【第03話-01】何度負けても、あなたを好きでいた ― 千紗が選んだ愛のかたち
R15作品ですが、今回はヒロイン幼少期のため
アダルト要素はありません
── 如月 千紗 ──
「観覧車に行く前に少し休みましょうか」
花音の提案に、誰もが小さくうなずいた。
動物園をたっぷり堪能した一行は、園内併設のカフェに足を向けた。午後の休憩にはちょうど良い時間だったが、平日ということもあり、店内は静かだった。
「そうだね、喉も渇いたし」
晴道が素直に答える。彼の声はなんだか妙に遠くに聞こえた
四人で窓際のテーブルにつき、注文を済ませると、それぞれが思い思いの時間を過ごし始めた。スマホをいじる者、メニュー表を眺める者、ただぼんやりと外を見つめる者。
でも微妙な緊張感が有った
晴道は目が泳いでる。
なんか……すごく、不安
お弁当を食べ終わった後、午後から色々あった
プリクラブース、迷路、展示館。
ひとりずつ、確実に“攻めた”はずだった。
もちろん私も、本気だった。
あのとき、晴道が見せたあの顔。
ドキドキしてくれてた。間違いなく。
……でも。
なんで……晴道、花音さんとだけあそこ迄
展示館で見た二人の痴態が焼きついてしまってる。
花音さんだけずるい、そう考えたその瞬間、胸の奥がきゅぅっと痛くなった。
なんで……? ずっと一緒にいたのは私なのに
観覧車。
そうだ、観覧車に乗るんだ、この後
誰と乗るのか――まだ決まってない。
だけど、きっと“何かが決まる”って、みんな思ってる。
……わたしも、負けない。
“はるみちを最初に好きになった女の子”は、わたしなんだから
【Scene02:これが初恋ってやつだと思った。……でも隣にいたのは、私じゃなかった】
幼稚園のころの私は、自分で言うのもなんだけど、ちょっと“聡い子”だったと思う。
周りの男の子たちは、何かっていうと戦隊ごっこだの虫探しだの、大声で走り回ってるし、
「はいはい、また始まった」って、内心で見下してた。
担任の先生にもよく「おませさんねぇ」なんて言われてたし。
……うん、正直、自分でも“その気”だった。
子供のくせに子供を冷めた目で見てたの。
それが私、如月千紗。
そんな私の前に“王子様”が舞い降りたのは――幼稚園を卒園する半年ほど前の、ある日のこと。
「上に引っ越してきた小泉です」
玄関を開けた先、パパとママが並んで立っていて、その後ろにいたのが――
……その子だった。
ふわりとした前髪。
少し長めの、柔らかそうな髪。
優しげな顔立ちで、最初は女の子かと思った。
けれど、違った。
その目は――男の子だった。
とても綺麗な、静かな色をしてた。
「えっ、同い年なんですか?」
「うちにはもう一人、お兄ちゃんがいまして……」
ママとその子のご両親が話す会話を、私はぼんやり聞いていた。
そして思った。
――運命だ、って。
だって、同い年の男の子が、私のすぐ上の部屋に引っ越してくるなんて。
それも、こんなに可愛くて……いや、格好良くて。
じっと顔を見つめていたら、向こうもこちらに気づいて――
ちょっとだけ、顔を赤らめた。
それだけで、もう。
ズキュンって、胸にきた。
あっ、これだって。
これが「初恋」ってやつなんだって。
きっと、そう。
「ちせちゃんて言うの? この子ははるみち。仲良くしてあげてね」
しゃがんで目線を合わせてくれた晴道くんのお母さんは、とっても綺麗だった。
それがなんだか“結婚相手のお母さん”って感じで……
「もちろんです、おかあさん」
って言ってしまって、ママに笑われた。
あれは……ちょっと、今でも思い出すと、顔から火が出そう。
そんな“運命の出会い”を果たした私は、もちろんテンションMAXで。
「真上が小泉くんの部屋なんだ〜」って、ひとりで浮かれていた。
でも、優香には……なぜか言えなかった。
いつもは何でも話すのに。
彼のことだけは、話したくなかった。
独り占め、したかったのかもしれない。
彼の「はじめての友達」は、私でありたかったのかもしれない。
――それから、数日後。
「こいずみ はるみち君、今日から皆の仲間になります。仲良くしてあげてね」
その声を聞いた瞬間、私は立ち上がりそうになった。
まさか。
けど、やっぱり彼だった。
小泉晴道くん。私の王子様。
「はっ、はるみちです。よっ、よろしくお願いします……」
か細い声。うつむいた姿。
クラスの男子、たけしが言った。
「なんだよ、なよっちいな。女みたいじゃねーか!」
その瞬間、私はたけしに全力で睨みを利かせた。
あとちょっとで、蹴り飛ばしてたかも。
そのくらい、腹が立った。
だけど。
最初の工作の時間。
私はすぐに、晴道の元へ駆け寄って――
「はるみち、すごいね! 同じ幼稚園で同じクラスなんて、奇跡だよねっ!」
笑顔で、そう言った。
……結婚しかない! って本気で思ってた。
だけど、そのとき――優香が、少し困った顔で言った。
「ちさ……どうして、はるみち君を知ってるの?」
ああ。そっか。
彼は、私だけの人じゃない。
優香も……きっと、彼に気づいてる。
近づきたいって、思ってる。
そう思った瞬間、胸がざわついた。
だからわざと自慢げに言った
「晴道は、あたしの部屋のすぐ上に引っ越してきたのよ!」
それからの毎日。
私は毎日、晴道を誘って、隣にいた。
一緒に遊んで、一緒におやつ食べて。
たまにたけしをやっつけたりして。笑
でも……あるとき、ふと気づいた。
晴道が――一番、やさしい笑顔を見せるのは、
私といるときじゃなくて、優香と話してるときなんだって。
手をつないでるのも、優香とだった。
……あれ? おかしいな。
それは、きっと“最初の違和感”。
私の中に生まれた、ちいさな棘。
だけど私は、その棘に気づかないふりをした。
「勝てる」って、思ってたから。
だって、初恋は私だった。
彼の「初めての友達」も、きっと私だった。
……そう、思いたかった。
【Scene03:ママの嘘つき──キスをしたのに、全然幸せなんかじゃなかったよ】
パパとママは仲が良かった。
キッチンで、玄関で、ふとした瞬間にキスをする。
「いってらっしゃい」とか「おかえりなさい」とか、そんな自然な言葉に添えるように。
私はそれを見るたびに、胸がふわっと温かくなった。
これが“愛し合う”ってことなんだなって、子どもなりに思ってた。
ある日、思い切ってママに聞いてみた。
「なんで、パパとキスするの?」
ママは一瞬きょとんとして、それから少し笑って、教えてくれた。
「愛し合う男の人と女の人はね、キスするのよ。そうするとね、幸せになれるの」
なるほどって、思った。
そっか、キスって幸せの魔法なんだ。
じゃあ、あたしも使ってみようって、すぐに思った。
「千紗にもそのうちわかるわ」って、ママは言ったけど――
私はそのとき、もうわかってた。だって、私にはもう“好きな人”がいたから。
「わかってるよ、あたし、はるみちとキスするの!」
ママは困った顔になった。
それでもちゃんと、続けてくれた。
「でもね、キスはお互いを思いやっていないと、しちゃダメなのよ?」
その“思いやり”って言葉が、まだ少し難しかった。
でも、私は思った。大丈夫、私は晴道のこと、ちゃんと好きだから。
⸻
次の日の放課後。
私はランドセルを降ろすと、迷いなく晴道に向き合った。
「晴道、ねえ聞いて。パパとママがね、愛し合ってる人はキスをするんだって。
だから、私たちもしようよ。だって、晴道は私のこと、好きでしょ?」
私の声は真剣だった。少し緊張もしたけど、それよりずっとわくわくしていた。
これが“魔法”なんだ。これできっと、もっと仲良くなれる。
だから私は、そっと目を閉じて、晴道の唇に唇を重ねた。
ほんの一瞬だけ。でも、世界が止まったみたいだった。
⸻
目を開けた時、晴道の目は大きく見開かれていた。
何かを言いかけていたのかもしれない。でも、声は出ていなかった。
私はそんな彼の反応が少し可笑しくて、ちょっと誇らしかった。
――けれど、その気持ちは次の瞬間、崩れた。
だから背後にいた優香に、私は思わず声をかけた。
「ねえ、優香も晴道のこと、好きだよね? だったら、優香もキスしてみてよ」
なぜそんなことを言ったのか、自分でもよくわからなかった。
ただ、試してみたかった。比べてみたかった。どちらの“好き”が、本物なのか。
⸻
優香はしばらく黙っていた。
でも、やがてゆっくり歩み寄り、少し背伸びをして――
そっと、晴道にキスをした。
何も言わずに。
ただ、まっすぐに。
その光景を見た瞬間、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
私が先だったのに。
私が言い出したのに。
私の方が“好き”なはずだったのに。
なのに、どうして――こんなに、苦しいの。
⸻
帰り道、私はひとりで歩いた。
空は晴れていたけど、胸の中にはもやがかかったみたいだった。
ママの言葉が、ぐるぐると頭を回る。
「キスをしたら、幸せになれるのよ」
私は、つぶやく。
「……ママの、嘘つき」
幸せどころか、涙が出そうだった。
⸻
このキスの記憶は、
私にとって、はじめての“敗北”だった。
そしてたぶん、それはずっと消えずに、心の奥に残り続ける。
【Scene04:誕生日プレゼントと“してあげる券”】
千紗は買ってきた紅茶の香りを鼻先で一度確かめてから、ゆっくりと口元に運んだ。
ふぅ……。
ほんのりとした渋みと、遠くで残る果実の甘み。
なんてことない紅茶なのに、思い出すたび、胸の奥がきゅっと締め付けられる。
もう、何年前の話だろう。
小学校五年生の、秋だった。
⸻
当時、私たちの間で流行っていたのは、ある新作アクション対戦ゲームだった。
ゲームそのものも面白かったけれど、それ以上に嬉しかったのは――。
「はい、やっ、とうっ!」「よっ、えいっ、やったー!」
こうして晴道とふたりきりで、ワイワイと騒ぎながら遊べる時間だった。
ゲームは2人用。優香はもともとゲームをあまりやらないタイプ。
その上、最近は部屋で編み物の練習をしてた。
最近ハマってるらしくて、その間に私は晴道と二人っきりで遊べてたんだ。
「千紗、ちょっと強すぎじゃない? 全然勝てないよ……」
当然のことながら、私の方が強かった。
だってこのゲーム、元々は兄貴が買ってきたやつで、私は何度も相手をさせられていたから。
対人経験で言えば、圧倒的に私の方が上だった。
「ちょっと休憩しようかな。なぁ、別のゲームやらない? 久々にさ、優香も呼んでさ、パーティーゲームとか」
その言葉に、私は反射的に嘘をついた。
「優香なら今日は出かけるって言ってたよ」
本当は今日も部屋で編み物の練習をしてた。
「対戦ゲーム終わったら呼んでよ。私も気分転換にやろうかな」
そう言ってたけれど……私は呼ばなかった。
いや、呼べなかった。
私にとって、この時間はとても貴重だったから。
胸がちくちく痛んだ。
この時優香は晴道のために一生懸命なのに、私は全然気づいていなかった。
これも、私の“敗因”だったのだと、今ならわかる。
⸻
その夜、私はある作戦を思いついた。
このまま晴道が対戦ゲームに飽きてしまったら、ふたりきりの時間も無くなってしまう。
そうなる前に、もっと一緒に遊べる仕掛けを作らなくちゃ――!
そして数日後。
「ねぇ、晴道。ちょっと早いけど、お誕生日プレゼント!」
そう言って、私は手作りの封筒を差し出した。
「へぇ、ありがとう。開けていい?」
晴道が開けると、中から出てきたのは――。
「……何これ?」
「対戦ゲームで“手加減してあげる権”!」
ちゃっちゃっちゃー♪ 脳内では可愛い効果音が鳴っていた。
「そのチケットを使うと、私が手加減してあげますっ!
やっぱり、同じくらいの実力じゃないと成長しないしね。
このチケットが無くなる前に、強くなってよね!」
……実は、100枚作った。
このチケットがある限り、晴道は私と一緒にゲームをしてくれる。
つまり、晴道は私のもの。私だけの時間を独占できる。完璧な作戦!
……そう思ってた。
どんな顔で受け取ったのか、晴道がどう思ったのか。
あのときの私は、自分の作戦に夢中で、何も見えていなかった。
⸻
そして、その翌日。
「今年の晴道への誕生日プレゼントだけれど、ごめんね、ちょっと早くなっちゃったけど、あたしは手作りのものを渡したから。優香も、今年は一人で何かあげてね」
勝ったと思った。
私が一歩リードしたって、そう思ってた。
でも――数週間後。
見慣れないマフラーを巻いている晴道を見て、私は立ち尽くした。
「晴道、なにマフラーなんて巻いてるの、まだそんな時期じゃないでしょ?」
「これは優香が誕生日プレゼントにくれたんだ。手作りなんだぜ」
そう言って笑う彼の顔は、すごく嬉しそうだった。
そして、その隣で恥ずかしそうに俯く優香。
私には見せない顔だった。
ふたりの間に流れるあたたかな空気が、耐えられなかった。
……負けてる。
友達としても、女としても。
その晩、私は紅茶を飲みながら兄に相談した。
当時人気だったアニメを観ている兄に、ぽつりと問いかけた。
「兄貴……男の人って、どんな女の子が好きなの?」
兄はTVから目を離さずに、あっさりと言った。
「そうだな。可愛くて、甘えん坊で、ぶりっ子で……何より巨乳で、そんな妹キャラなんか、実際に妹がいない晴道くんにはささると思うぞ」
「はっ、晴道は関係ないってば!」
睨みつけると、兄貴はいつの間にか真剣な眼差しで私を見ていた。
「なれるよ、千紗はとびっきり可愛いし。……母さんを見てみろ、巨乳美人だぞ」
「バカなこと言ってんじゃないわよ……でも、ありがと。“お兄ちゃん”」
⸻
そして今。
紅茶の湯気越しに、昔の自分を見つめている。
好きな男の子へのプレゼントに『してあげる券』って……
思い出すたびに、当時の自分を殴りたくなる。
それって、幼稚園児がパパとママにあげるやつじゃん。
でもあの日があったから、私は今の私になれた。
甘えん坊で、ぶりっ子で、“ロリ巨乳”なキャラ。
全部、あの日のお兄ちゃんとの会話がきっかけだった。
お母様、美人で巨乳に生んでくれてありがとう。
“お兄ちゃん”、千紗の今に至るキャラ付けは、あの時に定まりました。
晴道にはぶっささってるし。
優香にも、花音さんにも負けたくない。
……次こそ、“晴道の心”を得るために。
【Scene05:勝負のチョコ、ズレた想い】
ふと顔を上げると、花音さんと優香はまだ飲み物を手にしていた。
晴道は、やっと落ち着いてきたようだ。展示館での一件以来、どこかずっとソワソワしていたのに──今は、静かな空気のなかで、彼の表情も少し和らいでいるように見える。
……まだ観覧車までは時間がある。
ほんの数分でも、こうして“止まっている時間”はありがたかった。
紅茶の香りがまた、私を過去へと誘っていく。
⸻
中学2年の冬。
私は、ひそかに「勝負のとき」が来たと感じていた。
キャラ変を始めてから、もうすぐ3年。思えば長い道のりだった。
昔の私は──思ったことはすぐ言うし、男の子にだって蹴りを入れてた。
そんな私が、ある日突然「甘えん坊でぶりっ子で、ロリ巨乳(予定)」なんて路線を走り出したら、当然のように周囲の目は冷たかった。
それでも、少しずつ、時間をかけて。
友達には好印象を保ちつつ、嫌われないように慎重に、“ぶりっ子”の角度を調整して。
自分自身にもそのキャラを馴染ませるようにして。
……全部、お兄ちゃんのアドバイス。
ありがたくて、でも時々「方向を間違ってないかな」って思う瞬間もあったけど……それでも、頑張った。
そしてその“効果”は出ていた。
中学に入ってからは何度も告白されたし、男の子とも女の子とも距離感を上手に保って──私は、いわゆる“カーストトップ”に立っていた。
晴道にも、きっと……。
少しずつ“女の子”として見てもらえてきてるはずだった。
昔のように一緒に笑い合って、時々照れた顔で見てくれて。
いや、子どもじゃなくなっただけなのかもだけど──でも、嬉しかった。
⸻
バレンタイン。
この年、私は“勝負”に出ることを決めた。
「私たち、もう中学生だよ? だったら、今年は手作りのチョコにしようよ」
「……異議なし。そろそろそういう年齢だもんね」
「どっちが先に晴道に渡せるか、競争だね!」
……その言葉は、私から出た。
だって、味で勝てる自信なんてなかったから。
優香は、物静かで、とても家庭的な子。きっとチョコだって上手に作る。
だったら私は、先に渡すことで勝負するしかない。
少しでも早く。少しでも目立つように。
……でも、それって、誰との勝負だったんだろう。
それからの私は、お菓子作りに必死になった。
夜遅くまでレシピと格闘して、何度も試作して、うまくいかなくて。
「優香に勝ちたい」。その一心で突き進んだ。
……でも。
そうやって出来上がったものは、“失敗作”だった。
どうしてもうまく形にならなくて、味も安定しなくて。
それでも私は諦めきれなかった。
予備で買っておいた、高級な市販チョコ。
朝一番に、それをラッピングして、晴道の家に持っていった。
「はい、ハッピーバレンタイン」
顔を見上げると、泣きそうで。
だから私は、そのまま逃げるように帰った。
晴道がどんな顔してたかなんて、見られなかった。
失敗作のチョコは……お兄ちゃんに食べさせた。
最初は「目ぇ回りそう」って笑ってたけど、それでも優しく「おいしいよ」って言ってくれて。
ああ、もしかして、そっちを渡せばよかったのかな。
……晴道は、きっと笑ってくれたのに。
⸻
「また、私は……間違えた」
静かなカフェの中で、そう思った。
あのときも、私は“勝ちたい”ばかりで、肝心の“晴道の笑顔”を見ていなかった。
そう気づいた今の私は、もう少しだけ、強くなれた気がする。
後半
高校生生活に入ります




