【第04話-05】宿がつなぐ、姉妹のような時間
この夏は、ただの思い出作り――
そのはずだった。
笑って、買い物して、映画を観て、プールではしゃいで。
まるで、どこにでもいる普通の女の子みたいに。
けれど、次に向かうのは“彼女の本当の場所”。
温泉旅行のはずなのに、
なぜか胸が少しだけざわついている。
【Scene17:普通の女の子になりたくて】
── 高橋 千晴 ──
今日は買い物!
「4カ月もいるんだから、色々揃えないと」
「いえ、さすがに四ヶ月もお世話になるわけには……」
「無視」
花音の弱々しい呟きを、ついに声に出して否定してやった。
花音は苦笑いしながら、
「まぁ、教授と共同研究の骨子作りもするでしょうし、3カ月少しなら……」
なんだ、意外と乗り気じゃん──なんてツッコミかけたけど、
少し照れて赤くなってる花音の顔を見たら、もう言葉なんて要らなかった。
まずは洋服から。
さすがにキャリーバッグに入れてきた分じゃ、着回しも限界だろうし、あれこれ買い足さないとね。
……だけど。
これが予想以上に難航。
胸が大きすぎて、選択に困る。
ワンピースは、胸元からストンと落とすとおデブちゃんに見えちゃうし、
胸の下で絞るデザインだと強調されすぎて……エロい!
結果、花音が選んだ服はぜんぶ「胸のせいで悩んで選び疲れた」って感じのやつばっか。
あれはあれでセクシーだけど、もうちょっと開き直ってもいいのに。
「見せる勇気も隠す工夫もないなら、着るなって言いたくなるよね」
……って言ったら、睨まれた。あ、怒られた。
アメリカではどんな服着てたんだろう。
やっぱり日本の感覚とはちがうのかな?って聞いてみたら、
「……日本で、久々の買い物じゃないですか」
って、花音は少し困ったように笑った。
「なんていうか……売ってる服の種類にびっくりしてて」
「種類?」
聞き返すと、花音は腕に抱えてた服を見ながら、少し首をかしげた。
「こういうの、着てる人いるのかな?って思っちゃうんです。可愛いけど、素材が薄すぎたり、丈が短すぎたり……。どれを選んでも“胸のための服”じゃなくて、“胸に試される服”って感じで……」
……なるほど、って納得した。
今花音が抱えてるのも、たしかに可愛いけど──事故りそう。
「アメリカでは、サイズ展開もゆったりしてて、胸があっても着崩れしない服が普通に売られてたから……。こっちじゃ、何を着ても“ごまかしてる”か“強調しすぎてる”かのどっちかになっちゃって……困りました」
「“胸に試される服”」って……パワーワードすぎるでしょ。
「着こなしって、ほんと才能なんですね」
と、花音が小さく息を吐いた。
私は腕を組んで、うんうんと頷いた。
「じゃあ、ここは姉の出番だな。“胸に選ばれる服”、一緒に探そう」
そう言うと、花音はふっと吹き出して──
「……はい。お願いします、姉さん」
うん、これは今日だけじゃ終わらなさそうな予感。
── 一ノ瀬 花音 ──
結局、洋服選びに丸二日かかった。
ブラジャー探しもひと苦労。アメリカでは困ったことなかったのに……。
このカップじゃ、可愛いのがなかなか見つからない。
……あれ?
私、普通の女の子してる……?
昔の私なら「時間のムダ」って一刀両断してた。
服装なんて、標的を落とすための“道具”でしかなかった。
けど──この二日間、本当に楽しかった。
こんなに笑って、悩んで、試着して、カフェで一息入れて。
「楽しい」って、こんな感情だったんだ。
千晴姉さんって、本当にすごい。
私をぐいぐい引っ張って、まるで別人みたいに変えてくれる。
スタイルもすごい。
自分ではバストを気にしてるけど、推定Dカップ、バランス良すぎ。
長身で腰の位置が高くて、すらっとしてるのに女性らしいラインが綺麗で──
モデル体型ってこういうことなんだって思った。
何を着ても似合っちゃうんだよね。
洋服選びで迷う必要なんて、たぶんない。
……憧れちゃうよ、本当に。
── 高橋 千晴 ──
今日は映画!
ちょっと前から気になってた邦画ラブロマンス。
ファンタジックな要素があって、映像も綺麗。
恋って、いいなあ──って、思った。
隣で、花音が泣いてた。
映画のあとはカフェに入って、感想タイム。ついでに恋バナ。
意外なことに、花音も恋愛経験ゼロだった。
“も”ってことは、もちろん私もだけどね。ばっちり純潔よ。
「花音ってモテそうなのに」って言ってみたら、
「なに言ってるのよ、千晴姉さんの方が美人よ!」
って力説された。
なので、母のセリフをなぞってこう返した。
「自分で言うのもなんだけど、確かに私は美少女だけれどもね」
「……あっ、やっぱり自分で言っちゃうんだ」
ちゃんとツッコミ入れてくれてありがとう。
そうしてくれなかったら、恥ずかしくて途中で黙っちゃってたかも。
お母さん、よくこれ真顔でやれたな……
「でも私は、恋ってわからない。
男の人と見合っても、相手に嫌われないように、でも踏み込ませないように。
恋心じゃなくて、計算で、男の人との距離を調整してきたわ」
── 一ノ瀬 花音 ──
その言葉にはっとした。
ああ、私も──そうだった。
似ている。
私たちは、どこかとても似ている。
きっと、それが最初に惹かれた理由。
……だけれども
私は人を欺くために身につけた術で距離をはかった。
千晴姉さんは、人のために、優しさで距離を測ってきた。
同じようで、根底は違う。
だから私は、姉さんに惹かれている。
この人の隣にいると、普通の女の子でいられる気がする。
……いや、もうなっているのかもしれない。
心の奥に、そっと灯るあかりがあった。
この人のために、変わっていけたら。
この人のそばに、もう少しだけ、いられたら。
この夏が、終わりませんように。
【Scene18:プール】
── 高橋 千晴 ──
花音をあちこちに連れ回してるうちに、6月も中盤に差し掛かってきた。
今日はプール! 都内の温水レジャープール。夏を先取りだ。
夏向けの水着コーナーが解禁されたと聞いて、早速新調したのよ。
洋服と違って、水着ってバーンと見せておけばいいから、選ぶの楽じゃん?
……って、思うでしょ。
それがね……収まらないのよ、花音が。
溢れるの。包めない。何この格差社会。
で、結局お互いどんな水着にしたかは──まあ、見ればわかる。
更衣室で着替えて、いざ鏡の前。
「うん、なかなか」
まずは私の水着。
色はスモーキーグリーンのワンショルダー。斜めカットでウエストがすっきり見えるし、背中はほどよくセクシー。
露出は抑えめだけど、175センチの私にはこれくらいが映えるの。
何より、“映えるのにズレない”のが大事。泳げない水着なんて、水着じゃない。
で、隣から出てきた花音は──
「ちょっと待って!?」
くすみピンクのふわっとフリルビキニ。かわいい。肌の白さが引き立って……って、おい。
フリルの下、完全に詰まってる。ぎゅうぎゅう。
オフショル風で誤魔化そうとしてるけど、もう“隠せてない”じゃん。
「それ事故らない?」
「ギリギリ大丈夫……たぶん」
下は同系色のハイウエスト。お腹はカバーしてるのに、ヒップが逆に強調されてる。
もう“泳げる色気”って感じ。
「ねえ、それ泳ぐ用じゃなくて、見せる用だよね?」
「……水に入ってから考えます」
……落ち着いて?
結論:スタイル格差の前では、布地の差は誤差である。
── 一ノ瀬 花音 ──
千晴姉さんは“スタイル格差”って笑うけど。
バストなんて、ただの脂肪の塊よ?
見て、あの男の人。私の胸に5秒、視線を下げてヒップに2秒、また胸に5秒。顔は一切見てない。
でも、千晴姉さんに気づいた瞬間──
顔から脚先まで視線を何往復もして、見惚れて、気づかれたら照れて顔を背けた。
私に視線が戻ってきたら、ニヤニヤしながらまた胸を見るのにね。
女性の視線も似たようなもの。
胸をじっと見て、次に顔を見て、すこし見下したような目をする。
『どうせ胸だけでしょ?』って言われてる気がする。
でも、千晴姉さんは違う。
上から下までしっかり見て、最後に目が合う前に、少しだけ頬を赤くして視線を逸らす。
……何この格差社会。
── 中学1年・女子──
私は甘えん坊でぶりっ子で、ロリ巨乳(予定)の中学生1年生
今日は幼なじみ4人(女子2男子2)で温水プールに来たの。
でも、プールサイドに着いた瞬間、男子2名の視線が……お姉さんに釘付け!
ちょっと! 私たちを見なさいよ! 悩殺作戦はどうなったの!?
……って自分のこと棚に上げつつ、ふと気づいた。
同じマンションにすむ幼なじみは、胸の大きなお姉さんじゃなくて──
長身でスラッとしたお姉さんの方を見ていた。
あのスタイル、まさにモデル体型。全身の完成度が違う。
おっぱいなら将来逆転できるかもしれないけど、あのスタイルには届かない……。
これは、非常に困る。
── 高橋 千晴 ──
あっちに中学生の男女4人組。
男子2人は案の定、花音の胸に釘付け。やれやれ、まったく罪な女。
違う……そのうちのひとりの男の子は、花音じゃなくて、私を見ていた。
顔から脚先まで、しっかり目で追って……それに気づかれたとたん、赤くなって視線を逸らした。
なんだか、ちょっと嬉しかった。
流れるプールではぷかぷか浮かんで。
あ、知ってた? Gカップって浮くのよ。浮力すごいの。いや、そんな知識知りたくも無かったけれども
そして、事件。
ウォータースライダーで花音がまさかの……ポロリ未遂。
いや、未遂じゃなくて完全にズレたのを腕でカバーしてるだけ。
しかもそれを、あの中学生グループが真っ正面から見てしまったという……!
視線を逸らそうとしてた男の子。えらい。
でももうひとりの子は、花音の胸じゃなくて
なぜか私の背中からお尻にかけて凝視してて、なんか私、勝った気がする。
……中学生男子相手に何やってんだか。
隣の女の子がその男の子をぽかぽか殴ってるの、めちゃくちゃ可愛かった。
私たちはそのあとも、くたくたになるまで遊んだ。
── 一ノ瀬 花音 ──
良いのかな、私。毎日、こんなに楽しくて、幸せで。
今の生活は、たくさんの犠牲の上に成り立ってるのに。
母様、里見母様。切り捨てた草の関係者たち。
彼らだって、家族がいて、生きるために働いていたのに。
里見母様に言われて引退させた、先代の番頭。
裏に近い立場だったからって──でも、裏の仕事をしてたわけじゃなかった。
私は直接、誰の命も奪ってはいない。
でも命を危険にさらす命令を出して、見殺しにしたことは……ある。
考えれば考えるほど、私は“ここ”にいていい人間じゃない気がしてくる。
──それでも。
私は、姉さんに惹かれている。
この人の隣にいれば、ほんの少しだけ、普通の女の子でいられる気がする。
帰り道、空を見上げた。
今日という日が終わってしまうのが、少しだけ寂しかった。
【Scene19:帰省前夜】
── 一ノ瀬 花音 ──
千晴姉さんと遊び始めて、もう一か月。
……もちろん毎日遊んでいたわけじゃない。
三日に一回は大学へ行ってたし、私も一緒に講義を受けたりしてた。教授に関係者パスを出してもらって。
でもそろそろ、実家にも顔を出さないと。
ちょっと勇気が要ったけれど、千晴姉さんを誘ってみた。
「行く行く! 絶対行く!」
即答だった。あまりに勢いよくて、
つい笑ってしまった。
⸻
土日は予約でいっぱいだろうし、平日なら別館で部屋を確保できるはず。
一ノ瀬家の家族部屋もあるけれど──そこは草の時代の記憶が詰まってる。
今の幸せな気分を壊したくないから、避けたい。
そう、帰国してから一か月も実家に戻らなかったのは、それが理由だった。
⸻
旅館に電話をかけると、出たのは番頭の里見母様。
「あら、姫様。女将に何かご用件でも?」
「母様にもですが……旅館のことで少し」
「あら、珍しい。なんでしょう?」
少しだけ照れくさい。でも、ちゃんと伝える。
「今度、お友達を連れて旅館に泊まろうかと思って。予約、取れないかなって」
一拍の沈黙。からの――
「ひっ、姫様がお友達を!? これは一大事です。ええ、ええ、大丈夫ですよ、1週間でも2週間でも!」
……いや、そこまで驚かなくても。
ネットでは満室っぽかったから、電話で相談したのに。
もしかして、“別館の常連用非公開室”を抑えてくれたのかも。
二泊三日の予定と日程を伝える。
「はい、はい、お待ちしております。女将は如何いたします?」
「今、そばにいるの?」
「はい。今、代わりますね」
そして母様にも伝える。
友達を連れて行くこと。──案の定、驚かれて、大騒ぎになった。
⸻
── 高橋 千晴 ──
花音の実家訪問!?
老舗温泉旅館!? 一緒に温泉!?
テンション爆上がりなんですけど!!
……で、ふとスーパー銭湯での“あの日”を思い出す。
⸻
── 高橋 千晴(回想)──
お風呂場で見たんだよ、あのGカップを直に。
プールのポロリ未遂でも驚いたけど、直は違う。威力が違う。
「あっ、あの、そんなに凝視されると……流石に、恥ずかしいです……」
いや、こっちが恥ずかしかったよ!
鼻血ぶっはーって本当に出るかと思った。
しかもさ、プールのときも思ったけど──
お湯に浮くのよ、あれ。重力に逆らって。
支えるものがないから、完全に自由。あれ、浮き輪だよねもう。
で、休憩所に移動しようとして更衣室を出ようとした瞬間。
「ちょっと〜〜〜!!」
思わず叫んでしまった。
「花音、ちょっとそれ……ノーブラじゃない!?」
レンタルの浴衣なのに、しかも前合わせで、完全にアウト。
こぼれてた。隠せてなかった。事件だった。
「駄目ですか? 実家では着物や浴衣のときは、ブラじゃなくてさらしを巻いてたので。あと、この3年でまた大きくなっちゃって……さらし、持ってきてなくて……」
いやいやいや。
知ってるよ、和装のときはライン隠すためにさらし巻いて、バスタオルで調整するって。
でも、さらしがないからって、ノーブラは違うだろ。
更衣室で気づいてよかった……
すれ違ったら、男性客は確実に前屈み事案だった。
そのあと、雑魚寝スペースでゴロ寝したんだけど──
横になれば、あの質量は流れる。自由に、奔放に。
ブラの支えがあっても、無意味。
あれ、テロだよ。周囲の男性客が、挙動不審になってた。
併設レストランでは、リラックスしすぎて浴衣を少し着崩して。
そして──テーブルに、置くのよ。おっぱいを。
聞いたことはあった。**“巨乳はテーブルに乗る”**って。
でも実物を見てしまうとね、破壊力が違う。
しかも、乗ってるだけじゃなくて、揺れてたし。
……殺人兵器でしょ。
──(回想終わり)──
なんか、おっぱいのことしか思い出せなかったけど。
もう言い切る。あれは胸とかバストとかじゃなく、おっぱいだと。
後日、本人に伝えたら、超怒られた。
でも、あれはもうカテゴリー:おっぱい。
で、そんな彼女の実家に行くんですよ!?
もう、
ムフフなイベントが起こる未来しか見えない。
⸻
── 高橋 千晴──
……でもね、馬鹿な話だけじゃいけないよね。
きっとこの実家訪問で、花音の隠された部分に触れる。
私が未だ触れられていない”何か”
私たちの関係も、変わるかもしれない。
でもそれでも、私は踏み込む。
この手で、花音を“何か”から救いたい。
たとえ、私自身が犠牲になっても。
次回、
狂気の才覚。
経営計画は、完璧すぎた。
けれど准教授は言った。
「これは山師の計画だ」と。
私の知らない花音。
その奥にある“狂気”に、私は踏み込む。




