久しぶりに会った正統派王子が、すっかりやさぐれていました
「ついに見つけたぞ! エレナ」
「ユリシーズ王子!? なぜあなたがここに……?」
「平民上がりのお前を特別に俺の騎士として取り立ててやっていたのに、5年前に突然職務を放り出していなくなったと思いきや……。まさか弟を誑かして子どもまで産んでいたとは。騙されたぞ、この女狐が! 恩を仇で返しやがって」
「……!?」
「産まれてしまったものは仕方がない。高貴な血が流れるその子は王家で引き取らせてもらう。お前も一応連れていくが、リオネルと結婚できるなどと思いあがるなよ! 乳母がわりだと思え!!」
「ユリシーズ王子……あなた……」
俺の言葉に、エレナが珍しく言葉に詰まっている。
かつての友人だった俺からの厳しい言葉に、ショックを受けて傷ついているのだろう。
しかし生涯背中を預けようと信頼していた友に裏切られた俺だって傷ついたんだ。
突然、なんの説明もなくお前を失った俺の気持ちなど、お前は考えたこともないんだろう?
「あなた……しばらく見ないうちに、すっかりやさぐれましたね。以前はなんだかキラキラした正統派王子だったのに……女狐って(笑)」
「……誰のせいだと思っている!!!!!!!」
*****
エレナとの出会いはもう12年も前になる。
この国の第一王子である俺は、当時13歳で騎士学校に入学した。
それまで国一番の騎士に剣技を習っていたこともあって、同年代の中では敵はいないだろうとうぬぼれていた。
しかし同じ年の、まだ13歳で一見嫋やかな美少女であるエレナに、完膚なきまでに負けて打ちのめされたのだ。
それから5年間、同じ騎士学校で同じ釜の飯を食い、切磋琢磨しあった。
まだ小さくて可愛らしい容姿をしていたエレナは他の生徒や先輩たちに絡まれることも多かったが、細い体のどこにあるのかは分からない怪力で、全て自力で追い払っていた。
そんなエレナに勝つために、俺は5年間必死になって鍛錬した。
騎士道精神も成績に反映されるので、学校では振る舞いにも気を付けた。
常に公平で誠実に。女性や子供には笑顔で優しく。困難には立ち向かい、弱き者には手を差し伸べる。
エレナが言う以前の『キラキラした正統派王子』というのは、そもそもこいつに勝つために作り上げた外面の人格なのだ。
「とにかく! 今すぐお前を城に連れていくから、準備しろ! 後から人をやって荷物を運ばせるから、身の回りの物だけでいい。さっさとしろ!」
「おかあさま? このひとだあれ? リオネルににてる……」
「リオネル王子のお兄様よ」
「こわいですぅ……」
「ユリシーズ王子、子どもが怖がっているので、もう少し言葉遣いに気を付けてくれませんか」
「ぐぅっ……ご、ごめんね」
「いいよー」
エレナに似たサラサラな茶色い髪の小さな男の子に怖がられて、なんだか自分が悪いことをしている気分になってしまう。
いやいや、王子のお付きの騎士がなにも言わずに行方をくらました上に、弟王子との子どもを密かに産み育てていたんだから、俺には怒る権利あるだろう!?
突然失踪したエレナをいくら探しても見つからないと思っていたら、まさかリオネルがかくまっていたとは。どうりでで見つけるまでに5年もかかってしまうわけだ。
俺の私兵を使って、国中の隅から隅まで、最近では海外にまで手を伸ばして探し続けていたというのに、普通に王城から日帰りできる屋敷にかくまわれていて、弟はちょくちょく会いに行っていたというのだから、腸が煮えくり返りそうだ。
弟一人だけでできることではないので、お父様とお母様も協力しているに違いない。
「おにいさん、ぼくと目のいろがいっしょだね」
「ん? ああ、そうだな」
俺のことを怖いと言う割に、エレナの子は普通に近づいてきて、上目遣いでまじまじと俺の顔を覗き込んでくる。
その大きな瞳は、王家の血筋の者に多い、高貴な紫色をしていた。
これほど綺麗なアメジスト色の瞳は、リオネルよりもむしろ俺に近い。
こんな時になんだが、エレナそっくりな子は、ものすごく可愛いかった。
エレナが失踪してから産まれたと考えると、今4歳くらいか。
――可愛い。
できれば抱っこしてそのぷにぷにのほっぺたを触りたいが、5年分の怒りをそんな簡単に解くわけにはいかない。
「お前……名前は?」
「ユリスだよー」
「ユリスだと……」
ちなみに俺の名前はユリシーズ……。
なんだそれは。なんなんだその名前。
それじゃあまるで――俺とエレナとの子どもみたいじゃないか!
兄である俺の名前の一部を使うのは、おかしなことではないけれど。
――リオネルの奴……余計なことをするな。余計に……みじめになるじゃないか!
怒っていないと、泣いてしまいそうになる。
「一応すぐに必要なユリスの着替えくらいは用意しましたけれど。……困ったな、まさかあなたに見つかるとは思わなくて、まだ準備が整っていないらしいんですよ。リオネル様に今後の相談をしたいので、会わせていただけますか」
「城へ帰ればいるだろ! ほらさっさと行くぞ!」
こんな時にも一切動じた様子のないエレナに、怒りよりも懐かしさを感じてしまう。
――くそっ、どうして俺は、こんな女のことを12年間も――。
目じりに涙がにじんでしまう。
13歳の時の出会った時の感情が、今でも鮮やかに蘇ってくる。
この美しくて強い者に自分を認めさせたい、生涯共にいたい、手に入れたいと強烈に願ったあの時の感情が。
拳を思いっきり握りしめ、奥歯を噛みしめて、感情をやりすごす。
こいつはもう、リオネルのものなんだ。
平民出だから第二王子の正妃は難しいだろうが、どっかの貴族の養子になれば、側妃くらいにはできるはず。
さっきエレナが言った「まだ準備が整っていない」というのは、今すでに手続きや根回しを進めているという意味だろう。
--なにもかも。俺に、内緒で進められていたんだ。
*****
「すみません。ついに見つかってしまいましたリオネル様」
「君のせいじゃないよ。あの執念で探し続けたら、いつか見つかるとは思っていた。5年かー、意外ともったほうだよ」
ユリシーズ王子に問答無用で連れていかれた王城で、今度は待ち構えていた弟王子であるリオネル様の部屋に引きずるように連れていかれ、すぐさま今後のことを相談することになった。
大事なお話があるので、ユリスを見ていてくださいとユリシーズ王子に託したら、顔を真っ赤にして怒りながらも引き受けてくれた。
やっぱりあの人、優しいんだよなぁ。
「フフフッ」
以前と違ってずいぶんとやさぐれてしまっていたが、やっぱり女子供に優しい正統派王子様は健在のようだ。
5年ぶりに会った友人の怒った顔や呆れた顔、そして時折ユリスに向けていた優しい表情を思い返して、笑みがこぼれてしまう。
「うわー、可愛い。兄上にもその笑顔見せてあげたい。騎士時代も君は兄上の前では全く笑わなかったよね」
「私はユリシーズ王子の騎士ですので。職務中にヘラヘラと笑うわけにはまいりませんから」
騎士学校に入学してすぐに出会った王子様は、優しくて正義感の強い、物語に出てきそうなキラキラした王子様だった。
平民である私に負けても怒ることもなく、他の生徒に嫌がらせをされたら、守ってすらくれた。
対等な競争相手として認めてくれて、いつも笑いかけてくれた。
私の心の中の、一番大切なところにしまっている宝物みたいな思い出。
卒業する時、ユリシーズ王子付きの騎士になってほしいと言われた時は、一も二もなく頷いた。
それ以来、私の全ては彼の物。私の生涯たった一人と決めた主君だ。
勝手に姿をくらまして、内緒で子どもを産み育てた私は彼に嫌われたかもしれないけれど――久しぶりに見た主君の姿に、胸が熱くなった。
「でもリオネル様。ユリシーズ王子に見つかる恐れがあるのに、なぜ私どもの屋敷に様子を見にいらしてくださっていたのですか。それがなく、私たちが屋敷に引きこもって暮らしていれば、今でも見つかっていなかったかもしれませんのに」
「いやー、君は知らないだろうけど、兄上のここ5年間の君を探す執念はすさまじかったからね。君たちがいくら引きこもって暮らしていても、食事や衣服なんかはどうしても必要だし、礼儀作法の教師も付ける必要がある。完全に誰とも接触しないのは不可能だ。いつかは見つかっただろう。その時に君がどこの誰の子か分からない子を育てたりなんかしたら、どんな暴走をしでかすことか……兄上がイキナリ『俺の子だ!』とか言って社交界に発表しかねないから。それよりも、僕の子って思わせておいたほうがいいよ」
「……ご面倒をお掛けして、申し訳ございません」
「いえいえ。君は王家を救ってくれたようなものだから感謝しているんだよ」
「そのような……」
リオネル様が言う「王家を救ってくれたようなもの」というのは、5年前のことを言っているのだろう。
他国からの賓客を交えての舞踏会で、ユリシーズ王子が成分不明の怪しい薬を盛られてしまったのだ。
他国の貴族の令嬢のハンカチにたっぷりと含まされていた薬品を嗅がされたらしい。防ぐことができなかった私たち護衛の失態だった。
その令嬢に空き部屋に連れ込まれそうなところはさすがに阻止できたが、ユリシーズ王子は薬の効果で前後不覚のままだった。
解毒作用のある薬をなんとか飲ませようとしたけれど、ユリシーズ王子は誰も寄せ付けなかった。
まるで必死に自分を守ろうとしているかのように、暴れまわっていたユリシーズ王子。
騎士学校でも優秀な成績だった彼が、理性をかなぐり捨てて抵抗しているところを、誰が傷つけずに押さえられるというのか。
――うん、まあ私ならいけるんじゃない? ものすごく強いから。と、いうことになって、解毒剤をもって彼のいる部屋に一人入ったわけだけど。
『誰だ! 俺に触れるな! 近づくな!!』
『私です、ユリシーズ王子。エレナです』
『エレナ!? ああ、エレナ……』
なんとか口移しで解毒剤を飲ませたものの、ユリシーズ王子はすぐには正気には戻らなくて、今度は離してくれなくなって。
必死に縋り付いてくる彼が可愛くて、ほだされてしまって、本気になれば振りほどけたのに、つい一夜を共にしてしまった。
まさかその一夜で、子どもを授かるとは夢にも思わずに――。
そのような失態を犯した私を、国王ご夫妻や弟王子のリオネル様は許してかくまってくださった。
リオネル様など、あの日の舞踏会の事件の場に居合わせたというだけで、責任を感じて何度も様子を見に来ていただいた。
他国の令嬢から守ってくれたと、感謝すらしていただいて。
しかし平民出の私ではユリシーズ王子と結ばれることなどあるはずがなく。かといって私が彼の子を身ごもっていると知ったら、優しい彼はどんな手を使ってでも責任を取ろうとしてくださるだろう。
高貴な血が流れているユリスを、王家として放置もできないだろうし。
そこで私は姿を消して、かくまってもらいつつ、何人かの貴族家に順番に養子にしていただくことで、経歴を塗り替え、その間に根回しをして――。
あと少しで、ユリシーズ王子に会えるかというところだったのだ。
彼には申し訳ないけれど、嫌でも側妃くらいにはしていただく予定だ。
――すっかり嫌われてしまったようだけど。でも心に決めた主君の傍にいられるだけで、私は幸せだ。
ユリスの立場がしっかりとして危険がなくなれば、また騎士として復帰したいとも考えている。
そんな資格はないかもしれないけれど。生涯彼を傍で守るだけでも。
「おいエレナ! リオネル! いつまでなにを話しているんだ! ユリスが可哀そうだろうが!」
「えーぼくはだいじょうぶだよ。もういちどかくれんぼしよー」
ユリスを肩車したユリシーズ王子が、しびれを切らして部屋に入ってきた。
すっかり仲良くなったみたいだ。きっと可愛がってくれたのだろう。
態度はやさぐれているけれど、やっぱりユリシーズ王子は優しいままだ。
実は本当の父子であると知らずに、仲良く遊んでいる二人を見て、熱いものがこみ上げてくる。
ユリスだけでも、可愛がってもらえそうでよかった。
心からそう思ったのだった。
――二人のすれ違いは、あとちょっとだけ続く。
お読みいただきありがとうございます。
こちらは氷雨そら先生、木村ましゅろう先生主催の シークレットベビー企画で書かせていただいた作品になります。
普段はあまり選ばないタイプの題材でしたが、書き始めてみたらとても楽しかったです。
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