【第05話-10】四人の少女-寄り添うという選択
慰安旅行、最終日。
温泉も、展望台も、スイートルームの夜も。
五日間の非日常は、確かに楽しかった。
けれど──
この旅で本当に動いたのは、心のほうだったのかもしれない。
誰かを好きになること。
想いを伝えること。
そして、タイミングという残酷さ。
軽いはずだった恋バナは、いつの間にか笑って済ませられない場所へ踏み込んでいく。
慰安旅行の締めくくりは、観光ではなく――
それぞれの“恋”と向き合う時間。
【Scene22:支配人と黒ビギニ、慰安旅行5日目】
── 高橋 千晴 ──
目が覚めると、もうすぐチェックアウトの時間だった。
とはいえ今日は、このあと再入館してもう一度温泉を楽しむ予定。
「もうチェックアウトの時間だけど、再入館は11時から。それまでどうしようか?」
「送迎バスで駅まで戻って、どこかで朝食取ってからまた戻ればいいんじゃない?」
問題はキャリーバッグだった。
カウンターで再来訪の旨を伝え、荷物だけ預かってもらえないかと尋ねると、スタッフの方が少し困った顔をしてから「少々お待ちください」と奥へ。
やがて現れたのは、いかにも老舗ホテルにいそうな渋いおじさま。
「私、藤原と申します。こちらの支配人を務めております」
名刺までいただいた。
荷物を預けたいだけなのに……なぜ支配人が?と疑問に思っていると、
「唐突に失礼いたしますが……皆さま、もしかして『霞の宿』のご関係の方では?」
WEBやテレビで見たことがあるらしく、特に復興のプロセスに強い興味を持っていたらしい。
「よろしければ、次のオープンまでの間、少しお話を聞かせていただけませんか?」
私は一歩引いて、花音に任せようとしたのだけれど──
「高橋様ですよね。NHKの特集で拝見しました。ファンです」
えっ。
「千晴って年上キラーだよね」
「達也さんも15歳上だし」
由美、美由……あとで覚えてなさい。
支配人のご厚意で、まかない朝食まで振る舞われることになり、ゆったりとした空間で貴重な話を聞いた。
宿泊業に携わる人間としての哲学。
お客様に寄り添うという姿勢。
「この施設の閉館日が、ちょうど私の定年退職と重なりまして。最後のご奉公として、ここでの支配人をお引き受けしたのです」
──なるほど、そういう背景だったのね。
そんなこんなで、再入館の時間に。
「さて、水着ゾーンに行きましょう」
私、美由、由美はレンタル水着で済ませた。
花音だけは持参。
……というより、普通のサイズじゃきっと入らないから、あらかじめ持ってこさせた。
私はシンプルなワンピースタイプ。
美由と由美はビキニ。
そして、花音は……黒ビキニ。
「エロい」
「エロすぎ」
「エロまみれ」
「三段活用みたいに言わないで!!」
水着ゾーンはとても広くて、洞窟風呂や、子ども用の遊び場、プールに囲まれた露天風呂まで揃っていた。
「これ、完全にカップル向けじゃない?」
「ねえ千晴、達也さんと洞窟風呂でイチャイチャしたいって思ったでしょ?」
……正直、ちょっと思った。
でも言わない。
「言わなくても顔に出てるよ、このむっつり美人」
なんでバレてるの!?
水着ゾーンを出て、館内のお食事処で軽くランチ。
そして、いよいよこの旅も終わりが近づいてきた。
フロントで藤原支配人に挨拶。
「短い時間でしたが、とても素敵な時間でした。ありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ。霞の宿の皆様にお会いできて光栄です」
花音も深々とお辞儀をして、タクシーで京葉線の駅へ。
── 田中 由美 ──
これが、噂の“東京駅の動く歩道”……
長い! 楽ちん!
でも……なんでみんな歩くの!?
止まってたら完全に邪魔者扱いなんですけど!?
── 一ノ瀬 花音 ──
東京駅で、お土産を選ぶ。
そのあと、美由・由美とお別れ。
「楽しかったね〜」
「うん、凄かった!」
「葉月お母さんによろしくね。お土産も渡しておいて〜」
「「オッケー!」」
「美由と由美は、明日から仕事だっけ?」
千晴姉さんが尋ねる。
「ううん、私たち1週間休み取ったの」
「あれ? 冬美さん、5日くらいぱっと休ませてあげましょうって言ってたけど?」
「うん、“5日間たっぷり遊んできます”って言ったら……」
「頭抱えながら“じゃあ2日延長ね……”って」
「じっくり休もうね!」
「あなたたち、やっぱり慰安旅行の意味分かってない!!」
── 高橋 千晴 ──
美由と由美を見送って、花音と二人、電車に乗る。
花音が家に来るのは、約3ヶ月ぶり。
良い旅だった。
私にとっても、花音にとっても。
そして美由と由美にとっても、きっと。
それぞれが何かを持ち帰る、そんな五日間だったと思う。
【Scene23:幕間(フラグは回避できません)】
── 一ノ瀬 花音 ──
千晴姉さんの家に着くと、幸恵さんが笑顔で迎えてくれた。
「あら、千晴、花音、おかえりなさい。旅行はどうだった?」
「ただいま、お母さん。疲れた〜、寝る」
「ただいま、お母さん。疲れました、休みます」
そう、私はいつの間にか幸恵さんを“お母さん”と呼ぶようになっていた。
1度目の帰国では3ヶ月、昨年からは丸1年──高橋家で過ごした時間は、私の中で家族そのものになっていた。
四人目の母ができるなんて、私はなんて幸せ者だろう。
「あらあら、慰安旅行だったんじゃなかったの?」
「慰安旅行の意味、ちゃんと理解してない子たちがいてね。大変だったの」
「でも、その“意味のわかってない旅行”を企画したのは千晴姉さんですよ?」
「うっ……それは……正論だけど……」
「ゆっくり休んで。今日の夕食は唐揚げよ」
あの伝説の唐揚げ。進お父様を一本釣りした破壊力は、今も語り草。
「ゆっくり休んでてね」
⸻
夕方。進お父様が帰宅し、隣にいたのは美晴お姉さん──だった。
えっ? 美晴お姉さん?
……3ヶ月前と比べて、見違えるほど綺麗になってる!?
ぼさぼさだった髪はナチュラルに流れて、毛先には上品なカール。
メイクはほとんどしてないのに、肌にツヤがある。
千晴姉さんにそっくり……まるで、別人みたい。
でも──目元に、泣いた跡?
あれは……まさか……。
── 高橋 千晴 ──
3ヶ月ほど前から、美晴姉さんは明らかに変わった。
髪型や服装に気を配るようになって、それと同時に、私への態度がどこかよそよそしくなった。
でも私は、何も思い当たる節がなかった。
今、はっきりわかった。──これは、失恋だ。
一昨日の恋バナのとき、姉の話題にすり替えて、人身御供にしてやろうかと思っていたけれど、まだ話す段階ではなかったのね。
今も、私の目をまっすぐ見ようとしない。
……あとで、花音に探りを入れてもらおう。
⸻
その夜。
私は花音を部屋に呼んで、探りを入れてほしいとお願いしてみた。
でも花音の様子もおかしい
「……花音、なにか心当たりがあるんじゃない?」
「えっと……ある、かも……」
やっぱり。
花音は観念したように話し始めた。
──昨日の夜、突然美晴お姉さんから電話があった。
……そういえば、源泉風呂が溜まるのを待ってる間に、花音は一度外に出てた。
内容は──『好きな人がいる。どうしたらいい?』
美晴お姉さん、他に相談相手いなかったの……?
……まあ、“私と同じで”友達が少ないから、仕方ないのかもしれない。
実の妹には相談しづらかったから、花音に電話をかけたのかな
そこで、花音は──
『女は度胸、当たって砕けなさい!』
……うん、犯人確保。
「それ、アドバイスじゃないって、由美も言ってたでしょ!!」
「はい、お姉さんに謝りましょうね。私も一緒に行ってあげるから」
⸻
美晴お姉さんの部屋へ。
「美晴姉さん、花音です。入ってもいいですか?」
「どうぞ」
花音が先に入り、私も後に続く。
──美晴姉さんは、明らかに動揺していた。
話を聞く。
3ヶ月ほど前から、大学の別学部にいる同い年の院生に恋をしてしまったらしい。
一度告白したが──『嫌いじゃないけど、気持ちの整理をしたい。少し待ってほしい』と返された。
その後、同じ学部の女子がその人にアタックしてるのを目にしてしまい、やきもき。
もう一度気持ちを伝えるか迷っていたところで、ふと花音に相談してしまった
そこで花音から“あの言葉”を貰い、今日再度告白。
そして──
『ごめんなさい。先週、後輩の女の子から告白されて、OKしてしまった』
「……誰なの?」
「和也さんなの」
この状況、一人しかいないよねと思いつつも一応確認
「え? どの和也さん?」
「あなたの元カレの……和也さんよ!」
ですよねーーー!!!
「和也さん、あなたと付き合ってたことが気になって、私にはOKくれなかったの。
でも今日聞いたの、『その後輩の告白がなかったら、私のことどうしてた?』って」
「そしたら、
『この前、久々に千晴と話して気持ちが晴れてたから、もしかしたらOKしてたかもしれない』
って……」
……あ。
そういえば私、4ヶ月くらい前、和也を避けるようなことしてた……。
うわああああああああ。
──はい、事件解決。
真犯人:私
「初恋だったのに〜〜〜!!!」
美晴お姉さんが泣き出した。
『初恋にしては遅いな……』なんて思っても、今は絶対言えない。
ごめんなさい、お姉ちゃん。
私、慰められる立場じゃないです。
花音、お願い。任せた。
花音も”無理です”って泣きそうな顔してた。
……ごめんね、巻き込んで。
ところで美晴お姉さんはこんな事も言ってた
「『その後輩、嫌いじゃなかったし、“当たって砕けろ”って感じの告白されたからOKしちゃった』って和也さん言ってたの!」
それ……えっと、なんか察しちゃったんだけれども
考えたらフラグになっちゃいそうなんで、敢えて考えない・・・
うん、気のせいに違いない、フラグじゃない
⸻
翌日
花音と一緒に、南ちゃんに会いに行った。
彼氏ですって紹介されたその隣にいたのは──
──私の元カレ、和也。
ですよねーーー!!!
うん、教訓。
フラグは回避できません。
⸻
【おまけ】
綺麗になった美晴お姉さん。
そこに“失恋の憂い”が加わった結果──
今、モテ期真っ盛り。
あっちでもこっちでも告白されて、本人困惑気味。
でもその中に、運命の人がいるかもしれない。
願わくば、今度こそ報われる恋でありますように。
【Scene24:幕間(乙女の行動力は怖いです)】
── 高橋 千晴 ──
……気まずい。
―――
現状整理
高橋千晴<元交際相手>上嶋和也
高橋千晴<親友>一ノ瀬花音
高橋千晴<先輩後輩>新倉南
高橋美晴<姉妹>高橋千晴
高橋美晴<片思い不成立>上嶋和也
高橋美晴<先輩後輩 兼 ライバル>新倉南
高橋美晴・千晴<同居>一ノ瀬花音
一ノ瀬花音<友人>新倉南
一ノ瀬花音<里の恩人→>上嶋和也
新倉南<現交際相手>上嶋和也
―――
……うん、大惨事。
唯一の面識の無かった〈花音⇔和也〉間も、今こうして対面し、花音にとっては和也は里の恩人
私はといえば、元カノ、親友、姉、元カレの現カノ……全方位で関係者。
……無理。ちょっと無理。
「私このあと司会の練習あるから……早く来いって呼ばれてるの。それじゃ、ごゆっくり」
自分でも意味がわからない言葉を残して、そそくさと退散。
いえ、戦略的撤退です。断じて敵前逃亡ではありません。
── 一ノ瀬 花音 ──
あ、逃げた。
「一ノ瀬さん、このあいだは本当にありがとうございました。
あんな大金……俺には勿体なくて!」
和也さん、千晴姉さんの言ってた通り、誠実で好青年だった。
「いえ!そんなことありません! 霞の宿は、あのWebページにどれだけ助けられたことか!」
思わず和也さんの手を握って熱弁してしまう。
……ん? 視線? いや、殺気?
──南ちゃん。目が笑ってない。
「花音。和也さんと“どういう関係”なの? それに“大金”って?」
あわわ……。
「えっと……私、今“霞の宿”ってところで仲居やってるのは話したよね?」
「うん。若女将になるって聞いた」
「それでね。昔、経営危機に陥ったときに宣伝用のWebサイトを千晴が立ち上げたの。それが大当たりして──」
「その話に、和也さんがどう関係するの? それに“大金”って?」
──和也さん!? 後ずさりしないでください!? 今こそ耐える時です!
「で、そのWebサイトは……実は昔、和也さんが作った物で」
「それをなぜ千晴さんが?」
「あの、それは……その……お二人が付き合ってた頃に和也さんが千晴さんのために……」
「──え?」
ひいっ。南ちゃん、目がこわいです。
和也さん、ジェスチャーで訴えてくる。
『まだ付き合って1週間ですよ!? そんな過去の話、するタイミングなかったです!』
うん、それは……わかる。
「だ、大丈夫! 今はもうなんともないし!
千晴姉さんの姉……美晴さんのほうが、むしろ──あっ……」
「美晴さんって、あのうちの学部の? 最近綺麗になったって噂の?」
「そ、そうです」
「で、その美晴さんが?」
「……3ヶ月ほど前から、和也さんにアプローチしてて……このたび、見事に散りまして」
……和也さんが小声で何かつぶやいてる。
私は読唇術できる。
『この人、残念美人だったのか……』
はい、よく言われます。
「ふーん。色々あったんだね。で、“大金”って?」
「そのWebサイト制作への謝礼と、スイートルームの予約を取ってもらったお礼です」
「スイートルーム!?」
「はい、キャンセル待ちの支援をお願いしたので……」
「……それだけ?」
「それだけです!!!」
⸻
その後は3人でお茶して、
なんとか穏やかに過ごした。
⸻
その日の深夜。
南ちゃんから、メールが届いた。
「千晴さん、美晴さんにも見せてね!」
──
「あの、千晴姉さん……ちょっと見せたいものがあるんだけど」
「どうしたの? 花音、こんな時間に」
「怒らないでね?」
「なによ……」
「これ」
そこには──
『千晴さん、美晴さんへ
私、新倉南は今夜、上嶋和也さんに純潔を捧げました。
和也さんには、責任を取ってもらうつもりです』
──全裸にシーツだけを巻いた南ちゃんと、苦笑する和也さんのツーショット写真付き。
……。
……。
その後、千晴姉さんが立ち去った後の顛末をすべて話す羽目になり──
めちゃくちゃ怒られました。
そして、最後にこう言われた。
「……これ、美晴お姉さんには絶対見せられないよね」
「ですよね……」
──乙女の行動力は怖いです。
今回は完全に――恋バナ回でした。
そして何よりも強烈だったのは、新倉南。
一見おとなしそうで、理知的で、ちゃんとしている。
でも、覚悟を決めたときの行動力は、もはや爆発的。
“好きになったら、取りに行く”
しかも一切の躊躇なく、最短距離で。
言葉より先に、事実を作る。
迷うより先に、既成事実を積む。
……正直、怖いです。
でも同時に、それはある種の強さでもある。
迷い続ける千晴とは、真逆のタイプ。
この対比は、これからじわじわ効いてきます。
さて、南の“怖さ”をどう感じましたか?
計算高い?
それとも純粋な一直線?
ぜひ感想やリアクションをいただけたら嬉しいです。
また今日で投稿1カ月を超えました。
こうやって続けられるのは皆さんのおかげです。
名前だけで良いので、感想で好きなキャラを教えてください。
もしかすると、出番が増えたりするかもしれません。
次回、
恋は終わる。
けれど、後悔では終わらない。
支えてくれた人。
選ばなかった未来。
そして、選べなかった自分。
揺れ続けた想いに、
ついにひとつの答えが出る。
変わったのは、誰かじゃない。
――変わったのは、私だった。
慰安旅行の余韻が消え、
物語は次の段階へ進む。
千晴の心に、決着。




