【第08話-07】それぞれの“一番”-和也・美由
誰かのために身を引くことは、本当に優しさなのでしょうか。
好きだからこそ譲る。
好きだからこそ背中を押す。
それは美しい選択に見えて――
実は一番、残酷なのかもしれません。
これは、千紗がまだ“自分の本心”から目を逸らしていた頃の物語です。
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【Scene02.1:1年前5月】
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その日、如月千紗は小泉晴道の部屋にいた。
いや、その日だけではない。ほとんど毎日のように、彼の部屋に入り浸っていた。
対戦ゲームをしたり、音楽を聴いたり、それぞれが読書をしたり。
他愛もない時間。けれど、そこに確かな温度があった。
ふとした瞬間、それは始まる。
晴道が千紗にキスをする。
激しくはない。優しいキス。だけど、ときおり情熱的になることもあった。
そんな時、晴道の手が千紗の胸に伸びることもある。だが、千紗が制すると、彼はすぐに引き下がった。
そういう日々が、当たり前のように、続いていた。
千紗は考える。
(こんなこと、続けてちゃダメだ。
自分が“真ん中”にいたら、いつまで経っても、前に進めない。
優香と晴道、ふたりの未来のために、そろそろ背中を押してあげなきゃ。)
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ゴールデンウィークが明けてすぐ、優香の誕生日がやって来る。
今年は平日だったため、当日に何かをするのは難しい。
けれど、土曜の夜、ご両親が不在になることを千紗はすでに確認済みだった。
その夜に、ささやかな誕生日パーティーを開こうと、千紗は考える。
そして自分が“ドタキャン”すれば、晴道と優香が自然とふたりきりになる——その筋書きだった。
「優香の誕生日パーティー、土曜にしない? 平日はなかなか時間取れないでしょ」
「うん、いいじゃないかな。これから受験勉強も大変になってくるし、ちょっと息抜きにさ」
事前に打ち合わせしていたわけではなかったが、晴道が自然に話を合わせてくれたのが、少しだけ嬉しかった。
「うん、わかった。お父さんとお母さんに聞いてみる」
優香もすんなり了承してくれた。
ちなみに、料理は美沙さんが作り置いてくれることになっている——その手配も、千紗は済ませていた。
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パーティーの前週、日曜。
千紗は晴道とケーキの予約に出かけていた。
(……デートみたい)
ドキドキしてしまう。
あのスカイツリータウンでのダブルデート以降、千紗は晴道とふたりで出かけるのを避けていた。
優香への遠慮だった。
けれど、部屋ではふたりきりで、キスまでしている。
——乙女心とは、つくづく複雑だ。
「デートみたいだな」
不意に晴道が言う。
その一言で、千紗の胸は大きく跳ねた。
(バカ。私をドキドキさせてどうするのよ。優香に言ってあげなさいよ)
そう思いながらも、千紗は晴道の腕にしがみつき、自慢の胸を押しつける。
「へー、可愛い千紗ちゃんとデートできて、晴道は嬉しいんだ」
「……そうだよ。悪いか」
彼の顔が赤くなったのは、照れか、胸の感触か——
どちらにしても、千紗にはうれしかった。
「ホールケーキ、4号でいいね?」
「えーと、4号って……あ、うん、いいね」
ケーキを注文したあとは、ぶらぶらとウィンドウショッピングをして、軽く食事をしてから帰宅した。
(晴道と優香の仲が進んだら、こんな時間も終わっちゃうのかな)
そう思ったら、急に寂しくなって、そっと晴道の手を握った。
彼はしっかりと握り返してくれた。
それだけで、涙が出そうになった。
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パーティー当日。
千紗は晴道と一緒にホールケーキを取りに行き、その帰り道で、自分の計画を打ち明けた。
「私はこのまま帰るから。優香とふたりきりで、ちゃんとお祝いしてあげて。去年の分も含めてね」
けれど——
「千紗も、一緒に来てほしい」
そう言われて、千紗はすべてを諦めた。
(もう……泣きそうなくらい、真剣な顔してるんだから……。
こんな顔、見せられて、一人にできるわけないじゃない)
小さくため息をつきながら、思う。
(“据え膳食わぬは男の恥”って言うけど、晴道には当てはまらないのね。……でも、そこが晴道なんだろうな)
ふたりはホールケーキを受け取り、マンションへと戻った。
千紗は晴道の一歩うしろを歩く。
ホールケーキを崩さぬように、慎重に運ぶ彼の背中を、いつまでも見つめていた。
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パーティーは穏やかに、にぎやかに進んだ。
いや、実際には千紗が盛り上げた。
三人の間に、優しい時間が流れていた。
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その日から、晴道のキスは少しだけ、情熱を帯びるようになった。
でも千紗は、その変化に気づかなかった。
ふたりの関係は、そのまま——
千紗の誕生日が来る、あの夏まで、静かに続いていくことになる。
今回は千紗の「身を引くつもり」の話でした。
優香のために背中を押す——
そのはずだったのに、晴道は千紗を選ばない。
誠実さは、時に残酷です。
三人の関係は壊れていない。
でも、確実に何かが動き始めています。
千紗の選択、どう見えましたか?
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次回、
ゴールデンウィーク初日。
舞台は高橋家。
“最強の妹”阪本梨子が、
家族の中心に入り込んでいきます。
賑やかな食卓。
自然な笑顔。
そして静かに広がる影響力。
梨子回です




