【第03話-08】何度負けても、あなたを好きでいた ― 千紗が選んだ愛のかたち
※本話には、心理描写を伴う大人向け表現が含まれます。
また本作には
「大人向け要素を加筆した別バージョン」が存在します。
※感情描写重視で読みたい方は本作を、
より踏み込んだ描写を求める方はノクターン版をおすすめします。
【Scene22:奇跡の後、ふたりの家で】
晴道が鍵を開けて、誰もいない部屋に入る。
「ただいま〜」
その声に合わせて、私も一歩踏み込んだ。
「……ただいま帰りました」
いつもなら「お邪魔します」って言ってたけど、今日はあえて、そうじゃない言葉を選んだ。
廊下を抜け、リビングへ。
そこには――質素だけど温かみのある、クリスマスの飾りつけが広がっていた。派手じゃない、でも“誰かが心を込めて飾った”ってすぐわかるような、優しい空間。
テーブルには、完璧に整えられたディナーの準備。
あの夜、沙織お母様と美優お母様にお願いした“計画”の、第一章。
本番は……そこじゃない。
壁一面に貼られた、小さなカードたち。
二人のお母様に抱きしめられた、あの夜の後
私は、3人だけに真実を話した。
「……お願いがあるの。私だけじゃ絶対できないこと」
相手は、莉子・瑛美・菜摘。
3人とも、それぞれ進路もバラバラで、これから忙しくなるはずなのに――
「いいよ、任せて」
「優香も踏み込んだけれども……いや、千紗もなかなかやるじゃん」
「うん。じゃあ、私、クラスの子たちに声かけてみるね」
その言葉が、どれだけ心強かったか――
それから数日間、受験勉強の合間を縫って、3人は動いてくれた。
塾の前、皆が集まりやすい図書館、場合によっては自宅近くまで、メッセージカードを一人ひとりに手渡ししてくれて。
“晴道の為なら”って、皆が応じてくれた。
……晴道、貴方の人徳だよ。
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そして――ひときわ目を引く、大きな2枚。
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『お前にさ、女子二人も寄り添ってるの見ててちょっとだけ悔しかった。……いや、“ちょっとだけ”な。
でもそれを言ったところで、俺の気持ちなんて何にも変わらないし、
お前が悩んでるって聞いて、そんなのどうでもよくなった。
お前がつらそうなの、見てらんねぇよ。
ムカつくぐらい良い奴だし、俺が断言する。
お前はちゃんと、愛されてる。俺にまでな。
お前の大親友 高村武』
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『何よ何よ、千紗にばっかり頼って
私が頼りにならないと思ってるの?
晴道のこと好きだって気持ちは千紗に負けないんだからね
大学受験が終わったら、あんたの悩みなんて
私が一発で解消してあげるんだから
あなたのこと、愛してる 氷室優香より』
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その他にも、たくさんの手書きのメッセージが並んでいた。
『今度カラオケオールやろうよ! 岸本瑛美&佐伯菜摘』
『あなたとは直接付き合いはあんまりないけど、優香を見てれば、あんたがいい奴だってわかる 早乙女莉子』
『ずっとずっと好きでした(匿名希望/千紗怖い)』
『あなたと同じ高校に行きたくて、この学校を選んだんだ 里塚由美子』
『……貴方との思い出を胸に卒業します 武内美奈子』
『晴道のモノマネで文化祭乗り切った思い出、今でも感謝してる(笑) — 篠原潤』
『2年の時から、密かに“隣の席になったら告白する”って決めてたけど、2年間一度も隣にならなかった — 運命に負けた女子より』
『図書室で一緒に当番してた時、ほとんど話さなかったけど、お前が書いたPOP紹介文、めっちゃ好きだったよ。地味だけど、俺はああいうとこ尊敬してた。— 宮下達郎』
中にはちょっとした告白だったり、重すぎる恋文だったり、思わず笑ってしまうものもあったけど――
晴道が、それらを一枚ずつ、丁寧に読んでいく。
私は少し離れて見守っていた。笑ったり、目を伏せたり、驚いたりする彼の顔が、少しずつほどけていく。
そして――
「そっか、俺……みんなに、こんなに愛されてたんだな……」
潤んだ目で、静かに言った。
「なんか、“俺なんかが”って思ってたの、すげぇ皆に失礼だったな……」
私は、思わず彼の手を握った。
「……晴道、ちゃんと気づけてよかったね」
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その後、ディナータイム。
丸ごと焼かれたチキン。串を抜くと、綺麗に切り分けられて食べやすい。あれ、美優お母様がやったのかな?
ローストビーフは絶品。ソースもきっと手作りだ。パンも焼きたてで香ばしい。
「ねぇ、私ちょっと一度降りて、着替えてくるね。……この格好のままで片付けってわけにもいかないし。ついでにシャワーも浴びてくるから、晴道も」
「うん……俺も、そうするよ」
⸻
自宅の扉を開けると、美優お母様が笑って迎えてくれた。
「おかえりなさい。チキン、美味しかったでしょ?」
「うん、最高だった。あれもしかして……」
「ふふ。私が焼いたのよ。ローストビーフもね」
(お母様には敵わないや)
「通い妻してるくらいじゃ、まだまだ私には勝てないわよ?」
「また、思考読んでるし……!」
軽口を交わしながら、シャワーへ。
下着も新しいものに。部屋着は――
(ちょっとした“勝負服”だった。白地に淡いピンクのフリル付きルームワンピ、胸元が少し開いてて、ウエストは細リボン。ふわっと揺れる素材が、気持ちまで柔らかくしてくれる 筈だったのに、緊張に心が重くてなっていくのが判る)
着替え終わった時、お母様がそっと言った。
「お泊まりセットは、晴道くんのお部屋に置いてあるわ。あれも入ってるから」
あれ、って何よ!!
沙織お母様とのあの夜の会話を思い出す
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「私はね、晴道と千紗ちゃんのこと、信用してるから」
「ちゃんと避妊はしてくれるって!」
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二人とも、もう少し乙女の決心ってものを・・・
「あと、シーツ汚しちゃったら、こっそり持って帰ってきなさい。洗濯と乾燥、うちでやっちゃうから」
「お母様っ!! 今のはさすがにデリカシーが!」
「うふふ、それでこそ私の可愛い千紗よ」
私は思わず笑ってしまった。
……さっきまでの緊張がすっかりほぐれていた
「ありがとう、美優お母様。行ってきます」
そして、私はドアを開ける。
――これから、私にとって“特別な夜”が始まる。
【Scene23:唯一無二の夜、そしてその先へ】
ルームワンピの上に軽く羽織ったショートコートを整え、私は静かに小泉家への道を歩いていた。頬に触れる風は冷たいけれど、心の奥にはぽっと灯る火がある。
(行ってきます――)
そう心の中で呟いた、その瞬間。
「……っ!」
目の前の家のドアが、不意に開いた。
氷室家。そこから姿を見せたのは、優香だった。
「頑張ってね。でも、私は負けないから」
それだけを言い残し、彼女は踵を返す。けれど、私は咄嗟に声をかけていた。
「優香……メッセージカード、ありがとう。晴道の心に、ちゃんと届いたよ」
彼女は一瞬だけ立ち止まり、そして振り返らずに言った。
「別に、千紗のために書いたわけじゃないわよ」
それでも、ありがとう。
扉が静かに閉まり、私は深く息をついてから、小泉家のチャイムを鳴らずに扉を開けた。
「お帰り」
「うん、ただいま」
優しい声に迎えられて、玄関をくぐる。リビングへ向かう途中、私は羽織っていた上着を脱いだ。
「はっ……うっ」
小さな悲鳴のような声が、晴道の口から漏れた。
(あっれ〜、セクシーすぎたかなぁ……)
今日は、もう“キャラ”なんて作らない。全部、素の私で――そう決めたのに。
緊張のせいでよく見えていなかったけど、晴道のルームウェアも――妙に、色気がある。
淡いグレーのニット地。柔らかそうな素材が体に馴染んでいて、胸元は深めのVネック、袖はロールアップされていて、腕のラインが露わだった。
(なにこれ……見ちゃいけない、でも見ちゃう……)
お互いに気まずくて、視線を合わせられず、ただ向かい合ったまま、同時に床を見つめていた。
……無言。
でも、ちょっとだけ笑えてしまった。
気を取り直してエプロンをつけ、夕食の後片付けを始めた。美優お母様が準備してくれた大量のタッパーにはメモがついていた。
『残ったお料理は、小泉家・如月家に均等に分けてね♡』
(うちは、お兄ちゃんにでも食べさせようかな……)
ふと、今日の朝から兄の姿を見ていないことに気づいた。
(もしかして……彼女とお泊まり? って、えっ、そしたら……えっ……えええっ!?)
そこまで想像が飛躍して、私は洗い物の途中で突然真っ赤になって、黙り込んだ。
「どうしたの?」とでも言いたげに、晴道が不思議そうな顔で私を見る。
……無理。これは口に出せない。死ぬほど恥ずかしい。
やがて片付けが終わり、晴道が丁寧にコーヒーを淹れてくれた。ミルで豆を挽き、布フィルターで一滴ずつ落とす――まるで儀式のような手つき。
「晴道の入れてくれる珈琲、美味しい」
「ありがとう」
そして、スカイツリータウンで買って帰った小さなクリスマスケーキをいただく。
もし私が黙っていたら、ホールケーキとか用意されていそうだった。下手したら、チョコのプレートに「祝・初夜♡」とか書かれていたかも……。
(その想像、やめて……!!)
食べ終わった頃、ピロンと通知音が鳴った。
「理沙ちゃんから、カフェの動画編集終わったから、共有アルバムにアップしたって」
「じゃあ……せっかくだし、一緒に見ようか」
私たちはリビングのソファに並んで座り、iPhoneからテレビに出力。
画面に映し出された動画には、エモーショナルなBGM。動画の隙間を埋めるように、静止画がコラージュのように挿し込まれていて――
(よくこんな近くで撮られてたのに、全然気づかなかった……)
──そして、プレゼント交換の場面へ。
(……プロポーズ、じゃん。完全に)
恥ずかしい。けど、どこか嬉しくて。
「俺は本気だから。この時の気持ちに、偽りも誇張もないよ」
その声に、私は息を呑んだ。
「もう一度言う。ずっと、一緒にいてくれるかい?」
「ばか……分かりきったことを聞かないの」
私は、言葉ではなくキスで応えた。
静かに溶け合う吐息。鼓動が響く。
「千紗……千紗。ごめん、俺……まだ“言葉”にできないみたいなんだ」
「晴道……」
「情けないけど……でも、行動で示すから。それで……いいかな」
「ばかばかばか、もう全部伝わってるんだから。私の全部を……受け取って。ううん、全部……奪って!」
──その夜、私は彼に運ばれた。
お姫様抱っこでベッドに下ろされ、彼の手が私の輪郭を辿っていく。溶けるような時間の中で、私は何度も何度も、彼の名前を呼んだ。
「ねぇ、もう……お願い」
その言葉を最後に、二人は一つになった。
──翌朝。
彼の腕の中で目を覚ました私は、静かな幸福に包まれていた。
(でも……まだ、完全には癒せなかった)
きっと、私だけじゃだめなんだ。彼女もいなきゃ。
それでも、この夜は確かに意味があった。
私は、心の中で小さく誓いを立てた。
──これからは、3人で。
そして、もう一度だけ彼の寝顔を見てから、私はそっと目を閉じた。
(おやすみ、晴道)
この幸せが、ずっと続きますように。
【Scene24:それでも、前を向いて】
私、如月千紗は――
ふと、記憶のまどろみから頭をもたげる。
長い追憶は、まるで夢を見ていたようだった。
6歳で彼と出会い、18歳になるまで――
私はたくさんの間違いをおかしてきた。
それで、彼をたくさん傷つけていた。
だけれども、18歳のクリスマスのあの日。
私は、彼とずっと一緒にいると誓った。
彼を支えていくと、心に決めた。
……だけど。
私は、まだ彼を癒しきれていない。
彼の心の中は、どこかが壊れたまま。
でも――私ひとりじゃなければ。
彼女たちと、力を合わせられれば。
きっと彼の心を、本当の意味で救える。
そう信じて、私は前を向く。
今日、観覧車で何が起こるかなんて、私にもわからない。
でも、きっと“何か”が変われる。そんな予感がしている。
「さぁ、そろそろ行きましょうか」
花音さんが優しく声をかける。
「そうだね、ゆっくり休めたよ」
心に傷を持った彼が、穏やかに応える。
「……」
優香は、何かを決心したような顔で立ち上がった。
私は、キャラを立ち上げる。
あざとく、可愛く、甘えん坊な“私”を。
「はーるーみーちー、観覧車、私と乗るでしょ!」
自慢の胸を、グイッと押しつけてみせる。
――自慢って言っても、花音さんには負けるんだけどさ。
でもでも、その花音さんだって、美優お母様には敵わないわけで。
……つまり、その娘の私には、まだ逆転の可能性アリ! ってことで!
私は晴道の腕にしがみついたまま、
希望を握りしめるようにして、ふたり分の一歩を踏み出した。
明日よりは第4話
花音の過去の話
またメインヒロインが登場します。




