【第05話-06】四人の少女-寄り添うという選択
視察旅行の夜は、静かに更けていく。
豪奢な宴の熱も、笑い声も、
湯に溶ける月光の中でやがてやわらいでいった。
六億の融資。
動き出した新別館計画。
そして、まだ誰も本気では向き合っていなかった
“旧別館の未来”。
決意は、勢いではなく、
夜の静けさの中でこそ試される。
若女将という選択。
愛という感情。
そして、この宿をどう残していくのかという問い。
甘さと現実が交差する、満月の夜。
物語は、ひとつの“答え”に近づいていく。
【Scene11:月夜の湯と、これからの話】
── 高橋 千晴 ──
豪華な宴が終わり、私たちは別館の部屋へと戻った。
「……こっちの湯にも入らない?」
私が達也へ言ったの。個室露天風呂。
私も、それなりに“期待”しちゃってるから
こんな時間だし、さすがに冬美さんも引き上げただろう。
……何の“期待”かは、聞かないで。
「そっ、そうだな」
達也の声も、どこか上ずっている。きっと同じことを考えてくれたのかな。
湯に身を沈めると、柔らかな風が頬を撫で、満月の光が湯面を銀に揺らしたの。
「こっちも、いい湯だな……」
「もう一つ、“霞の湯”もあるのよ。明日入れるかな?」
ふいに、静寂が訪れる。
……金の湯に入った時もそうだったけども。
あれだけ肌を重ねたのに、こうして一緒にいると照れくなっちゃう。
しかも今日は満月。誰かに覗かれていたら、なんて思うと……
思わず顔が赤くなっちゃった。
「どうしたの?」
達也の問いに、私は誤魔化すようにそっとキスをする。
それを合図かのように
二人は静かに一つになる。
たまらない幸福感に、思考が溶けていく。
でもその奥で、もう一人の自分が冷静に問いかけてくる。
昨日の私と今日の私、どっちが達也の好みなの?
……駄目、そんなこと考えてる場合じゃない。
そんなの、まるで達也を“試してる”みたいじゃない。
そんな考えを振りほどくように私は達也にキスをした。
──その痴態を見ていたのは、雲ひとつない満月だけだった。
⸻
我に返った私たちは、ほとんど言葉を交わさずに身体を洗い、
湯から上がって、部屋へと戻る。髪を乾かし、喉を潤し、布団へ──
少しして達也がふいに話しかけてきた。
「なあ、千晴。この別館、大規模改修する予定なんだよな?」
「そう。新別館が軌道に乗ったら、三年後の春に着手する予定よ」
「おっ、いつもの千晴に戻った
やっぱり俺はそっちの方が好きかな」
そうなんだ……
でもなんだか見透かされているようで恥ずかしかった
「この建物、もう築50年以上だろ? 耐震改修だけで済まないと思う」
「だから余裕を持って、銀行には多めに予算案を出してるわ」
達也は少し考えてから、静かに口を開いた。
「新別館って、木造風の意匠を取り入れるんだろ? だったら……この旧別館も、改修時に意匠を合わせてみたらどうかな?」
「え……?」
「もちろん構造次第だろうけど、新別館の資料を見る限りじゃ、旧別館も工夫すれば意匠的に寄せることはできると思う。
そうすれば、“統一された世界観”としてブランドが強化されるし、旧別館の稼働率も維持・向上が見込める」
……そんな発想、誰もしていなかった。
誰もが、旧別館は“延命処置”──いずれは取り壊しになると、どこかで諦めていた。
なのに、彼はそれを“生かす方法”を探してくれている。
「……達也、あなたって、最高よ」
──いまだに「愛してる」の一言が言えない私。
でも代わりに、
私は達也におおいかぶさり、
その唇に激しいキスを落とした。
やがて、彼も私の熱に応えてくれて、
この旅、三度目の情事が静かに始まった。
──それは、誰にも聞かれず、誰にも見られず。
月の光さえも届かない、ふたりだけの夜だった。
【Scene12:湯上がりの朝と、若女将の決意】
── 高橋 千晴 ──
翌朝。
私たちはふたりして、ぐっすり眠ってしまっていた。
……もう、朝食の時間にもギリギリかも。
隣で眠る達也は、まだ静かに寝息を立てている。
2日間で3回も……あれだけ激しく、ね。
もう少し、寝かせてあげよう。
──冬美さん、もうドアの前で待機してるかもしれない。
待たせてごめんなさい、そう思いながらドアを開けると――
「ゆうべはおたのしみでしたね」
……それ、某国民的RPGのセリフ!
無表情で言うの、やめて怖いから!
平静を装って返す。
「おはようございます、冬美さん。朝食、まだ大丈夫ですか?」
「はい、いつでもお支度できますので。お待ちしております」
「ありがとう」
──達也を起こして、朝の支度をさせる。
⸻
朝食も、やっぱり素晴らしかった。
「今回も進さんが?」
「はい、最近は朝食を任されることが多くなりまして」
「じゃあ、朝早いから“ゆうべはおたのしみでしたね”はできませんね?」
さっきの仕返し。
冬美さんは真っ赤になって俯いて、もじもじ。
涙目で、上目遣いで、ぽつり。
「千晴様のばか……」
──萌えるわ!
「進さん?」
「うん。冬美さんの旦那様。“高橋進”さん」
「えっ……?」
「私の父と同姓同名なの。でもね、冬美さんより20歳下で、婿入りしたの」
「……15歳差なんて、なんてことないってことか」
「そうね……」
……不意打ち、ずるい。
⸻
結局、ばたばたして“霞の湯”には入れず。
チェックアウトのとき、それを葉月さんに伝えたら、
「千晴さんがこのあと会議に参加される間、大杉様はどこかでお待ちになるんでしょう?」
「はい、そのつもりです」
「だったらその間、新館の大浴場をお使いになれば?
お掃除のあとは女湯は仲居に開放してるけど、男湯は誰も入りませんから」
「ありがとうございます。伝えてきますね」
⸻
達也に伝えると、
「わかった。そうさせてもらうよ。
場所は昨日案内してもらってるから大丈夫」
手荷物をフロントに預けながら、軽口を一つ。
「間違えて女湯に入っちゃダメよ?」
「そんなわけないだろ」
──でも私は忘れていた。
立てたフラグは、きっちり回収されるということを。
⸻
会議が始まる。
今日の議題は、視察旅行の成果について。
参加者は庄蔵さん、直人さん、葉月さん、里見さん、そして冬美さん。
この宿を支える、いわば“フルメンバー”だ。
冒頭、葉月さんが口を開く。
「花音が、“女将を継ぐ”と言いました」
……その言葉が出なければ、私が報告するつもりだった。
「それで、姫さまは今日は?」
庄蔵さんの問いに、直人さんが応じる。
「花音には一ヶ月の猶予を与えました。
一ヶ月間気持ちが変わらなければ、
『新別館』発表記者会見の場で、新しい“若女将”として正式に立たせます。
ですので、この会議への参加は、その後に」
……それは、あの子のための“優しい猶予”だった。
『花音に継いでほしいってわけじゃないの。あの子には自由に生きてほしいの』
かつて葉月さんが私に語った、あの想い。
私が視察旅行へ連れて行ったことで、
少し強く背中を押しすぎてしまったのかもしれない。
だから、この提案はありがたかった。
「私からも一つ、提案があります」
私は口を開く。
「今回の視察旅行は、少し詰め込みすぎました。
正直、3人の慰安にはならなかったと思います。
ですので――改めて、純粋な“慰安旅行”を提案させていただきたいのです」
「いいわよ」
即答したのは冬美さんだった。
「あの子たち、今回の旅行を“勤務扱い”にしたから、実質お休みゼロなの。
5日くらい、ぱっと休ませてあげましょう」
「その方が花音も、気持ちの整理がつくでしょう」
葉月さんも賛同する。
「さすがは千晴ちゃん。そこまで計算ずくだったのね」
……そう言い出したのは、里見さん。
え? 違います、私はただ、美由と由美を労いたくて……。
「やはり、千晴様に任せておけば、すべて上手く行くのです」
──庄蔵さん、もう本当にその全幅の信頼、どこから来るの……?
⸻
「もう一つ、お話があります」
私は続けた。
「現・別館の大規模改修についてです」
私は、昨夜達也から提案された“意匠変更”のアイデアを詳しく説明した。
「達也からの提案である」と、はっきり前置きもして。
「……凄い。そんなこと、思いつかなかったよ」
直人さんが目を見開く。
「別館が、生まれ変わるなんて……」
冬美さんは目を潤ませていた。
「「賛成です」」
葉月さんと里見さんが声をそろえる。
「やはり、千晴様は特別でございます」
──いや、だから達也の案だって、ちゃんと……!
「千晴さん。早速、計画の推進をお願いしてもいいですか?」
直人さんの一言で、会議は終わった。
⸻
その後、達也と合流すると、彼は何故か茫然としていた。
「あっ、達也。“霞の湯”どうだった?」
「おっぱいが……おっぱいが……」
不穏な単語をつぶやきながら、放心している。
「ちょ、どうしたの!? なにがあったの!?」
事情を聞き出してみると――
私と別れたあと、達也は案内どおり、別館の大浴場へ。
ちゃんと“男湯”の札が立っているのを確認して、入ったらしい。
ところが、そこには入浴中の若い女性たちが。
後から確認したところ、花音・美由・由美の三人だった。
しかも最悪なタイミングで、一人が湯船から立ち上がるところに遭遇。
ばっちり、正面から“全部”見てしまったというのだ。
しかも、“おっぱい”のあまりの迫力に、達也の方が悲鳴を上げて飛び出してしまったらしい。
……なんてベタなラッキースケベ。
あなた、ラノベ主人公やるにはちょっと年くってますよ……?
「顔は覚えてるの? 誰が誰だか、わかった?」
「……いや、もう、“おっぱいの記憶”しかない……」
……花音、恐るべし。
教訓
立てたフラグは、やっぱり回収される。
霞の宿の旅も終わりです。
霞の宿の登場キャラで、今いちばん気になる人物は誰ですか?
名前だけで大丈夫です。お気軽に教えてください。
1.花音
2.美由
3.由美
4.葉月(女将)
5.冬美(仲居頭)
6.里見(番頭)
7. 庄蔵(爺や)
8.千晴
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次回、
昼の銭湯。
黒い湯気の向こう、
偶然と呼ぶには近すぎる距離。
気づかない少年。
気づいてしまった少女。
そして何も知らないまま、
時間は静かに流れていく。
物語は、まだ動かない。
だが確実に、近づいている。
黒湯の向こう側。




