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三人のヒロインとシェアハウスすることになった僕は、全員を本気で愛して呪われてしまった。 ――告白は観覧車のてっぺんで  作者: iron-bow


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【第07話-05】恋と欲と日常のあいだ-千晴・和也

青い海、白い砂浜。

誰もが羨むはずの夏の旅行。


けれど――

非日常は、ときに人の心を試す。


沖縄の空の下で交わされるのは、

甘い思い出か、それとも。


それぞれの想いが、少しずつ形を変え始める。



【Scene05:2年前8月】



照りつける日差しの下、那覇空港に降り立った四人の男女。

上嶋和也、新倉南、大杉達也、そして高倉南。


新倉南のリクエストで始まった、特別な“夏の思い出”。


宿泊先は沖縄本島北部。世界的な国際会議も開かれる高級リゾートホテルだった。

プライベートビーチを備え、オーシャンビューのコネクティングルーム──

まさに、非日常の極み。


和也は全額負担するつもりだったが、教授就任を果たした達也が一言。


「俺にもプライドがあるぞ」


その言葉で、費用は折半となった。


部屋は隣り合う二室を内部扉で繋いだ、コネクティング仕様。

リクエストしたのは──新倉南。

和也は「四人一緒」と思い込んでいたが、どうやら彼女の意図は別のところにあった。



レンタカーで向かったのは、美ら海水族館。運転は和也。

助手席の南ははしゃぎ、後部座席では達也と高倉南が楽しげに語り合っている。


だが、水族館の滞在時間はわずか2時間半。館内を一巡りして終了した。


(……来たいって言ってた割には、あっさりだな)


和也は、ふと大学時代の記憶を手繰る。


(千晴を水族館へ連れて行ったときは、あいつ──一日中、隅々まで見て回ってたな……)



ホテルにチェックイン後、豪勢なディナー。

シャンパンを開け、海風が心地よいテラス席。


──だが、和也の心には別の記憶がよぎる。


(……あのときの方が、美味かったな)


千晴との、ペンションでの夕食。


ナイトプールでは、ダブル南が水着姿を披露する。

眼鏡を外した新倉南は、美しく、艶やかで──


(……千晴の黒ビキニ、エロ可愛かったな)


比較してしまう自分に、和也は目を逸らした。



そして夜──


シャワーを共に浴び、ベッドルームへ。

だが南は、バスタオルを巻いたまま、ぽつりと呟く。


「ねぇ、和也さん。……私のこと、ちゃんと見てる?」


「……」


「私ね、千晴のこと、いまだに愛してるあなたを、受け止めようって決めてたの。

でも──それでも、傷つくんだよ……」


その声に責める色はなかった。ただ、静かな寂しさだけが滲んでいた。


そして彼女は、何も言わずに隣室へと消えた。



しばらくして、バスタオルを巻いたままの高倉南が現れる。


「南ちゃんを泣かせたわね」


和也は改めて気づく。

この女性──身体は知っていても、言葉を交わすのは、初めてかもしれない。


「……俺って、最低ですよね」


「真面目すぎるのよ、和也さんは。

“千晴さんも、南ちゃんも、どっちも好き”でいいじゃない?」


「それは……不誠実です」


「今さら何言ってるの?千晴さんと“いちゃいちゃ旅行”してきたくせに。

それに……美由ちゃんも、由美ちゃんも、南だって──全部、貴方が抱いたんじゃない」


そして高倉南は、バスタオルをすっと落とす。


そこに現れたのは──

昨年のクリスマスに新倉南が着ていたのと、同じレオタード。


光沢のある布地に包まれた肢体。

“説教していた女”とのギャップが、和也の理性を溶かした。


「ふふ、体は正直よ」


高倉南は微笑み、和也をベッドへと誘った。



まるで催眠にかけられたかのように、和也は高倉南の身体に触れ、狂乱は朝まで続いた。



もしも、この夜の出来事を──“草の末裔”である一ノ瀬花音が知っていたなら、こう評したかもしれない。


「……房中術の一種ね。

稀にいるのよ、誰に教わるでもなく、それを無意識に使いこなす者が──」


だとすれば──

和也は一体、どんな“術”を吹き込まれていたのか。


その答えは、まだ誰も知らない──。



翌朝、焼けつくような陽射しの中、和也と南たちはホテルのプライベートビーチへと向かった。

青い空、白い砂、澄みきった海──絵に描いたような楽園の風景が、まるで彼らの心までも浄化するかのように広がっていた。


朝食を終え、ビーチチェアに並んで腰かけた和也と新倉南は、恋人つなぎで手を繋いでいた。

誰が見ても、新婚旅行を楽しむカップルそのものだった。


だが、大杉達也は少し離れた場所から、じっと二人を見つめていた。

──何かが違う。

昨夜、あの内扉の向こうで何があったのかは知らない。

だが、今朝の和也は、明らかに“変わっていた”。


(……まるで、何かの“儀式”だったみたいだ)


そんな言葉が、頭の奥から離れなかった。


──


午後はプールで泳ぎ、日が傾くころにはホテルのレストランでディナーを囲んだ。

その間も、和也と新倉南は寄り添い合い、目を見つめ、時おり唇さえ重ねていた。


(……俺の知ってる和也なら、こんな見せつけるようなこと、絶対にしない)


達也はワイングラスを握りながら、思わず視線を逸らす。

だがそれは、かつて和也が千晴にだけ見せた「恋人の顔」の再演だった。

もちろん、その真実を知る者は、今ここにはいない。


──


夜──

自然と部屋割りが決まる雰囲気になると、

和也のもとには高倉南が、達也のもとには新倉南が、それぞれ躊躇なく歩み寄った。


「……なぜ、だ?」


ベッドに腰かけながら達也が訊ねると、新倉南はかすかに微笑んだ。


「“仕上げ”なんだって。……高倉さんが言ってた」


その声には、不思議な確信と、どこか信仰に似た響きが宿っていた。


──


“仕上げ”。


新倉南は、最初から高倉南にすべてを託していた。

──舞台は整っていた。

沖縄という非日常。

高級リゾート。海、風、浮世離れした空気。

和也の中に残る、千晴との関係への罪悪感。

そして──

二晩にわたり、身体の奥にまで染み渡る快楽。


これだけの条件が揃って初めて成立する、感情の“書き換え”。


それは、一種の洗脳であり、房中術であった。


高倉南は、誰かに直接それを教わったわけではない。

しかし、母親から気功術の基礎は教わっていた。

それは、先祖代々に伝わる“術”として、ごく幼い頃から当たり前のように暮らしの中にあったものだった。


それを性的な交わりに応用するという発想は、完全に彼女自身の独創だった。

けれど──

その発想すら、どこかで【血の中に刻まれていた記憶】に基づいていたのかもしれない。


(南さんが、和也の中から……千晴を消してくれる)

新倉南はそう確信していた。


──


翌朝。

和也の表情は、嘘のように晴れやかだった。

憑き物が落ちたような顔──それが一番近い表現だった。


「……そろそろチェックアウトか」


そう言って、荷物を軽やかにまとめ、ロビーへ向かう。


その後、観光地・国際通りに立ち寄り、お土産を物色していたとき。

ふと、和也は達也に向かってつぶやいた。


「千晴にも何か買っていこうかな。……で、渡すついでに言うんだ」


──


「俺には南がいるから、もう会えないってさ」


──


達也は、思わず足を止めた。


その言葉に、悲しみも、未練も、戸惑いも──何ひとつなかった。

あるのはただ、突き抜けるように澄んだ空のような、純粋な“決断”。


(……この男、本当に和也か?)


心の中でそう問いかけたときには、

彼らを乗せた飛行機は、すでに羽田へ向けて飛び立っていた──。



和也は羽田空港に着くと、達也や“ダブル南”と別れの挨拶を交わすこともなく、すぐ千晴に電話をかけた。


「今、沖縄から帰ったんだ。お土産を渡したいから、すぐに会えないかな」


その一言で、千晴の胸は高鳴った。

──一刻も早く自分に会いたい、そう思ってくれているのだと。


「今日は無理だけど、明日の夕方なら大丈夫よ」

「わかった、それじゃあ明日な」



──2か月前・霞の宿──


花音は庄蔵を前に、若女将ではなく、“草の姫”としての姿を見せていた。


「姫さま、何でございますか?」


「今から言う人物のことを、徹底的に調べてほしいの。名前は──高倉南。新倉南の友達。……いえ、きっとそれ以上の関係」


庄蔵の表情がわずかに動く。


「その人物に、草の匂いを?」


「ええ。呼吸の使い方、間の取り方、視線の送り方。あれは偶然じゃない。私に近づいてきた新倉南、その親密な関係にある高倉南。……警戒する価値はあると思う」


「了解いたしました。ただ、裏の人脈はもう使えません。少々、お時間をいただきます」


「どれくらい?」


「本当に“草”の血を引くなら、身分は隠しているでしょう。……二か月ほど、お時間を」


「お願い。ごめんなさい、今さらこんなことを頼んでしまって」


「私は姫さまの爺やですぞ。……お任せください」



──そして現在──


「姫さま。大変お待たせいたしました」


「どうだった?」


「この“高倉南”という女性、母方が草に連なっておりました。四代前、一ノ瀬家から分かれた血筋。気功術系の術に長けていた記録があります」


「やっぱり……。草の技術は?」


「基本は押さえていたと思われますが、それが現在に伝わっているかは定かではありません」


「……けれど、あの女の立ち振る舞いは間違いなく草のものだった」


「気功術の核は“体幹”──腹の底から湧き上がる力です。それは房中術にも通じます」


花音は頷いた。

房中術は気功術の一種とも、あるいはその源流とも言われる技。

だが、その術の記録は──すべて花音が焼き払っていた。

もはや、この世には存在しない。


「それだけではありません。高倉南、今年の春から大杉達也様と交際を始めております」


「……偶然だと思う?」


「最初の出会いは16年前、高倉南の父親が達也様の恩師だったようです。その後疎遠になり、2年前に再会されたと」


「──達也が“里”と関わり出してから、ということね。……偶然にしては、できすぎている」


「はい。加えて、新倉南は和也様と交際中。そして新倉南は姫さまに接近している。……偶然が重なりすぎております」


「すぐにでも千晴姉さんに会いに行くわ。しばらく留守にするかもしれない。スケジュール調整お願いできる?」


「はい、葉月様と調整いたします」


庄蔵は一歩踏み出し、静かに言った。


「千晴様でしたら、簡単な呼吸術を伝えるだけで、房中術にも対抗できましょう。……姫さま、千晴様のこと、どうかよろしくお願いします」


「ふふっ、爺やの“千晴姉さん信仰”は、どこから来るのかしら」


「千晴様が万能なのは、もはや常識でございます」


花音は微笑んだ。

(それを“恋は盲目”っていうのよ)

そう心の中で呟く。


「あと一つ。美由と由美ですが……新倉南の影響を受けていないか、念のため──」


(本当、爺やは美由と由美が好きなんだから)

花音はまた心の中で呟きながら答えた。


「大丈夫よ。東京から帰ってすぐにチェックしたけど、問題なかったわ」



──その夜・東京──


和也との電話を終えた直後、スマートフォンに再び着信が入った。


「あら? 和也、何か言い忘れたのかしら? 愛してる、かしら?」


甘い声で応じたその瞬間、相手の声に気づく。


『え? 千晴姉さん? 私、花音だけど……』


「ご、ごめんなさい、さっき電話を切ったばかりだったから、つい……」


顔を赤らめる千晴に、花音は一つお願いを切り出した。


「直接会って話したいことがあるの。できるだけ早く」


「明日なら、夕方に人と会う約束があるけど、それまでならいいわ」


「ありがとう。昼過ぎにはそっちに行くね。……ねぇ、千晴姉さん。会う相手って……和也さん?」


「う、うん、そうだけど……?」


「……邪魔しないように、早めに帰るから」


電話が切れた後、千晴はそっと呟いた。


「珍しく花音が焦ってたみたい……。明日は楽しみだな。花音にも和也にも会えるなんて」


心配の影すら見せず、幸せそうに笑う千晴。

それは本人が否定したとしても、間違いなく──恋する乙女の表情だった。



──そして翌日──


昼過ぎ、花音が千晴との待ち合わせの駅に到着した時、思いがけず“彼”の姿を見つけてしまった。


──和也だった。


だが、その表情に、花音は言葉を失った。

あれは──間違いなく、房中術に完全に取り込まれた者の顔だった。


アメリカで、彼女の術に溺れた人々。

一見普通に見えて、どこか夢を見るような、虚ろで幸福そうな瞳。

和也の表情は、それと同じだった。


(完全に支配されてる……)


花音は一瞬、追いかけようと足を出しかけたが、すぐに思い直す。


(今は、千晴姉さんに先に会わなきゃ。対抗手段を講じるためにも──)


判断を下し、彼女は待ち合わせの喫茶店へと急いだ。


──だが、そこに千晴の姿はなかった。


慌ててスマホを取り出す。発信音はすぐに千晴の声へと繋がった。


「あっ、花音? ごめんね、和也が花音にも会いたいって言うから、もう来てるの。待ち合わせ場所、広場に変えてくれる?」


「え、ちょっと──」


通話は、花音の返事を待たずに切れた。


「もうっ! これだから恋する乙女は厄介なのよ!」


小さく叫び、花音は新たな目的地へと走り出す。



千晴がスマホをポケットに仕舞うと、すぐに和也の姿が見えた。


「和也〜、ここよ!」


その声は、心なしか甘さを含んでいた。

目にはハートマークでも浮かんでいそうなほど、千晴の表情は恋する乙女そのものだった。


「やあ、千晴。今日は──千晴に、言わなきゃいけないことがあるんだ」


だが、次の瞬間──千晴は直感的に悟った。


『違う。これ……和也じゃない!』


それは、由比ガ浜のペンションで和也が“隣室の母親”に魂を抜かれたあの瞬間の記憶。

あの光景がフラッシュバックする。


千晴は、思わず人目もはばからず、和也の右手を自分の左胸にあてがった。


──ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。


(帰ってきて……“私の和也”)


──ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。



一方その頃。


花音は草の体術を駆使し、雑踏をすり抜けながら、ふたりのいる広場へと急いでいた。


そして──目撃する。


千晴と和也。

ふたりは、魂のレベルで繋がり合っていた。

言葉では説明できない、エネルギーの交錯。


「あれは……気功術?」


──違う。


花音は確信する。


(あれは──“愛の交換”だ)


やがて、和也の瞳に意思が戻った。


「和也……良かった!」


涙をこぼしながらしがみつく千晴。

その姿に、周囲の野次馬たちから自然と拍手が沸き起こった。


何が起きたか、彼らにはわからない。

だが、何か神聖なものを見た──その確信だけが残っていた。


花音は静かにつぶやく。


(爺や……あなたは正しかった)


(彼女は、何も知らずに房中術を打ち消した……一体、何者なの、千晴お姉様)


──だが、それは偶然の力ではなかった。


由比ガ浜の“奇跡のニアミス”

千晴には預かり知れぬところで起きた“美優”の悪戯

──なぜ彼女はあの日、胸元がはだけていたのか?

本人にその記憶がないのに。


すべての偶然が、千晴に有利に働いた。


“運命改竄の魔女デスティニー・リライター

その異名を和也が名付け、花音が知るのは、まだ先の未来──


だが、その異能は、たしかに今ここにあった。


千晴──もはや、恐ろしかった。


──


「千晴姉さん、大丈夫? なんともない?」


駆け寄る花音の声に、千晴はふと我に返る。


「……花音、ごめんね。あなたが急いで来た理由、今ので分かったわ。ちゃんと耳を傾けるべきだった」


「もう良いのよ。無事だったなら、それで十分」


千晴は、花音の目を見据えながら問いかける。


「ねえ、これは……“草”に関係することよね?」


「そうよ」


「……和也は、いったい……?」


「それについて話したいことがあるの。少し、時間をもらえるかしら? 和也さんも一緒に」


「私は大丈夫よ」


千晴は、正気を取り戻した和也のほうへ顔を向ける。


「和也、このあと、時間ある?」


「もちろん。助けてくれたんだろ? 話ぐらい、いくらでも」


花音は一度、辺りを見回してから言った。


「ここでは都合が悪いわね。周囲に聞かれるわけにはいかないし──ホテルの部屋を取ってもいいかしら?」


──


三人は少し広めの部屋に入った。クイーンサイズにエキストラベッド。ビジネスユースというより、リゾートにも使えるラグジュアリールーム。


部屋に入ると、花音はゆっくりと切り出した。


「和也さん、ごめんなさい。最初に、あなたには聞かせられない話があるの。ほんの少しの間だけ、席を外してもらえる?」


「……わかった。廊下で待ってる。終わったら呼んでくれ」


和也が出て行くと、千晴は不安そうに扉を見つめた。


「大丈夫よ、千晴姉さん。手短に話すわ」


花音は腰を下ろし、真剣な口調で続けた。


「高倉南──あの人は、一ノ瀬家に連なる者。たぶん本人に自覚はないけれど、母方の四代前で分かれた分家の血筋」


「それって……」


「ええ。和也さんは、おそらく房中術、もしくはそれに類する術で操られていたの」


「……そんな」


「安心して。今はもう術の効果は解けている。千晴姉さんが引き戻したのよ。まさに奇跡だったわ」


「でも、もし本当に房中術だったとしたら……影響が、心の奥底に残ってるかもしれないってこと?」


「その可能性は否定できない。だから──和也さんを診たいの」


「診る?」


「術の残滓を感じ取るには、私自身が房中術を通じて確かめる必要があるの。つまり……」


花音は一瞬、言葉を濁した。


「和也さんと、身体を重ねるの」


その意味を理解した千晴は、目を見開く。


「……そう、なのね」


迷いはあった。だが──


「お願いするわ」


言い切った千晴に、花音はやわらかく微笑む。


「ありがとう。大丈夫よ。独占したりしない。むしろ──千晴姉さんも一緒に“する”の」


「えっ?」


千晴の問いには答えず、花音はいった。


「じゃあ、そろそろ和也さんを呼んでちょうだい」


──


千晴が呼びに行くと、和也はすぐに戻ってきた。


花音はまっすぐに向き直る。


「和也さん、端的に言います。あなたは、洗脳のような術を受けた可能性が高いと見ています。何か心当たりは?」


和也は千晴の顔を見て、少し気まずそうにしながらも、静かに語り始めた。



和也は沖縄での出来事を語りだした


「俺、2泊3日で沖縄に行ってた。高倉南さん、その彼氏、南と一緒に」


「1日目の夜、ちょっと南と気まずくなって……なぜか流れで、高倉南さんと寝たんだ」


千晴の顔が一瞬、曇る。


「2日目は……何か霧がかかったみたいで、記憶があいまいなんだ。特に午後から夜にかけてが……」


花音は冷静に聞きながら、内心では分析していた。


──洗脳の途中。一晩で掛け切れず、術が深層に入り込んでいく段階。


「2日目の夜も高倉南さんと寝た。そして翌朝──急に、頭がすっきりしてて。記憶も意識も戻ってた」


「なのに……“千晴に別れを告げなきゃ”って強い衝動だけが残ってた。でも、なぜそう思ったのかは思い出せないんだ」


花音は断言する。


「洗脳ね。それもかなり高度な」


彼女は、あの誕生日パーティーで見かけた高倉南の姿を思い出す。


──人畜無害そうに見えたあの女性が、こんな術を?


(房中術は一子相伝。技術の継承はあり得ない。だとすれば……血の中に眠っていた術が、無意識のうちに目覚めた?)


花音は、改めて直接対決の覚悟を固めた。


──


「さて、私は席を外すから、千晴姉さん。これからのこと、和也さんに説明して」


花音はそう言い残し、バスルームに姿を消した。


シャワーの音が流れ始め、残された二人の間に、気まずい沈黙が訪れる。


──


その空気を切ったのは、和也だった。


「……俺は、千晴と花音さんを信じるよ」


たった一言。しかし、それで十分だった。


千晴はゆっくりと頷き──


「今から花音と寝てもらうわ。

和也は、高倉南によって、体奥深くへ術を掛けられた。

それを探るには花音の気を同じように体奥深くへと浸透させる必要がある。」


それは、むしろ千晴自身が覚悟を確かめるための宣言だった。


「うん、わかったよ」


「私も一緒よ」


二人は手を重ね、花音の出てくるのを、静かに待った。


──



やがて、バスタオル一枚を巻いただけの姿で、花音が静かに現れた。

その姿には羞恥も躊躇もない。ただ静かに、穏やかに、二人を見る。


「二人とも、決心はついたのね?」


千晴が小さくうなずく。「ええ」


花音はやさしく微笑んだ。


「それなら──ふたりでお風呂に入って、心と身体をほぐしてきて。

いちゃいちゃするのは構わないけど、それ以上はダメよ。

もし和也さんの中に“残りかす”のような魂の残滓があったら、千晴姉さんに移ってしまう可能性があるから」


──その言葉に、気まずそうに視線を逸らす二人。


「……あらあら。すっかりその気だったみたいね?」

花音のからかうような微笑に、言い訳は無意味だった。


花音と和也の“つながり”は避けられない。

ならば──先に自分たちが。

言葉もなく、心の中で同じ想いを抱いていたふたりだった。


「ごめんなさいね。でもこれは、本当に重要な儀式なの。

まずは、私としてもらうわ」



浴室の湯気の中、ふたりは隣り合って湯に浸かっていた。


和也はぽつりと語り出す。

それは、沖縄旅行の想い出──初日のことだった。


南と過ごした時間の中で、ふと気がついたという。


「……ずっと、千晴のことを考えてた。

千晴といた方が、きっと楽しいだろうなって。

千晴と食べたご飯の方が、美味しかったなって」


そして、ゆっくりと彼女を見つめる。


「俺、はっきりわかったんだ。

俺は──千晴といる限り、南のことは愛せない」


その目は、まっすぐだった。


「だから千晴に本当に好きな人ができるまでは、俺は千晴だけを愛する。

その間、南とは距離を置くよ。

千晴に本当に好きな人が現れたら……そのときは、あきらめて南を愛す。

それで、いいよな?」


千晴はゆっくりと目を伏せ、小さく笑った。


「ばか……。それまで、よろしくね」


──以前にも、こんなふうに思ったことがあった。

けれどきっと、自分は和也のことを心の底から愛することを許せない。

そんな関係が、いつまでも続くとは思えない。


それでも。

今は、それにすがっていたいと思ってしまう。

千晴はそうして、目を閉じた。



ふたりがバスルームを出ると、花音はまだ──先ほどの姿のまま、静かに待っていた。


儀式の扉は、これから開かれようとしていた。


千晴はふと、和也の従姉・阪本梨子の言葉を思い出す。


「和也お兄ちゃん、意外と巨乳好きだから……」


その時、和也の目の前に現れたのは──

未だ明るい部屋で輝くような花音の裸身だった。


けれど和也の目はどこか静かだった。

あの由比ガ浜のペンションで乗り越えた巨乳の誘惑

もはや彼は形に惑わされることはなかった。


「来て」と、花音が静かに誘う。


和也はそっとその唇に触れた。

その瞬間、花音はふっと微笑み、自らの胸元へと彼の頭を抱き寄せた。

温かな肌と鼓動が、ゆっくりと、しかし確かに和也の乱れた魂を包み込んでいく。



静寂。

まるで深海のような静けさの中──

ふと目を開けると、和也の両腕にそれぞれの温もりがあった。

右に千晴。左に花音。


「……房中術は成功したわ。和也は、もう大丈夫。

魂も、意識も、何も残ってない」


「……そう、よかった……」


花音はどこか遠くを見つめるように、そっと微笑んだ。


「ねえ、千晴姉さん。私……初めてだったの。

“たらし込む”以外の目的で、誰かに抱かれたのって」


千晴もまた微笑を返した。

言葉はいらなかなった。


「……ねえ、もっと、してもいい?」


「いいわよ。でも──次は、私も一緒ね」



その会話を、眠ったふりをして聞いていた和也は──

目を開けるタイミングを、すっかり失ってしまっていた。


けれど心の中には、ただ一つの結論があった。


「……こんな快楽になら、溺れてもいいじゃないか」


──まだ、夜にすらなっていないのだった。



いったい何度、果てただろう。


和也には知る由もなかった。

花音の房中術は、すでに制御を逸していた。


初めて知った、愛。

花音は、それに溺れて止まらなくなっていた。


術の効果により疲労は消え、むしろ魂の浄化によって力が湧く。

夕食は一度、ルームサービスで摂った。

だが、それ以外は──ただひたすら、求め合い続けた。



やがて限界は訪れる。


最初に、千晴が静かに崩れ落ちた。

間接的に術の影響を受けていたとはいえ、花音との直接の交換はしていなかった。


やがて花音もふと意識を手放した。

その後を追うように、術で無双していた和也もようやく、力尽きた。



和也が目を覚ますと、まだ外は白み始めたばかりだった。

静けさの中、千晴が困った顔で、何かを見ている。


視線をたどると──床に、全裸で土下座している花音がいた。


あまりに唐突な光景に、思わず笑いがこみ上げた。

千晴も、つられて笑った。


「花音、顔を上げて。

私も、和也も……怒ってなんかないわ」


和也も、こくりと頷いた。


「……私は、千晴姉さんのことを、愛しています」


その言葉が自分の口から出たことに、彼女自身が驚いていた。

こんな自分が、“愛している”なんて言えるなんて──


彼女にはわかっていた。

千晴が、何らかの理由で和也を心から愛することを避けていることを。

話から察しはつく。けれど、真実は当人にも掴めていないのかもしれない。


だからこそ、花音は自分にだけは嘘をつかないと決めた。


「……そして、私は和也さんのことも、好きになってしまいました。

いいえ……愛してしまいました」


「だからこそ、二人には、しあわせになってほしい」


それは、もしかすると叶わぬ願いかもしれない。

それでも、口にせずにはいられなかった。



照れ隠しのように、和也は枕元のペットボトルを口にした。

ぬるくて飲みづらい水を、ごくんとひとくち。


……その直後だった。


「──だから、またやりに来ていい!?」


ぶっはー!


和也は盛大に水を吹き出した。


花音がようやく立ち上がる。

間接照明に照らされた裸体は、まさに“美”の具現だった。


何度も見慣れたはずの胸が、今また爆発的に魅了してくる。


そして──絞りかすだったはずの和也のそれが、再び力を取り戻していた。


千晴が目敏くそれを見つけて、つぶやいた。


「なによ……準備万端じゃない。

……二人でやってなさい。私はシャワー浴びてくるから」


その声はあくまで優しく、

初めて“愛”を覚えた花音への、慈しみの音色だった。



千晴がシャワーから戻っても、ふたりはまだ──求め合っていた。


「……もう、十分でしょ。

二人ともシャワー浴びて。もう、どろどろよ」


その言葉も、やわらかな微笑とともに。


しかし──


──バスルームの中から、再び気配が始まったときは、


「まだ、ヤルんかーーいっ!」


さすがの千晴も、叫ばずにはいられなかった。


──花音。

草の修行で培われたその体力は、まさに驚異的だった。



再び、静かに扉が開かれる。

花音が呼び寄せたのは、高倉南と新倉南──

百選錬磨の彼女に抗う力を、ふたりは持ち合わせていなかった。


導かれた先は、つい先ほどまで千晴と和也がいた部屋。

清掃を終えたばかりのはずのその空間には、微かに熱と余韻が残っていた。


2度目の対面。

花音の視線が、高倉南の瞳を射抜く。


──やはり、無垢に見える。

この女が、あの和也を、そこまで惑わせたというのか?

沖縄という浮世離れした非日常、甘やかな空間。

すべてが“草”の血を引く者が描いた舞台装置だとしたら──


これは、一族の罪。

男を惑わせ、魂の奥深くにまで干渉する──

因果の輪廻を断ち切れぬ、業の宿命。



やがて和也が、低く、だが確かに言葉を紡ぐ。


「南……もっと早く言うべきだった。でも……俺は、千晴を愛してる。今は、君を愛せない」


昨日千晴にも向けられた言葉。

だが、ここでは第三者が介在し、言葉の重みは別の色を帯びていた。


新倉南は、信じがたいという眼差しで高倉南を見つめ、

千晴は羞恥と歓喜の狭間でただ俯いた。


花音は確信した。


──やはりこれは、新倉南の願いを叶えるために、高倉南が施した術だったのだ。

沖縄旅行も、宿も、出会いも。

そのすべてが“彼”を堕とすための精緻な設計図。

一人あたり50万の出費すら、布石に過ぎなかった。


和也の声が続く。


「付き合いたいわけじゃない。ただ……千晴のそばにいたい。

 彼女が本当に愛せる誰かを見つけたら、そのときは俺は君を愛する。

 それを約束する」


しばしの沈黙。

そして新倉南が、小さく頷いた。


「……わかった。待ってる」


花音はまた思う。


──このふたりもまた、誰かの代わりに愛し合っているだけ。

和也は千晴の代替。南は高倉南の代替。

互いの欠損を埋めるようにして、ただ“繋がって”いるだけ。



和也が部屋を後にする。

残されたのは、女たちだけ。


「……草って、わかる?」


花音の問いに、高倉南は首をかしげる。


「植物の……こと、じゃないんですよね?」


「私は一ノ瀬。心当たりない?」


「ないです」


「霞の里って、何か聞いたことある?」


「霞の宿なら、南ちゃんが泊まったって……高級旅館。テレビで観ました」


──何も知らない。


だが、花音の目はまだ油断していない。

房中術の奥義を使ってでも、すべてを暴かねばならない。

愛した男の、魂の深奥まで触れた女の真実を。



高橋千晴は心の中で頭を抱えていた。


気づけば、千晴はベッドの上にいた。

高倉南と新倉南、そして自分──

全裸の三人の肌が重なり合い、部屋の空気は火照りと湿度を帯びていた。


──どうしてこうなった……?


花音の誘いを断れず、ただ導かれるままに。


術だった。意志など入り込む余地はない。

花音がその気になれば、心も体も、あっけなく奪われる。


以前、南から受けた刺激すら霞むほど、花音の技は……甘美で、容赦がなかった。



場面は変わり、霞の宿。


「それで、高倉南という女……どうでした?」


庄蔵の問いに、花音は微笑む。


「ただの色ボケ女よ」


「それは……どういう?」


「色恋のことしか頭にない。志も、野心も、なにもないのよ」


小さく吐息をつき、囁くように。


「男も女も関係ない。愛したい。繋がりたい。それだけの女」


「それで、どうなさったのですか?」


「なにもしない。恋愛にしか力を使わないなら、それはただの強い色仕掛け。

容姿のいい女が、ちょっと男を惑わしてるだけ。

それと大差ないのよ。術を使っても、心がそれしか望んでいないなら」


「本当に──色ボケって、嫌よね」


もし千晴がこの場にいたら、間違いなく叫んでいただろう。


「お前が言うな!!」



実際、花音はあの後も──


・千晴たち三人と、妖しくも甘い夜を過ごし、

・翌朝、千晴に内緒で和也を密かに呼び出し、房中術で彼を奮い立たせ”たっぷり楽しんで”から静かに東京を離れていった。


※この事実は、後に和也の口から千晴に伝えられることとなる。



庄蔵が立ち去ったあと、花音はひとり呟いた。


「……女同士も、悪くないわね。

由美にも“その気”があるって聞いたし、

美由も最後には乗り気だったって──」


唇に指を添え、艶やかに目を伏せる。


「今度、ふたりを誘ってみようかしら……

それに、和也──次はいつ、逢いに行こうかしら?」



一ノ瀬花音。

彼女もまた、恐ろしく美しい、“草”の末裔だった。


沖縄編でした。


非日常という舞台は、とても残酷です。

美しい景色、整えられた空間、解放感――

それらは人の本音を引きずり出します。


このエピソードで描きたかったのは、

“術”そのものよりも、揺らぐ心です。


和也は真面目すぎる。

だからこそ、罪悪感にも、責任にも、まっすぐ向き合ってしまう。

その隙を突かれたとき、人はどこまで自分でいられるのか。


そして南たち。

計算なのか、本能なのか。

意図なのか、血なのか。


まだ答えは出ません。


ただひとつ言えるのは――

沖縄は、確実に何かを変えたということ。


次回、


夏が終わりに近づくころ。


“色ボケ”という名の嵐が、再び動き出します。


電話一本から始まる混乱。

若女将の暴走。

江の島のリゾート。

そして――水族館での小さな嫉妬。


笑っているのに、どこか不安。

ふざけているのに、どこか本気。


それぞれの距離が、少しだけ変わる。


“色ボケ忍者”降臨。


お楽しみに。

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