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三人のヒロインとシェアハウスすることになった僕は、全員を本気で愛して呪われてしまった。 ――告白は観覧車のてっぺんで  作者: iron-bow


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【第05話02】四人の少女-寄り添うという選択

北海道へ向かう機内。


三人は眠り、

ひとりだけが目を閉じない。


この旅の裏側には、

すでに動き出していた“別の時間”がある。


二年前の決断。

出会い。

計画。

そして、揺れた心。


すべては、静かに始まっていた。


――これは、始動の記録。

【Scene04:Intermission(始動)】


── 高橋 千晴 ──


千歳空港までのフライト時間は一時間少しと短いが、仲居娘三人組はうつらうつらと眠っていた。

今日は全員が朝番だったと聞いている。六時からの勤務なら、五時前には起きていただろう。眠いはずだ。


……今しばらく、

私は頭の整理を続けてみる。



二年前の八月。里は氷室設計事務所の社長一家を霞の宿に招いた。

ご案内したのは、本館の特別室。氷室氏にとっては現地視察を兼ねた滞在だ。


奥様とともに施設を見て回り、中学二年生の娘さんは、美由と由美が相手をしてくれた。


本館を見た氷室氏は、感嘆の声を漏らした。


「素晴らしい……こんな建造物が、いまだ旅館として現役で使われているとは。

 有形文化財としての登録も検討されてはいかがでしょうか」


その提案に、庄蔵さんもうなずいた。

「そうですな。そろそろ考える時期なのかもしれませんな」


やがて話は設計の本題へと進む。


「設計要件は、先ほどご案内いただいた三階建ての別館と同等の施設を新設、という理解でよろしいですか」

「ええ。そうなりますな」

「十二室構成。宿泊料金は一泊十五万から二十万円。グレードに差を設け、全室に個室風呂を備える──と」


ひと呼吸おいて、氷室氏は語った。


「ならば、私は平屋建てRC造・木造風意匠を提案します。

次に建てる施設は、この本館と印象を揃えるべきです。

五十年前であれば、老舗旅館にモダン建築を組み合わせるのも話題になったでしょう。

四年前に完成した新館は、若年層を狙う低価格帯として妥当な戦略でした。

しかし今度の新施設は、本館と並び立つ“もうひとつの顔”となるべきです」


語気を強めることなく、しかし確かな情熱を滲ませて続ける。


「今さら純粋な木造というわけにもいきません。RC造で行きましょう。

ただ、木造風意匠は年々進化しており、納得のいく造りは十分可能です。

もちろんコストは跳ね上がりますが──平屋建てにすることで建築費の圧縮は可能でしょう。

 

土地はあるのです。私に、平屋建ての可能性に挑戦させていただけませんか」


「空間の魔術師の力、見せていただけるということですな」

「もちろんです。全身全霊を注ぎ込ませていただきます」


その熱に押されるように、私も口を開いた。


「大浴場は必要になりますよね。

ならば、そこは別棟にして、普通の二階建てにしてはどうでしょう。

一階に調理場と従業員施設、二階が大浴場──

一棟に収めるよりも敷地面積を節約できますし……

将来的には、仲居寮の建設も視野に入れるべきかと思います」


氷室氏は、口元に微笑を浮かべた。

「素晴らしいスタッフがおられるようだ」


「我が里の誇る懐刀です」

庄蔵さんが誇らしげに言った。


「仲居寮の建設の折には、ぜひまた我が設計事務所をお呼びください」


……少し、こそばゆい。


その熱意に後押しされ、庄蔵さんはすぐに有形文化財登録の申請に踏み切った。

間に合うだろう──“何”に間に合うのかは分からなかったけれど。


けれど私の中には、はっきりとしたイメージが浮かんでいた。



三ヶ月後──十一月。

私たちは再び氷室設計事務所を訪ねた。設計構想の素案が整ったとのことだった。


プレゼンテーションは、氷室社長自らが行ってくれた。

とても素案とは思えぬ完成度で、CGによる完成イメージまで用意されていた。


「申し訳ありません。中途半端な状態ではお見せしたくなかったもので。

他の案件を絞り、この案に集中させていただきました」


素人目にも、それが“並の仕事”でないことは明らかだった。


「……良いのですか? まだ正式な契約でもないのに、ここまで……」

庄蔵さんも、思わず息を呑んでいた。


「これは私にとっても、人生の中で特別な仕事になる予感がしております。

妥協なく取り組んでみたくなったのです」


「──これで、良いのですか?」

“爺や”が私の方へ視線を送る。


私の役目ではない。そう思いかけたが、口は自然と動いていた。

「はい。彼に任せて、間違いないかと思います」


その言葉をもって、氷室設計事務所との正式契約が締結された。


もっとも、融資の目処が立っているわけではない。

着工は、当分先になる見込みだと釘を刺したのだが──


「なに、我々の業界ではよくあることです」

氷室氏は微笑んで言った。


「私にとって、ぜひとも手掛けたい仕事です。いくらでも、お待ちいたしますよ」


──これが、“始動”の一歩だったのだ。



十二月。大杉准教授との打ち合わせは、沈んだ雰囲気に包まれていた。


十一月に入って以降、霞の宿の稼働率に陰りが見えはじめていた。

週末は満室を維持しているが、平日を中心に新館の空室が目立ち始めた。

別館に至っては、一時的に土日も埋まらぬ日が続いていた。


年末年始の繁忙期を前に一時的な調整期とも見えたが──

一月中旬、連休明けの平日の予約が。ついに新館にも連日空室が出るようになった。


「なんとかしなければいけませんね。やはり商学部に応援を……」


「いえ、未だそれには──」


「千晴?」


「いえ……ごめんなさい、達也」


私たちは、いつしかそう呼び合う仲になっていた。

男女として付き合っているわけではない。

同じ困難に向き合う仲間──の“はず”だった。


私は彼に好意を抱いていた。

それが“恋”なのか、まだ自分でも分からない。


けれど、この二人の時間に第三者が踏み込むことに、どうしようもない拒否感があった。

……私らしくない。


「元々、新館は注目を集めるための“間口”です。

まずはその目的を果たすべきかと。そこが動けば、別館の回転率も上がるはずです」


「何か案が?」


「Webサイトを立ち上げます。すでにサンプルはあります」


「……ほう。流石ですね」


……実は、ずっと前に用意していた案だった。

でも、この場に出すには躊躇いがあった。


あのサイトは、大学一年の時に付き合っていた彼氏が作ってくれたものだったから。

理工学部の先輩で、コンピュータに強かった彼は、付き合っていた頃、私の話に耳を傾け、

美由と由美の写真を見せたら、こう言った。


「可愛いじゃないか。この子たちを広報に使えばいいのに」


それは、葉月女将の「花音と三人で看板娘になってほしい」という意向にも沿っていた。

彼はすぐに試作サイトを作ってくれた。


「各種決済・予約システムとも連携しやすく作ってある。

データをアップしてカスタマイズすれば、すぐに使えるよ」


そのサイトは、大学の教習用サーバーに、ずっと眠っていた。


准教授と二人で確認する。

美由と由美の写真は、仲居姿の他に、私服姿まで掲載されていた。


「よくできているじゃないか。それに──モデルも可愛い」


──“モデルも可愛い”。


たったそれだけの言葉に、なぜか胸が少し痛んだ。

あのとき、元彼が同じことを言った時には、なんとも思わなかったのに。


……何なの、これは。



クリスマスイブ。


ありがちだが、二人の関係が変わるきっかけになったのはその日だった。


達也は、私をディナーに誘った。

その意味を理解しながら、断らなかった。


「部屋を取ってあるんだ。今日は帰したくない」

「ふふ、ベタなんですね」

「不器用なんでね」

「……いいですよ」


その夜、私たちは結ばれた。


快楽の中で──

“これが女の幸せなのかもしれない”とさえ、思った。


けれど達也が「千晴、愛してる」と囁いたとき──

私は、その言葉を返せなかった。


好意はある。けれど、それが“恋”なのか、“愛”なのか──まだ分からなかった。


達也は言ってくれた。


「それでもいい。君がここにいてくれるなら」



年が明け、私は再び庄蔵さんに呼ばれ、霞の里を訪れた。


集まっていたのは、庄蔵さん、直人さん、葉月さん、里見さん、冬美さん──そうそうたる顔ぶれだった。


葉月さんが切り出す。


「子どもができました。まだ安定期にもほど遠く、予定日は九月です。

 女将業にも影響が出るかもしれません。だから皆さんには、早く伝えておきたかったのです」


──新しい時代が、始まろうとしていた。



【Scene05:Intermission(転回)】


── 高橋 千晴 ──


『本機はもう間もなく千歳空港へ向かい降下をしてまいります──』


アナウンスが流れる。空の旅もそろそろ終わりだ。

隣の三人組──美由・由美・花音──はすっかり眠りこけていた。

リクライニングも倒さず、シートベルトもしたまま。よほど疲れていたのだろう。


……もう少しだけ、私は頭の整理を続けてみる。



正月明けのあの日、霞の里。

そうそうたる顔ぶれの前で葉月さんが懐妊を告げたあと、私は新別館建設の話を切り出す決意を固めた。


庄蔵さんによれば、計画の全貌を把握しているのは直人さんだけ。

他のメンバー──葉月さん、里見さん、冬美さん──は「爺やがまた何か始めて、千晴を巻き込んでる」程度の認識らしい。


「お話ししたいことがあります」


「暗い話じゃなきゃいいなあ」

と笑ったのは冬美さん。


「霞の里の未来の話です」


私は、老朽化した別館の実情と、新しい施設の必要性を伝えた。


「確かに、別館はもう五十年選手だもんなあ」

里見さんがしみじみと呟く。

葉月さんも冬美さんも、別館と共に育った世代だ。思うところはあるだろう。


私は、氷室設計事務所から預かった完成イメージを表示した。


「すごい……本当に、こんな風に本館を再現できるの?」

と葉月さん。


「氷室設計事務所は信頼できます。彼ならきっと、最高のものを仕上げてくれます」


「全く千晴ちゃんには敵わないや。こんな大仕事、よくまとめたね」

と冬美さん。


「千晴さんなら安心。きっと素敵な宿になりますよ」

と葉月さん。


……いや、ちょっと待ってください。

私がしたことなんて、氷室設計事務所を紹介しただけですよ。


しかも、大学のフィールドワークで地元の高村不動産を訪れたとき、

「私が住んでいるあたり、御社の取り扱い物件が多いですね」なんて何気なく話したら、

「今の社長が最初に手がけた仕事のシェアハウスが近くにあります。そのときの設計事務所と今も取引が続いています」と言われて──

その設計を担当したのが、氷室設計事務所だったんです。


「だから言ったでしょう。たまたまなんて、ないんですよ」

庄蔵さんは、どこか誇らしげに微笑んだ。



「ただ……問題もあります」


私は、きちんと現実を伝えるべきだと考えた。


「これを実現できるだけの融資の目処は、まだ立っていません」


一気に場が静まる。


「達也が──あっ、いえ、担当の准教授が言うには」


「達也、ですって。親しげね」

と里見さん。


「あら、千晴さんのご両親も教授と生徒の関係だったらしいわよ。花音から聞いたわ」

葉月さんが乗ってくる。


『きゃー! 禁断じゃなくてそのままゴールイン!!』

冬美さんと里見さんが揃って叫ぶ。


……わあ、やっぱりこうなる。


「いえ、私たちはまだ、そういう関係じゃ……」


「“まだ”ってことは、これから進展あるの?」

「“私たち”って、もう両想いってことよね〜」

「で、どんな関係なの?」


ああもう、誰か助けて!


「千晴様にも、ようやく春が訪れたようで」

庄蔵さんまで便乗してくるし。


「私たち、半年ずっと一緒だっただけですから!」


「「「半年も!」」」

三人が見事にハモった。

──この三人、本当に仲良いな……。


「で、融資の話に戻っていい?」

冬美さん、今絶対わざとでしょ。


「はい、提案があります」

ぎりぎりのテンションで、シリアスに引き戻す。


「話は戻るけれども、千晴さんのお父様とお母様って15歳差らしいわよ」

葉月さんがさらっと言う。


「私と達也も15歳差よ」

あっ、釣られた……。


「「「きゃーー運命よ!!」」」

葉月さん、里見さん、冬美さん。勢いが止まらない。


あなた方、四十五六のはずでは!?

姦しすぎるでしょ!


……落ち着くまで、結構時間がかかった。



「11月から12月前半、そして1月後半の予約状況で──

別館の稼働率は60%を下回る週が出始めました。

新館も、年明け1月後半には稼働率がついに70%台に落ちます」


霞の宿が“完全稼働”でなくなった。

それは現実として重く、全員に衝撃を与えたようだった。


「葉月さんは、これから徐々に業務をセーブされると思います。

ですので──私は、新たな広報担当を任命することを提案します」


私はWebサイトの画面を開いた。


「美由と由美を、宣伝の顔に据えます。

可愛い仲居たちの姿と、老舗旅館のギャップはきっと話題になります」


「格式ある宿として、反発は出ないかしら」

葉月さんの不安は当然だった。


「ドメインを分け、宣伝サイトは“別ブランド”として運営します。

公式サイトからリンクを張ることはせず、独立性を保ちます。

加えて、このサイトからの予約に限り割引を設けます」


「素晴らしい案ね、さすがは千晴さん」

「頼りになるわ」

「これなら乗り切れそう!」


……いや、ちょっと待ってください。

このサイト、元彼に作ってもらったんです。

割引の案は、達也の助言です。

私、何もしてないのに──なんでこんなに祭り上げられてるの……?


庄蔵さんは「うんうん」と頷いてるし。


もしかして、私ってこの人たちにとって……ラノベの主人公みたいなチートキャラに思われてる?



そのあと、美由と由美を呼んで、彼女らにも話をした。

葉月さんの妊娠による広報業務の引き継ぎ、サイトを活用した宣伝戦略──

そして、宿の未来がこの施策に懸かっていることも。


「この美由ちゃんに任せなさい!」

「仕方ありません、ひと肌脱ぎましょう」

「えっ、由美ヌードになるの?」

「やりませんよ……」


あっさり了承してくれた。


「グッズも作りましょう」

……喋ったのは、直人さんだった。今日初めて声を聞いた気がする。


「販売でポイントを貯めて、割引と連動させればいい」


「えっ、私たちグッズになるの? アイドルじゃん!」

「それでは、コスプレ写真コーナー作りましょう」

「グッズ購入者限定ね!」


直人さん、ノリノリである。


「売上にはロイヤリティを設定して、本人たちにも還元を」


「爺や、それサイキョー!」


「カメラマンは私がやりましょう。秘蔵の一眼レフが火を噴きますよ」


……ちょ、直人さん?

そんな趣味あったんですか!?


「初デートの日も、大きなカメラ抱えて来たのよ。ちょっと引いたわ」

葉月さんまで暴露してくるし。



「美由由美Web」(命名・直人さん)はもれなく稼働。

グッズ販売は「Coming Soon」にし、販売開始までは無条件で、1月は新館を20%引き、2月は10%引きに設定した。


結果は、想像以上だった。

オタク系ニュースサイトで話題となり、登録者数は数日で数百人。

1月後半はすぐに満室に戻り、2月にはNHKの朝ニュースでインタビューつき特集が組まれ──


……なぜか私までテレビ出演していた。


(※このときの映像は、後に“霞の宿・奇跡の再建”としてドキュメンタリーにも使用されることになる)


──転回点は、確かにここだったのだ。


北海道へ降り立つ直前。


眠る三人の隣で、

ひとりだけ目を覚まし続けた少女。


新館計画。

Web戦略。

入札制度。

世界的評価。

そして、融資成功。


すべては順調だった。


なのに──

どうして「愛してる」の一言が、言えないのか。


利用した感情。

すがった温もり。

手放せない関係。


経営は軌道に乗った。

宿の未来は動き出した。


残されたのは、

高橋千晴、ただ一人の問題。


次回、

勝者のはずの少女が、

最後に向き合うものとは。

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