【第04話-03】宿がつなぐ、姉妹のような時間
※本話はヒロインの過去を描く、
物語進行・心理描写中心のパートです。
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【Scene10:出会いの交差点】
── 一ノ瀬 花音 ──
十九歳になった頃には、大学の卒業も、大学院修士課程への進学も決まっていた。
誰がどう見ても、学生としての私は順風満帆だった。
古書の回収も一区切りつき、九月からようやく源氏物語の研究に取りかかれる。
……そう、“ようやく”だった。
私は何のためにアメリカまで来たのだろう。
一日でも早く研究を始めたくて、三年間も高校に通う時間すら惜しいと感じた。
だから、飛び級制度のある国を選んだ。
でも、実際に大学で学んでいたのはコンピュータサイエンス。
「必要だから」と自分に言い聞かせて選んだ専攻だったけれど……本当に?
“裏”の活動──草の歴史の贖罪を背負って、私はただ草を抜け出せずにいただけなのではないか。
やりたかったことは、できていなかった。
あのとき言った「私のわがままで行くんです」なんて、今となっては滑稽だ。
三年前の自分を、心から笑ってやりたい。
三年前といえば──
高橋教授が言っていた。「君と同じ誕生日の娘がいる」と。
きっと箱入り娘なのだろう。
普通の青春を送っている、そんな子。
……とても、うらやましかった。
── 高橋 千晴 ──
三年前の四月。
私は「普通の女子高生」──来週からだけど。
大学教授である父のもとで育ち、進路も将来性で選んだ。
手の届く範囲の高校に進学した、堅実すぎる人生。
ある日、入学式を間近に控えた頃だった。
ふと、父がこんなことを言ってきた。
「覚えているか。二年ほど前、『お前と同い年くらいのすごい女の子に会った』と話したのを」
「ああ、大学に来た才女でしょ? お父さん、やたら褒めてたよね」
「また会ったんだよ。それがな、なんとお前と同じ誕生日だった」
「へえ、そんな偶然ってあるんだね」
興味があったわけじゃない。
でも、そう返した方がお父さんの機嫌がよくなるのは知っていた。
父に限らず、私はいつも相手の表情を読みながら適切な距離を測って生きてきた。
「綺麗になってたよ。──まあ、お前には敵わないがな」
……出た、お父さんの親バカ。
それが過保護に繋がってるってこと、本人はまったく気づいていない。
「彼女な、アメリカに留学するそうだ。一日も早く大学で研究がしたいって、飛び級を狙っている」
……えっ、同い年なのに?
私は、やりたいことも見つからないまま、高校を選ぶのが精一杯だったのに。
「本当は紹介したかったんだが、彼女は忙しくてね。機会があればまたな」
夢に向かって一直線に走れるって──
……とても、うらやましかった。
── 一ノ瀬 花音 ──
五月。
卒業式を終えて、秋から始まる修士課程までには四ヶ月近い空白があった。
私は、一度日本に戻ることにした。
部屋の管理はハウスキーパーに任せ、空港から東京へ直行する。
会津の実家まで帰ってしまえば、また東京に出るのが面倒になるのが目に見えていた。
まずは、高橋教授に挨拶をしよう。三年ぶりの再会になる。
「久しいな、花音君」
……相変わらずの口ぶり。三年前と変わらない声色。
「お久しぶりです、高橋教授」
「うむ、ずいぶん綺麗になって。──もう十九になるか?」
「高橋教授、それ、わざとですよね? 三年前と同じセリフです」
私は、あえて柔らかく笑ってみせた。
「アメリカではご苦労だった」
……やっぱり、この人には見透かされている。
「私は、自分のために勉強していただけです」
そう答えながら、胸の奥が少しだけ痛んだ。
「今、この大学にはな、謎の人物からの寄贈で、大量の古写本が集まっている。しかもなぜか源氏物語ばかりだ」
ああ、私は……何のために。
「いま順調にデジタル化を進めている。全て、研究資料として保管される予定だ」
計画通り。
でも本当に、これが“やりたかった研究”だったのだろうか──。
そのとき、研究室のドアがノックされた。
「お父さん、お呼びですか?」
「千晴か、入りなさい」
入ってきたのは、清楚な雰囲気をまとった女子大生だった。
白のブラウスに、淡いグリーンのフレアスカート。
足元は控えめなヒール、耳には小ぶりなイヤーカフ。
どの角度から見ても“綺麗”に映るよう計算された装い。
この子は、自分をどう魅せればよいかを本能で知っている。
「花音君。これは”わし”の三女、千晴だ」
「千晴、こちらが以前話した一ノ瀬花音君だ。秋から修士課程の準備で一時帰国している」
「初めまして、一ノ瀬さん。噂は父よりうかがっております。お会いできて光栄です」
まっすぐに視線を合わせ、柔らかく、そして完璧な角度で頭を下げる彼女。
見惚れてしまいそうだった。
「ところで、“お父様”、”わし”なんて言うの、初めて聞きましたよ」
凛とした顔立ちがふわっと綻び、笑顔へと変わる。
その瞬間、私は確信する。
……この子は、すべて計算している。
自分をどう見せれば魅力的に映るか、どう言葉を選べば場が和むか。
それは草の技術にも似ていたけれど、
欺くためではなかった。
誰かに良く思われたいという、まっすぐな気持ちのあらわれだった。
それは、どこまでも清らかで──
……とても綺麗だった。
── 高橋 千晴 ──
また、彼女の話をお父さんから聞いた。
今度はアメリカで、あの有名大学の修士課程に進学するらしい。
世界中の人がその名を知るような大学。
私と同じ十九歳。
同じ誕生日。
……それなのに、天と地ほどの差がついてしまった気がする。
「明日、大学に来る。お前にも会ってほしい」
うん……どんな人なんだろう。興味あるな。
憧れって、こういうことを言うのかもしれない。
明日は、精一杯おしゃれして行こう。
授業の合間に携帯にメールが届いた。
差出人は、学校ドメインではないお父さん個人のメールアドレス。
『もうすぐ彼女が来るから、私の研究室に来なさい』
……いつもは学校ドメインのメールアドレスか研究室の固定電話で連絡してくる
これは完全に、家族としての呼びかけだ。
私はそれを察して、娘として声を掛けた
「お父さん、お呼びですか?」
「千晴か、入りなさい」
中には、いかにもできると思わせる女性がいた。
グレーのテーラードジャケットに、黒のタイトスカート。
姿勢も、言葉も、視線も──何一つ無駄がない。
「花音君。これは”わし”の三女、千晴だ」
「千晴、こちらが以前話した一ノ瀬花音君だ。秋から修士課程の準備で一時帰国している」
……わしって? そんな一人称、聞いたことないんだけど。
「初めまして、一ノ瀬さん。噂は父よりうかがっております。お会いできて光栄です」
私は、精一杯の挨拶をする。
「ところで、“お父様”、“わし”なんて言うの、初めて聞きましたよ」
これは、場の空気を和ませるための“仕込み”
私はそういうのを読むのが得意だ、そうやって生きてきた
だから、最高の笑顔で応える。
彼女は、そんな私をまっすぐに見つめていた。
その目はどこか寂しげで、でも──
……とても綺麗だった。
── 一ノ瀬 花音 ──
その日、私は一人の少女に出会った。
その出会いが、私にとって救いになることも。
そして、やがて私の大切な人の救いになることも──
……このときの私は、まだ知らなかった。
【Scene11:課題、それは“遊び倒す”こと】
── 高橋 千晴 ──
場が和んだところで、お父さんが切り出した。
「千晴、すまんが研究の話をするが、しばらく待っていてもらえるか」
お父さんが、あんな下手な冗談まで言って場を和ませようとしたのだから──きっと、何かあるのだろう。
それに、わざわざ“家族として”私を呼び出したのだ。私にできることがあるということ。
何かはわからないけど、求められるならば応えるだけ
だから、話し合いの邪魔にならないよう、ソファの片隅に腰を下ろした。
「さて、花音君。我が校は『どこの誰かもわからない方』の寄付によって、有り余るほどの研究資料を手に入れた」
この言い方は──『誰かはわかっている』という確信のある話し方。
花音さんが、ちらりとこちらを見た。つまり、これは──
お父さんは“その誰か”を花音さんだと確信していて、
花音さんは“それ”を私にまで話した理由がわからない、という表情をしている。
「到底、我が校だけでは研究しきれない。だから君の大学へ共同研究を持ちかけるプロジェクトを立ち上げる。
時期は君が修士課程に入ってすぐ。花音君を、そちら側の責任者とすることを条件とする」
……息をのむのがわかった。
花音さんにとって、それはとても重要な提案だったのだろう。
でもきっと、お父さんはこう続ける。
(そのつもりだったが、今の君には任せられない)
「その予定だったが、今の君には任せられない」
「なっ、なぜ」
花音さんが立ち上がった。
今出会ったばかりだけれど、なんとなくわかる。
今の花音さんは、すごく疲れている。
何があったのかは知らないし、たぶん”聞いてはいけない”。
「今の君には、新しい研究に胸躍らせる気概を感じられない。
そんな君に、我が校の命運をかけた大プロジェクトを任せるわけにはいかない」
お父さんの言いたいことがわかった。そして、私への期待も。
「そこで、花音君には我が校から課題を出す」
私は立ち上がって宣言した。
「お父さん、その任務、私に任せてください!」
「よし、我が娘・千晴に我が校の命運を託す」
「この命に代えても!」
「いや、命はかけないでくれ……」
「えっ、えっ、何の話を……」
花音さんは完全についていけてない。おろおろするその顔が、なんだか可愛い。
「花音君。我が校から君への課題は──」
「課題ですか?」
「そう。君には、我が娘・千晴と──遊び倒してもらう!」
「私と遊ぶのよ!」
「へ、へぇっ!?」
彼女の理解が追いついていないみたい。
すごい天才も、自分のこととなると案外わからないものなのね。
── 一ノ瀬 花音 ──
「千晴、すまんが研究の話をするが、しばらく待っていてもらえるか」
高橋教授がそう言い、話を切り替えた。
千晴さんは、自然な仕草でソファの片隅に腰を下ろす。
事前に打ち合わせがあったようには見えないが、なにか“自分の役割”を理解している様子。
やはり、ただ紹介するだけではなかったのか。
「さて、花音君。我が校は『どこの誰かもわからない方』の寄付によって、有り余るほどの研究資料を手に入れた」
娘さんの前でそれを話す?
……ますます、わからなくなってきた。
「到底、我が校だけでは研究しきれない。だから君の大学へ共同研究を持ちかけるプロジェクトを立ち上げる。
時期は君が修士課程に入ってすぐ。花音君を、そちら側の責任者とすることを条件とする」
……それは、私がここに来た目的。
こちらから提案するつもりだったし、高橋教授なら賛同してくれると信じていた。
でも、それを“あちら側”から先に出されたなんて……!
その直後、耳を疑うような言葉が降ってきた。
「その予定だったが、今の君には任せられない」
「なっ、なぜ」
思わず、立ち上がってしまった。
視界の端に、千晴さんが入る。
あの目──冷静に、私を観察している。
教授の発言を予測していた?
私以上に、正確に?
……この子は、やっぱり観察眼がすごい。
「今の君には、新しい研究に胸躍らせる気概を感じられない。
そんな君に、我が校の命運をかけた大プロジェクトを任せるわけにはいかない」
言葉が、頭に入ってこない。
心が理解することを拒絶している。
源氏物語の研究ができない。
あんな思いまでして手に入れた資料なのに……。
「そこで、花音君には我が校から課題を出す」
えっ、何?
研究のためなら、私は自分のためになんだって──
「お父さん、その任務、私に任せてください!」
千晴さん?
この子、すべてを理解してるの?
私は確信している。
彼女はこの部屋に入ったとき、なにも知らなかった。
それなのに今は──
彼女の観察眼は、私以上なの……?
「よし、我が娘・千晴に我が校の命運を託す」
「この命に代えても!」
「いや、命はかけないでくれ……」
「えっ、えっ、何の話を……」
なんのコント!?
理解が、追いつかない。
「花音君。我が校から君への課題は──」
「課題ですか?」
なに、なんなの……?
「そう。君には、我が娘・千晴と──遊び倒してもらう!」
「私と遊ぶのよ!」
「へ、へぇっ!?」
……変な声が出た。
── 高橋 千晴 ──
彼女の心は、今、疲れ切っている。
何があったのかはわからない。
でも、たぶん『聞いてはいけない』。
『聞いてしまえば』、私は彼女の役に立てなくなるのだろう。
「教授、任務期間は?」
「うむ、最大四ヶ月。私が良しと判断するまでだ」
「さ、さすがに四ヶ月は……」
花音さんが、おろおろと呟く。
「ならば、誠心誠意、遊ぶのだ」
「教授!授業の出席は!!」
本来の私は、こういうテンションの人間じゃない。
でも今、必要とされているのは“こう”なんだと思う。
いわゆる“キャラ変”ってやつ。
「うむ、大学の命運がかかっているのだから、便宜を図ろう。担当教員には私から話をつけておく」
……お父さん、意外とノリノリじゃん。
「明日から、よろしくね。花音さん」
その日、私には新しい友達ができた。
とても素敵な友達だ。
それが私にとって、唯一の親友との出会いだった。
でも──その日の私は、まだそれに気づいていなかった。
── 一ノ瀬 花音 ──
「教授、任務期間は?」
「うむ、最大四ヶ月。私が良しと判断するまでだ」
このまま流されていいわけがない。
「さ、さすがに四ヶ月は……」
「ならば、誠心誠意、遊ぶのだ」
誠心誠意遊ぶって……もはや意味がわからない。
「教授!授業の出席は!!」
……千晴さん、こんなキャラだったっけ?
いや、違う。必要に応じて、演じることができるんだ。
“キャラを変える”ことができる子なんだ。
「うむ、大学の命運がかかっているのだから、便宜を図ろう。担当教員には私から話をつけておく」
……教授まで、ノリノリ……
「明日から、よろしくね。花音さん」
その日、私には生まれて初めての友達ができた。
とても素敵な友達だ。
それが私にとって、人生の転換点だった。
でも──その日の私は、まだそれに気づいていなかった。
【Scene12:Intermission(戸惑)】
高橋教授は、静かに話を進めた。
「花音くん。――君は”源氏物語”を研究して、いったい何を得たいのかね?」
「そっ、それは……」
花音は言葉を失う。いつもの彼女からは想像し難い沈黙だった。
教授は畳みかける。
「研究成果を人に認められたい。地位や名誉を得たい。それでも構わんだろう?」
花音の思考は、目的も理由も見えぬまま、同じ問いをぐるぐると繰り返していた。
私の目的は?やりたかったことは?何のために――?
「私とて、地位を得るための研究を三つや四つ、いやもっとか、手がけてきた。」
教授は目の前の少女へ言葉を届けようと、声に力を込める。
「より高い地位が得られれば、より自由に研究できる。だからこそ、私はそうしてきたのだ。」
だが、その言葉は今の花音には届かない。
代わりに、彼は隣に立つ娘へ視線を向けた。
千晴は小さくうなずく。彼女は自分のやるべきことを理解している――父はそう信じていた。
教授はもう一度、花音に語りかける。
「それが分からないうちは、研究を任せられない。
それまでは、私が出した課題をこなしてもらおう。」
しかし彼は知らなかった。
その言葉は、己の娘の心にも小さな波紋を投げかけていたことを。
千晴はふと思う。
私はなぜ彼女に付き合おうと思ったのだろう。父に求められたから? 自分にできることがあるならやるべきだから?――誰のために、何のために?
過去編ですが、ついに新しいヒロインの登場です。
一言でもよいので感想を聞かせて貰えれば嬉しいです。
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