【第07話-09】恋と欲と日常のあいだ-千晴・和也
関係を取り戻した三人は、
もう一度「並んで立つ」ことを選びました。
けれど、取り戻したのは“元通り”ではありません。
それぞれが想いを抱えたままの、少しだけ不安定なバランス。
今年のクリスマスは、四人で過ごせる最後の年かもしれない。
そんな予感を胸に、準備は静かに始まります。
荒稼ぎしたバイト代。
手作りの料理。
女性陣からのプレゼント。
そして――
言葉にしきれない、まっすぐな気持ち。
駆け引きよりも純粋さが勝る、
冬の夜の物語です。
──
【Scene09:2年前12月】
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東京スカイツリーでのタブルデートをきっかけに、関係修復を果たした千紗と優香。
あれからのふたりは、同じ目標に向かって再び並び立っていた。
「今年のクリスマス、たぶん皆で過ごせる最後の年だよね」
そう言って、ふたりは11月の後半から、ゴールデンウィークに働いたショップに再び顔を出していた。
学校の規則により、勤務は土日限定。しかもクリスマス当日は不可。だから10日間限定の短期バイト。
店側も特設Webページを用意するほどの気合の入りようで、大繁盛は確実だった。
バイト代は、今年のクリスマス会のための資金に充てられる。
カラオケ付きのパーティールームを借り、オードブルを持ち込み、夜通し4人で盛り上がる――そんな計画だ。
幸いなことに、全員が保護者からの信頼は厚く、その程度の自由は黙認されていた。
千紗と優香は、そんな夜のために予算を用意するつもりだった。
そして、あのお迎えナイト――小泉晴道も再び“雇用”された。
武も「俺も働く!」と意気込んだが、サッカー部は今が最も忙しい時期。
地区大会決勝が控えていた。幸運なことに、試合は24日午前。25日には予定がなかった。
「予算のことは気にしないで。あなたは試合に集中しなさい」
千紗はそう言って笑った。そして本当に、自分たちだけでしっかり荒稼ぎしてみせた。
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24日 午前中──
パーティールームでは、千紗と晴道が着々と準備を進めていた。
メインのチキンとローストビーフは市販品だが
それ以外のオードブルは、美優お母様の手作り。今日はその運搬と設営まで手伝ってくれていた。
「さて、お邪魔虫はそろそろ退散するわね」
「……あまり羽目を外さないようにね。1時には洋介さんが迎えに来るわ。日が変わったら、ちゃんと片付けを始めるように」
そう言い残して、美優は颯爽と帰っていった。
氷室家の剛志さんは出張中、高村家や如月家の車は小さくて4人の子供たちと持ち帰る荷物を同時運搬は難しく
迎えは車が大きかった小泉家の洋介の役割となった。
ふたりきりになった部屋に、少しだけ静けさが戻る。
「今日は楽しもう!」
千紗が言うと、晴道の表情が少し変わった。
自然と距離を詰め、そっと千紗の肩に触れる。
「もう、今日は4人で遊ぶ日なの」
そう言いながら、千紗は少しだけ背を伸ばし、彼にキスを重ねた。
今のふたりは、もう自然に唇を交わす関係になっていた。
でも、それ以上のことはしていない――千紗は、そう自分に言い聞かせていた。
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午後2時すぎ──
ようやく、武と優香が現れた。
武は無言でサムズアップをしてみせたが、白い歯は不自然に光らなかった。
「……すまん、負けちまった」
「でもね、武。大活躍だったのよ!」
晴道も千紗も、武の“清々しさ”が嘘だとすぐに見抜いた。
きっと、シャワーで涙の痕を洗い流してきたのだろう。試合後には、きっと大泣きしていたに違いない。
だから今、隣にいる優香はそっと彼を支えていた。
その優香の表情は――どう見ても、愛する人を見守る眼差しだった。
千紗はふと、思う。
(これでまだ“晴道が好き”って言い張るんだから……乙女心は謎よね)
しかし千紗は今後も優香と晴道の仲を応援しようとする。
第三者からすれば千紗こそ「乙女心は謎」なのだが、本人にはその自覚が無い。
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「さあ、パーティーの開始よ!」
千紗が元気よく宣言する。
今回のクリスマスパーティーは、“自分たちの手で作り上げること”を目標にしていた。
だからこそ、美優お母様が「チキンとローストビーフくらい、私が作るわよ」と申し出てくれたのを、あえて断った。
皆で選び、自分たちのお金で購入する。
出費はどうしても女性陣の割合が多くなってしまったけれど──
武はサッカー部の試合でバイトができなかった。
晴道も「武に気を使わせたくない」と自らバイトを控えていた。
だからその分、千紗と優香が“荒稼ぎ”してカバーしたのだ。
それでようやく全員が納得し、開催にこぎつけた。
そして、プレゼントもあえて「女性から男性へ」のみにすることで、男性陣を負担を減らした。
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皆、お昼ご飯がまだだったので、プレゼント渡しは後回しにして、まずは料理を囲むことにした。
チキンとローストビーフは事前に予約していた市販品で、午前中に晴道が受け取りに行った。
その間、千紗は美優お母様と一緒に、それ以外のオードブルの仕込みを手伝っていた。
パーティールームには本格的なキッチンも備え付けられており、
武と優香が到着する直前には、すでに料理の温めも終わっていた。
すぐに食事を始められる、完璧なタイミングだった。
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「チキンはまだ切ってないの。これ、見せ場だから」
そう言って、千紗が器用にチキンを切り分けていく。
「おおー! すげぇ!」
「映えるなあ!」
男性陣が感嘆の声を上げる。
「優香、絶対手を出さないでね。あんたドジなんだから、ケガするに決まってるわ」
「そんな~……」
優香は少し不満げにしながらも、素直にコーンスープの取り分けに回る。
自分の“自覚”があるのか、反論は控えめだった。
「いただきます!」
全員の声がそろい、宴が始まる。
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「このチキン、うっま!」
「一羽で足りるか、これ?」
「ローストビーフも絶品ね」
「評判調べて選んだ甲斐があったわ」
盛り上がる食卓。男女問わず、顔がほころぶ。
「そういえば、チキンとローストビーフ以外は手作りだって言ってたよな?」
ふと晴道が気づいて口にする。
「うん。フライドポテトはチキンに付いてたやつだけど、それ以外は全部、ね」
千紗が誇らしげにうなずく。
「え、コーンスープ……すっげーうまいけど」
武も驚いたように箸を止める。
「うちの手作りよ。コーンスープは私が作ったの」
千紗は豊かな胸を張る。
「じゃあ……このポテトサラダも?」
優香がそっと聞く。
「それは美優お母様。普段の夕食ならパッケージ使うけど、イベントの時は手作りにするの。
私だって、すぐこれくらい作れるようになるわよ!」
小さい頃から料理を手伝っていた千紗は、まるで戦果を報告するかのように自信満々だ。
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「……私、勝てないかも」
ポツリとつぶやく優香。
実は、幼い頃から“ドジ”を気遣われ、母・美沙にあまり料理をさせてもらえなかった。
その優しさが、今は少しだけ重く感じられた。
そんな優香に、武が声をかける。
「意外に思われるかもしれないけど……俺、料理結構得意なんだぜ。だから、大丈夫」
直球すぎるその言葉は、なぜか逆に届かない。
千紗と晴道が、思わず目を合わせて苦笑いする。
──そんな、青春の一幕だった。
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食事を終え、腹ごなしの時間がひと段落つくと、いよいよプレゼントの時間がやってきた。
千紗から晴道へのプレゼントは、
秋のゲームショーデートで体験した最新の対戦ゲームだった。
「これ、あのデートの時のやつ! 楽しみにしてたんだ、ありがとう!」
(……あっ、ちゃんと“デート”って思ってくれてたんだ……)
千紗はひとり、顔を赤らめる。
ちなみにこのゲームは、小泉家に千紗兄から“お下がりのゲーム機”を設置する言い訳にもなり、
後々、二人の距離がさらに縮まるきっかけになるのだが
今は語らないでおこう。
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優香から武へのプレゼントは、なんと手編みのマフラーだった。
自分でもよく分からない気持ちのまま、気づけば仕上げてしまっていた。
「たまたまよ。たまたま作っちゃったから……あげるだけだからねっ!」
そう言い張る優香に、武は感激のあまり言葉を失う。
彼がこのマフラーを身につけて、少し先の未来――優香に告白しに行くことになるのだが、
その結末も今は語らないでおこう。
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千紗から武へのプレゼントは、名前入りのスポーツタオルとミサンガ。
「今日の試合、応援に行けなかったからね。
スカイツリー以降、武は部活で忙しくなって、なかなか誘えなかったし……そのお詫びも兼ねて♪」
そう言って千紗は、可愛らしくウィンクしてみせる。
普通の男子なら、どぎまぎしそうな場面だが──
「おう! 次は負けないから、よろしくな!」
武はあっけらかんとしていて、まるで動じていない。
……本当に、優香一筋の男だった。
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優香から晴道へのプレゼントは、現代語訳の『源氏物語』文庫本セットだった。
「あの……晴道が興味持ってた論文の研究対象って、源氏物語だって聞いたから……どうかなって……」
「ありがとう優香。実は、ちゃんと読んだことなかったんだ。嬉しいよ!」
ただ、その現代語訳は“恋する乙女向け”な雰囲気が強く、
学術的な原典研究にはやや不向きな内容だった。
だが、そんなことを言えば、きっと優香はまた拗ねてしまうだろう。
晴道はその優しさで、何も言わず笑顔で本を受け取った。
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その後は、残ったオードブルをつまみながら、カラオケや定番のゲームに興じた。
来年は受験勉強の真っ最中。
こんなふうに4人で集まれる時間は、もう二度とないかもしれない――
誰もが、心のどこかでそう思っていた。
それでも、日が変わるまで夢のように楽しい時間を過ごし続けた。
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日付が変わる頃、自然と片付けが始まった。
迎えに来た洋介さんの車に4人で乗り込み、帰路につく。
車の中、誰もが言葉を発さず、窓の外を見つめていた。
“終わってしまった特別な一日”を、
ひとりひとりが、名残惜しそうに抱きしめるように――。
高校二年のクリスマス。
特別な一日を、自分たちの力で作り上げた四人。
豪華さではなく、想いの密度で満たされた夜でした。
千紗の強がり。
優香の不器用な優しさ。
武の真っ直ぐすぎる一途さ。
そして晴道の、無自覚な中心力。
まだ未完成で、まだ揺れていて、
それでも確かに“青春”だった時間。
この四人の関係を、どう感じましたか?
感想やリアクションをいただけたら嬉しいです。
次回、
元旦の朝。
冷たい空気の中、地元の神社へ向かうふたり。
並んで歩くはずの距離に、もう誰の目も気にしなくていい関係。
――のはずだった。
けれどその隣には、ぴたりと寄り添うもう一人の影。
阪本梨子。
どうして彼女が、そこにいるのか。
静かな初詣の風景に、思わぬ波紋が広がる。




