【第08話-04】それぞれの“一番”-和也・美由
――ここから、少しだけ空気が変わります。
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【Scene01.4:1年前4月】
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宿が昼食を準備してくれるということで、三人はそのあと、少し散歩に出ることにした。
中庭では、みいちゃんと再会した。
もう十四歳くらいか。さすがにおじいちゃん猫になってきた。
梨子が歌うように話しかける。
「猫さん♪ 猫さん♪ お名前なんていうの〜?」
「僕、みいちゃん。男の子だけど、“みいちゃん”までが名前だよ」
千晴が代わりに答えた。
「えー、なんで?」
梨子が聞くと、千晴はニヤニヤしながら答える。
「今度、花音に聞いてみなさい」
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新館の前を通ると、若い仲居とすれ違った。
「おはようございます」
「あっ、昨日お茶を持ってきてくれた仲居さん!」
「はい。若女将のお客様方ですね。特別室、いかがでしたか?」
「金の湯、すっごく気持ちよかったよ〜」
梨子は相変わらず人懐っこい。
ふと、その仲居は和也を見て顔を赤らめた。
(……おいおい、またかよ)
千晴は心の中で、思わず眉をひそめる。
「あの……そちらの男性の方は、若女将とは……?」
「え? 大学時代の知り合いだけど?」
和也は、美久や久美に話したのと同じ説明を繰り返す。
「あっ、ごめんなさい……とても素敵な方で……って、私なに言ってるんだろう……
その……若女将があなたに話されている様子が、とても親しげで……特別な関係なのかと……」
若い仲居はそう言って顔を赤らめる
「あの、私、和美といいます。若女将には“よく”していただいております」
──仲居失格だった。
お客様のことをそんなふうに評価したり、プライベートなことを探ろうとしたり。
葉月や冬美に知られたら、大目玉を食らうだろう。
そのとき、三人は同時にふと思い出した。
──ああ、花音が言ってた。「若女将の会」の、和美ちゃんか。
たったそれだけの情報で、目の前の可憐な少女が、なぜか妙に艶かしく見えるのだから不思議なものだ。
「こっちの高橋さんが若女将の親友でね。俺も、その繋がりさ」
「そっ、そうだったんですね。ごめんなさい、私、とんでもない勘違いを……」
──いや、勘違いじゃないのだが。
三人が思い出した通り、若女将の会・初期メンバーの和美ちゃんは、花音を深く愛していた。
昨日、花音が美久と久美の前で和也に話しかけた姿を偶然近くで目にして、その様子から二人の関係性を正確に見抜いた――はずだった。
だがたった今、その和也に一目惚れ。
花音への恋慕、和也への衝動的な想いのはざまで揺れ、少々とちくるった会話が続いている。
その一目惚れは、和也本人だけでなく、千晴や梨子にも丸見えだった。
(和也お兄ちゃん、さっすが〜)
(また、やっかいな事に……)
二人を感心させてしまうのも、いつものこと。
そして和也自身も──
(なんだよこれ……俺、もうすぐ26歳だってのに、まるでラノベの主人公か?』
”──“恋慕特異点”
とでも名付けるか……)
そんな厨二病めいた言葉が浮かんでしまっても、心の中だけの話なら、まあいいだろう。
「あの、もう一泊されるとお聞きしました。ごゆっくりなさってください。……またお会いできたら……
あっ、いえ、なんでもないです」
そう言って、和美は足早に立ち去った。
「可愛い子だったわよね」
千晴の目が、冷たい。
「和也お兄ちゃん、やっる〜〜」
二人の冷やかしの視線が、和也には少々つらかった。
そんなこんなでゆっくりしているうちに、約束していた昼食の時間になり、三人は別館の食堂へと向かうのだった。
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別館の玄関をくぐると、待っていたのは和美だった。
まさかの早すぎる再登場に、千晴も和也も思わず目を見張る。
「──あっ、和美ちゃん、さっきぶり♡」
梨子はすでにすっかり打ち解けていた。
「千晴様、和也様、梨子様。
わたくし和美がご案内を申しつかりました。こちらへどうぞ」
先ほどまでの素人らしさは影を潜め、今は堂々とした仲居の振る舞い。
とはいえ、まだ二年目。19歳という若さだ。
和美に先導されて食堂に足を踏み入れると──
「千晴様、お誕生日おめでとうございます!!」
そんな掛け声に迎えられ、壁には堂々たる横断幕。
和也と梨子は知らなかったが、これは4年前、千晴が初めて霞の里を訪れたときと同じスケールの“歓迎”だった。
「……恥ずかしすぎる……」
千晴はまだ、この場所の“本気”を読み違えていた。
女将の葉月、番頭の里見、仲居頭の冬美が勢揃いして、千晴を祝いに来ていた。
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その隙に、いつのまにか現れた庄蔵氏が、和也に声をかける。
「和也様、お久しぶりでございます。……ところで、そちらの可憐なお嬢様は?」
「私の可愛い従姉妹で、千晴の後輩の阪本梨子です」
わざわざ“可愛い”を強調する和也に、庄蔵氏は「ほう」と目を細める。
「梨子、こちらは庄蔵さん。ご隠居で、花音の爺やだ」
「ご隠居様!?爺や!?すごい!時代劇みたい!」
「はい、隠居の身にございます。姫がいつもお世話になっております」
「“姫”って……花音のこと?」
「そうですとも」
――芝居がかった返しに、梨子の目がさらに輝く。
(……あれ、本当だったんだ……!?)
そんな心の声が、顔に出すぎていた。
「こんな可憐な方にお会いできるとは!この爺や、感激にございまする!」
テンション高めな庄蔵氏に、千晴が戻ってきて言う。
「言ったでしょ。ここ、忍者の隠れ里なの」
そして小声で、
「番頭の里見さんは、花音の乳母だそうよ」
「すっごーい!忍者って本当にいたんだ!!」
──梨子の声が、食堂に響いた。
一瞬、元“草”の面々の動きが止まったが、
「私、忍術習いたいっ!」
そう叫ぶ梨子の明るさに、場がふわっと和む。
「修行は厳しいわよ。それでも良いの?」
いつの間にか近くにいた冬美の問いに、
「うん、頑張るよ!」
現金いっぱい答える梨子
和也はその様子を見て、内心で呟く。
(……ただでさえ無敵の梨子が、忍術まで極めたらどうなるんだか)
「忍法・雲隠れ!」
「……あれはね、呼吸と体幹が大事なの。静から動を一瞬で切り替えるのよ」
「それに、相手の視線を見極めるの。一瞬の隙に動けば、視界に入っていても認識されなくなるの」
──冬美はたぶん、本気だ。
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食堂には料理がずらりと並べられていた。
立食形式のパーティ。シャンパンも用意されている。
時刻はチェックアウト直後の昼下がり。
本来なら従業員の休憩時間のはずだが、今日非番の仲居たちが準備を手伝い、板場の職人も協力してくれたという。
「板場のみんな、千晴姉さんにすごく感謝してるのよ」
花音がそっと教えてくれた。
集まった仲居は若い子ばかりで、和美を筆頭に“若女将の会”のメンバーばかりだった。
「それじゃあ──かんぱーい!!」
花音の掛け声でパーティが始まる。
料理は大量にあり、途中から非番でない従業員たちも入れ替わりで顔を出した。
新別館の準備で急増したスタッフたちの親睦を深める、レクリエーションを兼ねた宴なのだ。
──
千晴も、勧められるままにシャンパンを口にしていた。
すっかり上機嫌。
「千晴、アルコールはそれくらいにして。後はノンアルにしなよ」
和也が優しく声をかけ、隣に寄り添う美由がノンアルのグラスを渡す。
「……なによ、仲良さそうじゃない……」
千晴の心に、うっすら嫉妬の影が差す。
その横で、和美が話しかける。
「あの、和也さん……また会えて、嬉しいです」
その姿を見て、千晴の心はさらに複雑になる。
「和也さん、モテモテね」
由美が横から笑う。
「そうよ、“今は”私の彼氏なのに、“今日は”私の誕生日よ!!」
「まあまあ。この後は二人でシッポリするんでしょ」
「梨子も一緒よ!」
「……はは、そっか」
──由美は思う。
(……シッポリは否定しないのね)
「ごめんね。今日は休み取れなくて。本館に私のファンの常連さんが来てて……これから遅番なの」
「そっか、お仕事なら仕方ないよね」
和美のこと、そして和也のこと。
いろんな感情が渦巻くなか、千晴はふと呟く。
「みんな、幸せが一番……かもね」
「なぁにそれ?」
「私の妹は、世界最高ってことよ」
千晴は笑って答えた。
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やがて、仕事組は職場へ戻り、非番の仲居たちは後片付けに入る。
「花音、ありがとう。……こんな素敵な誕生日パーティー、人生で初めてよ」
「ううん、みんな千晴姉さんのこと大好きだから、喜んで準備したの」
「私は片付けの指揮があるから、先に部屋へ戻ってて。後で行くわ」
「うん、ありがとう。待ってるわ」
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この時、千晴はまだ知らなかった。
花音が“とんでもない爆弾”を持ってくることを。
だが、注がれるままに飲んだシャンパンが効いて、もうほろ酔いどころではない。
千晴はご機嫌そのものの顔で、ふらふらと特別室へ向かっていった。
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特別室では、千晴が上機嫌だった。
酔いが回って、目尻は下がり、頬はほんのり桜色。
そして和也もまた、顔には出さないタイプだったが──
若い仲居たちが次々とやってきては熱っぽい視線を注ぎ、次々にグラスへとシャンパンを満たしていくうちに、すっかり出来上がっていた。
だから──
「……俺の“恋慕特異点”、マジでヤバいな」
などと、中二病めいた発言を漏らしてしまったことにも気づかずにいた。
ただ一人、いくら飲んでも変わらない梨子だけが、
(これは、面白くなりそう♪)
と、頬杖つきながらほくそ笑んでいた。
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やがて、ふわりと障子が開き、花音が現れる。
その後ろには、美由と和美の姿もあった。
「美由に和美ちゃんも来てくれたの?」
千晴はすっかり酔った笑顔で手を振った。
「美由はね、忘れ物したって」
「──あっ、バニースーツ!」
梨子がにっこり笑って応えると、美由が肩をすくめて小さく縮こまる。
「和美はね、もっと和也とお話ししたいんだって」
花音は平静を装っているが、実は彼女もだいぶ酔っていた。
若女将としてシャンパンを注がれるたびに飲み干し、さらに片付けの際、開いたボトルを見て「高いのに勿体ない」と一気に飲み干したのだ。
そして、美由もまた──
昨日、和也に気持ちを伝えたばかりの照れ隠しに、グラスを重ねすぎていた。
ちゃっかり和也の隣をキープしながら、嬉しさと恥ずかしさを酒でごまかしていたのである。
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女三人寄れば姦しいとは言うが、
今この部屋には、酔っ払い女が四人いた。
……姦しいどころの騒ぎではない。
梨子は面白がってさらに場を煽り、
唯一素面と思われていた和美までもが、
ちゃっかり和也の腕にぴとりと寄り添っていた。
──そして、その和美。
仲居姿では分からなかったが、今は清楚なワンピース。
その下には、思わず目を奪われるロリ巨乳。
しかも谷間はしっかりと“見せる前提”でつくられていた。
理性を保ちきれない酔っぱらい和也は、堂々と眺め──
鼻の下を伸ばしていた。
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しばらく恋バナで盛り上がった後、梨子がさらりと言う。
「ねえ、美由さん──あれ、着てみせてよ」
指さしたのは、美由が忘れていったバニースーツ。
「えっ、ムリムリ、恥ずかしいよっ!」
「大丈夫♡ 私たちもコスプレするから」
千晴と梨子が寝室に消え、しばらくして現れたのは──
メイドさん。
だがその衣装は、ただのメイド服ではなかった。
胸下を絞った黒のコルセット風デザイン。
スカートは超ミニ。
一歩前に屈めば、お尻が見えてしまいそうなギリギリ設計。
「最高だッ!!」
おっぱい大好き和也の目が輝く。
対抗心を燃やした美由が立ち上がる。
「わ、分かった……私も、着る!」
寝室から出てきたバニー姿の美由に、女子陣から「おぉ……」とどよめきが上がる。
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すると今度は花音が言った。
「私も、何か……着ようかしら」
梨子がにやりと笑う。
「そう言うと思って、ちゃんと用意してあるよ。
和美ちゃんには、私の予備を貸してあげるね」
そして数分後──
「……これって、コスプレって言えるのかしら?」
花音が姿を見せる。
それは──
パツンパツンの白ブラウスに黒のタイトスカート。
網タイツにガーターベルト、手には教鞭、伊達眼鏡。
誰がどう見ても“セクシー女教師”だった。
しかも、ブラウスのボタンが今にも弾け飛びそうで──
教壇に立つどころか、教室がざわつくレベルである。
そしてその瞬間。
それを見た和也は、顔を左手で押さえた。
そして──
右手をグーで突き出し、
左手を下ろすと同時に、最高の笑顔でサムズアップ!
なぜかスポットライトのような謎の光が彼の白い歯を照らし出し──
もはや、言葉すら必要なかった。
「なっ、なんてスケベな顔をする生徒なのかしらっ!」
花音は頬を染めて目を逸らし、教鞭で和也の頭をペシペシ叩いた。
続いて登場した和美は、夏制服風の女子高ブレザー。
──だが、それは量販品のペラペラな作りで、それが逆に妙なエロスを醸していた。
しかも胸が布を押し上げ、パツンパツン。お腹は丸見え。
スカートは、見せる気がなくても見えてしまうギリギリ設計。
「……負けた……」
梨子が膝から崩れ落ちた。
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和也の周りには、
ミニスカエロメイド、
完璧バニーガール、
網タイツ女教師、
制服ロリ巨乳が取り囲んでいた。
恋慕特異点、ここに極まる──。
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その後の話題は、いつのまにか下ネタに移っていた。
美由が二股の初体験をさらりと暴露し、
「次、千晴さんの番ね♪」と当然のようにパスが回る。
千晴も、酒の勢いで話し始めてしまった。
「引っ越しを手伝いに行ったの……遅くなっちゃったから、泊まっていけって言われて……」
(その相手は俺だ)
和也はうつむき、顔を真っ赤にしていた。
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梨子の番になり、さらなる地雷が投下される。
「私はね、大学入ったら絶対恋するって決めてたの。
で、最初に告白してきた人と付き合って──初体験もしたの。
……でも、本当の意味で“女”にしてくれたのは、和也お兄ちゃん!」
「なっ……!?」
和也の顔がこわばる。
そして、花音。
「……私ね、女の人としか経験なかったの。
それで男性では、和也が初めてよ」
──任務外での初めて。ある意味、真実だった。
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そして最後に、和美。
「私、男の人はまだです。
でも女の人なら、たくさん──」
そう言って、花音をちらりと見る。
「和美は可愛いわよ」
──どこがだ?
和美が、真っ直ぐに和也を見つめた。
「初めての相手は……和也さんが、いいです」
──その瞬間、場が凍りついた。
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しかし、ここには酔っぱらいしかいなかった。
変わらずに見える梨子も、実はしっかり酔っていた。
いや、梨子なら本当に素面でも言うかもしれないが──
どちらにしろ、沈黙を破ったのは彼女だった。
「良いんじゃない。
和也お兄ちゃんはテクニシャンよ!
きっと最高の初体験にしてくれるよ♪」
にこやかに宣言すると、もう反対意見は誰も出せなかった。
昨日までの千晴なら、赤面しながら泣きながらでも否定していたはずだった。
だが今は違う。あの夜、胸の中に潜ませていた「本音」が、酔いという潤滑油で外に零れ落ちていった。
そして、彼女の《無限役割》は、すでに解けていた。
それでも千晴がまだ和也を好きなのは、本心の証拠。
けれど──千晴本人はまだ、そのことに気づいていなかった。
そして今の彼女は、酷く酔っていた。
反対意見は──出なかった。
一番動揺したのは美由だったが、彼女は最初から「女性だらけの和也」を受け入れて告白していた。
……諦めもあった。
そして、美由もまた酔っていた。
反対意見は──出なかった。
花音は元より感性がズレている。
加えて酔っていたので、大賛成だった。
当の本人・和美は、自分が言い出した手前、もはや引くに引けなくなっていた。
そして彼女もまた──雰囲気に酔わされていた。
「ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
──何か、どこかが間違っている気がした。
でも、もう仕方ない。
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せめて皆の視線がないところで。
その程度の良識は働き、寝室でふたりきりになった。
ただし、襖一枚挟んだ向こうで、他の4人が固唾をのんで耳を澄ませているという事実は変わらないが。
「キスしてください」
それが開始の合図となった。
和也の唇が触れると、和美はうっとりと目を閉じた。
「可愛いよ」
「幸せです……」
──その後のことは、静かに──しかし確かに、進んでいった。
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梨子にこにこ微笑んでいた
美由は一人心を痛める
(愛しい和也が……あの和美と……)
花音は花音で、
(和美を仕上げておいて良かった)
と、酔いながらも妙な満足感を感じていた。
千晴は──その声に、頭がおかしくなるほど興奮していた。
(私の和也が……出会ったばかりの少女と……)
その光景は、嫉妬でも、羨望でもない。
ただ胸の奥が、掻き回されるように熱かった。
そして自分の身体が、熱に引きずられるように疼いていた。
──そして、静寂が訪れた。
梨子が襖を開けた。
和也は、未だ和美の上にいた。
やがて、彼はそっと身体を離す。
梨子が言った。
「さあ!始めましょう♪」
誰も“何を”とは言わなかった。
それは、かつて新倉南が口にした合図。
だが、あのときと違い、支配的ないやらしさはなかった。
天真爛漫な、いつもの梨子だった。
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それは筆舌しがたい狂乱だった
それが延々と続くかに思われた
しかし一人一人と崩れ堕ちていった。
――それでも、物語は前に進みます。




