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三人のヒロインとシェアハウスすることになった僕は、全員を本気で愛して呪われてしまった。 ――告白は観覧車のてっぺんで  作者: iron-bow


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【第04話-06】宿がつなぐ、姉妹のような時間

三億円の投資。

五年回収計画。

それを三年で繰り上げ返済の目処。


十九歳の少女が立てた計画だという。


大学の准教授は、静かに言った。


「この計画には、死線を潜り抜けた者だけが持つ、ある種の“狂気”を感じる」


天才なのか。

山師なのか。

それとも――。


私はまだ、その意味を知らない。


【Scene20:狂気の才覚】


── 高橋 千晴 ──


《霞の宿》に本当に行くことが決まり、俄然、興味が湧いてきた。


ふと、前に見たネット記事より詳しい解説が載っているページを見つけた。

さっそく花音に質問してみる。


『霞の宿には三本の源泉がある』


「ねえ、これってすごいことなの?」


花音は、いつものようにさらっと答える。


「複数の源泉からお湯をもらってる旅館なら珍しくはありませんが、自前で三本持ってるのはなかなか無いかと」


うん、もっと自慢していいと思うよ?


『最古の《古湯》は、戦国時代に武将が刀傷を癒やしたと伝わる自然湧出。湧出量は今や200リットル程度だが、離れ五室に湯を供給している』


「すごいロマンじゃん。私、入ってみたい!」


「普通は本館に泊まらないと入れませんが……千晴姉さんでしたら、いつでもどうぞ」


え、なにこのVIP待遇。




「千晴お姉様でしたら、当然です」


今、呼び方までグレードアップした。


『昭和三十五年に掘り当てた《昭和井戸》は、毎分1,000リットル以上。別館の客室風呂、大浴場、さらには麓の共同浴場にまで供給している』


「これは先々代が、古湯の湧出量が落ちたことに危機感を持って掘削したそうです」


『新館着工と同時に掘削した〈新館井戸〉。41度とぬるいが、加温してかけ流せば肌あたりは最も柔らかい』


「……え、新館の計画って、花音がやったんだよね? 新しい井戸の掘削も? あれってすごいお金かかるんじゃ……?」


「え、ええ、まあ……」


花音が少しだけ目をそらした。


「それで、今って儲かってるの?」


「五カ年計画での返済予定でしたが、三年目の今、繰り上げ返済の目処も立っているそうです」


「え、それって相当すごくない?」


経済学部の学生として、こんな面白い教材はない。


……いや、正直、今の私の知識じゃまったくわからない。

だから翌日、大学の准教授に聞きに行ってみた。



お父さん(学部長)のコネがあるとはいえ、新学期早々ほぼ来ていなかった学生が「経済を教えてください」って来たんだ。

嫌な顔されるかな……と思ったけど、意外とあっさりOK。


訪れたのが自分で言うのもなんだけど、美少女だし。

さらに、巨乳美人まで連れて行った。

准教授、テンション上がらないわけがない。

名前を大杉達也と言った。


数字の裏付けは、なにせ立案者本人が目の前にいる。

立案者ってのは秘密にしたけど、「彼女の実家の旅館の話」とまでは説明した。


「……ああ、高橋教授のお気に入りの才女ですね」


どうやら納得してもらえたみたい。


話の内容は、さすがに今の私にはちんぷんかんぷんだったけど、概要は理解できた。

•新館の建設と井戸掘削に約3億円かかっていること

•それを5年で回収予定なのに、3年目でもう繰り上げ返済の目処が立っているのはとんでもなく凄い事

•そして、その基本計画を立てたのが──この巨乳美女


(いや、おっぱいは関係ないけど)


准教授は、少し笑いながら言った。


「この計画を立てた人間は、山師だね」


「山師?」


「バクチ打ちって意味さ。井戸掘削なんて、温泉が出るかどうか最終的には運次第なのに、そこに基づいた薄氷を踏むような経営計画を組んだ」


「……っ」


「経済学を研究する者の戯言として聞いてくれ。この計画には、死線を潜り抜けた者だけが持つ、ある種の“狂気”を感じる。そして、それを成し遂げた事実にも、だ」


そう言って、花音の顔をちらりと見た。


「誰が計画したかなんて聞かないよ。私は“一般人”ですからね」



花音の属性、更新。

•19歳でアメリカの名門大学を卒業、修士課程目前

•たぶん、超お金持ち

•スタイルお化け。Gカップ

•しかも美人

•老舗旅館の跡取り娘

•経営の天才

•死線を潜り抜けたような狂気を秘めてる


……花音、あなた、いったいどこへ向かってるの?



【Scene21:みいちゃん】


── 高橋 千晴 ──


《霞の宿》への旅路は、東京から東北新幹線で郡山へ。そこから在来線で会津若松へ向かい、駅には迎えの車が来てくれるらしい。旅館までは、そこからさらに30分ほどだという。



前日


「旅館経営の家族への東京土産って、何が良いだろう」


そう私が聞くと、花音は首を傾げながら答えた。


「洋菓子とかで良いですよ。旅館では和菓子が主になりがちですから喜ばれます」


「何人分くらい準備すればいい?」


「……私の帰省なんですから、私が準備しますよ。アメリカのお土産は部屋に飾れる小物ですし」


遠慮する花音に、私はぴしゃりと言い返した。


「ダメでしょ。私は招待される立場なんだから。お父さんから“高橋家から”って予算もらっちゃってるし」


「そうですか……でしたら、一口サイズの洋菓子を三十人分。それなら裏方に置いておけば、仕事の合間にちょっと食べられて喜ばれますよ」


「分かった。個包装のフィナンシェとカヌレ、それぞれ三十個入りを一箱ずつにするね。それなら予算内だし、全員に行き渡るでしょ」


── 一ノ瀬 花音 ──


まったく、千晴姉さんは……

私が遠慮して言った“三十人分”を即座に見抜いて、三十個入りを二箱で六十個を準備してくれた。


しかも二種類で個包装だから裏方に置いておけば

好き嫌いが合ってもタイミングが合わない人にも自然に行き渡る。


配らなきゃいけない、貰わないといけないプレッシャーも発生しない


……気配りが、凄すぎる。



当日


「旅館の負担を考えると、会津若松駅には十三時前後に着くのが理想ですね」


花音の助言に従って、ちょっと早めの新幹線を選び、郡山でランチの時間を取ることにした。

宿泊費はともかく、新幹線代くらいは自分で出したかったけれど――


「招待ですから」


そう言われて、結局ごちそうになった。


朝、家を出て東京駅へ。

新幹線に乗って、郡山まで約一時間。


出発してから少し表情の硬かった花音が、ぽつりと口を開いた。


「私、子供のころから一人で……友達も、居なかったんです」


出会った当日に聞いた、あの凄絶な話が脳裏をよぎる。

『小学校も、中学校も、ちゃんと通ったことはありません。……小三のときに、父が蒸発しました』


多分、それだけじゃない。

でも、今はまだ……触れるときじゃない気がした。


「だから、お友達を連れて行くって話したら、大騒ぎになっちゃいまして」


私は、つい茶化すように言ってしまった。


「でっかく『若女将ご友人ご歓迎』とかって垂れ幕あったりしたら、笑うよ」


「……流石に、それは無いと思うんですが」


自分で言っておいてなんだけど――これって、フラグ?


── 一ノ瀬 花音 ──


「でも……お友達、ひとりというか、一匹だけいたんです」



──猫の「みいちゃん」。


あれは、小学三年のときだった。

泣きながら塀の陰に蹲っていた子猫。

捨てられたのか、母猫とはぐれたのか……たった一匹で、みいみいと鳴いていた。


私は、その子をそっと抱き上げて、言った。


「私が育てる。妹にする」


……でも、その直後に父様がいなくなって、草の訓練が始まって……

みいちゃんのことは、それっきりだった。


友達を連れて行くって母様に電話したとき、大騒ぎになった。

その瞬間、ふっと思い出した――この子のことを。


“妹にする”って言ったことや、“草の修行”のことをごまかすようにして、千晴姉さんに話しているうちに……私は気づいていた。


みいちゃんは、私にとって“失われた日常”の象徴だったんだ。

だからこそ、敢えて――思い出さないようにしていたのかもしれない。


── 高橋 千晴 ──


みいちゃん。

それは、花音にとって“父親がいなくなる前の、家族との幸せな日々”そのものなんだろう。


……合わせてあげたい、でも十年前の野良猫に、もう一度会えるなんて、現実じゃ難しいよね。


この一か月、私は頑張ったつもりだったけど――

私だけじゃ、花音に“本当の幸せ”を取り戻してあげられないのかもしれない。


何度か「実家に顔出さなくていいの?」って聞いてみたけど、

花音はいつも、少し寂しそうに笑って、首を振るだけだった。


笑顔で、家族のもとへ帰れないなんて。

そんなの、やっぱり間違ってると思う


【Scene22:旅の途中で】


── 高橋 千晴 ──


郡山、着いた!!


一時間半弱なんて、ふたりでいれば本当にあっという間。

まだランチには少し早いけど、ここを逃すとタイミングがないから、今のうちに済ませてしまおう。


「今日の目当ては『福島牛のステーキ丼』!」


少し高めの駅弁を買うくらいなら、こっちの方が断然いい。

しかも──A5ランクの福島牛を贅沢に使った逸品。駅前にある専門店を、ちゃんと事前にリサーチしておいた。


「ふふ、私も食べたことありません」


そっかそっか。

じゃあ、ふたりで“初体験”だね。ここは私が出す!


時間はあまりないし、このあとカフェにも寄りたい。

……結果、美少女と巨乳美女が並んで丼をかっ込むという、かなりシュールな絵面が出来上がった。


周りのお客さん、明らかに唖然としてたもんな。


でも──


「うん、美味しかった!」


「そうですね。千晴姉さんと一緒じゃなかったら、こんな経験すること無かったでしょう」


うふふ、そう言われると照れちゃうな。


そのまま駅ビル内の人気カフェに移動。

イートインはかなり混んでいたので、テイクアウトに切り替えてクレープとドリンクを注文。

出来上がりを待つ間、ちょっとした疑問をふと思い出して聞いてみた。


「そういえば、“テイクアウト”って和製英語で、アメリカじゃ通じないって本当?」


花音はくすっと笑い、首を振った。


「いえ、通じますよ。少なくともアメリカでは、“takeout”って普通に使います」


「えっ、じゃあ間違いじゃないんだ?」


「ただ、イギリスでは“takeaway”って言うんです。だから、日本で“和製英語”って言われるのは、そのへんの混同じゃないかなって」


「へえー、なるほど」


「あと、日本だと“テイクアウトする”って動詞みたいに使いますけど、英語ではそういう言い方はあまりしません。“to go”の方が日常的ですね」


「あっ、マクドナルドとかで“Eat in or to go?”って聞かれるやつだ!」


「そう、それです」


花音はまるで先生みたいに、でもどこか嬉しそうに話してくれた。


「アメリカ英語だと“takeout”も“to go”も両方OKです。場面によって自然に使い分けてました」


「すごいな……さすが留学してただけある。英語の“裏表”まで知ってる感じ」


「ふふ、それ……褒めてます?」


そんな他愛のない会話を交わしながら、できあがったクレープとカフェラテを持ってホームへ急ぐ。


── 一ノ瀬 花音 ──


クレープを食べ終えるころ、会津若松行きの列車が出発した。


千晴姉さんといると、なんでも楽しくなってしまう。


さっきのステーキ丼のお店。

丼をかっ込むなんて、私ひとりじゃ絶対にしない行為。

でも、千晴姉さんはその姿すら──ちゃんと、様になっていた。


今日の彼女は、明らかに“旅館の娘の実家へ挨拶に行く”ことを意識していたのだろう。


やわらかなグレージュのセットアップ。

ゆるく絞られたウエストライン。

白のノーカラーブラウスが上品さを添えていて、堅苦しさは一切ない。

足元はローヒールのパンプス。髪は後ろで手早くまとめ、前髪だけほんの少し残している。


……そんな彼女が、片手に丼。もう片手に割り箸。


かっ込んでるのに……全然がさつに見えない。

そのギャップのせいか、店内の視線は一斉に彼女に集まっていた。

「え、モデル?」みたいな空気が流れてたの、私は見逃さない。


しかもさっきまで私の胸元をデレデレ見ていた店員が──

千晴姉さんに気づいた瞬間、視線がスッと切り替わって、

「え、女優さんですか……?」みたいな顔で見とれていた。


……ちょっとだけ、むかついた。


ふたり並んで座ったのは、進行方向左側のクロスシート。

窓の外には、初夏の田園風景が流れていく。


「私ね、友達少ないの」


ふと、千晴姉さんが言った。


「え? そんなわけが……」


思わず口に出してしまい、しまったと後悔する。


「本当よ。その代わり、私のことを嫌ってる人も、ほとんどいないと思う」


それは、なんとなく分かる。


「私ね、人に嫌われたくないの。……ううん、好かれていたいの」


「……そんなの、普通のことじゃ?」


「私のは違うの。“誰にでも”好かれていたいの」


その言葉に戸惑いかけた瞬間、彼女は続けた。


「花音、たまに思ったことない? 私がなんで、こんなに人に優しくできるのかって」


「……うん。思ってた」


「私がそうしてるのはね、“そうしたいから”なの。全部、私の我が儘」


……我が儘?


「花音のことを助けたいと思ったのも、全部本当。でもね、それも……私が、したいからしてるの」


「この一ヶ月、ふたりで遊び回ったのも……全部、私がしたかったから」


そんな、そんなことって……


── 高橋 千晴 ──


届いたかな、私の言葉。


あの日、お父さんが花音に言ったこと。

「研究して、いったい何を得たいのかね?」


あれは、“学問”の話じゃない。

お父さんは、花音の“生き方”を問うていた。

「何のために、何をしたいのか」と。


だから、私の心も揺れた。

あのとき、私も答えを出せなかったから。


でも今は、もう迷わない。

これが、私のすべて。


「友達が少ないって話に戻すね」


少しだけ、胸が痛い。


「仲良くなって、心が近づくと──私の“我が儘な本質”に気づくの」


「それで、離れていく子もいる」


「だけど、それでも私は誰にも嫌われたくない。だから、誰にでも優しい私でいようとするの」


「……それが、私に友達が少ない理由」


── 一ノ瀬 花音 ──


あの教授の言葉を思い出す。


「花音くん。──君は『源氏物語』を研究して、いったい何を得たいのかね?」


私は……答えを持っていたはずだった。


『“源氏物語”を、世界で一番理解する者になりたい』


そう、そうだった。

そして三年前、空港で里見母様に宣言したあの言葉。


「私は、私自身のために行きます。我が儘なんです」


……こんなに単純なことを、どうして忘れていたんだろう。


きっと私は、誰かに“許可”が欲しかった。

「我が儘でいいんだよ」って、そう言ってくれる誰かが。


……そして今、千晴姉さんがそれをくれた。


次に東京へ行ったら、教授にも伝えよう。

『私は、私のために研究したいんです』って。

得られるものなんて、ただの自己満足ですって──胸を張って。


【Scene23:老舗旅館か忍びの里か】


── 高橋 千晴 ──


やがて列車は、ゆるやかに減速しながら会津若松のホームへ滑り込んだ。


ふたりでホームに降り立ち、改札へ向かう。


いかにも好々爺といった風貌の初老の男性が近寄ってきた。

宿の出迎えの方かな? そう思った次の瞬間、花音が声を上げた。


「じっ、爺や!貴方が自ら?」


「姫さま、すっかり立派にお綺麗になられて……見違えましたぞ」


「爺やこそ、お元気そうで」

「いや、番頭から写真は見せてもらっていたのですが、やはり実際にお会いできると違いますな」


「……里見母様たら、どんな写真を見せてたのやら」


えっと。

平成ももう終わるって時代ですよ?

爺やに姫さまって……いったい、いつの時代?


番頭? 里見母様? 花音の母親なら“女将”とかじゃないの?

情報過多で思考が追いつかない……


……と思ってたら、飛び火してきた。


「貴女が姫のご友人の千晴様ですね」


手を握りしめんばかりの勢いだ。


「高橋様のお写真も拝見しておりましたが……」


上から下まで、私をしっかり観察する。

でも、不思議と嫌な感じがまったくしない。

これは多分、普段から“人を見極める仕事”をしてきた人の視線なんだろう。


「お写真より、ずっとお美しい。姫さまもお美しくなられましたが、それ以上に美しい方を連れて来られるとは……」


……本当に両手を握ってきた。


「この爺や、眼福でございまする」


自分でも“爺や”って言っちゃってるよ。

しかも“ございまする”って、初めて聞いた。


でも、なぜか嫌味がない。

それは多分──積み重ねられた年月のなせる業。


で、ここで必要とされるのは『冷静沈着なクールな大人の女性』。

キャラを切り替えて挨拶しようとしたその瞬間──


爺やの目が、一瞬だけ鋭く光った。


あれは……うちの父親と同じ、相手のすべてを見透かす目。

何かを極めた者にしか宿らない、あの目だ。

たった一瞬で、“キャラ切り替え”を見抜かれた。


……ただの好々爺じゃない。


「こほん。爺や、いつまで手を握っているの?」


あー……花音さん。

本当に口で『こほん』って言う人、初めて見たよ。


「そろそろ、紹介していただけますでしょうか?」


クールキャラを保持しつつ、低めの声で問いかける。


「そうですわね、お姉様」


……あれ?

呼び方、こっちのキャラに合わせてきた?


「こちらは林庄蔵。うちの支配人をやってもらっています」


支配人ってことは──旅館で一番偉い人よね?

それなら「貴方が自ら?」って、思わず声が出るのも納得だ。


「林は、先々代──私の曾祖父の時代から……霞の宿で働いてくれているの」


……今、一瞬“霞の宿”の前に何か言いかけなかった?

まだ何か、裏があるってことね?


「先代──私の祖父の従弟にあたるそうです」


そう説明する花音に、林さんが続けて補足する。


「はい。先々代の妹が、私の母にあたります」


「それでは花音さんが生まれたときから、ご存知なんですね」


私が尋ねると、林さんはうなずいた。


「はい。花音は、我が一族待望の跡継ぎでしたから」


もう……いちいち突っ込まない。


「身寄りのない私にとっても、本当の孫のように思っております」


林さんは花音に向き直る。


「それでは姫、こんなところで立ち話もなんですので──旅館へまいりましょうか。里の皆も待っております」


……“旅館”じゃなくて“里”?


また情報が増えた。

うん、やっぱり突っ込みたくなる。


支配人自らの運転で、車に案内される。


「支配人は、先代の時代には──旅館の運営、銀行との窓口、政財界との連携など、ほとんどすべてを取り仕切っていてくれたの」


それって、ただの支配人じゃない。


「今では、旅館の運営は父様・直人が、政財界との窓口は母様──女将として行っていますが」


そういえば、花音のお父さんの話って、あんまり聞いたことなかったかも。

大学で母様と出会って、婿入りした人。確か、経済学部出身だったかな。


「銀行との窓口は、今でも林が行ってくれています」


そういえば先日、大学の准教授が言っていた経営の話──

花音の経営計画は優れていたものの“薄氷を踏むような計画だ”って。


そんな“薄氷を踏むような計画”だったのに、銀行がお金を出したのは──やっぱり林さんの手腕なんだろう。


そして、あの言葉。


『この計画には、死線を潜り抜けた者だけが持つ、ある種の“狂気”を感じる。そして、それを成し遂げた事実にも、だ』


あのとき一瞬見せた、林さんの目。

……なるほどね。


「今の番頭は──」


おっと、花音の説明が続いていた。


「私の乳母だったんです」


またひとつ、平成ももう終わるって時代にすごいワードが……


「だから番頭、里見さんは私にとって、もう一人の母様なんです」


……姫。爺や。乳母。一族。里。待望の跡継ぎ。


出てくるワードがいちいち時代劇。


そういえば、花音と出会ったばかりの頃──


『どこでも、いついかなる時でも寝られるように訓練されてるから問題ない』

『……って、あんたは忍者か何かかい!』


なんて事があったっけ。


ふと思う。


私はいま──老舗旅館じゃなく、“忍者の隠れ里”に連れていかれようとしているのでは?


そんな考えが、頭をよぎった。


次回、

価値とは何か?


国宝と呼ばれる湯呑み。

重要文化財の掛け軸。

そして――霞の宿そのもの。


その値段は、誰が決めるのか。


私は、少しだけ

花音の背負ってきた重さに触れる。

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