【第05話-08】四人の少女-寄り添うという選択
慰安旅行は、まだ続いている。
笑い声と贅沢な時間に包まれながら、
それぞれの胸の奥では、別の感情が静かに動き始めていた。
過去は、終わったものではない。
整理したつもりでも、心のどこかに残り続ける。
再会は偶然か、必然か。
そして――その意味に気づくのは、もう少し先のこと。
楽しいはずの旅は、
いつの間にか、次の局面へと踏み込んでいく。
【Scene16:朝マックと50万円の夜、慰安旅行3日目】
── 高橋 千晴 ──
Spa LaQuaを朝8時前に出発。
外気はまだ柔らかくて気持ちがいい。
少し歩くけれども、水道橋駅まで向かう。
後楽園駅から地下鉄でも良いけど、かえって遠回りになるのよね。
私たち、キャリーケースを引いてるし、なるべく段差が少ない方がいい。
「朝食どうしましょ?」
「マクドナルドにしようよ! 私、朝マックって入ったことない!」
由美が言い出して、決定。
── 田中 由美 ──
自分で言い出しておいてなんだけど……
うちら、完全に浮いてたよね?
千晴=超美人、花音=巨乳美女、美由=美少女、そして自分で言うのもなんだけれども、私だって美少女。
この4人でマクドナルドに入ったら、「撮影?」「芸能人?」ってざわつかないわけがない。
……ソーセージマフィン、初めて食べたけど。
私は普通のハンバーガーの方が好きかな。
⸻
朝マックを終え、JRで移動開始。
水道橋→西船橋→舞浜のルート。
千晴はちゃんと理由があって、このルートを選んだ。
「東京駅経由の方が早いんだけど、京葉線ホームまで距離があるの。大きな荷物があると大変なのよ」
……なるほど。さすが、旅行プランナー千晴。
「でもさ、京葉線ホームまでの“動く歩道”乗ってみたかったな〜」
「なにそれ?」
と美由。
「えっとね、いつまで経っても上らないエスカレーター、みたいなやつ!」
「私は成田空港で乗ったことあるわよ」
と花音。
「え〜、私も乗ってみたい!」
と美由。
「大丈夫よ、帰りは東京駅経由にするから。ちゃんと通るわ」
と千晴。ぬかりない。
⸻
舞浜駅に到着すると、キャリーバッグは駅前のカウンターでホテルに預けられた。
……VIP待遇じゃない?
でも、本当のVIP待遇は、明日だったみたい。
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ディズニーランドに入場。
子どもの頃、家族旅行で来た以来だ。あのときも美由と一緒だった。
さすがに混んでいたけれども、花音が「私が全部出すから」って、有料チケットを大量購入してくれて――
ええ、快適すぎました。
もう、花音様様です。
ショーも優先席、アトラクションもほとんど並ばず乗れて、移動のストレスもゼロ。
「夜のショーはごめんね。今晩はホテルでディナーにしてあるから」
と千晴。
でも充分すぎるほど楽しんだから、誰も文句なんて言わない。
⸻
夕方、ランドを出てディズニー・シー側にあるホテルミラコスタへ。
「予約キャンセルがうまく取れたのよ」って千晴が言っていたけど、どんな手を使ったのか……聞くのはやめておこう。
チェックインを済ませると、そのままホテル内のレストランで17:30からの洋風ブッフェへ。
荷物は既に部屋に届けられていた。
……食べ過ぎた。
── 中田 美由 ──
食事が終わり、部屋へ向かう途中――
「そうそう、二人部屋しか取れなかったの。美由と由美、こっちの部屋でいいよね?」
って、何気なく言われて――
案内された先が……
「……えっ、スイートルーム!?」
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クラシックで重厚感のあるインテリア、広すぎるリビング、ベランダからはシーのハーバー全景。
……もう、現実感ゼロ。
由美も私も、しばらく無言だった。
思わず千晴に聞いてしまう。
「ちょっと待って……千晴、これ……さすがにやりすぎじゃない?」
すると、彼女は軽く肩をすくめて笑った。
「元々ね、花音の驕りで“黒湯温泉視察”って話だったでしょ?
でも結果的に、宿の慰安旅行扱いになって、予算が出ることになったのよ」
「それで?」
「花音に聞いたの。“もし4人で特別な夜を過ごすなら、一人いくら出せる?”って」
「そしたら……?」
「“50万くらいなら、別にいいんじゃない?”って即答されたのよ」
「…………」
「だから、合計200万。
このスイートと私と花音の部屋、今日のディナー、明日のVIPツアー、それに明日のディナーも全部入れて――
まだまだ予算内よ」
⸻
いや、待って。
なんてツッコんだらいいのこれ。
世界が違いすぎて、何も言えなかった。
でも……
最高に贅沢な“女子旅の夜”が始まる予感がして、ちょっとだけ胸が高鳴った。
【Scene17:Intermission(競争)】
── 高橋 千晴 ──
このスイートが取れたのは私の力ではない。
ある“カラクリ”があった。
いや、実際には――人海戦術だった。
美由たちから慰安旅行の話を聞いたとき、
私はすぐに花音に予算の話を持ちかけた。
先ほど美由に話した、あの内容だ。
予算は十分。
美由と由美には感謝しかない。
霞の宿がここまで復興できたのは、
彼女たちの働きが占める割合が大きい。
本人たちが思っている以上に、遥かに。
だから、最高の旅にしたかった。
そのために思いついたのが、ディズニーシーのVIPツアー。
ただし、それにはスイートルームの利用が条件。
当然、キャンセル待ちしかない。
しかも、最大のチャンス――14日前――はすでに過ぎていた。
地道にキャンセルが出るのを待つしかない。
でも、私はあることを思いついた。
決着がついたばかりの「千晴指導権」争奪戦。
その“敗者たち”の力を借りたのだ。
達也を通じて、こう伝えてもらった。
「高橋千晴くんが困っている。
遠くから訪れる友人をディズニーシーのスイートルームに泊めてあげたいが、キャンセル待ちにも失敗した。
なんとかならないか?」
そして、花音・美由・由美の3人が私服で一緒に写っている(私は入っていない)写真を添付して依頼。
この“敗者復活戦”は思いのほか加熱したらしい。
ある理工学部の准教授、なんと専用のWeb巡回プログラムまで作ったと自慢していた。
……結果として、スイートの予約が取れた。
連絡をくれたのは、その理工学部の准教授だった。
礼を言うために達也と一緒に会いに行った。
だが、どうも話の様子がおかしい。
実際に予約を取ったのは、どうやらその准教授ではなく――
彼の“配下の院生”だったようだ。
「いやぁ、俺のプログラムは完璧だったんだが、
自宅のサーバで動かしてたら、
どうやらサイバーテロと間違えられてブロックされちゃってね」
……私にはわかる。
これは、嘘だ。
小さい男。
手柄を立てた院生を褒めることもせず、
その連絡先どころか、名前すら明かそうとしない。
あまつさえ――
「そいつな、スイートルームとVIPツアーの決済でカードの限界ギリギリらしくて、カード止まりそうだってさ。
俺のカードならまだまだ余裕なのにな」
なんて言い出す始末。
誰にも嫌われたくない、なんて面倒な性格の私だが、
例外はあるようだった。
もう一瞬たりともこの男の近くにいたくなかった。
こんなやつになら嫌われたって構わない。
そんな感情が語気を強める。
「その人に会わせていただけますか?」
男はようやく状況を把握したらしく、
直接会うセッティングを渋々了承した。
その後に及んでも、院生の名前すら明かさなかった。
「千晴のそんな姿、珍しいな」
達也も苦笑いしていた。
……それより、VIPツアーの予約は依頼の中に入れていなかったはず。
どうして?
幸い、その院生は大学構内にいたようで、すぐに会えることになった。
達也と一緒に向かった先に居たのは――
上嶋 和也。
私の“元彼”。
私の“初めての人”。
霞の宿を救ったWebサイトの設計者でもある。
【Scene18:Intermission(感謝)】
── 高橋 千晴 ──
彼──和也は、私の顔を見るなり声をかけてきた。
「ち、高橋さん……」
後ろにいる達也に気づいて、呼び方を変える。
その一瞬で、すべてを察したのかもしれない。
和也は、強引なところもあったけれど、誠実で聡い人だった。
私は彼と付き合っていたこと、初めてを預けた相手が彼だったこと──
後悔したことは、一度もない。
たぶん、私は彼のことを「好きだった」のかもしれない。
気づかなかっただけで。
ただ「恋」には、ならなかった。
今の達也と同じように。
「やっぱり、この依頼、高橋さんだったんだな」
「付き合ってた時みたいに、“千晴”でいいわ」
自然と、そう返していた。
達也が後ろで見ているというのに。
──4ヶ月前、偶然すれ違ったときは、あんなに逃げるように振る舞ったのに。
あのときとは、少しだけ変われたのかな。私。
「この写真……やっぱり一ノ瀬さんだよね。見覚えがあって、ピンときたよ」
「准教授から何も聞いてないの?」
「“この娘と仲良くなりたければ、この日程でスイートルームを取れ”って。それだけ」
……最低な人だ、と確信した。
でも和也は、そこに打算を持ち込まなかった。
「それより、どうしてVIPツアーまで予約を?」
「勝手にやっちゃって悪いかったかな? スイート取れたし、次はこれだよなって思ってさ。
たまたま1枠だけ、9:00スタートが空いてて」
「4人分で申し込んでるけど、人数変更はいつでも可能だよ。
もし不要ならキャンセル料は俺が払うから」
「……和也、最高よ」
思わず手を取って、軽くキスをした。
ほんの一瞬のフレンチキス。
彼は目を白黒させていたけど。
達也がどんな顔していたか、見なかった。
「カード限度額、もうギリギリなんだ。
止まったら水道・光熱費も、携帯代もヤバい」
「じゃあ、今すぐ臨時増額の申請を」
「俺の信用だと、これ以上は無理だと思う……」
「なのに、なんでVIPツアーまで!」
「……千晴が喜ぶだろうなって思ったら、気づいたら……手が動いてた」
「ほんと、ばか。今すぐ代金分振り込むから、明細と口座を教えて」
彼が素直に頷いたのを見て、少し安心した。
「あ、あと。和也が作ってくれたWebサイト、使わせてもらってる」
「やっぱり……そうじゃないかって思ってた。
作った甲斐あったな」
「本当に評判がいいの。
基礎がしっかりしてて、自由度が高くて──あれ、もし外注してたら何百万って請求されてたって」
「……そっか。よかった」
「霞の宿の復興の、切り札になったの。みんな感謝してるよ」
彼と別れた後、私はすぐに花音へ連絡を入れた。
予約代金と振込先、そして相手があのWebサイトの制作者であること。
その金額に“色を付けてほしい”と。
⸻
その夜、達也はいつもより少しだけ強引だった。
私はその熱に翻弄されながら、
「もしかして……嫉妬したのかな」
なんて思って、ほんの少しだけ達也が可愛く思えた。
──ただ、きちんと“付けて”きたことに、
どこか寂しさもあった。
一線は、越えてはいけないという、彼なりの理性と“正しさ”が、ちょっとだけ悲しかった。
⸻
翌日、さらに朗報が届いた。
もうひとつの部屋──ハーバールームの予約が取れたというのだ。
「”千晴指導権”の敗者だけじゃなく、准教授たち全体に声をかけたんだ。人手は多い方がいいからな」
達也は、さらっと言った。
「……ありがとう」
私は、達也に熱いキスをした。
⸻
ハーバールームを取ってくれたのは、文学部の2年生──新倉南さんだった。
彼女は、花音のことを知っていた。
「ちゃんと友達になる前に、嵐のように去ってしまって……。
でも、できれば本当にお友達になりたかったんです」
私は深くお礼を述べて、
「新倉さんの事、花音に必ず伝える」と言ったが──
「南でいいよ。それに……花音さんには私から直接連絡します。
連絡先、実は知っていたのに……連絡する勇気がなくて」
「でも、これをきっかけに自分で連絡してみます」
南ちゃんの顔には、強い決心が見えた。
そのあと、花音に連絡を入れる。
もう一部屋も予約が取れたこと、その人は花音を知っている人だということだけ──
南ちゃんの名前は出さずに伝えた。
花音の世界が、少しでも広がりますように。
⸻
その日の夜、珍しく──いや、別れてから初めて──和也からメールが届いた。
「振込金額が多すぎる。差額を返したいから、花音さんの連絡先を教えてほしい」と。
すぐに電話した。
「そのお金は、霞の宿からの感謝の気持ち。受け取ってくれないと、困るの」
和也は、しばらく沈黙してから「わかった」と答えた。
──ずっと後になって、花音に尋ねた。
「いくら振り込んだの?」
「予約代金込みで、きりよく500万円」
「……多すぎない?」
「だって、あのサイトが霞の宿を救ってくれたんでしょ?
あれで助かった金額を考えたら……400万なんて微々たるものじゃない?」
「確かに、感謝って金額じゃないよね」
本来、その言葉は金額が“足りない”ときに使うものだけど──
……まあ、今回は逆でもいいか。
新倉南という人物、いかがでしたか。
ほんの短い登場でしたが、
彼女の言葉や態度に、何か引っかかるものはありましたか。
この先、物語のどこかで
思い出すことになるかもしれません。
次回、
特別な出来事はない。
けれど、
少しだけ距離が縮まる。
強く求めなくても、
押しつけなくても、
居場所は、
静かに形を持ち始める。




