【第07話-10】恋と欲と日常のあいだ-千晴・和也
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【Scene10:1年前1月】
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元旦の朝、千晴と和也は地元の神社へと向かっていた。
お参りという名目の、堂々としたデート。
── もう、誰の目も気にしなくていい。
それはすなわち、和也の“立場”が守られたことの証でもあった。
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事の発端は、前年11月頃。
和也と新倉南が別れたという噂が、大学内で広まりはじめていた。
あれほど親しげだった南が、突然和也との接触を絶った。
その変化だけで、大学という狭い社会では十分に噂の火種となる。
そして同月末、決定的な“目撃”が起きる。
和也の従姉・阪本梨子がふらりと訪れた折、
千晴が和也の部屋から出てくる姿を目撃したのだ。
もちろん、見られていることに千晴はまったく気づいていなかった。
── それほどまでに、彼女は浮かれていたのだろう。
梨子の口から漏れ出たその話は、瞬く間に学内へと広がり、
やがて大学上層部の耳にまで届くことになる。
ちょうどその頃、ある准教授が複数の女子学生と不適切な関係を持ち、謹慎処分となっていた。
そして和也はよりにもよって、その後継者候補
そのため、大学側は極めて慎重に、和也の交際関係に対する調査に乗り出した。
最初に事情聴取を受けたのは、新倉南だった。
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南は冷静だった。
── いや、冷静を装った“完璧な火消し役”だった。
「はい、上嶋先輩には私から強引にお付き合いをお願いしてしまって……
でも、1年ほど交際する中で、自分の未熟さを痛感しまして。
一度距離を置きたいと思い、私から別れを申し上げました」
──そして大学側は、さらに一歩踏み込む。
「上嶋が、他の女性と現在関係していることはご存知でしたか?」
南は間髪入れず、にこやかに返した。
「……高橋先輩のことでしょうか?
上嶋先輩が、以前お付き合いしていた方だと伺っております。
ご存知なかったんですか?」
── 過去の和也と千晴の交際は、千晴の希望で徹底的に秘密にされていた。
さらに大学の上層部が、そんな個人の私的な恋愛事情を把握しているはずがない。
そのことを百も承知の上で、南はあえて“高橋先輩”と名指ししたのだった。
「私が交際をお願いした当時には、すでに疎遠だったと聞いています。
ただ、形式的には“別れ話”はされていなかったようで……
その点も承知の上でお付き合いをお願いしました。
ですので、私が先に別れを告げた後に復縁されたとしても、
……それはもう、仕方のないことではないでしょうか?」
あまりにも出来すぎた説明だった。
だが、元恋人をかばう“健気な少女”を演じきった南に、
大学の上層部──特に年配の男性たちは、あっさりと懐柔されてしまう。
しかも南と和也は、事前に連絡を取り合っていた。
万が一、同日に事情聴取が行われたとしても、
矛盾が生じないように、すでに綿密な口裏合わせがされていたのだ。
こうして、和也の大学内での立場は守られた。
そして南にとっても、この対応は「和也との復縁」への盤石な足場となる。
──やはり、新倉南。恐ろしい子だった。
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そして、冒頭の元旦の風景へと戻る。
和也の立場は守られたが、
和也と千晴の関係が順風満帆だったかといえば、決してそうではない。
なぜなら──
和也を挟んで反対側に、従姉妹・阪本梨子がぴたりとくっついていたからだ。
千晴はその様子を見て、すでに聞いた話を蒸し返す。
「あなた……『今、和也お兄ちゃんに未練があるわけじゃないから』って言ってなかった?
『今ね、好きな人がいるの。だからおばあちゃんち、出たかったのよね〜』って」
梨子は悪びれる様子もなく、笑って返す。
「も〜、この前も言ったじゃない。もう別れちゃったの。
でね、最近の和也お兄ちゃん、前より格好よくなってて……ズキューンと来ちゃったの♡」
── 和也、モテ期真っ盛り。
近寄る女性のハートを、なぜか次々と打ち抜いてしまう。
御年25歳。
ラノベ主人公としてはやや年季が入っているが、
いまの彼はまさに「ハーレムラブコメ」の主役そのもの。
……だが、彼の未来はすでに定められている。
── 新倉南の尻に、しっかりと敷かれる運命。
最近それは、さらに磐石なものとなったばかりだった。
まあ、それまでは──ご自由に。
美少女たちとの交流を、存分に楽しめばいい。
本人の意思にかかわらず、それもまた、あの
『運命改竄の魔女』
の影響なのかもしれないのだから。
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幸い──かどうかはともかく。
昨年末、千晴の元に届いた由美からの連絡は、和也の“負担”を少し減らしてくれていた。
『美由ね、もうそっち行かないかも』
「え? 何かあったの?」
『うん、クリスマスイブにね。出入り業者の、同い年の男の子から告白されて。
その子ね、ちょっと和也さんに似てるの。……美由、オッケーしちゃったのよね』
「……そっか。少し、寂しいな」
『そうそう、私もね、高校時代の彼から連絡があってさ──
”郡山で会社立ち上げるから、やり直さないか”って言われちゃって。
で、庄蔵おじいちゃんに調べてもらったら、将来有望っぽいの。
だから、復縁しようかな〜って♡』
「……自分の人生を“ついで”みたいに語るな!
ていうか庄蔵さんをそんな調査に使うな!!」
思わず、電話越しに怒鳴る千晴。
そんなやりとりがあった後だった。
── 和也の周囲が少し静かになる……はずだったのだが。
この年明け、梨子が“参戦”してきてしまった。
── どうなることか。
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時は、確実に進んでいく。
そして、今の千晴と和也の関係が、このままでいられる時間も長くはないだろう。
けれど。
それでも、“いま”という瞬間を噛み締めていたい。
それが、千晴の素直な願いだった。
次回、
距離が縮まるのは、恋だけとは限らない。
休日ごとに顔を出す後輩。
軽口を叩き合い、スイーツを食べ、並んでチョコを作る日々。
気がつけば――
“彼をめぐる関係”だったはずの二人は、
どこか不思議な友情で結ばれていた。
理想のお姉ちゃんと、少し生意気な妹分。
その絆は、どこへ向かうのか。
冬の終わり。
新しい関係が、静かに形を変えていく。




