悪夢体験ツアー
酷い人生だと思う。
生まれた時から乞食で、目も見えず、耳もあまり聞こえない。
挙句の果てに金になるからと言って兄貴が両腕を奪っていきやがった。
「こうして芋虫みたいに転がってろ。そうすりゃ、金がもらえるんだ」
兄貴はそう言っていた。
だから、実際俺はこうして転がっている。
実際、兄貴は正しかった。
物乞いをする相方の隣で転がっているだけで道行く人の幾人かはコインを投げ入れてくれるんだ。
「兄弟で頑張ってね」
「どんなことにも負けないでね」
皆、馬鹿だよなぁ。
兄貴が俺を残しているのは同情を引くためだけだって分からねえんだから。
兄貴が俺を心配しているはずなんてないのになぁ。
あぁ。
惨めだなぁ。
俺はこうして死んでいくなんて――。
***
目が覚める。
私は思わず両腕があるか確認した。
いや、目が見えるんだから間違いない。
あれは本当に夢だったんだ。
「いかがでしたか。悪夢体験ツアー」
声がした方を見れば博士が意図の掴めない笑みを浮かべながら問いかけてくる。
「圧倒的な現実感でしょう? だけどご安心ください。あれは夢。ただの悪夢です」
「え、ええ。確かにそうですね」
私はどうにかそう言うと立ち上がる。
悪夢体験ツアー。
これは近頃流行っている体験型アトラクションで恐ろしくリアリティのある悪夢をあえて見ることで現実の幸せを噛みしめるというものだった。
「どうですか。一日一日をもっとしっかり歩めそうですか」
「……そうですね」
本気でそう思ったが快活な返事など出来そうにもない。
「……博士」
数秒。
私は博士の顔を見つめた後に問う。
「夢で私がなっていた乞食の方……誰かモデルがいるんですか?」
博士は肩を竦める。
「私の実体験ですよ」
「は?」
「多少、脚色していますがね」
私は足早にそこを去った。
博士に両腕がある意味も実体験だという言葉の真意も考えたくなかったから。
悪夢体験ツアーは今日も盛り上がっている。