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3人のヒロインとシェアハウス生活、告白は観覧車のてっぺんで  作者: iron-bow


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14/14

【第04話-04】宿がつなぐ、姉妹のような時間

※本話はヒロインの過去を描く、

物語進行・心理描写中心のパートです。


【Scene13:笑顔の花が咲くとき】


── 高橋 千晴 ──


お父さんの問いに、なぜか胸の内に小さなざらつきが生まれた。

それを振り払うように、私は花音さんに話しかけた。


「花音さん、時差ボケは出てない?今日泊まるところはもう決めてる?」


「どこでも、いついかなる時も寝られるように訓練されてるから問題ない」


思いがけない返答と、妙に素っ気ない口調。

その瞬間、場の空気がピシリと凍ったような気がした。


(……って、いやいや、どういう返し?)

 空気を変えなきゃ。焦った私は、とっさに明るく言い返す。


「って、あんたは忍者か何かかい!」


うまくできたか自信はない。でも、少なくとも凍った空気はほぐれた気がする。

花音さんが、ふと我に返ったように目を瞬かせた。


「あっ、あの……ごめんなさい。実家にすぐ帰るかもしれないから、ホテルはまだ取ってなくて」


「それなら、うちに泊まりなよ」


自然に言えたつもりだけど、キャラ的に浮いてないかな……と少しだけ不安になる。

でもその直後、花音さんの表情がふわりと柔らかくなった。


(あっ……笑うと可愛い)


「ありがとうございます。ご迷惑でなければ」


よし、大丈夫。お父さんが昨晩、お母さんに準備をお願いしていたし、

きっと今頃、豪勢な夕食を仕込み中だろう。


「志晴お姉ちゃん、上の姉だけれども」

……普段は“志晴姉さん”って呼んでるけど、今日はこの方がいい気がした。

「もう結婚して出て行ってるから、志晴お姉ちゃんの部屋をお客様が泊まれるようにしてるの」


花音さんの目をしっかり捉えて、少しだけ首をかしげ、にっこり笑う。


「ずっといてくれてもいいよ」


……完璧。そう思った瞬間、花音さんの頬がほんのり赤くなったのが見えた。


「それでは千晴、花音君をうちまで連れて行ってくれ」


「わかった。お父さん、美晴お姉ちゃんも連れて帰ってきてね」


「ふむ、わかった」


お父さんに、美晴姉さんの“見張り”をお願いしておく。

これくらい言わないと、あの人、ほんとに帰ってこないから。 


「じゃあ、行きましょ」


花音さんはキャリーバッグを引いてついてきた。思っていたよりも大きい。

……まあ、そうよね。アメリカから帰ってきたばかりだもんね。

 

バス停まで歩かせるのもどうかと思っていたら、

花音さんはあっさりスマホでタクシーを呼んでいた。


「私が払うから大丈夫よ」


さらっと言ってのけるその姿は、なんというか、余裕のある大人の女性って感じだった。


タクシーの中では、私から話しかけるのはやめておいた。

花音さんはまだ、お父さんの言葉の衝撃が抜けきっていない様子だったから。


やがてタクシーは高橋家の前に停まった。


「これでお願い」


花音さんが運転手に手渡したカードが、ちらりと見えた――

その瞬間、私は言葉を失った。


(えっ……センチュリオン……? ブラックカード……!?)


艶消しの黒い金属、アメックスのロゴ。

それは噂に聞いた“選ばれし者”のカード――年会費が軽く学費を超えるという。


(持ってる人、初めて見た……この人、いったい――)


── 一ノ瀬 花音 ──


「花音さん、時差ボケは出ていない? 今日泊まるところはもう決めてる?」


教授からの思わぬ問いかけが、まだ胸の中で響いていた。

その衝撃が抜けきらないまま、私は千晴さんの問いに思わず素で返してしまった。


「どこでも、いついかなる時も寝られるように訓練されてるから問題ない」


……場が凍った。


「って、あんたは忍者か何かかい!」


千晴さんが、明るくツッコミを入れてくれる。

空気が和らぐ。私はようやく、我に返った。


「あっ、あの……ごめんなさい。実家にすぐ帰るかもしれないから、ホテルはまだ取ってなくて」


今日はあくまで挨拶だけのつもりだったし、実家には帰る時期もはっきり伝えていなかった。

泊まる場所なんて、考えてもいなかった。


「それなら、うちに泊まりなよ」


凍った場をなんとかしようとしているのがわかる。

“キャラ”を選んでまで空気を整えてくれるその優しさに、私は胸の奥がほころぶのを感じていた。


「ありがとうございます。ご迷惑でなければ」


……この子と、もう少し一緒にいたい。

そんな気持ちが、普段なら断っていたであろう申し出を、私に受けさせていた。


「志晴お姉ちゃん、上の姉だけれども」

「もう結婚して出て行ってるから、志晴お姉ちゃんの部屋をお客様が泊まれるようにしてるの」


そういえば教授が、“高橋家美人三姉妹”と嬉しそうに自慢していたことを思い出す。


「ずっといてくれてもいいよ」


そう言って、少し首をかしげながら笑ったその表情が――可愛い。

計算してるのかもしれない。でも、どうでもよくなる。

……心が、引き寄せられていくのを感じる。


頬が熱くなるのがわかった。赤くなってる。

美人なだけじゃない。こんな純粋な可愛らしさまで持ってるなんて、反則でしょう。


「それでは千晴、花音君をうちまで連れて行ってくれ」


「わかった。お父さん、美晴お姉ちゃんも連れて帰ってきてね」


「ふむ、わかった」


二人の会話を聞きながら、私はキャリーバッグを手に移動の準備をする。


「じゃあ、行きましょ」


高橋家までは距離があるらしい。

公共交通機関での移動は、かえって気を遣わせるかもしれない。そう判断して、私はスマホでタクシーを呼んだ。


「私が払うから大丈夫よ」


そう言っておく。

千晴さんは、それ以上何も言わず、黙って頷いてくれた。


タクシーの中では、会話はなかった。

教授の言葉の余韻が、まだ私の中に残っていたからだと思う。

でもその沈黙は、息苦しいものではなく、ただ静かで、優しかった。


……気遣いができる子だ。


「これでお願い」


高橋家に着いて、私はカードで支払いを済ませた。

そのとき、千晴さんが一瞬、私の手元を見て目を見開いた。


気づいて、慌てて視線を落とす。


(……センチュリオン。緊急用のブラックカード……やってしまった)


人目のある場では使わないようにしていたはずだった。

今日の私は、ほんとうにミスが多い。


玄関では、教授の奥様が出迎えてくれた。


「初めまして一ノ瀬さん、進の妻の幸恵と申します。噂は兼ね兼ね伺っておりましたので、初対面とは思えませんのよ」


「ありがとうございます、一ノ瀬花音です。花音とお呼びください」


「それじゃあ花音ちゃん、私のことは“幸恵さん”って呼んでね。こんなところで立ち話もなんだから、上がってちょうだい」


挨拶を続けようとした私を、奥様――いや、幸恵さんはそっと制した。

その様子を見て、千晴さんが私のキャリーバッグをさりげなく持ってくれる。


「ありがとうございます」


……この子は、会話の流れを読んで、私と幸恵さんが自然に続けられるようにしてくれたんだ。

場の空気を読むのが、本当に上手い。


いや――この子は、なんて失礼か。私の方が背は低い。

もし高橋家美人三姉妹に私が加わって“高橋家美人四姉妹”になったら、きっと私は末っ子に見えるだろうな。


それに、彼女の方が美人だ。


私も容姿には自信があるし、それを武器にすることもある。

でも、それはあくまで“演出”や“演技”で底上げした上での話。

素の綺麗さでは、この子にかなわない。


長身で、笑顔が可愛くて、空気も読めるお姉ちゃん。

……なんだか、家族みたいでいいな。

そんなことを考えていたら、口元が緩むのを抑えきれなかった。


応接間に通され、幸恵さんと向かい合って座る。


「この度は、急にお世話になることになってしまい、申し訳ございません」


……そう。共同研究を進める上で、数日の滞在は想定していた。

だからこそ、高橋家への訪問も十分あり得ると思っていたのに、私は大学で渡した挨拶用の品しか用意してこなかった。

実家用に準備していた土産は完全に個人向けで、流用できない。

ミスが続いている。気が抜けている。

……もしかすると、教授は事前のやりとりの中で、そういう私の不安定さに気づいていたのかもしれない。

だからこそ、あの問いを私に向けたのだろうか。


「いえいえ、気にしないで。長女が地方で結婚して家を出て、次女も大学へ入り浸って寝に帰るくらい……

っていうか、大学で寝泊まりしてるのよ、うら若い乙女が」

「って、話が逸れましたね。この広い家に主人と私、末娘の千晴の3人では広すぎて寂しくて、今度パートでも始めようかと思ってたところなの。自分の家だと思って、ゆっくりしていってね」


改めて見ると、幸恵さんは若くて、美人だった。

……高橋家美人三姉妹の“母君”、ここにありって感じだ。

教授がたしか62歳だったはずだけれど……。


そんな私の疑問を読んだように、千晴さんが茶菓子を運びながら説明してくれた。

盆の上には、和菓子と日本茶。帰国直後の私を気遣ってくれたのだろう。嬉しい。


「お母さん、若いでしょ。お父さんの元教え子で15歳年下。大学卒業と同時に結婚したんだよね」


「そうなのよ。進さん、こう見えて若い頃はやんちゃだったのよ」


「お父さん、モテてたの?」


母娘の会話が微笑ましくつい見入ってしまう


「モテモテよ。私が在学してた頃は准教授だったけれども、30代半ばで脂がのりきってる時期で、もうすぐ教授って噂されてたしね」


「お母さんも?」


「うん、既成事実作って、卒業と同時に結婚しちゃったの」


「おっ、お母さん……。あれ? でも志晴お姉ちゃんって、お父さんが40歳ぐらいのときの子どもだよね? 計算、合わなくない?」


「別に、できちゃった結婚じゃないのよ」


「進さん、やんちゃはしてたけど、生真面目でもあったから」


「『初めてだったんです、責任取ってください』って言えば、イチコロだったわ」


千晴さんは、お母さんのあけすけな発言に少し顔を引きつらせていたけれど、

私は思わず呟いていた。


「……母娘の会話って、いいものですね」


「そっか?」


その一言に、笑いが生まれた。

応接間に、笑顔の花がふわっと咲いた。


── 高橋 千晴 ──


家に着くと、お母さんが玄関まで出てきてくれた。


「初めまして一ノ瀬さん、進の妻の幸恵と申します。噂は兼ね兼ね伺っておりましたので、初対面とは思えませんのよ」


「ありがとうございます、一ノ瀬花音です。花音とお呼びください」


「それじゃあ花音ちゃん、私のことは“幸恵さん”って呼んでね。こんなところで立ち話もなんだから、上がってちょうだい」


まだ会話が続きそうだったので、私は花音さんのキャリーバッグを持って中に運んだ。


「失礼いたします」


花音さんがこちらを振り返って、小さく笑った。


「ありがとうございます」


口調は丁寧だけど、その顔には少し安堵がにじんでいた気がする。


お母さんが応接間で花音さんと話している間に、私は茶菓子の用意をした。

帰国直後の人に出すなら、やっぱり和菓子と日本茶だろう。

自分なりに考えて準備した、ささやかな“おもてなし”。


「失礼します」


お盆を手に応接間へ入ると、二人の会話はすっかり弾んでいた。

花音さんの目線がどこか驚いたようだったので、私は少し笑いながら説明する。


「お母さん、若いでしょ。お父さんの元教え子で15歳年下。大学卒業と同時に結婚したんだよね」


「そうなのよ。進さん、こう見えて若い頃はやんちゃだったのよ」


「お父さん、モテてたの?」


……普段の私なら絶対に選ばない話題。

でも不思議と、言葉が自然に出てきた。


……今回選んだキャラに思考も適応してきたのかもしれない。


もしこの場に花音さんだけでなく、後に出会うちょっと可愛いライバルがいたら

私の“適応の速さ”に驚くかもしれない。でも、今の私は気づいてすらいない。


これが私。私はこうやって、生きてきた。


「モテモテよ。私が在学してた頃は准教授だったけれども、30代半ばで脂がのりきってる時期で、もうすぐ教授って噂されてたしね」


「お母さんも?」


「うん、既成事実作って、卒業と同時に結婚しちゃったの」


「おっ、お母さん……。あれ? でも志晴お姉ちゃんって、お父さんが40歳ぐらいのときの子どもだよね? 計算、合わなくない?」


「別に、できちゃった結婚じゃないのよ」


「進さん、やんちゃはしてたけど、生真面目でもあったから」


「『初めてだったんです、責任取ってください』って言えば、イチコロだったわ」


(おいおい……お母さん、娘とお客さんの前でその言い方は……)


私が内心でツッコミを入れていると、隣で花音さんがぽつりとつぶやいた。


「……母娘の会話って、いいものですね」


「そっか?」


その一言に、笑いが生まれた。

応接間に、笑顔の花がふわっと咲いた。



【Scene14:姉と妹のはじまり】


── 高橋 千晴 ──


花音さんを、二階の客間──元・志晴姉さんの部屋に案内する。

すでにお母さんが掃除も寝具の準備も済ませてくれていて、彼女も「数日間はホテル暮らしを考えていた」とのことだったから、今晩からでも問題なさそう。


とはいえ、明日は生活用品の買い出しかな。


お父さんも、本気で「四ヶ月」とは思っていないと思う。

花音さんのリフレッシュ……だけじゃないのは、分かってる。

大学との共同研究に向けた準備も含めて、きっとあの人なりの何かの布石なんだろう。

最低でも、数週間は──。


「数週間は必要かもしれません」


彼女はそう言って、少しだけ申し訳なさそうに笑っていた。


でも、お母さんは明るく返した。


「全然! 家の中が明るくなって嬉しいから、ずっといて良いのよ」


私も、妹ができたみたいで、ちょっと嬉しい。


超有名大学を飛び級で卒業して、ブラックカードを持ってて、しかもバストまで……勝ってる要素が多すぎて、私が優ってるのは身長だけって現実は、まあ棚に置いとこう。


(……あとでその棚、落ちてきそうだけど)


そうそう、バストの話だけど──

さっき寝間着の準備はあるか聞いたんだ。


だってホテルや旅館に泊まるなら、普通は備え付けの寝間着を使うから、旅行セットに寝間着を入れる必要なんて──ないと思うじゃない?


でも花音さんは、「ホテルの備え付けは胸がきつくて入らないから、いつもパジャマを持参してる」んだって。


おそるおそる聞いたら──Gカップ。


指、折っちゃったよ。いわゆる“巨乳女子あるある”らしい

『カップ教えると目の前で指折り数えられる』──って、それ、知りたくなかったけど!?


Dの私が寄せて上げてパッド二枚でようやくF……それが天然で……

……同い年、同じ誕生日で、これは何の格差よ……


そんなことを考えながら、私はキッチンに入って夕食の準備を手伝う。

ふと、お母さんが呟くように聞いてきた。


「今回は、そんなふうなの?」


キャラのこと、だろう。


「今の花音さんには、明るくて、ちょっと強引なくらいの子が必要なの」


お母さんは少しだけ寂しそうに笑って、でも静かに言った。


「あなたは、あなたでいいのよ」


私は、その言葉に即答する。


「これが私。必要とされれば、私はそうするの」

私は、そうやって生きてきた。


「あなたはいつもそう。性分なのかしらね……」


(自由に、自分らしく生きてほしい)

お母さんがそんな思いを飲み込んだことを、私は知らない。


けれど、さっきお父さんが花音さんに問いかけたあの一言。

それを聞いたとき、私の胸にもふと疑問が浮かんだ。


……じゃあ、私はなぜそうしてきたの?


誰のために? 何のために?


答えは──出なかった。


── 一ノ瀬 花音 ──


スーツケースの梱包を解いて、スーツから部屋着に着替える。


……なんだか、甘えてしまった。

普段の私なら、ありえない。


……あれ? でも、私にとって「普段」って、なんだったっけ?


草として育ち、草を刈り取る為に奔走し、旅館の再興のために尽力して──

その後も「草の贖罪」とか言って、裏の仕事を続けて……


それが、私の「普段」?


なら私は、一体なんのために生きてきたの?


答えは──出なかった。


そんな不安定な気持ちのまま、一階へ降りていく。

キッチンから、声が漏れ聞こえてきた。


「今の花音さんには、こういう明るくて強引な子が必要なの」

「あなたはあなたで良いのよ」

「これが私。必要とされれば、私はそうするの」


……どうして、そんなふうに人に優しくできるの?


私はこれまで、他人を──

有益か、不利益か。利用できるか、障害になるか。

そんな風にしか見てこなかったのに。


でもだからこそ、今、千晴さんのあたたかさに惹かれている自分がいる。

こんな気持ちは、たぶん──初めてだ。


── 高橋 千晴 ──


「何か、お手伝いできますか?」


花音さんがキッチンに顔を出した。……あれ、さっきの会話、聞かれてた?


まあいい。考えても仕方ない。


「お客様は座っててくれていいんですよ」


お母さんはそう言うけど、私は即座に否定した。


「花音さんは、四ヶ月もうちにいるのよ。家族も同然じゃない」


「いえ、さすがに四ヶ月もお世話になるわけには……」


無視。


「うちの家訓は『働かざる者、食うべからず』よ」


「えっ、そんな家訓ありません……」


再び、無視。


「家族同然なら、“さん”付けはやめてほしいな」


……そう来るか。


「じゃあ、花音。手伝って。みんなで作ったほうが、美味しいに決まってるわよ」


「……わかった、千晴姉さん!」


──うっ、それは……破壊力ありすぎでしょ……!?


── 一ノ瀬 花音 ──


自分で言っておきながら、ちょっと恥ずかしくなった。


でも、いいな。「姉さん」って響き。

「お姉ちゃん」って呼んでみたくなるなんて、人生で初めてかもしれない。


私には、兄弟も姉妹もいなかった。

肉親といえば──父様、母様、そして里見母様。


それだけ。

それが当たり前だと思っていたし、寂しいなんて感じたこともなかった。


……たぶん、思わないようにしていたんだと思う。


けれど今、この家に来て、千晴さんに出会って、こうして笑っていて──

胸の奥が、少しだけ、あたたかくなっている。


もしかしたら私は、ずっと……

「姉か妹が欲しかった」のかもしれない。



【Scene15:夕餉の食卓にて】


── 一ノ瀬 花音 ──


幸恵さん、千晴姉さん、そして私の三人で、夕食の準備を進める。

台所には、筍のあく抜きを終えたザルがあった。

……今日、私が泊まることを、前提にして準備してくれていたのだ。

その心遣いが、胸に沁みる。


初鰹のたたき、肉じゃが、菜の花のお浸し、大根の味噌汁、筍ごはん

どれも春の終わりを感じさせる、やさしい季節の家庭料理たち。


だけど、その中に──妙に浮いた存在があった。

大量の、から揚げ。


ちぐはぐな印象に首を傾げていた私に、千晴姉さんが笑いながら口を開く。


「お父さんの好物だもんね。これでお父さんの胃袋、掴んだんでしょ?」


「そうよ。差し入れのお弁当に入れてね」


幸恵さんは、どこか得意げな顔で話す。


「自分で言うのもなんだけれども、当時の私はすっごい美少女だったからね」


あっ、やっぱり自分で言っちゃうんだ……でも、千晴姉さんを見れば、説得力がある。

すると、幸恵さんがさらりと続けた。


「それでね、そんな美少女が言うのよ。『家に来てくれたら、もっと美味しい出来たてが食べられるのに』って」


「それで?」


千晴姉さんが水をコップに注ぎながら、何気なく返す。


「進さん、まんまと家に来てくれて。で、美味しいから揚げと、とびきりの美少女、両方いただいちゃったってわけ。それがさっきの“既成事実”よ」


「ぷーーーっ!」


あっ、千晴姉さん吹いた。

いや、これ絶対わざと水を口に含んでた……演出力がすごい。

計算だってわかってるのに、嫌な感じがまったくしない。


私は、心の底から笑った。

さっきまでの不安定な気持ちが、どこかへ飛んでいった。

……きっと、千晴姉さんはそこまで計算していたんだろう。


そんななか、玄関から声が聞こえてくる。

進さんが、美晴さんを連れて帰ってきた。


軽く紹介される。

美晴さんは髪がぼさぼさで、いかにも“研究者”って感じの人だったけれど……

身なりを整えれば、たぶん、きれいな人なのだろう。


やがて、夕食の時間がやってきた。

三人で作った料理の数々が並び、テーブルを囲む五人。


進さん、幸恵さん、美晴さん、千晴姉さん──そして、私。


初めての感覚だった。

あたたかくて、やわらかくて、どこにも敵意も警戒もない。


箸をそっと置いて、私は小さくつぶやいた。


「……家庭料理って、こんなに温かいものだったんですね」


事情を知る進さんが説明してくれる


「彼女は……老舗旅館の跡取り娘だ。きっと小さい頃から忙しく、旅館の手伝いで家族と食事をとる時間もなかったんだろう」


違う。

違うけど、間違ってもいない。


嘘が八、真実が二。それが一番信じられやすい。

こんなに温かい家族を、騙している。

けれど、話すわけにはいかない。草のことも、私の本当の育ちも。


せめて、嘘のなかに、ほんの少しだけ本当を混ぜて──

私はまっすぐ顔を上げた。


「小学校も、中学校も、ちゃんと通ったことはありません。……小三のときに、父が蒸発しました。

母は旅館を立て直すのに必死で……家族で食卓を囲むなんて記憶、ほとんどないんです」


そこだけは、事実だった。


「でも、旅館の手伝いだけは、小さい頃からずっとやってきました。

母は厳しい人で……いつか立派に継ぐようにって。そう、言われてました」


話しながら、胸の奥で軋む音がした。

それでも私は、微笑んだ。


「だから──こうして、家族と一緒に食卓を囲むなんて、今日が初めてかもしれません」


── 高橋 千晴 ──


沈黙が落ちた。

花音の言葉が、真っ直ぐだったから。誰も、すぐには口を挟めなかった。


その空気を切り替えるように、お父さんが補足する。


「《霞の宿》江戸中期から続く、創業二百八十年の老舗だ。格式を守るためには、きっと……厳しい修行もあっただろうな」


美晴姉さんが、箸を止めたまま顔を上げる。


「あっ知ってる、最近話題の温泉旅館だよな。行ってみてぇなぁ」


花音は即座に微笑む。


「今度、ご招待しますよ」


これは──乗るしかないでしょ!

雰囲気を変えるためにもちょっと大袈裟に


「行く行く!絶対行く!」


それを判ってくれた花音も明るく答えてくれた

「千晴姉さんなら、いつでも大歓迎ですよ」


だから私と花音が盛り上がる横で、猫好きな二人──お母さんと美晴姉さんが話しているのは聞こえて無かった

「看板猫がいるんですって」

「写真で見た可愛いブチ猫だったよ」


しかしまた一つ、花音の“すごい属性”が判明した。


十九歳でアメリカの超有名大学を卒業して、修士課程目前。

たぶん、大金持ち。

スタイルお化け、Gカップ。

しかも、美人。

そして今度は、老舗旅館の跡取り娘。


……キャラ立ちすぎじゃない?



【Scene16:Intermission(分析)】


── 高橋 千晴 ──


夕食のあと、花音には先にお風呂に入ってもらっている。

姉妹として、裸の付き合いも大事よね。

今度、スーパー銭湯でも連れて行ってみようかな。


……で、さっき夕食中に明かされた衝撃の事実。


”老舗旅館の跡取り娘”問題。


姉の私としては、妹のことはきちんと把握しておかないといけない。


さっき花音が話してくれた内容──


『もう三年も帰っていませんが、霞の宿は大繁盛と聞いています。

竜王戦や高貴な方の祭事も行う格式高く、めったに手の出ない非常に高価な本館。

それにほぼ近い格式を持ちながら、一般の人でも無理をすれば手が出る別館。

さらに学生でも無理すれば泊まれる、比較的安価な新館。

すべて同じサービスレベルを提供しています。

新館はあっという間に予約が埋まり、そこから波及して別館も埋まっていく。

新館で人を集め、別館で利益を取り、本館では格式を守り注目を集める。

父の蒸発後に落ちぶれかけていた旅館復興のために、私が立てた戦略ですが──うまく軌道に乗ったようです。』


……いやちょっと待って、冷静に考えて。


経済学部所属、未来の経済学者──千晴お姉さんが本気出します。


美晴姉さんから借りた『霞の宿』が特集された雑誌と、ネットで調べた情報を突き合わせる。



▼ 経営分析(by 千晴)


■本館

・築111年/5室構成(4部屋+特別室)

・1泊 20〜30万円

・年間100泊ほどの稼働

→ 離れの特別室は皇室御用達らしい。すご。


■別館

・築50年/12室構成

・1泊 15万〜20万円

・平日は空きもあるが週末は常に満室


■新館

・築3年/20室構成

・1泊 3万前後

・半年前の予約開始で平日も含め即満室



売上規模としても文句なし。

格式を維持するため原価は高そうだけど、ちゃんと利益は出てる。

なんだったら、築50年の別館の改装計画を提案してもいいかも。


……ってあれ?


花音、「旅館復興のために私が立てた戦略」って言ってたよね。

新館が築3年ってことは、計画開始は少なくとも5年前──


私たちが中学2年生のとき。



十九歳でアメリカの超有名大学を卒業して、修士課程目前。

たぶん大金持ち。

スタイルお化け、Gカップ。

しかも美人。

老舗旅館の跡取り娘。


いまここに追加 → 経営の天才?


ちーん。姉の面目、維持できませんでした。



……でも、なんかこの“キャラ”、すっかり馴染んできちゃった。


いつか必要なくなったとき、抜けるのに時間かかるかも。


……それでも、花音に必要なら。

私は、姉であり続けよう


同作にはR18のノクターン版が有ります


あとがきに『一言でもよいので感想を聞かせて貰えれば嬉しいです。』と書きながら


感想受付がログイン制限になっていましたので

ログイン制限無しに変更しました。


明日アップ予定のノクターン版には、この話しにちょっとしたおまけ話しがありますので

18歳以上の方、性的描写が苦手で無い方は読んでみてください。

https://novel18.syosetu.com/n8444lr/


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