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三人のヒロインとシェアハウスすることになった僕は、全員を本気で愛して呪われてしまった。 ――告白は観覧車のてっぺんで  作者: iron-bow


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【第07話-04】恋と欲と日常のあいだ-千晴・和也

交わらないはずの時間が、

わずかな偶然で、すれ違う。


誰も気づかないまま残された一瞬。

そのときはただの思い出でしかなかった出来事が、

やがて静かに意味を持ち始める。


守られていると思っていた距離。

壊れないと信じていた関係。


この回は、

そんな“まだ何も失っていない頃”の物語。


【Scene04:2年前7月】


──


「甘えん坊、ぶりっ子、ロリ巨乳、絶世美少女・千紗ちゃん爆誕!!」


舞台は、都心から少し離れた神奈川県・由比ガ浜海水浴場。

夏休みに入ってすぐの週末、幼なじみ4人は一泊二日の海水浴旅行へと出かけていた。


日帰りでも十分な距離ではある。でも来年は受験生。4人で思いきり羽を伸ばせる夏は、きっとこれが最後。——そう決意し、ゴールデンウィークのバイトで貯めたお小遣いを使って“記念の一泊”を実現させた。もちろん未成年だけでの宿泊に許可が出るはずもなく、付き添いとして美優お母様が同行している。


冒頭のハイテンションな宣言は千紗によるもの。海辺に響いたその声に続いて、優香がバスタオルを肩にかけ、照れ笑いを浮かべた。



千紗の水着


ほんのり青みがかったキャンディピンク。

トップは細かなフリルが幾層にも重なり、歩くたびにマカロンのようにふわふわと揺れる。肩紐の根元には小さなサテンリボンがちょこん。ボトムはスカート風の二段フリルで、波打ち際を走るとふわりと跳ねるように舞う。ドットとハートのミニプリント、同色のシュシュ、白のビーチサンダル。日差し対策に薄手のシアーシャツを羽織れば、“甘さ控えめのお姫様”がひとり、そこに完成していた。



優香の水着


透き通るようなアクアブルー。

胸元はスクエアネックに白のパイピングが走り、清楚な印象を際立たせる。背中はクロスストラップでずれにくく、実用性重視の構造。ウエストはさりげなく絞られ、裾は控えめにフレア。歩くたびに軽やかに揺れるそのラインは、まるで水面に映る風のようだった。白のラッシュガードをバッグに、麦わらハットとパール風のヘアピンで涼しげにまとめている。——その立ち姿は、自然と目を引く。


とびきりの美少女と美女の女子高生コンビ。

普通なら砂浜の視線を総取りしていてもおかしくない——が、そのあとが凄かった。



美優お母様の水着


落ち着いたミッドナイトネイビーのワンピース。

深すぎないVライン、ウエストに斜めに流れる布のドレープ。動くたびに生まれる陰影が、縦のラインを優美に引き立てる。太めの肩ストラップで端正に、背中は上品なラウンドカット。腰に巻いたシフォンのパレオが軽やかに揺れ、つば広のストローハットとマットな黒サングラス、細いゴールドチェーンのアクセサリーがその全体を引き締めている。

派手でも露出でもない。なのに一瞬で空気を変える、“大人の余裕”。それがそこにはあった。


結果として、千紗と優香に集まりかけていた注目は、ことごとく美優お母様へ。

有り体に言えば——完璧な防御壁である。



そのあとに、荷物を抱えて現れたのが——


晴道と武のふたり。

正統派イケメンの晴道と、スポーツ系爽やかイケメンの武。

意外と筋肉質な晴道と、筋肉もりもりな武。


通りすがりのお姉さまたちは、彼らに目を奪われる。

「どっちが受けで、どっちが攻め?」という方向の囁きもあるが、

晴道は完全スルー、武は「いや〜照れるなぁ」と謎な反応をしている。……本当に意味がわかってるのだろうか。


※男性陣の水着に関しては、読者の興味を鑑みて省略。短パン以上。



ふたりがビーチパラソルを設置していると、美優お母様が唐突に「日焼け止め、塗ってくれるかしら?」と晴道に微笑みかける。


「お母様! 日焼け止めはさっき塗ったじゃない!!」

千紗がプンプン怒っている。だが美優お母様の視線は悪戯っぽいまま。スタイルが良すぎて、晴道はまともに見られず真っ赤に。


「も〜〜っ! 私の“晴道を可愛い水着でメロメロにしちゃうぞ”計画がぁ〜〜!!」


ちなみにそのタイトル、千紗が作った旅のしおりのページにもちゃんと記されていた。

計画通りにいかないのも青春——

そしてそのネーミングセンスのなさに呆れて、我に返る晴道だった。



一方その隣では、美優お母様にまったく関心を示さず、優香の水着に釘付けの武。

昔から一途な奴だった。そして、その視線を受ける優香も、どこか嬉しそうに見えた。



そのまま美優お母様が荷物番を買って出て、残る4人は海へ。


自然な流れで、千紗と晴道、優香と武のペアに分かれる。

千紗からすれば、優香が武を好きなのは明白で、もうお似合いなんだから付き合っちゃえばいいのに、と何度思ったことか。——けれど、その決着がつくのはまだずっと先のこと。


このとき、誰もその未来を知らなかった。



しばらく浜辺で思いきり遊んだ4人が美優お母様の元に戻ると、彼女はふわりと微笑んで言った。


「少し早いけれど、お昼を食べに行きましょうか」


そんな提案に全員が頷いて、海の家へ向かう。


──その午後の陽射しは、まだ優しく、夏は始まったばかりだった。


──


七月に入ってすぐ、和也は決死の覚悟で恋人・南に切り出した。


「今月の第4週の土日、泊まりがけで出かける予定があるんだ」


誰と、とは言わなかった。

しかし南は、あっさりと笑顔で答えた。


「うん、わかった。行ってらっしゃい。楽しんできてね」


和也は一瞬、戸惑う。

“旅行”とも、“誰と”とも言っていないはずなのに——


追い打ちのように、南はひとこと付け加えた。


「私との夏は、もっと特別な思い出にしてね?」


完全にバレている。

だが、怒っていない。むしろ微笑んでさえいる。


和也はその夜、即座に計画を立て始めた。


——南には、もっと特別な夏を贈らなければならない。


沖縄へ行こう。

リゾートホテル、青い空と白い砂浜。時間は限られているが、資金には余裕がある。


昨年末、”霞の宿を救った報酬”として花音から受け取った400万円。

その全てを、南のために使うと和也は決めていた。


更に、達也と“もう一人の南”も同行予定になったが——それすら好都合だった。


”南を一番にする”——その約束だけは、どんな代償を払ってでも果たす。


──


話を千晴に戻そう。


六月の逢瀬以来、彼女は目に見えて“可愛く”なっていた。

大学時代に正式に交際していた頃よりも、柔らかく、甘さを増していた。


そんな彼女が、ふとした仕草で呟く。


「……夏の思い出が欲しいな」


そのときの千晴は、理知的なキャリアウーマンではなく、

まるで一夏の恋に憧れる少女のようだった。


思えば、ふたりが正式に付き合っていたのは秋から春にかけてのわずか十ヶ月。

和也にとっても、彼女の水着姿など想像の外だった。


——ならば、叶えてやりたくなるのが男心というものだ。


──


和也から「旅行決定」の連絡を受けた千晴は、素直に喜んだ。


「学生の身でお金使わせるのは申し訳ない」と気遣う素振りを見せていたが、

実際には——全額出すつもりだった。


千晴もまた、「霞の宿」救済に関わった業務で、和也以上の報酬を得ていた。


「高級ホテルは、いろんな記憶が蘇りそうで落ち着かないし……

民宿じゃ、いちゃいちゃしにくいし……

ペンションくらいがちょうどいいよね。……でも、シャワー付きの部屋は必須」


「だって、あれのあとすぐに浴びたいから」


そう言って予定表を眺める千晴は、

誰が見ているわけでもないのに、今まででいちばん“可愛い”表情を浮かべていた。


だが——それは彼女の素顔だったのか。

それとも、「いまの私はこうあるべき」と自分に言い聞かせているだけなのか。


実のところ、千晴自身にも分かっていなかった。


──


旅行先は、神奈川県の由比ガ浜に決まった。


都心からそこまで遠くないものの、

千晴たちの拠点は千葉県寄り。


「知り合いに会う可能性は、まずないでしょう」


千晴はそう判断していた。


──だが。


その日、実はとんでもないニアミスが起きていた。

だが、それを千晴が知るのは、ずっと後のことだった。


──


有る週末の午前中。

千晴と和也は由比ガ浜に到着した。


まるで付き合いたての恋人同士のように、ぴたりと寄り添って歩くふたり。

手は、しっかりと恋人繋ぎ。

──「“好き”ではあるけれど、“愛”ではない」

あの千晴の言葉は、一体どこへやらという様子だった。


もしも和也に“南”という存在がなければ──

きっと千晴は、素直にこれを”恋”と認めていただろう。

そんな雰囲気を身にまとっていた。


「荷物をペンションに預けたら、海に行きましょ」


予約していたペンションは、客室が二階に三部屋。

構成は、二名・四名・二名の全三部屋というこぢんまりした造り。

トイレは共用だが、各部屋にはシャワーが付いており、それが決め手になった。


チェックインは午後三時から。

その代わり、翌日のチェックアウトは午前十一時と、ゆったりめだった。


事前に荷物だけ預けることもできた。

聞けば、千晴が予約した部屋以外は、残りの二名・四名部屋を合わせた一組の予約だとのこと。

すでにその宿泊者の荷物も届いていた。


夕食・朝食は希望制。

千晴は両方お願いしていたが、もう一組は朝食のみの希望らしい。


ただ、食事スペースが小さいため、他の宿泊者と同時には難しいとご主人に言われた。

夕食は希望の時間で対応できるが、朝食はもう一組の宿泊者と調整してほしいとのこと。

千晴は「夕食は早めでお願いします、朝食はあちらの希望を優先してください」と伝えた。


──水着と簡単な手荷物だけを持って、ふたりは海岸へ向かった。

更衣室サービスを使って海の家で着替える。



千晴の水着は、黒の大胆なビキニだった。

それは、昨年花音が披露した黒ビキニに近いもの。

当時、千晴たちが「エロい」「エロすぎ」「エロまみれ」と評した、あれに。


それを見た和也は、素直に「エロ可愛いよ」と言い放った。

千晴は、顔を真っ赤に染めた。


海岸を歩けば、視線が集中する。

男も女も関係なく、誰もが振り返る。

和也は思わず「自分なんかじゃ釣り合ってないのでは」と不安になるが、

千晴は、そんな和也にぴったりと寄り添い、胸元をぐいっと押し当ててくる。

誰もが──納得するしかなかった。



しばらく波打ち際で遊んだあと、少し休憩に入る。


「かき氷、食べたいな」


「わかった、買ってくるよ」


和也が立ち上がって売店に向かう。

彼がいなくなった途端、ナンパの嵐が来るか──と思いきや、何もなかった。

むしろ、“あまりに美しすぎる”と、男たちは逆に尻込みしてしまっていた。


和也が戻ってくると、どこか様子がおかしかった。


「……おっぱいだ。おっぱいお化けがいたんだ……」


かき氷を片手に、呆然と呟く。


千晴は、ふと“霞の宿”でのラッキースケベ事件を思い出す。


「……え、花音がいたの?」


──それは達也の出来事だった。

それを思い出した瞬間、わずかに胸がチクリと痛んだ。

忘れようとしていた名。意識の奥で疼く感情。


和也も正気を取り戻しながら首をかしげる。


「花音? ああ……確かに凄かったけど……それ以上だった」


そう言って続けた。


「高校生くらいの子を男女4人連れてた。兄弟ではないっぽかったけど……

一人の女の子が“お母様”って呼んでたから、その子の母親なんだろうな。

でも、そんな年齢には全然見えなかった……」


「そんな……いるところには、いるのね……」


千晴は、変な納得の仕方をする。


「花音がGカップだから……Hカップとか……あるのかな?」


和也が指を折って数え出す。


「A、B、C、D、E、F、G、H」


「ちょっと、やめて!」

千晴が涙目で訴えると、和也は慌てて手を後ろに隠す。


「でも千晴──おっぱいは、大きさじゃない。感度だ!」


「おっぱいとか、感度とか……大声で言わないでよ、恥ずかしい……」


そして千晴は顔を赤くして言った


「……でも、感度は……今晩、確かめてね」


小さく呟くその表情は、あまりにエロ可愛くて。

和也は思わず、前かがみになった。



かき氷を食べ終えた頃、「そろそろ昼にしようか」と話が出た。

ふたりは海の家に向かって歩き出す。


恋人つなぎの手のまま進んでいたが、途中で和也が「あっ、やばい。忘れ物!」と叫ぶ。


「先に席、確保してて!」


そう言い残して、和也は荷物の場所へ走って戻っていった。

 

千晴は一人、先に歩を進めた。


海の家の近くで、記念撮影をしている高校生くらいの男女4人のグループを見かけた。

シャッターを切ろうとしているのは、母親らしき女性。

──あれが、さっき和也が言ってた“おっぱいお化け”?


そう思ったが、気になれば気になるほど、視線が吸い寄せられそうだった。

千晴は意識的に視線を外し、その場を素通りすることにした。


だから、彼女は気づいていなかった。

自分がその場を通り掛かったちょうどその瞬間に、

その母親がシャッターを切っていた事に──


──


時間は少し遡り


千紗たちは美優お母様に連れられ、海の家に入った。

今回の旅行は、旅費・宿泊費を子供たち4人で折半する代わりに、滞在中の食費はすべて親が負担するという取り決めだった。

実際には美優が立て替えて、後日清算するという形だ。


「子供は遠慮しないことも大事よ」

そう教えられてきた彼らは、その言葉どおり、遠慮せずに食べた。


肉の少ない焼きそば、具のほとんどないラーメン、粉っぽいお好み焼き——

どれも味だけ見れば決して絶品とは言えないけれど、空腹と場の雰囲気という最高の調味料が加わって、心の底から「美味しい」と思えた。


サザエのつぼ焼き、ハマグリの丸焼き、焼きとうもろこし。

海の家でしか食べないような焼き物もまた、特別な味がした。


子供たちはお腹いっぱいになるまで食べつくし、ひと休みの時間を過ごした。


そんな中、晴道が言い出した。


「みんなで記念写真、撮ろうぜ!」


「私が撮ってあげるわ」

美優が晴道のスマートフォンを受け取り、4人が並ぶ。


「はい、行くわよー」


ちょうどそのとき、美優の視界の端に通りかかった若い女性が入った。

年の頃は二十二、三といったところか。

どこかで見たことがあるような——ニュースだったか、雑誌だったか。


そして何より、その美しさに目を奪われた。

ただの整った顔立ちだけではない。

その表情が、今まさに恋をしている最中のように、満ち足りていて——

それが彼女の美しさを何倍にも引き上げていた。


美優はつい、少女が未だ背後にいる間にシャッターを切ってしまった。

その女性が写り込んだ写真を見て、美優は微笑んだ。


「……まあ、これも思い出ってことで」


「もう一枚、行くわよ〜」と声を掛け、もう一度シャッターを切る。

そのとき、美優は知る由もなかった。

この一瞬が、数年後に娘の運命をいたずらに動かすことになるとは——


──


子供たちは夕方まで目一杯遊び倒した。

美優も少しだけ海に入ったが、体力の差を思い知らされる頃、予定の時間になった。


「みんな、時間よ。そろそろ宿に行きましょう」


「はーい!」


浜辺のパラソルを返却し、無料のシャワーで軽く塩と砂を流す。

水着のまま荷物を抱え、宿へと向かう。

朝に預けておいた荷物は、すでに部屋に入れてくれているだろう。


宿は海からほど近いペンションタイプ。

庭には足洗い場もあり、そのまま部屋でシャワーを浴びられる。


千紗が予約したという部屋は、2階の2人部屋と4人部屋を一つずつ。

千紗・優香・美優が4人部屋、晴道と武が2人部屋を使うという配置だった。


──


順番にシャワーを浴び、ひと息ついた頃。

トイレへ行く途中、美優は隣室に入っていく宿泊客とすれ違った。

ちらりと見えたその横顔——先ほどの写真に写り込んでいた、あの美しい少女だった。


(あら、偶然ね……でも子供たちには内緒にしておきましょう。晴道君が見とれたら、千紗が可哀想だもの)


そんなことを考えながら、美優は声もかけずに先に進む。


──


「そろそろ夕食に行くわよ」


ペンションから少し離れた古民家改装の創作レストラン。

雰囲気も値段も「子供だけでは入れない」ような店だった。


「俺たち、場違いじゃないか?」と武が不安げに言えば、

「えー、なんかおじいちゃん家みたいで面白くない?」と能天気な優香。

「ばーんと構えておけばいいのよ」と謎の自信を見せる千紗。


「ここって結構お高いんじゃ……?」と晴道が遠慮がちに問えば、

「昼と同じ、私たち親が出すの。だから遠慮しないで」と美優が優しく答える。


「いや、海の家とは価格帯が……」


「うち、美優お母様はお金持ちよ! 株でばんばん稼いでるからねっ」


「いや、そういう話じゃないんだけど……」


そのやり取りに呆れつつも、皆楽しげに食事を楽しんでいた。


──


食後は腹ごなしに少し歩いて宿に戻る。

ペンションの玄関先で、宿の主人に声をかけられた美優は、朝食時間の相談のために少し残る。


対応に出てきたのは若い男性だった。

きちんとした印象で、言葉遣いも丁寧。

美優は、どこか大学院生のような雰囲気を感じていた。


「それでは、朝食は6時半でお願いできますか?」


「はい、承知しました」


若い男性と一緒に2階へ戻り、部屋の前で別れる。


「それでは、おやすみなさい」


軽く会釈をしたその瞬間、美優は自分の胸元がやや大胆に開いていたことに気づく。

ちょっとしたいたずら心が芽生えて、ゆっくりと上体を戻しながら、腕で谷間を強調するように挟む。


彼の頬が赤くなり、目を逸らせない様子が可愛らしく、美優はくすりと微笑んだ。


部屋に戻ると、千紗と優香の姿は見えなかった。

晴道と武の部屋からは楽しげな声が聞こえる。


そのままベッドに腰を下ろし、少しのんびりしていたその時——


隣室から、抑えきれないような甘い声が漏れてきた。

美優は反省する。


(……あらあら、ちょっと刺激が強すぎたかしら)


教育上よろしくないけれど、これは自分にも非がある。

そっとしておこう——そう思った美優は、部屋に準備していた花火セットを手に取り、子供たちの部屋をノックした。


「みんな、海岸に花火しに行きましょ。夜遅くなると、もうできなくなるそうよ」


「はーい!」


「うん、行こう!」


花火バケツに水を入れ、宿の主人に借りたトングを持って浜辺へ向かう。


手持ち花火だけだが、風情があった。

潮風に揺られながら、子供たちの声が夜の砂浜に響く。


「ほらー晴道、なんて書いてる?」千紗が花火を振り回す。


「千紗、こっちに向けんなって!」と晴道が逃げ回る。


武と優香は、並んで線香花火を見つめている。

儚い火花が、ふたりの距離を優しく照らしていた。


その様子を見ながら、美優はふと考えた。


(この子たちの青春は、いつまで続くのだろう?

このバランスのとれた関係は、ずっと持続できるのかしら……)


そんな思いにふける美優の手を、千紗がそっと取る。


「お母様も一緒にやろうよ!」


「ええ、やりましょう。……吹き上げタイプくらいなら、大丈夫かしら。少しは派手なのも楽しいものね」


夜風の中、美優はそっと微笑む。


(今はまだ、この子たちの関係を、静かに見守っていこう)


火薬の香りが少しだけ鼻をついたそのとき——

千紗が、ぽつりと呟いた。


「……このままみんなで、ずっといられたらいいのに」


その声が、夜空に溶けていった。


──


宿に戻り、後片付けを主人に任せた美優は、子供たちに声をかける。


「さぁ、明日は6時半に朝食よ。今日は早めに寝ましょ」


どうせすぐには寝ないだろうと分かっていながらも——

そう言わずにはいられない、大人の役割としてのひとことだった。



時間は少し遡り


千晴は海の家の座席で和也を待っていた。


「もう、何忘れたの?」


「スマホ。置きっぱなしだった」


「……もう、気をつけてよね」


そう言いながらも、どこか柔らかく笑う千晴には、まだこのとき、自分が“救われた”ことに気づいていなかった。


もしも和也が忘れ物をせず、千晴と一緒にあのまま歩いていたら――

二人が恋人のように見えるままだったら?


そうなっていれば、この後に起きる“写真の奇跡”が、彼女にとって致命的とまでは言わずとも、確かな痛手になっていたはずだった。


まるで誰かが意図的にルートを変えたように。

彼女の仲間内で言うところの──


**『運命改竄の魔女デスティニー・リライター』**の本領発揮である。


「ところで、何食べるんだい?」


「うーん……

・肉の少ない焼きそば

・具のほとんどないラーメン

・粉っぽいお好み焼き

・コンビニの何倍もするソーセージ……」


「なんか、悪意ある言い方じゃないか?」和也が笑う。


「でもね。この雰囲気で、和也と一緒なら、何食べてもすっごく美味しいと思うの」


その素直な言葉に、照れたのはむしろ和也の方だった。


「……じゃあ、サザエの壺焼きも行っちゃう?」


「全部行っちゃう?」


「いや、流石にそれは……

とりあえず、焼きそばとソーセージと、サザエの壺焼き……で、お好み焼きは半分こしよ」


気取らず、飾らず。

けれど、忘れられない時間。

潮風の中、二人で分け合うそれらは、思った以上に美味しく、何よりも幸せな味がした。



午後も少し海で遊んで、15時を過ぎた頃にはペンションへ戻った。


各自シャワーを浴び、部屋でまったり過ごす。

シングルベッドが2つ並ぶだけの、簡素で静かな空間。


「夕食は18時って」


「じゃあ……おっぱいの感度、チェックしておく?」

千晴がからかい半分で言った。


「いや、それは……まだ明るすぎるし……」

和也は焦ったように笑う。


「じゃあ、抱っこ」

無邪気に甘える千晴が、和也には可愛くて仕方がなかった。



ベッドに並んで寝そべり、穏やかに抱き合う二人。


穏やかな時間が流れ・・・

しかし段々と身体が熱を持ち始めたころ


……が、隣室から突然バタバタと音がして、声が響いた。


「あっつーい! シャワー浴びよ!」


「ふふ。思った以上に丸聞こえね」


「……だな」


「トイレ」

そう言って千晴が出ていく。


和也は、一人ベッドに残されて苦笑いした。


「あのまま、隣の声が聞こえてこなかったら、どうなってたか」



しばらくして千晴が戻り、やがて隣室からも外出する気配がした。


「そういえば、夕食は私たちだけって言ってたよね?」


「うん。時間までは、あと1時間くらいかな?」


「……どうする? やっちゃう?」


目を細めてからかうように言う千晴に、和也は微笑む。


「おいで、“抱っこ”の続きだ」


ふたりの間に流れる静かな時間――


それは、確かに幸せだった。


(肉体的な繋がりなんてなくても、心が繋がっていられる)

千晴はそう感じていた。


けれど、その幸せには終わりがあると、どこかで知っていた。



やがて内線電話が鳴り、夕食の準備ができたことが伝えられた。


向かったのは「食堂」というより、どこか実家のような温かみのある食卓だった。


テーブルの上に並んだ料理は、家庭的な惣菜に海の幸が添えられたような、どこか懐かしい献立。

手の込んだ“ごちそう”ではないけれど、ひとつひとつが丁寧に作られているのが伝わってくる。


「こういう料理って、いいな……いくらでもご飯が食べられるよ」

和也が箸を止めずにつぶやく。


「ふふ、食べすぎると、この後が辛いわよ?」


にこりと微笑む千晴の言葉に、和也は思わず赤くなった。


そこへ、厨房から顔を覗かせた女将さんが声をかける。

「そんなに食べてくれるなんて、作った甲斐があるよ。どんどん食べてちょうだいな。刺身とかは無理だけど、他の料理ならまだまだ出せるからね」


「ありがとうございます。どれも本当に美味しいです」


千晴が笑顔でそう返すと、女将さんは「ほんと嬉しいねぇ」と目を細めた。


そのやりとりをしながら、ふと千晴の胸をよぎったのは――


(……父以外の男性と、こうして家庭料理を食べるのって、初めてかもしれない)


達也とはそういう機会がなかった。

そして和也と正式に付き合っていた頃も、高橋家へ連れてきたことはなかったし、彼の実家も遠方で行ったことはなかった。


(……なんだか、夫婦みたい)


自分の中にぽつりと浮かんだその言葉に、思わず顔が赤くなる。

「どうした?」と和也に訊かれても、うつむいたまま答えた。


「……なんでもない。美味しいね」


それ以上は、何も言わなかった。

ただ、ただ、優しい時間が流れていった。



食事を終え、部屋へ戻ってしばらくした頃。


隣の宿泊客が戻ってくる気配がしたのと、ほぼ同時に――また内線電話が鳴る。


「……俺、行ってくる」

和也は軽く手を上げ、階下へ向かった。



しばらくして、和也が部屋に戻ってきた。

けれど、その様子はどこかおかしい。


「……おっぱいがいた」


「は?」


「おっぱいお化けが……いたんだ」


千晴はすぐに状況を察した。

昼間、海で出会った“あの家族”が、どうやら隣室の宿泊客らしい。

顔は見ていないが、あの圧倒的なスタイルの母親を和也が忘れるはずがない。


(……まったく。私というものがありながら)


呆れ半分、でもどこか嫉妬の火が灯る。


「……ほら、現実に戻ってきて」


千晴はそう言って、自分の左胸に和也の右手をそっと導いた。


温かな手のひらが、やわらかな胸を包み込む。

彼女の鼓動が、じんわりと伝わっていく。


──ドクン、ドクン。


「……和也、帰ってきた?」


「……千晴」


ようやく彼の意識が戻ってきた。

千晴はそっと微笑み、和也もその頬に静かに唇を重ねた。


それは、ただ求めるだけのキスではなかった。

繋がりを確かめ合うような、優しい熱のあるキス。


やがて二人の熱は高まって行く


(これまでの交わりは、気持ちよさや、求められることが嬉しくて……

でも今は、それだけじゃない)


やがて二人は一つとなり「愛されている」という実感。

これまで感じたことのない、幸福が千晴の中に満ちていく。

ふたりの身体が、完全にひとつになったその瞬間。

それは、単なる交わりではなく、魂の交歓だった。



和也に抱かれたまま、千晴はそっと目を伏せ、心の奥でつぶやく。


──これまでだって、

身体を重ねるたびに「繋がっている」と感じたことはあった。

熱を分け合い、息を絡めて、確かに何かを共有していると思えた。


けれど、今日のこれは──


“愛されている”という確信が、心の奥から湧き上がった。


それは、過去のどの快楽とも違う。

どの抱擁とも違う。


肉体の喜びが、精神の喜びに変わる瞬間。

千晴は、初めて身体が“心の入り口”になり得ることを知った。


これは、愛そのものだ。


気づけば、頬を一筋の涙が流れていた。

どうして泣いているのか、自分でもわからなかった。


ただ、安心して泣ける場所がある。

それだけで、こんなにも人は幸せになれるのだと──

千晴は初めて知った気がした。



千晴は、静かに眠る和也の胸に顔を寄せる。


(いつまでこうしていてくれるの?和也)


心の中で、そっと問いかけた。



──「……このままみんなで、ずっといられたらいいのに」


それは、ひと夏の幻。


奇跡的なニアミスと、すれ違いの記憶が、

このあと巡り巡って千晴の元に届くのは――


もっと、ずっと先のことだった。



「さあ、起きなさい。今日も忙しいわよ」

美優の声が、まだ夢の名残を引きずる部屋に響いた。


千紗は跳ね起きるように元気な返事をする。

「おはよう! お母様!!」

寝癖も声も爆発的だ。


「……おはようございます、美優さん……」

優香はぼんやりと顔を出し、まぶたを擦っている。


「二人とも、さっとシャワー浴びちゃいなさい。朝食終わったら、もうすぐに出られるようにしておくのよ」

「はーい」「はぁーい……」

「優香ちゃん、先に浴びなさい。あなた目が死んでるわ」



今日は材木座海岸でのマリンアクティビティ体験。

午前はシーカヤックとSUPヨガ。午後は全員でウィンドサーフィン。


朝食は6時30分にお願いしていた。


全員が出発準備を整え、昨晩まとめておいた荷物を手に食堂へ。

メニューは厚切りの鎌倉ハムでつくったベーコンエッグ、焼きたてパンのビュッフェにフレッシュジュースとコーヒー。


「朝から体動かすんだから、あまり食べ過ぎないのよ」

美優が微笑みながら、しかし母の眼差しで釘を刺す。


「ごちそうさまでした。おいしかったです」

千紗が一番に手を合わせ、他の子たちも続いた。


「お世話になりました」

宿のスタッフに頭を下げ、美優たちは材木座海岸へと向かった。



⸻ 和也たちの部屋


隣室の準備の音で、千晴は目を覚ました。

和也の腕の中。心地よいぬくもりと、幸せな目覚めだった。


(あと何回、こうして目覚められるんだろう──)


そう思いかけたが、千晴はふるふると頭を振り、その思考を追い払った。


やがて和也も目を覚まし

二人の熱が再燃する

繰り返される抱擁


千晴は、かつてない幸福に包まれていた。


昨晩の交わりが“心の深い会話”なら、

今朝の交わりは、“心の挨拶”だったのかもしれない。

どちらも、確かに愛を実感できる交わりだった。



その後、二人は順番にシャワーを浴び、身支度を整えると、

ちょうどよい時間に朝食へ向かった。

隣の家族はすでにチェックアウトした後だった。


朝食も、美味しかった。

二人は満ち足りた表情で部屋に戻り、

チェックアウトまでの時間を、穏やかに過ごす。



── 同刻・都内某所 ──


新倉南と高倉南は、二人っきりで朝を迎えていた。


「南ちゃん……和也さん、結局一度も連絡してこなかったわね。

本当に、行かせてよかったの?」


「……南さん。私も、和也から千晴を消そうとしたの。

でも、駄目だった。忘れさせようとしても、駄目だった。

私で上書きしようとしても……駄目だったの。

美由も、由美も、南さんですら“割り当てても”、駄目だった。

……千晴が、一番で、揺らがないの。」


「だったら──千晴を愛してる和也を、そのまま愛するしかないじゃない」


「達也さんなんて、南ちゃんを抱いたらすぐ千晴さんのこと忘れたのにね。

南の誘惑にも、あっさり乗ってきたし……

それなのに、なんで和也さんじゃなきゃ駄目なの?」


「だって──“和也”だから」


「名前が先なの?」


「そうよ。

愛に、どんな形があってもいいじゃない」


その言葉は──奇しくも、和也が千晴に言った言葉と、まったく同じだった。

『そうかな。愛なんて、形はいろいろでいい』


「……南も、達也さんは最初“達也さん”だから、だったわ。

でも、今は違う。“あの人”だから、いいの。」


「私は……南さんを、愛してるの。

でも、南さんは私を愛してくれない。」


「南も、南ちゃんのこと好きよ。

でも……愛するのは、男性なの。

そして……達也さんなの。」


「だったら、私は和也を、愛するしかないじゃない──」


新倉南と上嶋和也。

彼らは、どこか似ているのかもしれない。

本当に愛している相手から、愛してもらえない。

だから、代わりの人を“いちばん”にしようとしている。

……その痛みを、互いに知っているから、上手くいくのかもしれない。


「南ちゃん……南が、愛してあげる。この瞬間だけは──」

高倉南の指が、新倉南の体を、やさしくなぞりはじめる。


新倉南もまた、肉体の喜びが、精神の喜びに変わる瞬間を知っている。

だからこそ、高倉南の温もりから、離れられないのだった。



千紗と晴道は午前中に二人乗りのシーカヤックを体験していた。


「晴道、行くわよ! 優香たちに負けないわよ!!」

「おうよ、いち・に・いち・に……」


波間に漕ぎ出す二人の息はぴったりだった。


「武、負けちゃう!! 頑張れ~!」

「優香も漕いで! これは二人の息が合うのが大切なんだよ!」


負けていながらも笑顔がこぼれる二人。まるで青春そのものだった。


一方、美優はSUPヨガを体験していた。

ポーズを決めるたび、男性体験者が視線を逸らし損ねて着水するという、ある意味非常に迷惑な時間だった……。



昼食は近くの店で名物のシラス料理。

全員がシラス丼を頼み、シラスのピザをシェアする。

観光地らしい、ちょっと不思議な思い出。



午後は全員でウィンドサーフィン体験。


意外と器用な千紗、そつなくこなす晴道。

運動神経抜群の武だったが、優香が着水のたびに助けに行くので、進む暇がなかった。

本当に一途なやつだった


夕方、全員が疲れきって海から上がった。



時間は少し遡り、千晴と和也の朝食の後


千晴と和也は結局、もう一度肉体の会話に挑んだ。

隣を気にしなくて良かったので、千晴の”言葉”は大きかった。

愛が実感できる交わりだった。


──


チェックアウトの時刻が迫り、身だしなみを整えてロビーに降りた二人に、女将が意味深な微笑を向ける。

「本当、仲が良いことは幸せなんですよ」

聞こえていたかと真っ赤になる二人


千晴はペンションの玄関でご主人に声をかける


「ありがとうございます、とても素敵な時間でした」


ご主人の「また来てくださいね」という言葉に、千晴はすぐには返事できなかった。


この時間が永遠に続いてはいけないとわかっていたから。


── それでも。


ふと、幻のような未来を思い描いてしまった。



── 静かなリビング。

床には参考書が散らばり、ソファには和也が膝枕でうたた寝している。

指には銀の指輪。

その隣で、千晴は文庫を片手に目を細める。


ふと、和也が寝言のように「千晴、愛してる・・・」と呟き、彼女は優しく微笑む。


── 雪の降る朝。

手袋を忘れて駆け戻った和也の手を、千晴が自分のコートのポケットに無言で突っ込む。

その仕草に、胸が甘く痺れる。


── ある日、千晴が和也のスマホを手に問いかける。

「これどういう事?」

画面には“新倉南”からのメール

「いっ、いや普通に近況報告だよ!」「ふふ、大丈夫、信用してるよ」

そして優しいキス。



……そんな未来が、あるはずがない。


それでも思い浮かべてしまった光景は、あまりにも温かくて。

思わず、涙がこぼれそうになる。


だから千晴は、努めて明るく答えた。


「はい、また来ます」


その答えに、和也も静かに頷いた。


千晴は心の中で願った。

(例え幻でも、同じ未来を見てくれていたら嬉しい)と。


その後の二人の鎌倉観光は、若すぎる新婚夫婦のように穏やかだった。

和也もまた、幻視的な未来を見ていたのだろう。



千晴たちと千紗たち、それ以上の偶然のニアミスはなく、それぞれ帰途に着いた


── 3年後の春、東京。


都内の小さなカフェの隅っこで、千晴は最近やっと”独占できる”ようになった“彼氏”と一緒に、互いのスマホを覗き合っていた。


「これ、俺が高校2年のときの由比ガ浜旅行の写真。いつもの4人で行ったんだ」


そこには千晴も見知った顔が並んでいた


「へえ、楽しそう……。えっと、ってことは……3年前?」


「うん。ちょうど3年前の7月の終わりくらいかな」


「……偶然。私も、その年の夏、由比ガ浜行ってたの」


「マジで?じゃあ、どこかですれ違ってたりしてね」


彼が笑ってスマホをスクロールさせた次の瞬間、千晴の笑みが凍りつく。


「え……?」


彼の画面に映っていたのは、彼と友人たちが並んで撮った記念撮影のようだ──

その背景、すぐ後ろに見覚えのある横顔があった。

特徴的な黒の大胆なビギニ

間違いない、それは自分だった。


「私、写ってる……」


「えっ? どれどれ……わっ、本当だ!すげー偶然じゃん!!」


彼氏はあっけらかんと笑っていた。だが、千晴の内心には冷や汗が滲み始めていた。


あの日、自分は和也とぴったりと寄り添い、ずっといちゃいちゃ手をつないでいた。

もし、そんな写真まで残っていたら——。


彼と初めて出会ったあの日、ある人物に「彼氏はいないの?」と訊かれた千晴はこう答えていた。


「押しの強い人だった、としか……でも私が本気になれなくて、自然消滅しちゃったの」

「ごめんなさい、話が逸れちゃったわね。簡単に言えば──私は今まで一度も、“恋をしたことがなかった”って話」


嘘だった”恋”では無かったかもしれないが、そんな簡単な”関係”ではなかった


でも、あのとき初めて思った。

“誰に嫌われても、この人の隣にいたい”って。

だから心の中で和也に謝りながら、初めてついた人を傷つけるような嘘。


絶対にバレたくなかった。


「他にも私、写ってるのあるかも……写真、もっと見せてくれる?」


彼のスマホを手に取り、焦りを悟られないように慎重にスワイプしていく。


更に衝撃的事実が判明した


彼氏の一行が泊まったと思われるペンションの写真

それはどう見ても、自分と和也が泊まったペンションに間違えなかった


(あの日、私は和也とかなり早い時間にいちゃいちゃしだしちゃった、隣に聞こえてもいいやって勢いで・・・

その時の彼に聞こえていたんじゃ!?)


もう冷や汗どころでは無く、顔面蒼白だった


そして、あった。


和也と自分が手をつないで歩く、後ろ姿の写真。

けれどパーカーを羽織り、先ほどの特徴的な黒ビギニは見えてなかった


(セーフ……!)

千晴は内心で叫んだ。思わず、背中をつたう汗を拭った。


「千晴さんは、誰と行ってたの?」


「ちょっと、それ千晴でしょ!もう“さん”付けはやだってば!」


冗談っぽくごまかしながら、千晴は脳内で“架空の友人”を捏造した。


「大学時代の友達なんだけど……その子、失恋直後で。写真には残したくないって言われて、一枚もないの。

予約はもともと彼氏と行く予定で取ってたらしいんだけど、空いたからって誘われて

たまたま私しか予定が空かなくて行ったんだけれども、それほど親しいわけじゃなかったから、その後は音信不通なの」

(実は和也との自撮り写真が大量に有ったけれども、既に削除済みでセーフ)


嘘に嘘を重ねる。

だけど千晴は思っていた。


恋をしてしまった女は、どこまでも図太い。


そして、それでもやっぱり──

この人と、未来を生きたいと願ってしまったのだ。


──


それからしばらくして──


彼の幼なじみ、例の由比ガ浜の写真にも写っていた“可愛いライバル”が、ニッコリと千晴に近づいてきた。


「ねぇねぇ、千晴さん。今度の週末、彼氏貸してくれない?」


「ちょっと、貸すって何よ。今は“私の彼氏”なんだから、そう簡単には貸さないわよ?」


千晴がピシャリと返すと、ライバルは上目遣いでにこにこ笑う。


「うんとね、美優お母様が、こう言えば千晴さんは言うこと聞いてくれるよって。

“由比ガ浜ペンションの写真”って──千紗、何のことかわかんなーい♡」


……背中を一筋の汗が伝う。


「し、仕方ないわね。あんまり羽目を外しちゃダメよ?」


「うんっ!大丈夫っ。私、千晴さんみたいに“いちゃいちゃ手つなぎ”とかしないし∼」


……言い返せなかった。


この“可愛い刺客”の母親は、かつて千晴が勤めていた会社の社長が「千晴が似てる」と称した人物。

──しかし、実際は千晴の“上位互換”。


そして、その娘もまた、侮れぬ才能を秘めた存在だった。


「……私の“第1彼女”の座、いつまで守れるかしら」


“今は私の彼氏”

“第1彼女”


どちらも、意味深でありながら──


それを語るには、まだ早すぎる物語だった。



交錯する想いは、必ずしも正しさで整理できるものではありません。

それでもこの回で描きたかったのは、「誰かを守ろうとする気持ち」が、時に理屈を超える力を持つということでした。


和也は強いわけではありません。

迷いもあるし、揺れもする。

けれど、誰かを思うときだけは、不器用なほどまっすぐになる。


その優しさが、救いになるのか。

それとも、さらに誰かを縛ってしまうのか。


感じたことがあれば、ぜひ教えてください。



ep43 予告


南の願い。

和也の迷い。

そして、もう一人の“南”。


舞台は南国のリゾート。

青い海と白い砂の裏で、静かに仕掛けられる感情の書き換え。


気づかぬうちに揺らぐ心。

選んだはずの想いが、別の色へと塗り替えられていく。


次回、

甘美で、危うい“夏の儀式”。


運命は、本当に自分のものと言えるのか。

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