【第04話-おまけ】宿がつなぐ、姉妹のような時間
これは、第4話の小さなおまけ。
三人のヒロインの物語とは、少しだけ違う時間軸。
けれど確かに、本編へとつながっていく物語です。
一人の少女が恋をし、
やがて母になり、
そして“誰かの物語の土台”になっていくまでの話。
宿がつなぐ、姉妹のような時間。
どうぞ、少し肩の力を抜いてお読みください。
── 木村 幸恵 ──
【Scene01:初めての夜】
私は木村幸恵。
大学二年生、二十歳。
今、私は恋をしているの。
相手は大学の准教授、高橋進さん。
私の担当教員で、十五歳年上。今年三十五歳。
男として脂が乗りきっていて、
「もうすぐ教授になるらしい」なんて噂も立っているわ。
正直、ライバルは多いよ。
でも――私には、強力な武器があったわ。
それは、大学二年の夏休みのこと。
講義もないのに、私は毎日のように大学へ通っていたの。
目的は、ただひとつよ。
「准教授、今日のお弁当です」
――高橋准教授の胃袋を掴む、大作戦。
⸻
少し前、高橋准教授がこぼしたのを聞いたの。
「大学の食堂も、さすがに飽きてきたよ。
夏休みは縮小メニューだしな」
その言葉を逃すわけがないでしょ。
「それなら、私がお弁当を作ってきます」
「えっ、手間じゃないのか、幸恵君」
そう。
名前で呼ばれるくらいには、もう距離は縮んでいたわ。
自分で言うのもなんだけれど――
私は、すっごい美少女だからね。
それくらい、簡単よ。
⸻
「おお、いつも済まないな」
進さんは、見るからに嬉しそう。
……いいよね、心の中なら『進さん』って名前呼びしても
「でも、またから揚げで良かったんですか?」
私の得意料理、から揚げ。
初めて渡したお弁当に入れて、すっかり気に入ってもらっていたの。
「もちろんだ。
幸恵君のから揚げは、絶品だからな」
――食いつき、抜群。
これ、いけるかも。
「家に来てくれたら、
もっと美味しい出来たてが食べられるのに」
そっと、自然に。
誘うつもりなんてないふりで。
「……そうか。
幸恵君の、出来たてから揚げ……」
⸻
それから、しばらくして。
「いらっしゃい、准教授」
私はにこやかに、進さんを部屋へ迎え入れたわ。
「ふむ、お邪魔するぞ」
私服姿の進さんが、妙に可愛い♡。
ニヤけそうになるのを、必死でこらえたの。
「もうすぐ夕食の準備ができますから、
少し待っていてくださいね」
そう言って、リビングへ案内したわ。
私はピンクのフリル付きエプロンよ。
進さん、鼻の下が伸びそうなの、隠しきれてない。
……可愛い。
ちなみに、
進さんが「可愛らしい女の子」が好みなのは、調査済み。
「一人暮らしと聞いていたが、この家は?」
「両親は父が定年で引退して田舎に帰ったんです。
『あなたは大学生の間、ここで一人暮らしなさい。』って言って、そのまま暮らしているんです。
兄はもう独立しました。」
「……そうだったのか」
あら。
急に、そわそわしてる。
一人暮らしだって分かってて来たはずなのにね。
⸻
料理が出来上がったから、
私はエプロンを外しながら進さんを呼んだの。
「准教授、こちらへ」
エプロンの下は、胸元を強調したブラウスに、
ちょっと……いえ、かなり大胆なミニスカート。
エプロンで隠れていて、前からは分からないけれど、
後ろから見ると――ふふ。
進さんが、リビングからちらちら視線を向けているの、
ちゃんと分かってるんだから。
ダイニングとリビングは、ひと続きよ。
配膳のたび、私はわざと進さんに背中を向けて立つの。
配膳の為に、少し上半身を前に倒すと――
ミニスカートが少しずり上がり、
パンティが見えそうで、見えないの。
この角度、ちゃんとビデオで練習済みよ。
しかもハイソックス。
ミニスカートとの間から覗く太腿。
ゴムに締めつけられたラインが――もう、最高。
「幸恵君。
大学の外でも准教授呼びは、どうかな?」
はい、来ました♡。
「じゃあ……進さんって、呼んでもいいですか?」
少し戸惑ってから、進さんは言ったわ。
「ああ。プライベートならな」
――これからも、プライベートで会う気、満々ってことよね。
⸻
出来たてのから揚げは、大好評だったのよ。
「美味しかったよ。
これなら毎日でも食べられる」
私は、軽くたしなめるわ。
「だめですよ、進さん。
から揚げはコレステロール高いんですから。週一回までです」
……これ、もう良妻ムーブじゃない?
⸻
今は、元・両親の寝室を私が使ってるの。
私の部屋と、独立した兄の部屋は客間扱いよ。
――準備は、万端!
「それじゃ、そろそろお暇しようと思う」
そう言い出した進さんに、
私はうつむきながら、そっと手を重ねたの。
「進さん……私、この広い家で一人暮らし、寂しいんです」
いやらしくなりすぎない程度に、身体を寄せたの。
胸元は、しっかり主張よ。
私のバスト、
女友達に”脱いだらすごい“って言われるのよ。
「幸恵君……」
「……幸恵、って呼んでください」
「幸恵」
キスされた。
――私の、ファーストキス。
進さんの手が、遠慮がちに胸元へ。
「いや……」
「す、すまん」
「違うの。
……ベッドの上で、お願い」
「……」
⸻
先にシャワーを浴びてもらい、
そのあと、私も部屋へいったの。
元・両親の寝室は、ダブルベッド。
十分すぎるほど、広いわ。
「ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
「幸恵……
ずっと前から好きだった。
だが、教師と生徒で、ずっと我慢していた。
でも、もう無理だ」
あっという間にパジャマを脱がされて、
私はベッドに押し倒される。
――私の、初めての夜が始まった。
⸻
翌朝、私はこう言ったの。
「初めてだったんです。責任、取ってください」
「もちろんだ。
……俺に、毎日から揚げを作ってくれ」
「毎日は体に悪いから、だめですよ。
それでも、もらってくれますか?」
「当然だろ。
幸恵の料理は、どれも絶品だからな」
⸻
こうして私は、大学卒業とともに、
高橋幸恵になったのよ。
【Scene02:初めての旅行】
私は木村幸恵。
大学二年生、二十歳。
今、私は婚約をしているの。
相手は大学の准教授、高橋進さん。
私の担当教員で、十五歳年上。今年三十五歳。
もうすぐ教授になるって噂の人。
格好よくて、優しくて、頼りがいがあって──
理想の男性!
そして私は、
彼を、から揚げで一本釣りしたの!
⸻
私たちが結ばれた、あの日から三週間。
進さんは、ほとんど私の家にいたわ。
夏休みだからできたことね。
「ねえ進さん、今まで付き合った女性とは、どんな感じだったの?」
そう聞いたら、
学生時代に一人だけ、って。
先生になってからは、
教え子に手を出すわけにもいかないし、
学外での出会いの機会もなかった、って言うの。
じゃあ、私は?
まあ──
こんなすっごい美少女で、ナイスバディで、
料理まで絶品なんだもの。
放っておけるわけ、ないわよね♡
⸻
そして今、私は進さんと旅行をしている。
朝早く家を出て、東京駅へ。
そこから踊り子号に乗って、一路《伊豆急下田》。
今日の私の装いは、白のロングワンピース。
胸元は強調しない、むしろ控えめに見えるように。
白い帽子も合わせて。
うん。
いかにも清楚なお嬢さん、って感じの完璧なアイコン。
どうして、
進さんが大好きな“胸元強調ミニスカート”じゃないのかって?
──進さんの、実家訪問だからよ。
付き合い始めて、まだ三週間。
それなのに、もうご両親に紹介されるの。
やっぱり進さんって、誠実よね。
⸻
やがて列車は下田に到着したわ。
改札を出ると、
一人の男性がこちらを待っていたの。
どこか進さんに似た雰囲気。
これは、きっと──
「おお、続じゃないか。迎えに来てくれたのか、ありがとう」
「兄さん、久しぶり。……えっと、こちらが?」
やっぱり、弟さんね。
「ああ、幸恵。俺の将来の妻だ」
そうはっきり言われると、
なんだか照れちゃう。恥ずかしい。
「幸恵、こちらが愚弟の続だ。実家の旅館を継いでくれている」
「続さん、初めまして。幸恵です。
進さんと、結婚を前提にお付き合いさせていただいています」
私は、完璧な表情と角度で、一礼してみせたわ。
……ふふ。
続さん、赤くなってる。可愛い。
そう。
進さんの実家は、ここ下田で、
小さいながらも老舗の旅館を営んでいるそうなの。
⸻
【Scene03:初めてのご挨拶】
── 木村 幸恵 ──
私は木村幸恵。
大学二年生、二十歳。
今、私は婚約者である高橋進さんの実家――由緒ある旅館に来ているわ。
五部屋だけの小さな旅館だけれど、すべての部屋に個室風呂があり、天然温泉が引かれているんだって。
そのうち二部屋は、露天風呂付き、進さんと一緒に入りたいな。
規模は小さいけれど、手入れの行き届いた、とても品のいい宿ね。
到着すると、旅館にはたくさんのご家族が迎えてくれていたわ。
進さんのご両親は、六十七歳と六十五歳。
すでに現場は引退していて、旅館は弟の続さんが継いでいるそうよ。
続さんと奥さまには、まだお子さんはいなんだって。
進さんとは五歳差で、今年三十歳。
……まだまだ、これからよね。
ちなみに奥さまは中学生時代からの同級生だとか、初恋かな?
それから、阪本君枝さん。
進さんのお父さまの妹さんにあたる方で、少し年が離れているそうよ。
今日は旦那さんは来られなかったけれど、お子さんと一緒だったの。
「おお、孝も来てたのか」
そう声をかけられたのは、そのお子さん、進さんの従兄弟になるわね。
年が十五も離れているらしく、ということは……私と同学年かな。
「進兄さん、すっごいの捕まえてきたな」
一瞬、失礼に聞こえなくもない言い方だったけれど、
ぜんぜん嫌味がない。むしろ爽やかで、好印象ね。
きっと、すごく人に好かれるタイプなんだと思うわ。
「いやいや、孝。俺が一本釣りされたんだよ」
「そうなんだ……」
こうして、高橋家では――
進さんを一本釣りしたから揚げが、伝説になったのよ。
⸻
家を朝一番に出て、踊り子一号でやってきたから、
到着したのは、ちょうどお昼時。
だから、私の歓迎を兼ねて、食事会を開いてくれることになったの。
新鮮なお刺身に、名物の金目鯛の煮付け。
並ぶ料理は、どれも美味しそうなものばかりね。
……さて。
一世一代のご挨拶よ。
「私は、木村幸恵と申します。
このたびはご招待いただき、誠にありがとうございます。
また、このような豪勢なお食事までご用意いただき、至極光栄に存じます。
私はまだ大学二年生の若輩者ですが、
進さんとは教え子として出会い、
このたび結婚を前提にお付き合いさせていただくこととなりました」
「ふふふ、進とは去年に出会ったのよね?」
そう尋ねてきたのは、お母さまだったわ。
「はい。一年生のときから、担当教授としてご指導いただいています」
「進ったらね、この一年、帰ってくるたびにあなたの話ばかりするのよ。
『とても素敵な女学生が入ってきたんだ。学業も優秀で、
ああいうのを“才色兼備”って言うんだな』って」
「かっ、母さん……!」
進さん、完全に狼狽えている。
男の人って、いくつになってもお母さんには頭が上がらないのね。
「幸恵さん、よく来てくれた」
そう言ったのは、お父さまよ。
「進はな、三十半ばになっても研究一筋で、
浮いた話ひとつ聞かなかったんじゃ。
このままずっと一人かと思っておったよ」
「そうですよ。近所に住んでるのに、全然噂も聞かなくて」
進さんのお住まいは、私の家の近くよ。
だから、阪本の叔母さまもご近所ね。
……これは、しっかり好印象を与えておかないとね。
「いえ、進さんは女生徒の間では、とても人気があります。
そんな中で私とお付き合いいただけるなんて、夢のようなんです」
「まあ、女学生と付き合うわけにはいかなくてな」
進さんは、そう言ってごまかそうとしたけれど――
「だったら、幸恵さんはどうなんだよ」
孝さんのツッコミ。
これは揶揄い? それとも、やっかみ?
「幸恵はな、俺をから揚げで一本釣りした豪傑なんだよ」
……ちょっと。
未来の妻を紹介するのが、それ!?
でも――
「ははは!」
「ふふふ」
「幸恵さん、すげーぜ」
「ああ、兄さん。一生尻に敷かれるの、もう見えてるよ」
笑いの花が、さらに大きく咲いた。
……まあ、いいかな。
【Scene04:初めてのデート】
⸻
食事会が終わったあと、進さんは私を山登りに誘ったの。
……と言っても、ロープウェイに乗るだけなんだけどね。
「進兄さん、あそこに行きたいんだ」
「まっ、まあな」
「じゃあ、俺がロープウェイ乗り場まで送るっすよ」
「そういえば、去年免許取ってたな」
「もう若葉マークも外れてるっすよ」
そう言って、孝さんが運転手を名乗り出てくれたわ。
⸻
今朝降り立った伊豆急下田駅のすぐ前にある乗り場から、ロープウェイで四分弱。
私たちは寝姿山の上にある自然公園へと連れてこられたの。
「ここはな、愛染堂って言って、縁結びで有名な場所なんだ」
照れたように言う進さんが、可愛い。
「幸恵をここに連れてきたかったのもあってな。だから、少し早めに両親に会わせたんだ」
「……昔付き合ってた人とは?」
少しだけ意地悪な質問をしてみるわ。
「いや、連れて来なかった。両親にも紹介しなかったからな」
「そう。……ありがとう」
そう言って、私は進さんのほっぺにキスをしたの。
「まずはこれだ。和み玉投げって言ってな、この円盤状の瓦を投げて……ほら、あの二重の輪の中を通すんだ」
こんなロマンチックな場所に、私を連れて来たかったのね。
ふふ、やっぱり可愛い人だわ。
「二人で一緒に投げて、うまく輪を通せたら、絆がより深まるらしい」
「じゃあ、早速やりましょ♪」
そう言って、私は進さんの手を引いたの。
そして、二人で投げた瓦は──
輪のど真ん中を通り抜け、さらに奥の石に当たって、ぱきん、と割れたわ。
「進さん、これって……」
「ああ、二人の絆が最高に高まるって言われてる」
「やった〜!」
今度はほっぺじゃなく、唇に深くキスをしたの。
ここなら、知っている人はいないから、
誰に見られたって、構わないよね。
⸻
次は絵馬。
ここ愛染堂の絵馬は、ハート型なんですって。可愛い。
「なんて書こうかな……
『進さんと、ずっと一緒にいられますように』かな?」
そう言った私を、進さんはぐっと抱きしめたの。
「そんな願い、絵馬に頼らなくても、俺が叶える」
……不意打ち。
ずるい。格好よすぎるのよ。
「幸恵、ここは子宝の神様でもあるんだ。
俺は娘が欲しい。多いほうがいい。三人は欲しいぞ」
「もう、気が早いです……」
赤ちゃんができるようなことは、たくさんしてるけど、
本当に作るのは、大学を卒業して結婚してから、だよね。
「子供ばかりは、神様からの授かり物だからな」
うん、そうだよね。
でも、私はなぜか確信していたの。
きっとできる。私に似た、美人三姉妹がね。
「じゃあ、絵馬には”娘が三人欲しいです”って書きましょうね」
「そうだな。ただ、早くできすぎないようには気をつけないとな」
「ふふ、信用してます、准教授」
「ははは、そうだな」
進さんはふと空を見上げたて言ったの。
「なあ、この晴れやかな空を見てくれ……
娘たちの名前には、”晴”を付けよう」
私は不思議と迷わなかった。
「この空みたいに、晴れやかな志を持てるように志晴。
この空みたいに、美しい心を持ってほしいから美晴。
たくさんの晴れやかな日々を過ごしてほしいから千晴。
この三つ、使いましょ」
進さんは、少し驚いた顔をしてから言ったわ。
「……そうだな。君は本当に用意周到な女性だ。
君と一緒なら、順調な人生を歩める。間違いない」
「ふふふ、褒め言葉として受け取りますね」
こうして私たちは、山頂からの絶景を堪能してから、ロープウェイで下山し、宿へ戻ったの。
⸻
駅までは、また孝さんが迎えに来てくれたわ。
宿に戻ると、続さんが言ったの。
「兄さん、夕食まではまだ時間があります。先に温泉でも入ってください」
個室風呂。混浴。
……うっ、急に緊張してきちゃったわ。
家のお風呂は狭いから、一緒に入ったことはなかったのよ。
エッチのときに見られるのとは、また違うよね。
「進さん、先に入っていてください」
「う、うむ……わかった」
そう言って、進さんは先に外へ出て行ったわ。
ふう……。
付き合ってるんだもの。お風呂くらい、一緒に入るわよね。
しっかりしなさい、幸恵。
私は自分を鼓舞したの。
服をすべて脱ぎ、バスタオルで前を隠して外湯へ出る。
「……うわぁ、すごい」
太平洋が一望できる、開放的な景色。
「ああ、うちの自慢の絶景風呂だ」
進さんは、どこか誇らしげだった。
私がかけ湯をしている間、進さんは一度もこちらを見なかった。
……やっぱり紳士。
私はそっと、進さんの隣に浸かった。
「気持ちいい……」
ふっと心がほどける。
しばらく、穏やかな時間が流れた。
「なあ、幸恵」
「はい、進さん」
「三十五にもなって、恥ずかしい話だが……
俺は、愛している人と、こうして静かに温泉に入るのが夢だったんだ」
また不意打ち。
ときめいてしまう。
「ここは俺の実家だ。
……つまり、ここに連れてくるのは、俺の妻になる人だけだ」
「……はい」
「だから、学生時代に付き合った女性は、連れて来なかった」
「あ……」
それだけ、私に本気ってこと。
もう、我慢できなかったから。
私は進さんに、熱いキスをした。
そして・・・
【Scene05:初めてのお手伝い】
⸻
風呂を上がり、進さんと並んでゆっくり寛いでいると、続さんが呼びに来たの。
「兄さん、食事の準備ができたよ」
廊下に出ると、阪本さん母子はすでに食事を終え、戻ってきたところだったわ。
(……よかった。あの時、お二人はまだ食事中だったかも)
そう胸を撫で下ろした、その瞬間。
「幸恵さん、あの声は独り者には刺激が強すぎです」
孝さんが、いたずらっぽく耳打ちしてきたわ。
……やっぱり、聞かれてたわよね。
私は一気に顔が熱くなって、何も言えず俯くしかなかったの。
⸻
夕食も、本当に美味しかったわ。
新鮮な海の幸が次々と並び、殻から直接取り出すウニなんて、初めて食べたの。
メインの和牛しゃぶしゃぶは、口の中でとろけるようだったね。
今日は私たちだけの貸切ということもあって、私は自然と後片付けを手伝ったの。
「お客様に、そんなことをさせるわけにはいきません」
そう言う続さんに、私は首を振るの。
「私は、お客としてここに来たのではありません。
……家族になりに来たんです」
一瞬の間。
「そうね。じゃあ、みんなでちゃっちゃと片付けて、
あとでお茶でもしましょ」
続さんの奥様が、にこやかにそう言ってくれたわ。
食器を洗い、後片付けを終える頃には、
私はすっかり高橋家の輪の中に溶け込んでいた。
……ふふ。
キャラ作りも、もういいかな。
「〜の」「〜わ」「〜ね」
心の中でも使い続けるのは、正直ちょっと疲れる。
やっぱり、自然が一番だ。
「幸恵さん、自然になったね」
ふいに、手伝いに来ていた孝さんがそう言った。
え、ばれてた?
口に出す言葉はキャラ作りしてなかったのに。
「なんとなくね。
気取ってるというか、身構えてる感じがしてた」
「十五歳も年上の進兄さんのところに来たんだ。
緊張するのも分かるけど……やっぱり自然体が一番だよ」
「ありがとう、孝さん。
でも口説いてもダメよ。私は身も心も、進さんのものだから」
そう言って、軽くウインクしてみせる。
……あ、赤くなった。
まあ、そうよね。
こんなすっごい美少女のウインクを、至近距離で見たら。
⸻
その後は、みんなでお茶菓子を囲みながら、
進さんの昔話を聞いたり、古いアルバムを見せてもらったり。
笑い声の絶えない、穏やかな時間。
私はその輪の中で、
「迎えられている」という実感を、静かに噛みしめていた。
【Scene06:初めての外泊】
── 木村 幸恵 ──
⸻
夜の歓談が終わり、私たちは部屋へ戻った。
布団を敷いてから、もう一度だけお風呂に入る。
湯から上がり、水分を取って、並んで布団に潜り込む。
「なぁ、幸恵」
「なあに、進さん」
「……これは、狭くないか?」
今、私は進さんと一つの布団に入っている。
普段は家でダブルベッドに慣れているけれど、
布団一枚の中は、確かに少し窮屈だった。
「……いや?」
揶揄うようにそう言うと、進さんは小さく息を吐いた。
「いやではないが……朝まで我慢できないかもしれんぞ」
ふふ、正直。
「まあ、こんなすっごい美少女が腕の中にいるんですから、仕方ないですよね」
その後、何があったかは内緒。
ただ、隣に声が聞こえないようにしたわ。
⸻
朝になり、私は起きて朝食の準備も手伝った。
全員揃って、穏やかな時間が流れる。
朝食は、簡単にトーストだけ。
どうしてかって?
このあと、少し早めの昼食で、
私のから揚げを、皆さんに振る舞う予定だから。
【Scene07:初めての手料理】
それは、昨晩の談話の中でのことだった。
「ねえ、幸恵さん。あなたのから揚げを、ぜひ食べてみたいわ」
お母さまが、いきなりそう切り出した。
「いいっすね。俺も食べたいっすよ」
すかさず孝さん。
「うんうん、それはわしも食べたいぞ」
お父さままで。
「冷蔵庫に良い鶏もも肉があるから、それを使ってくれ」
続さんが言い、
「何を使っても大丈夫ですよ。足りなくなったら、明日の朝、主人が仕入れに行きますから」
玲子さん――続さんの奥さままで、にこやかに後押しする。
「幸恵のから揚げは絶品だからな。ぜひ、みんなで食べてくれ」
進さんがそう言い、
「すみませんね。うちの一族、みんな美味しいものに目がなくて」
最後に君枝さん。
……これはもう、断れない雰囲気だった。
「わかりました。作らせていただきます。
明日の昼食で、よろしいですか?」
「ええ。じゃあ、仕込みするわよね。板場へ行きましょ」
⸻
そして迎えた、少し早めの昼食。
テーブルには、大皿に山盛りのから揚げが並んだ。
それ以外の惣菜も、私が用意したもの。
お味噌汁は、続さんが今朝仕入れてきてくれたアサリを、丁寧に塩抜きして使った。
「「いただきます」」
楽しい昼食だった。
「うまい。なるほど、これは進が一本釣りされるわけだ」
お父さまが、しみじみと言う。
「レシピ、教えてもらえるかな?
小さなお子さんが泊まった時に、出してあげたい」
続さん。
「ええ、優しい味ですもの。それがいいわ。
幸恵さん、ぜひお願いします」
玲子さん。
「すげー。いくらでも食べられるよ」
孝さん。
「幸恵さん、ご近所なんですよね。
今度、うちでも夕食ご一緒しましょうよ」
君枝さん。
「お、おい。俺の分が……」
進さん。
「あなたは、これからはいつでも食べられるでしょう?」
お母さま。
──凄く、あたたかな空気だった。
⸻
私たちは、阪本母子と同じ踊り子号に乗って、東京へと帰った。
列車の中でも、話題は尽きなかった。
住んでいる場所を聞くと、確かに近所ではあったけれど、
微妙な位置関係で、孝さんと私は小学校も中学校も学区が違っていた。
だから同い年でも、これまで面識がなかったのだ。
ちなみに――
孝さんとは、これから長い付き合いになる。
孝さんの彼女を紹介して貰ったところ、私は面識がなかったが、私の親友の友達と判明。
”親友の友達の彼氏”
住んでいる場所と同じで、微妙な関係性だった。
ただしそれが分かるのも、まだ少し先のお話。
⸻
【Scene08:初めての対面】
進さんの実家にお伺いしたのは、九月初旬の平日だった。
大学はまだ夏休みだが、進さんは四年生の卒論指導で忙しくなり始めていた。
だから、私の両親に会いに行くのは年末くらいかな、なんて話していたのだけれど。
でも──
「お父さま、お母さま。高橋進と申します」
あっ……進さん。
すっごく、緊張してる。
そう。
今、進さんは、私の両親と向かい合っている。
なぜ、こうなったかというと。
⸻
私は、両親が四十六歳と四十三歳のときに生まれた子だ。
父は去年六十五歳になり、定年後の再雇用も終えて、昨年から仙台の田舎で引退生活を送っている。
そんな父に進さんのことを話したら、
「ぜひ、顔を見せに来てくれ」
と言われた。
「しばらくは卒論指導で忙しくて、行けないかもしれません」
と説明したところ──
なんと、二人そろって東京に来てしまったのだ。
⸻
「進さんよ。うちの娘はな、
この通り、器量よし、頭もよし、性格よし。人付き合いもよく、料理もうまくて、節約上手で……
引く手あまただぞ」
お父さん。
言い過ぎだから……。
「はい、存じております。
私は、そんな娘さんに相応しい夫になってみせます」
進さん……やっぱり、格好いい。
「ほう。良い意気込みだな」
「私は、来年度、教授になります」
……え?
聞いてない。
もうすぐ、って噂にはなってたけれど。
「そこから二十年以内に、学部長になってみせます」
進さんなら、きっと……。
「大きく出たな」
「約束は必ず果たします。
ですから──娘さんを、私にください」
「ありがとう、進さん。娘を、よろしく頼むよ」
進さん……お父さん……。
私は、母と手を取り合ってその様子を見ていた。
なぜだか、目から涙がこぼれていた。
「幸恵。幸せになるのよ」
母の目からも、涙がこぼれていた。
⸻
「なあ、進くんよ」
……あれ?
呼び方が、“くん”に変わった?
「はい、なんでしょうか。お義父さん」
「この家で、幸恵と住んでくれないか?」
「それは……“結婚したら”という意味でしょうか?」
「いや、今すぐだ」
えっと……進さん、もうほとんどここで一緒に暮らしてるようなものなんだけど。
「大学生にもなったしな。
独り暮らしも経験すべきだとは思っていた。
この家は中古で古いが、ローンも終わっておる。
仕送りして賃貸を借りさせるよりは良いと思ったが……
やはり、女の独り暮らしは心配じゃった」
「進くんが一緒に暮らしてくれたら、安心じゃ」
「……分かりました。
ご両親にも挨拶ができましたし、大学にも正式に報告します。
幸恵さんが卒業したら、結婚するつもりでいること。
その上で、同棲をさせていただきます」
「進くんも、賃貸じゃろ?」
「えっ……まあ、そうです」
「家賃が浮く分、貯金に回すといい」
「はい。ありがとうございます」
「その上で、わしらが死んだら相続させる。
貯まった貯金で、建て替えてくれるかの」
「そんな、先の話……」
「いやいや。わしはもう六十六、妻も六十三だ。
そう先の話でもあるまい」
「いえ……孫を三人は作ります。
まだまだ元気でいてください」
私は、思わず口を挟んだ。
「ところで、“お父様”。
“わし”なんて言うの、初めて聞きましたよ?」
「ははは。ちょっと演出が過ぎたかな?」
「進くん。“俺”もまだまだ若いつもりだ。
当分は元気でいるさ。
だから、孫の顔を早く見せてくれよ」
進さんは、少しぽかんとしていた。
「お義父さん。幸恵さんは、あなたに似ているんですね」
そう言って、笑った。
⸻
こうして、両家への挨拶も終わり、
私は正式に、進の婚約者となった。
これから、どんなことが起こるかは分からない。
でも、これから先、私たちがずっと幸せでいることは、
もう決まっていることだった。
⸻
ここで少しだけ、第三者視点で、二人の未来を語っておこう。
進はすぐに、大学へ幸恵との交際を報告する。
両家の親からの手紙を添えて。
二人の交際は大学としても公認となり、
正式に同棲を始める。
翌年度、進は教授となり、
二年後、幸恵が大学卒業と同時に結婚。
その翌年、長女・志晴が誕生する。
幸恵の十歳年上の兄はすでに結婚していたが、子どもはまだで、
高橋家・木村家、両家にとっての初孫となった。
さらに二年後、次女・美晴。
そのさらに二年後、三女・千晴が生まれる。
そして、三女・千晴が八歳のとき。
幸恵の両親は、流行病で同時に亡くなる。
進と幸恵は、東京の家を相続し、
約束通り、家を建て替える。
そこから五年後。
進は五十七歳で、文学部の学部長に就任する。
そのことを、幸恵の両親の墓に報告に行った日のこと。
「お義父さん、お義母さん。
私は、学部長となりました。
約束を守れず、申し訳ございません。
二十年以内と約束したのに……二十一年、かかってしまいました」
それを聞いた幸恵は、心の中で呟いた。
(これが進さんです。
どこまでも誠実で、実直で……
私は幸せにやっていますから、安心してくださいね。
お父さん、お母さん)
⸻
この後しばらくして、進は“花音”という少女と出会う。
三女・千晴と同じく、まだ中学生。
そしてこの時は、知る由もなかったが──
誕生日までもが、同じだった。
その二人の少女の姉妹のような時間が始まるのは、
この時から、まだ少し先のお話だった。
⸻
これにて、幸恵と進の物語は完結です。
ただ──幸恵が“落ち着いた母親”になるまでには、物語の中でまだ少し時間があります。
もし「その先も読みたい」と思ってくださる方がいらっしゃいましたら、感想欄でひと言リクエストをいただけると嬉しいです。
次回予告
ある9月の夕刻。
仙台駅、牛タンストリート。
美女四人組は、もうただの観光客ではなかった。
譲られ、声をかけられ、握手を求められる。
「旅館で仲居やってます」
その一言が、今やブランドになっている。
だが――
輪の中心にいない少女がひとり。
そして、静かに全体を見渡す“引率者”がひとり。
北海道視察。
それは慰安旅行の名を借りた、未来の設計図。
新館計画。
75人体制。
里の拡張。
「計画までは私。実行は、あなたよ」
その言葉の意味を、花音はまだ知らない。
そして千晴は知っている。
里を守るのは、情ではなく“構造”だということを。
次回――
視察の名のもとに、霞の宿の次章が動き出す。
北海道で明かされるのは、旅の思い出か。
それとも、覚悟か。




