【第07話-07】恋と欲と日常のあいだ-千晴・和也
秋の空は、少しだけ高くなっていました。
うまくいかなかったデート。
言えなかった本音。
すれ違ったままの気持ち。
それでも、終わらせたくなかった関係がある。
ぎこちない三人と、巻き込まれた一人。
不器用で、遠回りで、それでも真剣だったあの頃の時間。
今回は、少しだけさわやかな青春回です。
笑って、拗ねて、少しだけ前に進む――
そんな一日の物語を、どうぞ。
⸻
【Scene07:2年前10月】
⸻
高校2年の秋。
先月、晴道の誕生日。
優香はプレゼントに想いを託し、晴道もその気持ちに応えるように、ふたりでデートをした。
そして――キスをした。
けれど、些細なすれ違いがふたりの心を遠ざけてしまった。
それ以来、優香は落ち込んでいた。
教室では誰とも話さず、授業が終わるといつの間にか一人で帰っている。
千紗が何度声をかけても、「あなたのせいよ」の一言でかわされてしまう。
やむを得ず千紗は、晴道に直接問い詰めた。
すると晴道は、ぽつりと――けれど強く、こう言った。
「……千紗のことも、好きなんだ」
その言葉は、千紗の胸を高鳴らせ、そして同時に締め付けた。
──あれから一ヶ月。
三人の関係はぎくしゃくしたまま、季節はすっかり秋模様を深めていた。
⸻
千紗は、自分が“告白された当事者”であるという立場をいったん横に置くことにした。
「これはなんとかしなきゃ。愛の伝道師・千紗様の出番ね!」
そう強がって笑ってみせたのは、自分自身を鼓舞するため。
本当は、晴道の心を独り占めしたい気持ちもある。
でも、それじゃだめだ。
あのとき見た、優香の泣きそうな背中が、今も脳裏に焼き付いている。
千紗はそっと唇を噛み、自分に言い聞かせた。
そして、いつもの明るい笑顔をまとって――動き出した。
⸻
学校近くのファーストフード店。
千紗は、ある男子を呼び出していた。
「晴道と優香の関係、なんとかしたいの」
「分かった!俺は晴道が大好きだ!
晴道のためならなんだってやるぜ!晴道となら、なんでもできるッ!」
……なんか熱いやつが来た。
「ちょっと、話聞きなさいよ。てか、その言い方やめなさいよ」
周囲のお姉様方がざわつき始めていた。
「“大好き”?“なんでもできる”? ねえ、受けなの?攻めなの?」
本人は全く気づいていない。
さすが高村 武、ピュアすぎる爆弾。
「私たちでダブルデートをするの。それで、晴道と優香を自然にペアにして、距離を縮めてもらうの」
「了解だ!任せとけ!」
「ちょっとは悩みなさいよ。武からしたら、このまま自然消滅してくれた方が、優香とくっつけるんじゃないの?」
「……俺は、優香が好きだ。
でもそれ以上に、晴道が好きなんだ。
だから、晴道が悲しい顔してるのは……耐えられない」
千紗は心の中でつぶやいた。
(ほんと、武っていいやつ……ただ、言い方もうちょっとだけ工夫して……)
周囲のお姉様方は盛り上がり続けていた。
⸻
──そして作戦決行の日。
千紗、晴道、優香、武の四人は、東京スカイツリーにやってきていた。
「私、スカイツリー来るの久しぶり」
優香がぽつりと呟く。
完成したのはまだ彼女たちが小さい頃の話だ。
「できたばっかの頃に来たね。あの時、武はいなかったっけ?」
思い出話で和ませようとする千紗に、晴道が答える。
「確か小学校2年の秋だったから、完成から1年半くらい経ってた頃だね。
でも、まだまだ目新しくて、楽しかったのを覚えてる。
千紗がガラス床の上で飛び跳ねて、優香が本気で心配してたよ」
「……そんなこともあったね。あの頃は、何にも悩みがなくて、幸せだったな」
優香が小さく呟く。
その言葉に、千紗も優しくうなずく。
「そうね、あの頃は……なんでもない毎日が、幸せだったね」
いい雰囲気になった、と思ったその瞬間――武が口を滑らせた。
「小2の秋って言えば、教室で……あっ、ごめん、なんでもない!」
……やらかした。
千紗と優香の脳裏に、あの記憶が蘇る。
スカイツリーに行った直後――
ふたりの“ファーストキス”。
千紗にとっては、深い後悔。
優香にとっては、取り戻せない思い出。
その場の空気が、どんよりと沈む。
「たーけーしー」
千紗が本気のトーンで、武の向こう脛を蹴る。
「うぉ、この感覚……懐かしい!!」
その反応に、つい千紗も笑ってしまった。
優香も、少しだけ肩の力が抜けたように見えた。
――それでも、全部を救えたとは思っていない。
優香の心の中までは分からない。
けれど、少しでも。
ほんの少しでも、あの頃の笑顔に戻れたのなら。
今日のこのダブルデートは、それだけで意味があった。
そう思いながら、千紗はもう一度、決意を新たにした。
(まだまだ始まったばかりだ、私がなんとかする)
⸻
今日の予定は、午前中に水族館、昼食を挟んで午後に展望台へ登るというものだった。
チケット代はすべて千紗が出していた。
ゴールデンウィークに4人でバイト三昧だったが、晴道と武は千紗・優香ほど稼げなかったうえ、由比ヶ浜旅行と夏休みの散財で、手元にはほとんど残っていなかったらしい。
優香は残った分をすべて、晴道への誕生日プレゼントに使ったという。
その点、千紗は“特別メニュー(ツーショチェキ付き)”による歩合ボーナスで荒稼ぎしており、まだまだ余裕があった。
千紗の「チケット代は私が出す」宣言には一瞬反対も出たが――
「勝者の余裕ってやつよ!」と豊かな胸を張って言い切ると、皆なんとなく納得したのだった。
⸻
水族館の幻想的な雰囲気は、4人の距離を縮めていった。
――“4人”の距離を、だ。
晴道は千紗に付きたがり、武は晴道に絡みたがる。
そのせいで、なかなか晴道と優香をペアにできない。
さらに周囲のお姉様方まで盛り上がり始める。
「ねえ、あのカップル、いい雰囲気じゃない?」
「どっちが攻めで、どっちが受け?」
……いつものパターンだった。
「ちょっと、あんた。今回の趣旨わかってる? それにそのネタ、何度もやったら飽きられるのよ」
こっそり武に釘を刺す千紗。
それでも、チンアナゴのブースでは、ようやくふたりを並ばせることに成功した。
「あー、ニョロニョロだ〜」
「ああ、ムーミンのあれね。確かに似てる。これはチンアナゴっていうんだよ」
「アナゴって、あのお寿司のネタの?」
「うん、鰻の仲間だね」
「美味しいのかな?」
優香の天然っぷりに、思わず吹き出しそうになる。
「いや、食べられなくはないけど……小さいし、美味しくはないんじゃないかな……」
「そっか」
自然と、ふたりの間に笑みがこぼれる。
「……いい雰囲気じゃない?」
「だな」
そっと見守る千紗と武。
次の瞬間――
「あーっ、ペンギン! 行こ、晴道!」
優香が晴道の手を取って駆け出す。
「優香、走っちゃだめだよ」
ふたりの自然な様子に、千紗は複雑な気持ちを押し殺す。
「俺たちも行こうぜ」
にこやかに笑う武。
彼もきっと、複雑な思いを抱えているのだろう。
そんな武に、千紗は心の中で「ありがとう」と呟いた。
⸻
水族館を出ると、昼食の話になった。
すると優香が、とんでもないことを口にする。
「お寿司が食べたい」
――水族館の直後に!?
3人とも内心でツッコミを入れたが、千紗は笑顔で受け入れた。
「いいわよ。奢ってあげる。私、まだまだ余裕あるからね」
この関係を取り戻すためなら、全財産だって惜しくない――
そんな覚悟を千紗は抱いていた。
もちろん、3人は遠慮する。
だが千紗は、にっこりと胸を張って宣言する。
「優香、ツーショチェキ付き指名、私がどれだけ勝ってた?」
「晴道、あなたが毎日迎えに来てくれたから、私たち安心して頑張れたの」
「武は……まあ、ついでよ」
「俺の扱い、ぞんざいじゃない?」
4人の間に、自然と笑いが生まれた。
⸻
選んだのは、値段の割にネタが美味しいと評判の回転寿司。
ネタ選びひとつでも、笑いがこぼれる。
優香が最初に選んだのは――穴子だった。
「ニョロニョロって、こんな味なのかしら?」
「チンアナゴな……」
晴道があきれたように答える。
「うおー、あれも旨そうだけど……今日は千紗の奢り……」
「武、遠慮しなくていいよ」
会計は千紗が一人で済ませた。
金額はそれなりにかかったが、それ以上に、みんなの笑顔が見られたことが、何よりのご褒美だった。
──
回転寿司は待ち時間も長く、思いのほか時間がかかってしまったため、タワーに登る予約時間まではお土産屋を見て回ることにした。
「何あれ、三角の旗、可愛い〜」
優香が指さす先に、晴道が反応する。
「あれね、ペナントっていうんだ。昔は観光地土産の定番だったらしいよ」
相変わらず妙な雑学に詳しい晴道だ。
「おお、俺の親父の部屋に何個も飾ってるぜ」
武も乗ってくる。
「あれはですね、懐かしのアイテムとしてのディスプレイで、売り物じゃないんですよ」
店員さんが笑顔で声をかけてきた。
「そうなんですか。なぜなくなったんですか?」
こういう場面の対応は、いつも千紗の役目だ。
「時代の移り変わり、でしょうかね。小さな面積に観光地の魅力を詰め込んだ“思い出の絵”として流行ったんだと思います。でも今は、誰もがスマホやデジカメで気軽に思い出を残せる時代。ニーズが変わっちゃったんでしょうね」
「そうなんですね。可愛らしくて、良いのに……」
「今ならインバウンド需要もあるし売れそうですけど、当時は一社が作ってたみたいで、その会社が撤退したら一気に廃れてしまったようです」
「興味深いお話、ありがとうございました」
千紗が丁寧に頭を下げ、店を後にする。
「ちょっと欲しかったな……」
優香がつぶやくと、晴道がスマホで素早く検索して答える。
「イベント限定とかで似たようなものが出ることはあるみたいだけど、普通のお店じゃもう売ってないっぽいよ」
「そっか、残念……」
ふたりの自然なやり取りに、千紗はそっと胸をなでおろした。
──
予約時間になり、4人で展望台へと向かう。
フロアに到着すると、優香がはしゃぐ。
「わぁ凄ーい! ねえ、うちのマンションってどっちの方角?」
「えっと、あっち……かな?」
「見えるかな?」
「うーん、ちょっと無理じゃないかな」
朝とは違う様子の優香と晴道を見て、千紗は思う。
(あと一歩ね)
そして、心の中でこのあとの計画を再確認した。
──
やがて夕暮れどきになる。
千紗は巧みに3人を誘導し、ちょうど夕日が正面に見える方角へと立ち位置を調整する。
優香と晴道が窓際を確保したのを見届けると、千紗は武とともに少し距離を取った。
夕焼けに照らされるふたりは、絵になるほど綺麗だった。
周囲からも「見て、あれ。お似合いよね」なんて声が聞こえてくる。
ふたりは何かを語り合っていた。その内容までは聞こえない。
けれど、自然と距離が縮まり──やがて、手がそっと重なる。
(これで良いんだ)
千紗は自分にそう言い聞かせた。けれど、同時にもう一つの思いも芽生える。
(……今度は、私の番)
それは強い、未来への決意だった。
ふと隣を見ると、黙っていた武が無言でサムズアップ。
なぜかその白い歯が、キラリと光った。
「その光源、どこよ……」
千紗は心の中でツッコミを入れる。そしてほんの少し、心が軽くなった。
再び、心の中でそっとつぶやく。
(ありがとう、武)
ちなみに、このとき千紗が誓った「私の番」は──翌年のクリスマスという最高の舞台で、見事に実現することになるのだが、
それはまだ、誰も知らない未来の話だった。
──
展望台を後にした4人は、夕食はさすがに奢られるわけにはいかないと、千紗の分を含めて3人で出し合い、マクドナルドで軽く夕飯を済ませる。
それは、いつもの“青春の味”だった。
確かな手応えとともに、4人は心地よい疲れを感じながら帰路についた。
──
その後、何度か“3人”で出かける日が続く。
千紗曰く、
(武、ごめん。あんたがいると、やっぱりデートになっちゃうのよね。今、必要なのは“いつもの日常”なの)
──やがて、3人の関係性は元に戻る。けれどそれは、優香が晴道に告白し、キスされる“前”の状態。
言ってみれば、“少し後退した関係性”だった。
それでも──
彼らはまだ、青春真っ盛りなのだ。
未来なんて、誰にもわからない。
そんな日々の、ほんの一幕だった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
沖縄や江の島、そして少し過激な夜が続いたあとだからこそ、今回は“ちゃんと青春”を描きたかった回でした。
不器用で、遠回りで、言葉足らず。
それでも相手のことを想って動こうとする――そんな高校生らしさ。
優香の真面目さ。
千紗の覚悟。
武のまっすぐさ。
そして、揺れながらも逃げない晴道。
誰かが完全な勝者になる物語ではなく、全員が少しずつ痛みを抱えながら前に進む関係。
それがこの四人の“青春のかたち”なのだと思います。
千紗が胸の奥で決めた「今度は私の番」という決意。
あの静かな宣言が、のちにどう花開くのか――覚えていていただけたら嬉しいです。
感想やリアクションをいただけると、とても励みになります。




