【第04話-04】宿がつなぐ、姉妹のような時間
※本話はヒロインの過去を描く、
物語進行・心理描写中心のパートです。
【Scene13:笑顔の花が咲くとき】
── 高橋 千晴 ──
お父さんの問いに、なぜか胸の内に小さなざらつきが生まれた。
それを振り払うように、私は花音さんに話しかけた。
「花音さん、時差ボケは出てない?今日泊まるところはもう決めてる?」
「どこでも、いついかなる時も寝られるように訓練されてるから問題ない」
思いがけない返答と、妙に素っ気ない口調。
その瞬間、場の空気がピシリと凍ったような気がした。
(……って、いやいや、どういう返し?)
空気を変えなきゃ。焦った私は、とっさに明るく言い返す。
「って、あんたは忍者か何かかい!」
うまくできたか自信はない。でも、少なくとも凍った空気はほぐれた気がする。
花音さんが、ふと我に返ったように目を瞬かせた。
「あっ、あの……ごめんなさい。実家にすぐ帰るかもしれないから、ホテルはまだ取ってなくて」
「それなら、うちに泊まりなよ」
自然に言えたつもりだけど、キャラ的に浮いてないかな……と少しだけ不安になる。
でもその直後、花音さんの表情がふわりと柔らかくなった。
(あっ……笑うと可愛い)
「ありがとうございます。ご迷惑でなければ」
よし、大丈夫。お父さんが昨晩、お母さんに準備をお願いしていたし、
きっと今頃、豪勢な夕食を仕込み中だろう。
「志晴お姉ちゃん、上の姉だけれども」
……普段は“志晴姉さん”って呼んでるけど、今日はこの方がいい気がした。
「もう結婚して出て行ってるから、志晴お姉ちゃんの部屋をお客様が泊まれるようにしてるの」
花音さんの目をしっかり捉えて、少しだけ首をかしげ、にっこり笑う。
「ずっといてくれてもいいよ」
……完璧。そう思った瞬間、花音さんの頬がほんのり赤くなったのが見えた。
「それでは千晴、花音君をうちまで連れて行ってくれ」
「わかった。お父さん、美晴お姉ちゃんも連れて帰ってきてね」
「ふむ、わかった」
お父さんに、美晴姉さんの“見張り”をお願いしておく。
これくらい言わないと、あの人、ほんとに帰ってこないから。
「じゃあ、行きましょ」
花音さんはキャリーバッグを引いてついてきた。思っていたよりも大きい。
……まあ、そうよね。アメリカから帰ってきたばかりだもんね。
バス停まで歩かせるのもどうかと思っていたら、
花音さんはあっさりスマホでタクシーを呼んでいた。
「私が払うから大丈夫よ」
さらっと言ってのけるその姿は、なんというか、余裕のある大人の女性って感じだった。
タクシーの中では、私から話しかけるのはやめておいた。
花音さんはまだ、お父さんの言葉の衝撃が抜けきっていない様子だったから。
やがてタクシーは高橋家の前に停まった。
「これでお願い」
花音さんが運転手に手渡したカードが、ちらりと見えた――
その瞬間、私は言葉を失った。
(えっ……センチュリオン……? ブラックカード……!?)
艶消しの黒い金属、アメックスのロゴ。
それは噂に聞いた“選ばれし者”のカード――年会費が軽く学費を超えるという。
(持ってる人、初めて見た……この人、いったい――)
── 一ノ瀬 花音 ──
「花音さん、時差ボケは出ていない? 今日泊まるところはもう決めてる?」
教授からの思わぬ問いかけが、まだ胸の中で響いていた。
その衝撃が抜けきらないまま、私は千晴さんの問いに思わず素で返してしまった。
「どこでも、いついかなる時も寝られるように訓練されてるから問題ない」
……場が凍った。
「って、あんたは忍者か何かかい!」
千晴さんが、明るくツッコミを入れてくれる。
空気が和らぐ。私はようやく、我に返った。
「あっ、あの……ごめんなさい。実家にすぐ帰るかもしれないから、ホテルはまだ取ってなくて」
今日はあくまで挨拶だけのつもりだったし、実家には帰る時期もはっきり伝えていなかった。
泊まる場所なんて、考えてもいなかった。
「それなら、うちに泊まりなよ」
凍った場をなんとかしようとしているのがわかる。
“キャラ”を選んでまで空気を整えてくれるその優しさに、私は胸の奥がほころぶのを感じていた。
「ありがとうございます。ご迷惑でなければ」
……この子と、もう少し一緒にいたい。
そんな気持ちが、普段なら断っていたであろう申し出を、私に受けさせていた。
「志晴お姉ちゃん、上の姉だけれども」
「もう結婚して出て行ってるから、志晴お姉ちゃんの部屋をお客様が泊まれるようにしてるの」
そういえば教授が、“高橋家美人三姉妹”と嬉しそうに自慢していたことを思い出す。
「ずっといてくれてもいいよ」
そう言って、少し首をかしげながら笑ったその表情が――可愛い。
計算してるのかもしれない。でも、どうでもよくなる。
……心が、引き寄せられていくのを感じる。
頬が熱くなるのがわかった。赤くなってる。
美人なだけじゃない。こんな純粋な可愛らしさまで持ってるなんて、反則でしょう。
「それでは千晴、花音君をうちまで連れて行ってくれ」
「わかった。お父さん、美晴お姉ちゃんも連れて帰ってきてね」
「ふむ、わかった」
二人の会話を聞きながら、私はキャリーバッグを手に移動の準備をする。
「じゃあ、行きましょ」
高橋家までは距離があるらしい。
公共交通機関での移動は、かえって気を遣わせるかもしれない。そう判断して、私はスマホでタクシーを呼んだ。
「私が払うから大丈夫よ」
そう言っておく。
千晴さんは、それ以上何も言わず、黙って頷いてくれた。
タクシーの中では、会話はなかった。
教授の言葉の余韻が、まだ私の中に残っていたからだと思う。
でもその沈黙は、息苦しいものではなく、ただ静かで、優しかった。
……気遣いができる子だ。
「これでお願い」
高橋家に着いて、私はカードで支払いを済ませた。
そのとき、千晴さんが一瞬、私の手元を見て目を見開いた。
気づいて、慌てて視線を落とす。
(……センチュリオン。緊急用のブラックカード……やってしまった)
人目のある場では使わないようにしていたはずだった。
今日の私は、ほんとうにミスが多い。
玄関では、教授の奥様が出迎えてくれた。
「初めまして一ノ瀬さん、進の妻の幸恵と申します。噂は兼ね兼ね伺っておりましたので、初対面とは思えませんのよ」
「ありがとうございます、一ノ瀬花音です。花音とお呼びください」
「それじゃあ花音ちゃん、私のことは“幸恵さん”って呼んでね。こんなところで立ち話もなんだから、上がってちょうだい」
挨拶を続けようとした私を、奥様――いや、幸恵さんはそっと制した。
その様子を見て、千晴さんが私のキャリーバッグをさりげなく持ってくれる。
「ありがとうございます」
……この子は、会話の流れを読んで、私と幸恵さんが自然に続けられるようにしてくれたんだ。
場の空気を読むのが、本当に上手い。
いや――この子は、なんて失礼か。私の方が背は低い。
もし高橋家美人三姉妹に私が加わって“高橋家美人四姉妹”になったら、きっと私は末っ子に見えるだろうな。
それに、彼女の方が美人だ。
私も容姿には自信があるし、それを武器にすることもある。
でも、それはあくまで“演出”や“演技”で底上げした上での話。
素の綺麗さでは、この子にかなわない。
長身で、笑顔が可愛くて、空気も読めるお姉ちゃん。
……なんだか、家族みたいでいいな。
そんなことを考えていたら、口元が緩むのを抑えきれなかった。
応接間に通され、幸恵さんと向かい合って座る。
「この度は、急にお世話になることになってしまい、申し訳ございません」
……そう。共同研究を進める上で、数日の滞在は想定していた。
だからこそ、高橋家への訪問も十分あり得ると思っていたのに、私は大学で渡した挨拶用の品しか用意してこなかった。
実家用に準備していた土産は完全に個人向けで、流用できない。
ミスが続いている。気が抜けている。
……もしかすると、教授は事前のやりとりの中で、そういう私の不安定さに気づいていたのかもしれない。
だからこそ、あの問いを私に向けたのだろうか。
「いえいえ、気にしないで。長女が地方で結婚して家を出て、次女も大学へ入り浸って寝に帰るくらい……
っていうか、大学で寝泊まりしてるのよ、うら若い乙女が」
「って、話が逸れましたね。この広い家に主人と私、末娘の千晴の3人では広すぎて寂しくて、今度パートでも始めようかと思ってたところなの。自分の家だと思って、ゆっくりしていってね」
改めて見ると、幸恵さんは若くて、美人だった。
……高橋家美人三姉妹の“母君”、ここにありって感じだ。
教授がたしか62歳だったはずだけれど……。
そんな私の疑問を読んだように、千晴さんが茶菓子を運びながら説明してくれた。
盆の上には、和菓子と日本茶。帰国直後の私を気遣ってくれたのだろう。嬉しい。
「お母さん、若いでしょ。お父さんの元教え子で15歳年下。大学卒業と同時に結婚したんだよね」
「そうなのよ。進さん、こう見えて若い頃はやんちゃだったのよ」
「お父さん、モテてたの?」
母娘の会話が微笑ましくつい見入ってしまう
「モテモテよ。私が在学してた頃は准教授だったけれども、30代半ばで脂がのりきってる時期で、もうすぐ教授って噂されてたしね」
「お母さんも?」
「うん、既成事実作って、卒業と同時に結婚しちゃったの」
「おっ、お母さん……。あれ? でも志晴お姉ちゃんって、お父さんが40歳ぐらいのときの子どもだよね? 計算、合わなくない?」
「別に、できちゃった結婚じゃないのよ」
「進さん、やんちゃはしてたけど、生真面目でもあったから」
「『初めてだったんです、責任取ってください』って言えば、イチコロだったわ」
千晴さんは、お母さんのあけすけな発言に少し顔を引きつらせていたけれど、
私は思わず呟いていた。
「……母娘の会話って、いいものですね」
「そっか?」
その一言に、笑いが生まれた。
応接間に、笑顔の花がふわっと咲いた。
── 高橋 千晴 ──
家に着くと、お母さんが玄関まで出てきてくれた。
「初めまして一ノ瀬さん、進の妻の幸恵と申します。噂は兼ね兼ね伺っておりましたので、初対面とは思えませんのよ」
「ありがとうございます、一ノ瀬花音です。花音とお呼びください」
「それじゃあ花音ちゃん、私のことは“幸恵さん”って呼んでね。こんなところで立ち話もなんだから、上がってちょうだい」
まだ会話が続きそうだったので、私は花音さんのキャリーバッグを持って中に運んだ。
「失礼いたします」
花音さんがこちらを振り返って、小さく笑った。
「ありがとうございます」
口調は丁寧だけど、その顔には少し安堵がにじんでいた気がする。
お母さんが応接間で花音さんと話している間に、私は茶菓子の用意をした。
帰国直後の人に出すなら、やっぱり和菓子と日本茶だろう。
自分なりに考えて準備した、ささやかな“おもてなし”。
「失礼します」
お盆を手に応接間へ入ると、二人の会話はすっかり弾んでいた。
花音さんの目線がどこか驚いたようだったので、私は少し笑いながら説明する。
「お母さん、若いでしょ。お父さんの元教え子で15歳年下。大学卒業と同時に結婚したんだよね」
「そうなのよ。進さん、こう見えて若い頃はやんちゃだったのよ」
「お父さん、モテてたの?」
……普段の私なら絶対に選ばない話題。
でも不思議と、言葉が自然に出てきた。
……今回選んだキャラに思考も適応してきたのかもしれない。
もしこの場に花音さんだけでなく、後に出会うちょっと可愛いライバルがいたら
私の“適応の速さ”に驚くかもしれない。でも、今の私は気づいてすらいない。
これが私。私はこうやって、生きてきた。
「モテモテよ。私が在学してた頃は准教授だったけれども、30代半ばで脂がのりきってる時期で、もうすぐ教授って噂されてたしね」
「お母さんも?」
「うん、既成事実作って、卒業と同時に結婚しちゃったの」
「おっ、お母さん……。あれ? でも志晴お姉ちゃんって、お父さんが40歳ぐらいのときの子どもだよね? 計算、合わなくない?」
「別に、できちゃった結婚じゃないのよ」
「進さん、やんちゃはしてたけど、生真面目でもあったから」
「『初めてだったんです、責任取ってください』って言えば、イチコロだったわ」
(おいおい……お母さん、娘とお客さんの前でその言い方は……)
私が内心でツッコミを入れていると、隣で花音さんがぽつりとつぶやいた。
「……母娘の会話って、いいものですね」
「そっか?」
その一言に、笑いが生まれた。
応接間に、笑顔の花がふわっと咲いた。
【Scene14:姉と妹のはじまり】
── 高橋 千晴 ──
花音さんを、二階の客間──元・志晴姉さんの部屋に案内する。
すでにお母さんが掃除も寝具の準備も済ませてくれていて、彼女も「数日間はホテル暮らしを考えていた」とのことだったから、今晩からでも問題なさそう。
とはいえ、明日は生活用品の買い出しかな。
お父さんも、本気で「四ヶ月」とは思っていないと思う。
花音さんのリフレッシュ……だけじゃないのは、分かってる。
大学との共同研究に向けた準備も含めて、きっとあの人なりの何かの布石なんだろう。
最低でも、数週間は──。
「数週間は必要かもしれません」
彼女はそう言って、少しだけ申し訳なさそうに笑っていた。
でも、お母さんは明るく返した。
「全然! 家の中が明るくなって嬉しいから、ずっといて良いのよ」
私も、妹ができたみたいで、ちょっと嬉しい。
超有名大学を飛び級で卒業して、ブラックカードを持ってて、しかもバストまで……勝ってる要素が多すぎて、私が優ってるのは身長だけって現実は、まあ棚に置いとこう。
(……あとでその棚、落ちてきそうだけど)
そうそう、バストの話だけど──
さっき寝間着の準備はあるか聞いたんだ。
だってホテルや旅館に泊まるなら、普通は備え付けの寝間着を使うから、旅行セットに寝間着を入れる必要なんて──ないと思うじゃない?
でも花音さんは、「ホテルの備え付けは胸がきつくて入らないから、いつもパジャマを持参してる」んだって。
おそるおそる聞いたら──Gカップ。
指、折っちゃったよ。いわゆる“巨乳女子あるある”らしい
『カップ教えると目の前で指折り数えられる』──って、それ、知りたくなかったけど!?
Dの私が寄せて上げてパッド二枚でようやくF……それが天然で……
……同い年、同じ誕生日で、これは何の格差よ……
そんなことを考えながら、私はキッチンに入って夕食の準備を手伝う。
ふと、お母さんが呟くように聞いてきた。
「今回は、そんなふうなの?」
キャラのこと、だろう。
「今の花音さんには、明るくて、ちょっと強引なくらいの子が必要なの」
お母さんは少しだけ寂しそうに笑って、でも静かに言った。
「あなたは、あなたでいいのよ」
私は、その言葉に即答する。
「これが私。必要とされれば、私はそうするの」
私は、そうやって生きてきた。
「あなたはいつもそう。性分なのかしらね……」
(自由に、自分らしく生きてほしい)
お母さんがそんな思いを飲み込んだことを、私は知らない。
けれど、さっきお父さんが花音さんに問いかけたあの一言。
それを聞いたとき、私の胸にもふと疑問が浮かんだ。
……じゃあ、私はなぜそうしてきたの?
誰のために? 何のために?
答えは──出なかった。
── 一ノ瀬 花音 ──
スーツケースの梱包を解いて、スーツから部屋着に着替える。
……なんだか、甘えてしまった。
普段の私なら、ありえない。
……あれ? でも、私にとって「普段」って、なんだったっけ?
草として育ち、草を刈り取る為に奔走し、旅館の再興のために尽力して──
その後も「草の贖罪」とか言って、裏の仕事を続けて……
それが、私の「普段」?
なら私は、一体なんのために生きてきたの?
答えは──出なかった。
そんな不安定な気持ちのまま、一階へ降りていく。
キッチンから、声が漏れ聞こえてきた。
「今の花音さんには、こういう明るくて強引な子が必要なの」
「あなたはあなたで良いのよ」
「これが私。必要とされれば、私はそうするの」
……どうして、そんなふうに人に優しくできるの?
私はこれまで、他人を──
有益か、不利益か。利用できるか、障害になるか。
そんな風にしか見てこなかったのに。
でもだからこそ、今、千晴さんのあたたかさに惹かれている自分がいる。
こんな気持ちは、たぶん──初めてだ。
── 高橋 千晴 ──
「何か、お手伝いできますか?」
花音さんがキッチンに顔を出した。……あれ、さっきの会話、聞かれてた?
まあいい。考えても仕方ない。
「お客様は座っててくれていいんですよ」
お母さんはそう言うけど、私は即座に否定した。
「花音さんは、四ヶ月もうちにいるのよ。家族も同然じゃない」
「いえ、さすがに四ヶ月もお世話になるわけには……」
無視。
「うちの家訓は『働かざる者、食うべからず』よ」
「えっ、そんな家訓ありません……」
再び、無視。
「家族同然なら、“さん”付けはやめてほしいな」
……そう来るか。
「じゃあ、花音。手伝って。みんなで作ったほうが、美味しいに決まってるわよ」
「……わかった、千晴姉さん!」
──うっ、それは……破壊力ありすぎでしょ……!?
── 一ノ瀬 花音 ──
自分で言っておきながら、ちょっと恥ずかしくなった。
でも、いいな。「姉さん」って響き。
「お姉ちゃん」って呼んでみたくなるなんて、人生で初めてかもしれない。
私には、兄弟も姉妹もいなかった。
肉親といえば──父様、母様、そして里見母様。
それだけ。
それが当たり前だと思っていたし、寂しいなんて感じたこともなかった。
……たぶん、思わないようにしていたんだと思う。
けれど今、この家に来て、千晴さんに出会って、こうして笑っていて──
胸の奥が、少しだけ、あたたかくなっている。
もしかしたら私は、ずっと……
「姉か妹が欲しかった」のかもしれない。
【Scene15:夕餉の食卓にて】
── 一ノ瀬 花音 ──
幸恵さん、千晴姉さん、そして私の三人で、夕食の準備を進める。
台所には、筍のあく抜きを終えたザルがあった。
……今日、私が泊まることを、前提にして準備してくれていたのだ。
その心遣いが、胸に沁みる。
初鰹のたたき、肉じゃが、菜の花のお浸し、大根の味噌汁、筍ごはん
どれも春の終わりを感じさせる、やさしい季節の家庭料理たち。
だけど、その中に──妙に浮いた存在があった。
大量の、から揚げ。
ちぐはぐな印象に首を傾げていた私に、千晴姉さんが笑いながら口を開く。
「お父さんの好物だもんね。これでお父さんの胃袋、掴んだんでしょ?」
「そうよ。差し入れのお弁当に入れてね」
幸恵さんは、どこか得意げな顔で話す。
「自分で言うのもなんだけれども、当時の私はすっごい美少女だったからね」
あっ、やっぱり自分で言っちゃうんだ……でも、千晴姉さんを見れば、説得力がある。
すると、幸恵さんがさらりと続けた。
「それでね、そんな美少女が言うのよ。『家に来てくれたら、もっと美味しい出来たてが食べられるのに』って」
「それで?」
千晴姉さんが水をコップに注ぎながら、何気なく返す。
「進さん、まんまと家に来てくれて。で、美味しいから揚げと、とびきりの美少女、両方いただいちゃったってわけ。それがさっきの“既成事実”よ」
「ぷーーーっ!」
あっ、千晴姉さん吹いた。
いや、これ絶対わざと水を口に含んでた……演出力がすごい。
計算だってわかってるのに、嫌な感じがまったくしない。
私は、心の底から笑った。
さっきまでの不安定な気持ちが、どこかへ飛んでいった。
……きっと、千晴姉さんはそこまで計算していたんだろう。
そんななか、玄関から声が聞こえてくる。
進さんが、美晴さんを連れて帰ってきた。
軽く紹介される。
美晴さんは髪がぼさぼさで、いかにも“研究者”って感じの人だったけれど……
身なりを整えれば、たぶん、きれいな人なのだろう。
やがて、夕食の時間がやってきた。
三人で作った料理の数々が並び、テーブルを囲む五人。
進さん、幸恵さん、美晴さん、千晴姉さん──そして、私。
初めての感覚だった。
あたたかくて、やわらかくて、どこにも敵意も警戒もない。
箸をそっと置いて、私は小さくつぶやいた。
「……家庭料理って、こんなに温かいものだったんですね」
事情を知る進さんが説明してくれる
「彼女は……老舗旅館の跡取り娘だ。きっと小さい頃から忙しく、旅館の手伝いで家族と食事をとる時間もなかったんだろう」
違う。
違うけど、間違ってもいない。
嘘が八、真実が二。それが一番信じられやすい。
こんなに温かい家族を、騙している。
けれど、話すわけにはいかない。草のことも、私の本当の育ちも。
せめて、嘘のなかに、ほんの少しだけ本当を混ぜて──
私はまっすぐ顔を上げた。
「小学校も、中学校も、ちゃんと通ったことはありません。……小三のときに、父が蒸発しました。
母は旅館を立て直すのに必死で……家族で食卓を囲むなんて記憶、ほとんどないんです」
そこだけは、事実だった。
「でも、旅館の手伝いだけは、小さい頃からずっとやってきました。
母は厳しい人で……いつか立派に継ぐようにって。そう、言われてました」
話しながら、胸の奥で軋む音がした。
それでも私は、微笑んだ。
「だから──こうして、家族と一緒に食卓を囲むなんて、今日が初めてかもしれません」
── 高橋 千晴 ──
沈黙が落ちた。
花音の言葉が、真っ直ぐだったから。誰も、すぐには口を挟めなかった。
その空気を切り替えるように、お父さんが補足する。
「《霞の宿》江戸中期から続く、創業二百八十年の老舗だ。格式を守るためには、きっと……厳しい修行もあっただろうな」
美晴姉さんが、箸を止めたまま顔を上げる。
「あっ知ってる、最近話題の温泉旅館だよな。行ってみてぇなぁ」
花音は即座に微笑む。
「今度、ご招待しますよ」
これは──乗るしかないでしょ!
雰囲気を変えるためにもちょっと大袈裟に
「行く行く!絶対行く!」
それを判ってくれた花音も明るく答えてくれた
「千晴姉さんなら、いつでも大歓迎ですよ」
だから私と花音が盛り上がる横で、猫好きな二人──お母さんと美晴姉さんが話しているのは聞こえて無かった
「看板猫がいるんですって」
「写真で見た可愛いブチ猫だったよ」
しかしまた一つ、花音の“すごい属性”が判明した。
十九歳でアメリカの超有名大学を卒業して、修士課程目前。
たぶん、大金持ち。
スタイルお化け、Gカップ。
しかも、美人。
そして今度は、老舗旅館の跡取り娘。
……キャラ立ちすぎじゃない?
【Scene16:Intermission(分析)】
── 高橋 千晴 ──
夕食のあと、花音には先にお風呂に入ってもらっている。
姉妹として、裸の付き合いも大事よね。
今度、スーパー銭湯でも連れて行ってみようかな。
……で、さっき夕食中に明かされた衝撃の事実。
”老舗旅館の跡取り娘”問題。
姉の私としては、妹のことはきちんと把握しておかないといけない。
さっき花音が話してくれた内容──
『もう三年も帰っていませんが、霞の宿は大繁盛と聞いています。
竜王戦や高貴な方の祭事も行う格式高く、めったに手の出ない非常に高価な本館。
それにほぼ近い格式を持ちながら、一般の人でも無理をすれば手が出る別館。
さらに学生でも無理すれば泊まれる、比較的安価な新館。
すべて同じサービスレベルを提供しています。
新館はあっという間に予約が埋まり、そこから波及して別館も埋まっていく。
新館で人を集め、別館で利益を取り、本館では格式を守り注目を集める。
父の蒸発後に落ちぶれかけていた旅館復興のために、私が立てた戦略ですが──うまく軌道に乗ったようです。』
……いやちょっと待って、冷静に考えて。
経済学部所属、未来の経済学者──千晴お姉さんが本気出します。
美晴姉さんから借りた『霞の宿』が特集された雑誌と、ネットで調べた情報を突き合わせる。
⸻
▼ 経営分析(by 千晴)
■本館
・築111年/5室構成(4部屋+特別室)
・1泊 20〜30万円
・年間100泊ほどの稼働
→ 離れの特別室は皇室御用達らしい。すご。
■別館
・築50年/12室構成
・1泊 15万〜20万円
・平日は空きもあるが週末は常に満室
■新館
・築3年/20室構成
・1泊 3万前後
・半年前の予約開始で平日も含め即満室
⸻
売上規模としても文句なし。
格式を維持するため原価は高そうだけど、ちゃんと利益は出てる。
なんだったら、築50年の別館の改装計画を提案してもいいかも。
……ってあれ?
花音、「旅館復興のために私が立てた戦略」って言ってたよね。
新館が築3年ってことは、計画開始は少なくとも5年前──
私たちが中学2年生のとき。
⸻
十九歳でアメリカの超有名大学を卒業して、修士課程目前。
たぶん大金持ち。
スタイルお化け、Gカップ。
しかも美人。
老舗旅館の跡取り娘。
いまここに追加 → 経営の天才?
ちーん。姉の面目、維持できませんでした。
⸻
……でも、なんかこの“キャラ”、すっかり馴染んできちゃった。
いつか必要なくなったとき、抜けるのに時間かかるかも。
……それでも、花音に必要なら。
私は、姉であり続けよう
同作にはR18のノクターン版が有ります
あとがきに『一言でもよいので感想を聞かせて貰えれば嬉しいです。』と書きながら
感想受付がログイン制限になっていましたので
ログイン制限無しに変更しました。
明日アップ予定のノクターン版には、この話しにちょっとしたおまけ話しがありますので
18歳以上の方、性的描写が苦手で無い方は読んでみてください。
https://novel18.syosetu.com/n8444lr/




