その日の夜
屋敷へと戻ると、リアンの帰宅を祝う晩餐の準備が整えられていた。
食堂は灯りに照らされ、春の花が豪勢なテーブルを彩る。
サチは淡い薄桃色のドレスに身を包み、ロレンの隣へと座る。
リアンは正面からその姿を見つめ、静かに息をのんでいた。
昼間の素朴なあの少女が、いまは誰よりも気品に満ちた貞淑な妻となっていたのだから。
食事を楽しみながら、ロレンは微笑む。
「リアンは、南方での仕事を終えたばかりなんだ。この屋敷に帰ってきたのは……三年振りくらいだったかな?」
「まあ、南の地域の人々は、陽気な方が多いと聞きますわ」
サチが穏やかに言うと、リアンは頷いた。
「そうだね。陽気というか、皆まっすぐで情熱的なんだ!俺も少し影響されちゃったかも」
そう軽やかに笑うリアンに対して、ロレンは控えめな笑みを浮かべる。
「私には、とうてい向かない場所でもあるな」
その冗談めいた声に、サチは笑いながらテーブルの下で静かに彼の手を握る。
その仕草は控えめながらも、確かな愛が滲んでいたのだ。
「……私も、そのような場所は少し恐れてしまいますわ」
リアンは仲睦まじいその姿を目の当たりにして、少しだけ胸を痛めていた。
サチの心からの笑みを引き出せるのは、兄のロレンしかいないのであると。
***
晩餐のあと、兄弟は積もる話があるからとサチに挨拶をして執務室へと向かっていた。
「それで、サチに言い寄っていたのはどこの誰だったんだ?」
「エレ、という男だ。サチさんは幼馴染だと言っていたけど……」
その名を耳にした瞬間に、ロレンの表情は険しいものへと変わる。
「……あの男か。以前、サチから聞いたことがある。子供の頃から、しつこく付きまとっていたと」
兄の表情に、リアンは思わず肩をすくめた。
「まったく、兄さんの奥方を煩わせるとは……」
「今後一人で出歩かせるのは、控えるべきかもしれないな」
「まあ、そうだね」
しばらく言葉を交わした後、会話の流れがやわらぐと、リアンはふと微笑んだ。
「それにしても、兄さんが結婚するなんてな。あの頃は仕事ばかりで、人付き合いも少なかったのに……。どうやって出会ったの?」
「見合いの場で、だ」
「へえ、よく受ける気になったね。あっ!もしかして、父さんが勝手に決めたとか?」
「……まさしく、その通りだな」
「やっぱり……、でも、いい人に巡り合えてよかったね」
弟のその言葉に、ロレンは照れたような笑みを浮かべていた。
「そうだな。サチは、私にはもったいないほど素晴らしい人だよ」
リアンは何も言わず、グラスの中の葡萄酒を見つめた。
光の反射のなかに、サチの笑顔が浮かんだかのように見えていた。
その夜、サチは一人、静かに眠っていた。
風が窓を撫で、遠くで春の虫が鳴いていた。
胸の奥には、あたたかなぬくもりと、どこか言葉にできないようなざわめきがひっそりと宿っていた。




