄ちゃん、来年准教授になるんだって? 前任の准教授が何かやらかしたとかで」

「……生徒の間でも噂になってるのか?」

進が眉をひそめる。あれは大学がひた隠しにしていた出来事だ。他学部とはいえ、気が気ではない。

「大丈夫、私が無理やり聞き出しただけ。誰にも話してないよ」

実際は和也から直接聞いた話だったが、今の千晴の顔を見て、あえて話題を替えたのだ。梨子のそういう“空気を読む力”は、年齢以上に大人びていた。


「……私、あの准教授、嫌いだった」

千晴がぽつりと漏らした言葉に、進と幸恵は目を丸くする。他人を否定的に語る千晴は、極めて珍しかった。

──この一言が、和也と千晴の話題を見事に打ち消してしまった。


「そういえば、お父さん。いつまで授業、持つの?」

話題を受け取るように、進がうなずく。


進はすでに六十七歳。三年前に学部長を退き、今は特任教授として講義のみを担当している。だが体力の限界を感じ、大学院生の宮崎に授業の半分を任せていた。ところがその宮崎にも他大学から准教授就任の声がかかり、来年度からの異動が決定している。


「美晴にはまだ任せられないしな……なかなか、次が見つからん」

長年教育に関わってきた者の苦悩が、声色に滲んだ。


「じゃあ、花音さんに声かけてみたら? すごく有名な研究者で、前にうちの大学にも籍を置いてたんでしょ? 適任じゃない?」

梨子の一言に、進は驚いたように目を見開く。


「そうか……それは、思いつかなかった」

頷きながら、しみじみと呟く。

「梨子、ありがとう。今度、正式に話をしてみよう」


このとき、誰も気づいていなかった。

梨子の何気ない提案が、一之瀬花音の運命を大きく変えるきっかけになることを。


高橋家の食卓は、今日も穏やかに、にぎやかに時を刻んでいた。



高橋家では食事の後片付けも終わり、梨子がそろそろ帰ろうとしていた。


「もう帰るのか?」

進が声を掛けると、梨子はバッグを手に立ち上がりながら言う。


「はい。今日は早く寝て、明日は論文の続きを進めたいので」

「ほう、頑張ってるな」

「ありがとうございます。……でも、まだ担当教員が忙しくて全然見てもらえなくて」


進は少し考え込むような表情を見せる。そしてふと口調を変えた。


「よし、“わし”が指導してやろう!」


その言葉に、幸恵と千晴が顔を見合わせて吹き出しそうになるのをこらえる。

進は何か格好つけたいときだけ、突然一人称を“わし”に変えるのだ。

しかも、本人はそれが全く似合っていないことに気づいていない。


「やったーー!進お父さんが教えてくれる!!」


──ここにきての“お父さん”呼びに、進の鼻の下がぐんと伸びる。


梨子は、別に進に卒論を手伝ってもらうことを狙っていたわけではない。

けれど、この“お父さん呼び”だけは——

ここぞというときの切り札として、ちゃんと取っておいたのだ。


「ふふっ」

幸恵と千晴は、梨子のしたたかさに気づいている。

それでも進は気分を良くして、まんざらでもない顔をしていた。


「4人目の娘か……娘は何人いても良いものだな」


しみじみとそう呟く進の横顔を見ながら、千晴は思う。


(やっぱり梨子は最強ね)

そしてもう一つ――

(……愛娘の立場も取られそうね)


もちろん、今は冗談半分だった。

けれどこの“最強の妹”には、少し先の未来で、“愛娘”どころではない立場を、一時的にとはいえ奪われることになる。

千晴は、まだそれを知らない。


玄関に立った梨子は元気よく振り返り、

「それじゃ、また明日来ますね! お父さん、お母さん、お姉ちゃん!」

と笑顔で言い残して、帰っていった。


その声が消えた後も、高橋家にはほんのりと、にぎやかな余韻が残っていた。



朝食を終えた梨子が、高橋家にやってきた。


「たのもーっ、修行を受けに参った!」


勢いよく玄関を開けた梨子の芝居がかった第一声に、千晴は思わず吹き出した。


「なによそれ、朝から元気ね」


そこに進も顔を出す。


「ふっふっふ……わしの修行は厳しいぞ。耐えられるかな?」


「望むところっ!」


「はいはい、二人で仲良くやってなさい」


千晴は軽く笑いながら、ふたりを書斎へ送り出した。


梨子は進の書斎にノートパソコンを広げ、準備中の卒論を立ち上げる。

大型モニターに接続させてもらい、快適な作業環境を整えた。


進のこだわりで広く設計された書斎には、二人が並んで座っても窮屈さは一切なかった。

本棚には専門書がずらりと並び、デスク周りも整然としていて、学者の“現場”としての重みを感じさせる。


「まずは、今の状態を見せてみなさい」


進の声に、梨子は準備しておいた論文の草稿をさっと差し出す。

紙面には要所に蛍光ペンが引かれ、メモ書きも添えられていた。

その整然とした作業ぶりに、進も思わず感心する。


少しして、様子を見に来た千晴に進が声をかける。


「データの方を見てやってくれないか」


「わかったわ、お父さん」


千晴は、もし美由たちに同行することになった時のために、昨日今日と休みを調整していた。

思わぬ形でその時間が活かされることとなった。


千晴がデータ面のチェックを行い、進は論文構成の改善点について具体的なアドバイスを続ける。


「論文の構成が曖昧だな。読者の理解の流れを意識して、情報を並べ直すように」


教育者としての厳しい一面が覗いた瞬間だったが——


「はいっ、お父さん、梨子がんばるっ!」


そう返されると、進の顔は一瞬にして綻んだ。

だが、その表情を見た千晴が、呆れ顔で視線を送ってくるのに気づき、すぐに顔を引き締める。


なお、梨子は普段「梨子」とは自分を呼ばない。

だが、今のように——効果的だと分かっている時だけ、使うのだ。


今年67歳になる進は、22歳の梨子に、まんまと転がされている。


それを誰よりよく理解している千晴は、ただ静かに、心の中でつぶやく。


(やっぱり私の妹は最強ね)


その日、初日の指導は、昼食をはさみ、夕食までびっしりと続いた。



高橋家の夕食には、美晴も同席していた。

彼氏の家から戻ってきたのは、ちょうど食卓を囲む直前のタイミングだった。


「梨子ちゃん、来てたの!」

玄関をくぐるなり、美晴は明るい声を上げる。


「美晴お姉さん、こんばんは。

今日は進お父さんに、卒業論文の指導をしてもらってるの」

梨子はぺこりと頭を下げながら、当然のようにそう言った。


「進お父さん?」

一瞬きょとんとした美晴だったが、すぐに表情を緩めた。

聡明な彼女には、それがどういう意味かすぐに伝わったのだ。


「……お父さん、懐柔されちゃったのね。

まあ、時間の問題だと思ってたけど」


「へっへぇ〜。進お父さん、優しいよ」

梨子はにこにこしながら、得意げに言う。


そのやりとりに、隣にいた千晴も思わず肩を揺らす。

姉妹で顔を見合わせて、同時に小さく笑った。


その光景を見つめながら、幸恵の胸にもふと穏やかな思いが広がる。

「……うちも、賑やかになったものね」

そんな風に、心の中でしみじみと呟いていた。


夕食後も、進の熱のこもった指導は続いた。

論文の構成や資料の取り方、先行研究の扱い方まで、進は真剣に、けれどどこか楽しげに話していた。

梨子も真剣に耳を傾け、時に鋭い質問を差し挟みながら、すっかり“弟子”の顔になっていた。


そしてその夜、梨子は高橋家に泊まっていくことになった。


「お風呂、もう沸いてるから先に入ってきていいわよ」

「ありがとう、お母さん!」


そう言って、まるで自分の家であるかのように自然に2階へ駆け上がっていく梨子。


その後ろ姿を見送って、姉妹はふたたび目を見合わせた。


「……梨子ちゃん、すっかり馴染んでるわね」

「うん。なんだか、昔から家族だったみたい」


千晴はぽつりと呟きながら、ふと心の中で思った。


(お父さんも、お母さんも、お姉さんも……みんな嬉しそう。

“みんな幸せが一番!”──か。うん、その通りね)


高橋家に新しくできた末娘こそが、

その「幸せ」の中心にいるのは、きっと間違いなかった。



高橋家の朝。


「いただきます」


梨子は手を合わせ、まるで儀式のように丁寧に一礼した。


「あぁ、やっぱり幸恵お母さんの朝食、最高……っ!」


ご飯と味噌汁、焼き魚と小鉢、だし巻き卵。

どれも手が込んでいて、なおかつ毎日でも飽きない味だった。


食卓には進と美晴。

千晴は今週、遠方の現場対応が続いており早朝に出発していたため、朝食は別だった。

幸恵もそれに合わせて早めに朝食を済ませていた。


「ふむ。やはり朝は和食に限るな」


進は以前、パンとコーヒーだけで済ませて足早に大学へ向かう生活だったが、最近は違った。

朝食を共にする日が、すっかり増えていた。


「五臓六腑に染み渡ります……」


そんな表現をする美晴も、かつては朝から晩まで大学に入り浸っていたはずだ。

この三人が同じ食卓を囲むなど、ほんの数ヶ月前まではほとんどなかったことである。


(全部、梨子ちゃんのおかげね)


幸恵はふと、しみじみとそう思った。

少し大げさかもしれないが、家族の変化は確かに彼女から始まっていた。

そして、そんなふうに思っていれば――みんなが幸せなのだ。


「ごちそうさまでした!」


食器を下げ、大学へ行く準備を始める梨子。

すでに高橋家には着替えもスキンケアも一式そろっており、まるで“第二の家”だった。


「お姉ちゃん、一緒に大学行こう!」


梨子が美晴の手を取り、嬉しそうに駆け出す。


「あん、梨子、走らないで!」


そう言いながらも、美晴の表情はどこまでも優しかった。


「……美晴とも、すっかり本当の姉妹みたいね」


「そうだな」


その後ろ姿を、進と幸恵は笑顔で見送った。

高橋家には、かつてなかったあたたかな日常が流れていた。



その日、大学から帰宅した梨子は、再び進の指導を受ける。

夕食を終えた後は、翌日の講義に備える進に配慮して、シェアハウスへと戻った。


翌日、進の研究室に顔を出した梨子は、朝から晩まで籠もって論文の最後の詰めを仕上げた。

仮説の整理、グラフの再配置、注釈の見直し。

「論理構造は綺麗にできてる、あとは数字にもう一声説得力を加えたい」

そんな進の助言に応じ、梨子はデータ分析を微調整した。



そして5月最終週。

梨子は第一稿を教授に提出する。


論文に目を通した教授は、最初の数ページで目を見開き、以降は文字通り引き込まれるように読み進めた。

だが、表情を整えると、こう言った。


「非常に完成度の高い論文だ。が……」


言葉を切り、少しだけページをめくる指が止まった。


「ここ、この統計処理の部分。仮説との整合性は感じるが、やや根拠が弱いな」


それは本質的な欠点というより、**他の学生との評価バランスを取るための“建前”**だった。

教授は“優等生を贔屓している”という批判を避けるため、少しだけ修正すべき点を設けることにしたのだ。


梨子はその意図を理解した上で、うなずいた。


「はい、ありがとうございます。すぐ直します」


帰宅後、千晴のアドバイスも受けながら、その箇所を丁寧に修正。

そして、6月第1週には完成稿を再提出する。



その提出の速さと質の高さに、教授は舌を巻いた。

「これは……異例の速さだな」

思わずそう口にしたほどだった。


数日後、その報告を受けた経済学部長――鈴木教授は驚嘆した。


「……これが本当に学部生の論文か?

ベテランの院生でも、こうはいかない。

……いや、これは高橋進の論文指導の跡が感じられてくるな。なるほど、彼の従姪か」


それでも、血縁や指導を差し引いてなお、論文そのものが優れていることは疑いなかった。


鈴木は、すぐさま学内での発表推薦を決定。

さらに、学会でも取り上げる準備を始めた。



その夜、鈴木は進を酒の席に誘い、笑いながら言った。


「……いやぁ、高橋家の血筋は末恐ろしいですな」


酔った進は、グラスを傾けながら答える。


「うむ。わしの娘は皆優秀なのだよ」


鈴木は心の中でこうツッコんだ。


(阪本梨子は……娘じゃなくて従姪だろうが)


だが、口には出さなかった。

――まったく、その通りだと、心の底から思っていたから。


今回は、恋愛の駆け引きでも修羅場でもなく、

「家族になる」という物語でした。


梨子は血縁が判明したから家族になったのではありません。

彼女が空気を動かし、進を転がし、幸恵を笑顔にし、美晴を和ませた。

その結果として、自然に“家族の中心”へ入っていったのです。


千晴が築いてきた高橋家の空気を、

壊すことなく、むしろ豊かにする存在。


――やっぱり最強の妹ですね。


そしてこの「花音さんに声をかけてみたら?」という一言。

何気ない提案が、やがて大きな波を生みます。


物語は静かに、しかし確実に動き始めています。



次回、

美由の誕生日。


舞台は東武動物公園、そして東京ドームホテル。


二人きりの二泊三日。

動物園ではしゃぎ、スパで寄り添い、

そして――指輪。


“二番目でもいい”と言った彼女が、

この旅で何を手に入れるのか。


甘く、強く、覚悟を決めた女の物語です。


どうぞ、お楽しみに。

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